新門紅丸
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
最近、紅ちゃんに悪いお友達ができた。ジョーカーとかいう、素性の知れない男の人だ。見た目で人を判断するのはよくないと思うものの、見るからに胡散臭い。
彼はある時からここ浅草に顔を出すようになった。招いた覚えもないのに詰所内で顔を合わせるなんてこともままあって、ヒカゲとヒナタは懐いているみたいだけど、正直私はジョーカーさんに良い印象がないから複雑な心境だ。
悪い人ではないと思う。でも良い人とも言い切れない。
だって彼は紅ちゃんを唆して聖陽教会を襲撃した張本人だ。いや、唆したというのは言い過ぎかもしれない。目の前に転がってきた面白そうな話に、紅ちゃんが乗ってしまっただけだから。
とはいえあの人が話を持ち掛けなければ、紅ちゃんも教会襲撃なんて危険なことはしなかったはずだ。
あの時は本当に生きた心地がしなかった。紅ちゃんの強さを信じていないわけではないけれど、帰りを待つ間、もしかしたらと嫌な想像ばかりが頭に浮かんで怖くて仕方がなかった。
なのに紅ちゃんときたら、何事もなかったかのようにけろっとした顔で詰所に帰ってきて。ボロボロに泣きながらその頬を思いっきり平手打ちしたことは、今も後悔していない。あのあと紅ちゃんは紺さんにこってり絞られ、一緒に詰所に帰ってきたジョーカーさんはいつの間にか姿を消していた。あの人は紅ちゃんの力を利用したかっただけなのだろう。だから付き合いもこれきりのはず、だったらどれだけよかったか。
「「姉御ー!! すっげぇぞ!!」」
興奮した様子で飛びついてくるヒカゲとヒナタを受け止め、落ち着かせるように背中を撫でる。
「なぁに? どうしたの?」
そう訊けば、双子は目をキラキラさせておやつのクッキーを差し出してきた。先日第八の女の子たちがくれた皇国のお菓子だ。でも、おかしいと私は首を傾げる。
夕餉が食べられなくなっては困ると、双子にはクッキーを数枚しか渡していないはず。なのにどうして、二人とも手からこぼれ落ちそうなほどのクッキーを持っているのだろう。
「ロン毛ピエロのやつが指をパチンってやったらな」
「三枚しかなかったクッキーが六枚になったんだ! そんで、もっかいやったらまた増えて……」
「「なんかわかんねェけどすごかった!!」」
キャッキャと喜ぶ二人に、なるほどまたあの人が来てたのかと眉をひそめる。
ジョーカーさんは手品とかいうのが得意なようで、摩訶不思議な現象は子どもたちの興味を惹きつけてやまないらしい。ただ手品は魔法とは違い、タネも仕掛けもあるもの。どうやったかは知らないけれど、戸棚にしまってあるクッキー缶の中身は双子の枚数が増えた分、減っていることだろう。
ーー全く、余計なことを。ヒカゲとヒナタがご飯を残したらどうしてくれるのよ。
よし。二人が懐いているから遠慮してたけど、今日こそは文句を言ってやる。そう決意して、私はジョーカーさんがいるであろう居間へと向かった。
「あの……!」
「んー? どうしたお嬢ちゃん」
ジョーカーさんは居間でテレビを観ながら煙草をふかしていた。想定外だったのは紅ちゃんも一緒だったこと。さすがにここで文句は言いづらくて口を噤んでいると、後ろからヒカゲとヒナタが駆けてきた。
「なァなァ、もっと見せろよ手品!」
「とびきりおもしれーやつ見せろよー!」
「ああ? しょうがねぇな」
双子にせがまれて煙草を灰皿に押し付けたジョーカーさんと目が合った。その瞬間、瞳が、唇が、ニィッと意地悪く弧を描いたように見えて、何だか嫌な予感がした。
「なら、最強さんとお嬢ちゃんに手伝ってもらうか」
「なんで俺が……」
紅ちゃんに同意するように大きく頷く。何を考えているのかまではわからないけど、さっきの表情を見るに、ろくなことではないだろう。
でもジョーカーさんは紅ちゃんを乗せるのか上手かった。
「まあまあ、少しくらいいいじゃねぇか。退屈はさせねぇよ」
なんてことない一言。そのはずなのにそこに含まれた悪巧みの意思を嗅ぎ取ったのか、紅ちゃんの口角が愉しげに上がる。
「言ったな」
「ああ、男に二言はないぜ」
悪い笑みを浮かべる二人を見て、私はため息をついた。紺炉さんが出かけている今、私ではこの二人を止められない。ならさっさと終わらせて、夕餉の支度に取りかかるのが一番だ。
「「早くやれよー!!」」
双子もゴネ始めた。促すように目配せすれば、ジョーカーさんは待ってましたと言わんばかりに笑みを深くした。
「よし、よく見とけよチビども!」
ジョーカーさんが披露した手品は、指を鳴らすと物体同士がくっつき、もう一度鳴らすと離れるという一見簡単なものだった。最初は居間にあったテレビのリモコンと湯呑みで。磁石でも入っているのかと思ったけれど、双子の持っていたクッキーでやられてしまっては疑いようもない。
絶対にタネも仕掛けもあるはずなのに、ジョーカーさんの手の動きや話術は巧妙で、つい魅入ってしまうのも頷けた。
「じゃあ次で最後な。最強さん、お嬢ちゃんと手を繋いでくれ」
「えっ」
「おいおい、手伝ってくれるんじゃなかったのか?」
確かに手伝うとは言ったけど、一応恋仲でもあるけれど。さすがに人前で繋ぐのは抵抗がある。
躊躇いがちに、ちらりと紅ちゃんを見る。しかし彼は不思議そうに首を傾げただけで、その顔に恥じらいなんてものは微塵もなかった。それどころか膝上から動かせずにいた私の手を掻っ攫い、指まで絡めてきて。
「ちょっ?!」
「これでいいのか?」
全然よくない! 全力で首を横に振るも、紅ちゃんは手を離してくれなかった。せめて繋ぎ方だけでも変えてほしかったのに。
「ああ。今はまだ離せるな」
「問題ねェ」
「よし。じゃあ今から俺が指を鳴らす。そしたら最強さんとお嬢ちゃんの手は絶対に離れない」
私は心臓が煩くてそれどころではなかったけれど、双子は耳を澄ませてその時を待っていた。
ーーぱちん。
ジョーカーさんの指が鳴る。私は繋いだ手を離そうと力を抜いて、目を見張った。手が、離せない。
「「すっげー!!」」
双子が目をキラキラさせて、私と紅ちゃんの繋がれた手を見つめた。二人の小さな手が私たちの手を離そうと何度も試みる。しかし繋がれた手は一度だって離れることはなかった。
「なァ、どうやったんだ?」
「なァなァ、教えろよー!」
「バーカ。教えたらつまんねぇだろうが」
双子に囲まれていたジョーカーさんが、程なくしてよいしょと腰を上げた。
「ジョーカーさん?」
「悪いなお嬢ちゃん。そろそろ知り合いとの約束の時間でな」
そう言う割に、ジョーカーさんの顔は少しも申し訳なさそうじゃなかった。それどころか至極愉しげで、あの顔はそう、まるで悪戯が成功した子どもみたいな。
ヒカゲとヒナタはまだ遊びたりないのか、ジョーカーさんを追いかけて居間を出て行ってしまった。ここにいるのは、私と紅ちゃんの二人だけだ。
「……紅ちゃん」
「あ?」
「もういいでしょ。手、離して」
ジョーカーさんがさっきやって見せた、物体同士がくっつく手品。リモコンやクッキーはどうやってやったのか全くわからないけれど、私と紅ちゃんの手が離れなかったのにはちゃんとタネも仕掛けもある。
紅ちゃんが離すまいと力を入れていたのだ。私や双子の力ではびくともしない程度に。
ヒカゲとヒナタが楽しそうにしていたからあの場では言わなかったけど、まさかジョーカーさんがこんな子どもっぽい悪巧みを考えていたとは思わなかった。それに乗っかる紅ちゃんも紅ちゃんだ。もういい大人なのに。
「ほら、紅ちゃん。早く離してくれないと夕餉の支度できないでしょ」
いつまで経っても繋がれたままの手を軽く揺する。しかし紅ちゃんはふいと拗ねたように顔を逸らしただけで、手を離してはくれなかった。きゅっと、心なしか手を握る力も強くなる。
「紅ちゃん」
「まだ、鳴ってねェだろ」
「え?」
「指、鳴ってねェから離せねェ」
「ふふ、なにそれ」
子どもっぽい言い草に思わず吹き出してしまった。タネも仕掛けも、全部わかってるのに。
「じゃあ、暮六つの鐘が鳴るまでね」
「……」
「じゃないと今日の紅ちゃんのご飯はねぎ焼きになっちゃうかも」
「わかった。鐘が鳴るまでだな」
いまいち納得しきれていない様子の紅ちゃんの肩に頭を預け、目を閉じる。手は相変わらず繋がれたままだったけれど、握る力はさっきよりも少しだけ緩くなっていた。今なら簡単にこの手を離せる。
けど、まだ鐘は鳴っていないから。
離さないように、離れないように。自分よりも大きな手を握り締める。すると紅ちゃんは応えるように、強く優しく、私の手を握り返してくれたのだった。
彼はある時からここ浅草に顔を出すようになった。招いた覚えもないのに詰所内で顔を合わせるなんてこともままあって、ヒカゲとヒナタは懐いているみたいだけど、正直私はジョーカーさんに良い印象がないから複雑な心境だ。
悪い人ではないと思う。でも良い人とも言い切れない。
だって彼は紅ちゃんを唆して聖陽教会を襲撃した張本人だ。いや、唆したというのは言い過ぎかもしれない。目の前に転がってきた面白そうな話に、紅ちゃんが乗ってしまっただけだから。
とはいえあの人が話を持ち掛けなければ、紅ちゃんも教会襲撃なんて危険なことはしなかったはずだ。
あの時は本当に生きた心地がしなかった。紅ちゃんの強さを信じていないわけではないけれど、帰りを待つ間、もしかしたらと嫌な想像ばかりが頭に浮かんで怖くて仕方がなかった。
なのに紅ちゃんときたら、何事もなかったかのようにけろっとした顔で詰所に帰ってきて。ボロボロに泣きながらその頬を思いっきり平手打ちしたことは、今も後悔していない。あのあと紅ちゃんは紺さんにこってり絞られ、一緒に詰所に帰ってきたジョーカーさんはいつの間にか姿を消していた。あの人は紅ちゃんの力を利用したかっただけなのだろう。だから付き合いもこれきりのはず、だったらどれだけよかったか。
「「姉御ー!! すっげぇぞ!!」」
興奮した様子で飛びついてくるヒカゲとヒナタを受け止め、落ち着かせるように背中を撫でる。
「なぁに? どうしたの?」
そう訊けば、双子は目をキラキラさせておやつのクッキーを差し出してきた。先日第八の女の子たちがくれた皇国のお菓子だ。でも、おかしいと私は首を傾げる。
夕餉が食べられなくなっては困ると、双子にはクッキーを数枚しか渡していないはず。なのにどうして、二人とも手からこぼれ落ちそうなほどのクッキーを持っているのだろう。
「ロン毛ピエロのやつが指をパチンってやったらな」
「三枚しかなかったクッキーが六枚になったんだ! そんで、もっかいやったらまた増えて……」
「「なんかわかんねェけどすごかった!!」」
キャッキャと喜ぶ二人に、なるほどまたあの人が来てたのかと眉をひそめる。
ジョーカーさんは手品とかいうのが得意なようで、摩訶不思議な現象は子どもたちの興味を惹きつけてやまないらしい。ただ手品は魔法とは違い、タネも仕掛けもあるもの。どうやったかは知らないけれど、戸棚にしまってあるクッキー缶の中身は双子の枚数が増えた分、減っていることだろう。
ーー全く、余計なことを。ヒカゲとヒナタがご飯を残したらどうしてくれるのよ。
よし。二人が懐いているから遠慮してたけど、今日こそは文句を言ってやる。そう決意して、私はジョーカーさんがいるであろう居間へと向かった。
「あの……!」
「んー? どうしたお嬢ちゃん」
ジョーカーさんは居間でテレビを観ながら煙草をふかしていた。想定外だったのは紅ちゃんも一緒だったこと。さすがにここで文句は言いづらくて口を噤んでいると、後ろからヒカゲとヒナタが駆けてきた。
「なァなァ、もっと見せろよ手品!」
「とびきりおもしれーやつ見せろよー!」
「ああ? しょうがねぇな」
双子にせがまれて煙草を灰皿に押し付けたジョーカーさんと目が合った。その瞬間、瞳が、唇が、ニィッと意地悪く弧を描いたように見えて、何だか嫌な予感がした。
「なら、最強さんとお嬢ちゃんに手伝ってもらうか」
「なんで俺が……」
紅ちゃんに同意するように大きく頷く。何を考えているのかまではわからないけど、さっきの表情を見るに、ろくなことではないだろう。
でもジョーカーさんは紅ちゃんを乗せるのか上手かった。
「まあまあ、少しくらいいいじゃねぇか。退屈はさせねぇよ」
なんてことない一言。そのはずなのにそこに含まれた悪巧みの意思を嗅ぎ取ったのか、紅ちゃんの口角が愉しげに上がる。
「言ったな」
「ああ、男に二言はないぜ」
悪い笑みを浮かべる二人を見て、私はため息をついた。紺炉さんが出かけている今、私ではこの二人を止められない。ならさっさと終わらせて、夕餉の支度に取りかかるのが一番だ。
「「早くやれよー!!」」
双子もゴネ始めた。促すように目配せすれば、ジョーカーさんは待ってましたと言わんばかりに笑みを深くした。
「よし、よく見とけよチビども!」
ジョーカーさんが披露した手品は、指を鳴らすと物体同士がくっつき、もう一度鳴らすと離れるという一見簡単なものだった。最初は居間にあったテレビのリモコンと湯呑みで。磁石でも入っているのかと思ったけれど、双子の持っていたクッキーでやられてしまっては疑いようもない。
絶対にタネも仕掛けもあるはずなのに、ジョーカーさんの手の動きや話術は巧妙で、つい魅入ってしまうのも頷けた。
「じゃあ次で最後な。最強さん、お嬢ちゃんと手を繋いでくれ」
「えっ」
「おいおい、手伝ってくれるんじゃなかったのか?」
確かに手伝うとは言ったけど、一応恋仲でもあるけれど。さすがに人前で繋ぐのは抵抗がある。
躊躇いがちに、ちらりと紅ちゃんを見る。しかし彼は不思議そうに首を傾げただけで、その顔に恥じらいなんてものは微塵もなかった。それどころか膝上から動かせずにいた私の手を掻っ攫い、指まで絡めてきて。
「ちょっ?!」
「これでいいのか?」
全然よくない! 全力で首を横に振るも、紅ちゃんは手を離してくれなかった。せめて繋ぎ方だけでも変えてほしかったのに。
「ああ。今はまだ離せるな」
「問題ねェ」
「よし。じゃあ今から俺が指を鳴らす。そしたら最強さんとお嬢ちゃんの手は絶対に離れない」
私は心臓が煩くてそれどころではなかったけれど、双子は耳を澄ませてその時を待っていた。
ーーぱちん。
ジョーカーさんの指が鳴る。私は繋いだ手を離そうと力を抜いて、目を見張った。手が、離せない。
「「すっげー!!」」
双子が目をキラキラさせて、私と紅ちゃんの繋がれた手を見つめた。二人の小さな手が私たちの手を離そうと何度も試みる。しかし繋がれた手は一度だって離れることはなかった。
「なァ、どうやったんだ?」
「なァなァ、教えろよー!」
「バーカ。教えたらつまんねぇだろうが」
双子に囲まれていたジョーカーさんが、程なくしてよいしょと腰を上げた。
「ジョーカーさん?」
「悪いなお嬢ちゃん。そろそろ知り合いとの約束の時間でな」
そう言う割に、ジョーカーさんの顔は少しも申し訳なさそうじゃなかった。それどころか至極愉しげで、あの顔はそう、まるで悪戯が成功した子どもみたいな。
ヒカゲとヒナタはまだ遊びたりないのか、ジョーカーさんを追いかけて居間を出て行ってしまった。ここにいるのは、私と紅ちゃんの二人だけだ。
「……紅ちゃん」
「あ?」
「もういいでしょ。手、離して」
ジョーカーさんがさっきやって見せた、物体同士がくっつく手品。リモコンやクッキーはどうやってやったのか全くわからないけれど、私と紅ちゃんの手が離れなかったのにはちゃんとタネも仕掛けもある。
紅ちゃんが離すまいと力を入れていたのだ。私や双子の力ではびくともしない程度に。
ヒカゲとヒナタが楽しそうにしていたからあの場では言わなかったけど、まさかジョーカーさんがこんな子どもっぽい悪巧みを考えていたとは思わなかった。それに乗っかる紅ちゃんも紅ちゃんだ。もういい大人なのに。
「ほら、紅ちゃん。早く離してくれないと夕餉の支度できないでしょ」
いつまで経っても繋がれたままの手を軽く揺する。しかし紅ちゃんはふいと拗ねたように顔を逸らしただけで、手を離してはくれなかった。きゅっと、心なしか手を握る力も強くなる。
「紅ちゃん」
「まだ、鳴ってねェだろ」
「え?」
「指、鳴ってねェから離せねェ」
「ふふ、なにそれ」
子どもっぽい言い草に思わず吹き出してしまった。タネも仕掛けも、全部わかってるのに。
「じゃあ、暮六つの鐘が鳴るまでね」
「……」
「じゃないと今日の紅ちゃんのご飯はねぎ焼きになっちゃうかも」
「わかった。鐘が鳴るまでだな」
いまいち納得しきれていない様子の紅ちゃんの肩に頭を預け、目を閉じる。手は相変わらず繋がれたままだったけれど、握る力はさっきよりも少しだけ緩くなっていた。今なら簡単にこの手を離せる。
けど、まだ鐘は鳴っていないから。
離さないように、離れないように。自分よりも大きな手を握り締める。すると紅ちゃんは応えるように、強く優しく、私の手を握り返してくれたのだった。