新門紅丸
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飲んで食べて、騒いで飲んで。
詰所には代わる代わる町の人たちが訪れて浅草の破壊王(今は愉快王である)の誕生日を祝っていく。
主役の紅ちゃんはもちろんお誕生日席でその盃が空になることはない。本人も楽しそうだからいいのだけれど、毎年のことながら大変そうだ。料理を運びながら横目でちらりと盗み見ると愉快王と視線が絡んだ気がしてどきりと心臓が鳴った。
文字通り朝から晩まで飲んで、大広間に静けさが戻ったのは子の初刻。まだまだ遊び足りないとごねては大欠伸するヒカちゃんとヒナちゃんを寝かしつけて戻ると、死屍累々。押入れから布団やら膝掛けやらを引っ張り出して酔っ払いたちの上に掛けていく。
紅ちゃんも例に漏れずすやすやと寝息を立てていて、ふわりとその上に膝掛けを掛けた。たくさん飲んで楽しかったのか、顔が愉快王だからか、一升瓶を抱えるその寝顔はいつもより満足そうだ。
穏やかな寝顔をもう少しだけ眺めていたくて顔にかかる黒髪を避けてやると、閉じていた紅い瞳がゆっくりと顔を出した。
「ごめん、起こした?」
ぱちぱちと数回瞬いて紅ちゃんが気怠げに身体を起こす。水を差し出すとぼんやりした顔で受け取って、わずかに湯呑みを傾けている。
まだ覚醒しきってはいないようだが、酔いが回っているわけでもないみたいだ。少なくとも顔は笑っていない。
「紅ちゃん、ちょっとだけいい?」
片眉を上げる紅ちゃんを手招きして大広間を出る。色々あって渡すタイミングをすっかり逃して、明日でもいいかなんて考えていたけれどやっぱり当日に受け取ってほしい、なんて欲が出た。
よたよたと歩く紅ちゃんの手を引いて台所へ。踏み台を使って、こっそり戸棚の奥に隠しておいた箱を取り出す。店の主がサービスしておいたから、と耳打ちしてきただけあって中身に釣り合わないほど豪華な包装がされていて、渡すのに変に緊張する。
「遅くなっちゃったけど改めて、誕生日おめでとう紅ちゃん」
「開けていいのか」
「もちろん、気に入ってもらえたら嬉しいけど」
しゅるりと赤い紐を解いて桐の箱を開ける。店内で一目惚れして購入した切子硝子の徳利と盃だ。彼の好きな青にしようか迷って赤にした。紅ちゃんと同じ強い赤色に惹きつけられたのもあるかもしれない。
「こっちはお前のか?」
「へ?」
差し出された盃に目を開く。中には買った覚えのないお揃いの盃がもう一つ入っていて、店主の言っていた『サービス』を思い出す。なんて粋な。今度は菓子折りでも持って行かないといけない。
「なァ、これ今から使いてェ」
「今から? あんなに飲んだのに?」
「飲み足りねェ。紺炉にもらったこれもある」
「その一升瓶全然離さないと思ったら紺兄さんにもらったんだね」
ずいと目の前に押し出された一升瓶には『最愛 すぺしゃるえでぃしょん』と書かれていて、なんと金粉入りらしい。
「駄目か?」
紅ちゃんは私が断らないことを知ってて聞いてくるからずるい。お誕生日様のお願いなら尚のこと断れるわけがない。
私は了承して、酒器と簡単なおつまみの準備に取り掛かった。
*
せっかくだから月見酒をしようとなったのはほんの思いつきだった。つまみとお酒を準備して台所だと味気ないからと移動したときに、見上げた夜空に綺麗な三日月が浮かんでいて思わず足が止まった。
「秋でも満月でもねェのにか?」
「酔っ払いの山を見ながらよりはマシでしょ」
縁側に腰を下ろして軽く乾杯する。切子硝子を持ち上げて月を透かせばきらきらと赤色が揺らめいた。
「楽しいのかそれ」
「意外と楽しいよ。紅ちゃんもやってみる?」
盃に口をつけかけていた彼は私に続くように硝子を持ち上げた。月明かりに照らされて、好きな紅色が、不揃いな双眸がきらりと光を反射する。
「綺麗……」
「見るのは月にしとけ」
「うっ」
惚けていた私の鼻を紅ちゃんがぎゅっと摘んだ。照れか酔いか、酒を呷る彼の頬がほんのりと赤く染まる。心から出た言葉だけど言ったほうも恥ずかしくなってきて、私もかき消すようにひとくち呷った。
美味しい。いつものとは少し風味が違うけれど、後味がすっきりしていて結構好きかもしれない。
紅ちゃんの空の盃にお酌すると、今度は私のほうにも注いでくれる。
「これ、気に入ってくれた?」
「ああ。悪くねェ」
「よかった。毎年贈り物を考えてると、何がいいのかだんだんわからなくなってきちゃって。欲しいものとかあったら遠慮せずに言ってね」
紅ちゃんはくいと盃を傾けてまたすぐに空にすした。次を注ごうと瓶を手に取ると、大きな手がそれを制止した。
細められた目の隙間から紅い光がまっすぐこちらを捉え、あまりの美しさに息をするのを忘れそうになる。
「お前とゆっくり、一日過ごしてェ」
ぽつりと零されたのは、夜空に吸い込まれてしまいそうな、ささやかすぎるお願い。けれど浅草を纏め上げる彼にとって、その願いがどれほど難しく、手に入れ難いものか、私にはよくわかる。それでも、答えは最初からひとつしかない。
「そんなのいくらでも叶えてあげるよ」
私の答えに紅い双眸がぱちくりと瞬いた。驚く彼に、私は胸を張ってもう一度繰り返す。
「いくらでも叶えるよ」
たとえ難しい願いだとしても、彼が願うのならいつになろうと、必ず叶えてみせる。一日と言わず何度でも、私にできることなら何だって。
真っ直ぐに彼を見つめ返すと、少し遅れて「お前はそういう奴だったな」と微かに笑う気配がした。長いこと一緒にいるんだから、私の性格なんてよく知ってるでしょうに。忘れてもらっては困る。
ずっとそばにいる覚悟だってとうの昔にできているのだから。
私は盃に残っていたお酒を飲み干して、紅ちゃんの腕に自分のを絡ませた。逞しい身体に体重を預けると「酔ってンのか」と声がした。愉快王の紅ちゃんに言われたくはないけれど、ここは静かに頷いておく。
「ん、酔ってる」
酔っているから、もたれるのも許してほしい。宙ぶらりんの指先がかさついた手に絡め取られてそっと包み込まれる。触れたところから伝わってくる体温が愛おしくて指先で彼の手の甲を摩ると、頭にのしかかってくる重みに思わず笑みが溢れた。
「紅ちゃんも酔ってる?」
「……酔ってねェ」
月明かりが寒空を照らしている。吐く息は白いのにちっとも寒くなくて、ずっとこのまま二人で居たくなってしまう。
私も何が欲しいって訊かれたら、紅ちゃんと同じことを言うに違いない。そうしたら彼はなんて答えてくれるだろうか。
「ねえ、紅ちゃん」
「あ?」
「んーん、何でもない」
ふざけんな、とばかりに頭をぐりぐりされた。仕方ないじゃない。だって私も貴方がどんな奴がよく知っていて、訊いても意味がないとわかってしまったから。
答えは最初からひとつしかない、って。
詰所には代わる代わる町の人たちが訪れて浅草の破壊王(今は愉快王である)の誕生日を祝っていく。
主役の紅ちゃんはもちろんお誕生日席でその盃が空になることはない。本人も楽しそうだからいいのだけれど、毎年のことながら大変そうだ。料理を運びながら横目でちらりと盗み見ると愉快王と視線が絡んだ気がしてどきりと心臓が鳴った。
文字通り朝から晩まで飲んで、大広間に静けさが戻ったのは子の初刻。まだまだ遊び足りないとごねては大欠伸するヒカちゃんとヒナちゃんを寝かしつけて戻ると、死屍累々。押入れから布団やら膝掛けやらを引っ張り出して酔っ払いたちの上に掛けていく。
紅ちゃんも例に漏れずすやすやと寝息を立てていて、ふわりとその上に膝掛けを掛けた。たくさん飲んで楽しかったのか、顔が愉快王だからか、一升瓶を抱えるその寝顔はいつもより満足そうだ。
穏やかな寝顔をもう少しだけ眺めていたくて顔にかかる黒髪を避けてやると、閉じていた紅い瞳がゆっくりと顔を出した。
「ごめん、起こした?」
ぱちぱちと数回瞬いて紅ちゃんが気怠げに身体を起こす。水を差し出すとぼんやりした顔で受け取って、わずかに湯呑みを傾けている。
まだ覚醒しきってはいないようだが、酔いが回っているわけでもないみたいだ。少なくとも顔は笑っていない。
「紅ちゃん、ちょっとだけいい?」
片眉を上げる紅ちゃんを手招きして大広間を出る。色々あって渡すタイミングをすっかり逃して、明日でもいいかなんて考えていたけれどやっぱり当日に受け取ってほしい、なんて欲が出た。
よたよたと歩く紅ちゃんの手を引いて台所へ。踏み台を使って、こっそり戸棚の奥に隠しておいた箱を取り出す。店の主がサービスしておいたから、と耳打ちしてきただけあって中身に釣り合わないほど豪華な包装がされていて、渡すのに変に緊張する。
「遅くなっちゃったけど改めて、誕生日おめでとう紅ちゃん」
「開けていいのか」
「もちろん、気に入ってもらえたら嬉しいけど」
しゅるりと赤い紐を解いて桐の箱を開ける。店内で一目惚れして購入した切子硝子の徳利と盃だ。彼の好きな青にしようか迷って赤にした。紅ちゃんと同じ強い赤色に惹きつけられたのもあるかもしれない。
「こっちはお前のか?」
「へ?」
差し出された盃に目を開く。中には買った覚えのないお揃いの盃がもう一つ入っていて、店主の言っていた『サービス』を思い出す。なんて粋な。今度は菓子折りでも持って行かないといけない。
「なァ、これ今から使いてェ」
「今から? あんなに飲んだのに?」
「飲み足りねェ。紺炉にもらったこれもある」
「その一升瓶全然離さないと思ったら紺兄さんにもらったんだね」
ずいと目の前に押し出された一升瓶には『最愛 すぺしゃるえでぃしょん』と書かれていて、なんと金粉入りらしい。
「駄目か?」
紅ちゃんは私が断らないことを知ってて聞いてくるからずるい。お誕生日様のお願いなら尚のこと断れるわけがない。
私は了承して、酒器と簡単なおつまみの準備に取り掛かった。
*
せっかくだから月見酒をしようとなったのはほんの思いつきだった。つまみとお酒を準備して台所だと味気ないからと移動したときに、見上げた夜空に綺麗な三日月が浮かんでいて思わず足が止まった。
「秋でも満月でもねェのにか?」
「酔っ払いの山を見ながらよりはマシでしょ」
縁側に腰を下ろして軽く乾杯する。切子硝子を持ち上げて月を透かせばきらきらと赤色が揺らめいた。
「楽しいのかそれ」
「意外と楽しいよ。紅ちゃんもやってみる?」
盃に口をつけかけていた彼は私に続くように硝子を持ち上げた。月明かりに照らされて、好きな紅色が、不揃いな双眸がきらりと光を反射する。
「綺麗……」
「見るのは月にしとけ」
「うっ」
惚けていた私の鼻を紅ちゃんがぎゅっと摘んだ。照れか酔いか、酒を呷る彼の頬がほんのりと赤く染まる。心から出た言葉だけど言ったほうも恥ずかしくなってきて、私もかき消すようにひとくち呷った。
美味しい。いつものとは少し風味が違うけれど、後味がすっきりしていて結構好きかもしれない。
紅ちゃんの空の盃にお酌すると、今度は私のほうにも注いでくれる。
「これ、気に入ってくれた?」
「ああ。悪くねェ」
「よかった。毎年贈り物を考えてると、何がいいのかだんだんわからなくなってきちゃって。欲しいものとかあったら遠慮せずに言ってね」
紅ちゃんはくいと盃を傾けてまたすぐに空にすした。次を注ごうと瓶を手に取ると、大きな手がそれを制止した。
細められた目の隙間から紅い光がまっすぐこちらを捉え、あまりの美しさに息をするのを忘れそうになる。
「お前とゆっくり、一日過ごしてェ」
ぽつりと零されたのは、夜空に吸い込まれてしまいそうな、ささやかすぎるお願い。けれど浅草を纏め上げる彼にとって、その願いがどれほど難しく、手に入れ難いものか、私にはよくわかる。それでも、答えは最初からひとつしかない。
「そんなのいくらでも叶えてあげるよ」
私の答えに紅い双眸がぱちくりと瞬いた。驚く彼に、私は胸を張ってもう一度繰り返す。
「いくらでも叶えるよ」
たとえ難しい願いだとしても、彼が願うのならいつになろうと、必ず叶えてみせる。一日と言わず何度でも、私にできることなら何だって。
真っ直ぐに彼を見つめ返すと、少し遅れて「お前はそういう奴だったな」と微かに笑う気配がした。長いこと一緒にいるんだから、私の性格なんてよく知ってるでしょうに。忘れてもらっては困る。
ずっとそばにいる覚悟だってとうの昔にできているのだから。
私は盃に残っていたお酒を飲み干して、紅ちゃんの腕に自分のを絡ませた。逞しい身体に体重を預けると「酔ってンのか」と声がした。愉快王の紅ちゃんに言われたくはないけれど、ここは静かに頷いておく。
「ん、酔ってる」
酔っているから、もたれるのも許してほしい。宙ぶらりんの指先がかさついた手に絡め取られてそっと包み込まれる。触れたところから伝わってくる体温が愛おしくて指先で彼の手の甲を摩ると、頭にのしかかってくる重みに思わず笑みが溢れた。
「紅ちゃんも酔ってる?」
「……酔ってねェ」
月明かりが寒空を照らしている。吐く息は白いのにちっとも寒くなくて、ずっとこのまま二人で居たくなってしまう。
私も何が欲しいって訊かれたら、紅ちゃんと同じことを言うに違いない。そうしたら彼はなんて答えてくれるだろうか。
「ねえ、紅ちゃん」
「あ?」
「んーん、何でもない」
ふざけんな、とばかりに頭をぐりぐりされた。仕方ないじゃない。だって私も貴方がどんな奴がよく知っていて、訊いても意味がないとわかってしまったから。
答えは最初からひとつしかない、って。