新門紅丸
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鬼は外、福は内。
節分には豆をまいて邪気を払う。
その慣習は皇国も浅草も同じだけれど、ここ第七は他とは少し毛色が違う。
「みんな準備はいい?」
「はい姐さん、去年の反省を活かして作戦はバッチリです」
「第八の赤髪の兄ちゃんの作ったとらんしーばーがありゃ百人力だぜ」
「では、手筈通りに。散!」
赤い鬼の面を着けて、私と火消の若衆はそれぞれ走り出す。
二月三日、節分の日。
普通の豆まきをクソつまらねェと言い放ったとある双子が、鬼をどこまでも追いかけ続けるようになり、いつしか町の風物詩となってしまった浅草名物 火消かくれ鬼。
タイムリミットは紺兄さんが恵方巻きを作り終えるまで。
負けられない戦いが今始まるーー!
*
『こちらい組、異常ありませんぜドウゾー!』
『こちらろ組、こっちも異常ありませんぜドウゾー! おお、本当に離れた奴の声が聞こえる』
「それやりたいだけでしょ。これは遊びじゃないんだから」
声を潜めてトランシーバーに向かって話しかける。
第七の節分は遊びと舐めてかかると痛い目を見る。なにせ双子たちは本気なのだ。
だから今年は第八のヴァルカンくんに協力をお願いして、彼は事情を話すと親指を立てて快く引き受けてくれた。これが無事終わったら改めてお礼をしないと。
私は深呼吸をして、意識を集中した。
ふわり全身から熱が引いていく感覚のあとに、両目だけが熱を帯びる。
大通りに、町外れに、二丁目の通りに、河原沿いに、よく知る熱を感じる。そしてものすごい速さで移動する二つの熱も。
瞬きをひとつして白い息を吐く。
「は組聞こえるますか? そっちにヒカちゃんとヒナちゃんが向かってる。警戒しつつ移動を」
咳払いしてから小さく「どうぞ」と付け加えると、姐さんも言いたかったんじゃねェですかと笑い声が返ってくる。
仕方ないでしょ、そういうふうに使うってヴァルカンくんが言ってたのだから。ちょっと言ってみたかったのも嘘じゃないけど。
「さてと……」
私もそろそろ移動しないと。双子と私の距離はそう遠くない。残念ながら走りに自信はないのである程度の距離を保っておかないとすぐに追いつかれてしまう。
私の能力は戦闘に向いてないから双子に見つかったら勝ち目はない。三十六計逃げるに如かず。
と、物音を立てないようにゆっくりと腰を上げたときのことだった。
『姐さん! 逃げてくだせェ奴らが、ぎゃああぁ‼︎』
『あんなんに勝てるわけねェ、ぐあぁぁっ‼︎』
トランシーバーから火消仲間たちの悲鳴が響く。
「どうしたの⁈ 落ち着いて状況を……」
『あひぇひぇ、何だこれ?』
『うひぇひぇ、第八のドクロ野郎のじゃねェか?シール付いてら」
聞き覚えのある声に息を呑む。声しか聞こえないはずなのに、機械の向こうにいる相手の顔が手に取るようにわかって、背筋が凍った。
『『さぁて、狩りの始まりだぜ』』
私は慌ててトランシーバーの電源を落として隠れていた納屋の外に出た。
「何、これ?」
遠くから聞こえるのは爆発音と男の人の悲鳴。おそらく鬼役の火消のものだろう。空に伸びる白い煙は爆発音と関係しているのだろうか。
能力を発動させて音のした方を見ると、双子の熱を感じる。
あれはヒナちゃんだ。じゃあヒカちゃんはーー?
「見いつけたァ」
上から声が降ってきて、思わず後ずさる。
「ヒカちゃん!」
「よォ、やっと出てきたな姐御」
納屋の屋根の上にヒカちゃんが筒のようなものを担いで立っていた。
遅れてヒナちゃんもやって来て、揃って私の前に降り立つ。
「向こうは全部片して来たぜ」
「じゃあ姐御が最後だな」
「待って待って、ヒカちゃんとヒナちゃんは鬼に豆を当てるだけでしょ。その武器は何⁈」
黒い筒のようなものを構える二人を慌てて止める。ヒナちゃんの方はまだ微かに細長い煙が出ていて、爆発音の主は恐らくあの筒だ。嫌な予感しかしない。
「こいつは第八のドクロ野郎がくれた豆まきバズーカだ」
「クソダサい名前とドクロ以外はつまらなくねェぜ」
黒塗りの筒には白字で『大熊猫砲』と書かれていてドクロの飾りが付いている。
豆まきとバズーカ、絶対に一緒にしちゃいけない組み合わせだ。
「ドクロ野郎が姐御たちだけに加担するのはフェアじゃねェってな」
「死ぬ気で楽しめって言ってたぞ。覚悟はできたか?」
ヴァルカンくん、やさしい人だなと思ったけれど、人に害のない程度の設計にしてほしかった。
双子からバズーカを向けられ、散っていった火消のみんなを思いながら目を瞑る。
『『鬼はァ……外ォー‼︎』』
爆発音に備えて耳を塞ぐ。けれど音はしたのにくるはずの衝撃はいつまで経ってもこなかった。
恐る恐る目を開けると、飛び込んできたのは大きな背中。
「紅ちゃん……!」
「いつまで遊んでやがる」
私と双子の間に割って入るように紅ちゃんが立っていた。豆まみれで。
「「若に当てちまったー‼︎」」
ぱらぱらと被った豆を払いながら、紅ちゃんは尻餅をついていた私の手を掴んで引っ張り起こした。
「そろそろ帰んぞ。紺炉の飯もできる頃だろ」
「でもまだ紺兄さんから連絡なくて……」
「鬼もまだ払ってねェぞ」
「鬼は家に入れちゃいけねェんだぞ」
まとわりつく双子を宥めながら紅ちゃんはがしがしと頭を掻いた。
「鬼だろうが何だろうが悪さしなけりゃ構わねェよ。もししたとしても俺が何とでもしてやる」
鬼も内、福も内。
浅草の破壊王にしてみれば鬼なんて大したことないのかもしれない。
「まァ帰りたくねェなら無理にとは言わねェが」
最後の言葉だけはちらりと私の方を見て。
「帰るよ! 帰るに決まってるでしょ」
私の家はみんなのいるあそこだけなのだから。
*
『あー、あー。こんなちっせェので本当に聞こえてんのか? 晩飯ができたぞ。なるべく早く帰って来いよ。……ドウゾ』
道中どこかでトランシーバーを落としてしまったようで、詰所に帰った私たちは誰からも返事がなかったとしょんぼりする紺兄さんを相手にする羽目になるのだけれど、それはまた別の話。
節分には豆をまいて邪気を払う。
その慣習は皇国も浅草も同じだけれど、ここ第七は他とは少し毛色が違う。
「みんな準備はいい?」
「はい姐さん、去年の反省を活かして作戦はバッチリです」
「第八の赤髪の兄ちゃんの作ったとらんしーばーがありゃ百人力だぜ」
「では、手筈通りに。散!」
赤い鬼の面を着けて、私と火消の若衆はそれぞれ走り出す。
二月三日、節分の日。
普通の豆まきをクソつまらねェと言い放ったとある双子が、鬼をどこまでも追いかけ続けるようになり、いつしか町の風物詩となってしまった浅草名物 火消かくれ鬼。
タイムリミットは紺兄さんが恵方巻きを作り終えるまで。
負けられない戦いが今始まるーー!
*
『こちらい組、異常ありませんぜドウゾー!』
『こちらろ組、こっちも異常ありませんぜドウゾー! おお、本当に離れた奴の声が聞こえる』
「それやりたいだけでしょ。これは遊びじゃないんだから」
声を潜めてトランシーバーに向かって話しかける。
第七の節分は遊びと舐めてかかると痛い目を見る。なにせ双子たちは本気なのだ。
だから今年は第八のヴァルカンくんに協力をお願いして、彼は事情を話すと親指を立てて快く引き受けてくれた。これが無事終わったら改めてお礼をしないと。
私は深呼吸をして、意識を集中した。
ふわり全身から熱が引いていく感覚のあとに、両目だけが熱を帯びる。
大通りに、町外れに、二丁目の通りに、河原沿いに、よく知る熱を感じる。そしてものすごい速さで移動する二つの熱も。
瞬きをひとつして白い息を吐く。
「は組聞こえるますか? そっちにヒカちゃんとヒナちゃんが向かってる。警戒しつつ移動を」
咳払いしてから小さく「どうぞ」と付け加えると、姐さんも言いたかったんじゃねェですかと笑い声が返ってくる。
仕方ないでしょ、そういうふうに使うってヴァルカンくんが言ってたのだから。ちょっと言ってみたかったのも嘘じゃないけど。
「さてと……」
私もそろそろ移動しないと。双子と私の距離はそう遠くない。残念ながら走りに自信はないのである程度の距離を保っておかないとすぐに追いつかれてしまう。
私の能力は戦闘に向いてないから双子に見つかったら勝ち目はない。三十六計逃げるに如かず。
と、物音を立てないようにゆっくりと腰を上げたときのことだった。
『姐さん! 逃げてくだせェ奴らが、ぎゃああぁ‼︎』
『あんなんに勝てるわけねェ、ぐあぁぁっ‼︎』
トランシーバーから火消仲間たちの悲鳴が響く。
「どうしたの⁈ 落ち着いて状況を……」
『あひぇひぇ、何だこれ?』
『うひぇひぇ、第八のドクロ野郎のじゃねェか?シール付いてら」
聞き覚えのある声に息を呑む。声しか聞こえないはずなのに、機械の向こうにいる相手の顔が手に取るようにわかって、背筋が凍った。
『『さぁて、狩りの始まりだぜ』』
私は慌ててトランシーバーの電源を落として隠れていた納屋の外に出た。
「何、これ?」
遠くから聞こえるのは爆発音と男の人の悲鳴。おそらく鬼役の火消のものだろう。空に伸びる白い煙は爆発音と関係しているのだろうか。
能力を発動させて音のした方を見ると、双子の熱を感じる。
あれはヒナちゃんだ。じゃあヒカちゃんはーー?
「見いつけたァ」
上から声が降ってきて、思わず後ずさる。
「ヒカちゃん!」
「よォ、やっと出てきたな姐御」
納屋の屋根の上にヒカちゃんが筒のようなものを担いで立っていた。
遅れてヒナちゃんもやって来て、揃って私の前に降り立つ。
「向こうは全部片して来たぜ」
「じゃあ姐御が最後だな」
「待って待って、ヒカちゃんとヒナちゃんは鬼に豆を当てるだけでしょ。その武器は何⁈」
黒い筒のようなものを構える二人を慌てて止める。ヒナちゃんの方はまだ微かに細長い煙が出ていて、爆発音の主は恐らくあの筒だ。嫌な予感しかしない。
「こいつは第八のドクロ野郎がくれた豆まきバズーカだ」
「クソダサい名前とドクロ以外はつまらなくねェぜ」
黒塗りの筒には白字で『大熊猫砲』と書かれていてドクロの飾りが付いている。
豆まきとバズーカ、絶対に一緒にしちゃいけない組み合わせだ。
「ドクロ野郎が姐御たちだけに加担するのはフェアじゃねェってな」
「死ぬ気で楽しめって言ってたぞ。覚悟はできたか?」
ヴァルカンくん、やさしい人だなと思ったけれど、人に害のない程度の設計にしてほしかった。
双子からバズーカを向けられ、散っていった火消のみんなを思いながら目を瞑る。
『『鬼はァ……外ォー‼︎』』
爆発音に備えて耳を塞ぐ。けれど音はしたのにくるはずの衝撃はいつまで経ってもこなかった。
恐る恐る目を開けると、飛び込んできたのは大きな背中。
「紅ちゃん……!」
「いつまで遊んでやがる」
私と双子の間に割って入るように紅ちゃんが立っていた。豆まみれで。
「「若に当てちまったー‼︎」」
ぱらぱらと被った豆を払いながら、紅ちゃんは尻餅をついていた私の手を掴んで引っ張り起こした。
「そろそろ帰んぞ。紺炉の飯もできる頃だろ」
「でもまだ紺兄さんから連絡なくて……」
「鬼もまだ払ってねェぞ」
「鬼は家に入れちゃいけねェんだぞ」
まとわりつく双子を宥めながら紅ちゃんはがしがしと頭を掻いた。
「鬼だろうが何だろうが悪さしなけりゃ構わねェよ。もししたとしても俺が何とでもしてやる」
鬼も内、福も内。
浅草の破壊王にしてみれば鬼なんて大したことないのかもしれない。
「まァ帰りたくねェなら無理にとは言わねェが」
最後の言葉だけはちらりと私の方を見て。
「帰るよ! 帰るに決まってるでしょ」
私の家はみんなのいるあそこだけなのだから。
*
『あー、あー。こんなちっせェので本当に聞こえてんのか? 晩飯ができたぞ。なるべく早く帰って来いよ。……ドウゾ』
道中どこかでトランシーバーを落としてしまったようで、詰所に帰った私たちは誰からも返事がなかったとしょんぼりする紺兄さんを相手にする羽目になるのだけれど、それはまた別の話。