新門紅丸
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「ちょっといいかい?」
障子戸の向こうから声がして、帳簿から顔を上げる。どうぞ、と招き入れれば紺兄さんがお盆を持って部屋に入って来た。
「仕事任せっきりで悪ィな」
「こんなのどうってことないよ」
年度末が近いこの時期は、どうしても書類仕事が溜まりがちになる。文机の上に積まれた書類を見た紺兄さんは申し訳なさそうな顔をしたけれど、私は非戦闘員。できることが限られているからこそ、こういう時くらい役に立たせてほしい。
「それより聞いてよ、纏の費用が去年の記録を更新してたの」
「若は遠慮がねェからなァ」
「足りなくなったら紅ちゃんのお小遣いから引いてやろうかしら」
帳簿と睨めっこしながらむぅと唇を尖らせると、紺兄さんが困ったような笑みを浮かべて文机の端にお盆を置いた。
「まあなんだ、茶でも飲んで一回落ち着きな」
ほわりと温かそうな湯気が立ち上る。お盆の上には緑茶と、赤い梅の花の練りきりが載っていた。
「わっ、これ食べたかったやつ!」
「そうなのか」
「すごく人気なんだよ。並ぶの大変だったでしょ」
浅草老舗和菓子屋の二月の新作。うぐいす餅同様すぐに売り切れるという練りきりである。これを手に入れるだなんて、さすが紺兄さんだ。
可愛くて食べるのが勿体なく感じたが、これを逃したら次いつお目にかかれるかわからない。一足先にやって来た春をひとくち。こし餡がしっとり滑らかで、上品な甘さが口の中で溶けていく。これに紺兄さんの淹れる緑茶が合わないわけがない。お気に入りの湯呑みに入った緑茶は程よい温度になっていてちょうど飲み頃。
ひとくち飲んでーー。ん? と違和感に首を傾げ、もうひとくち。やっぱりおかしい。
詰所で一番お茶を淹れるのが上手いと自負する紺兄さんの腕前は私もよく知っている。だから飲む度にこんなに口の中に茶葉が入ってくる、なんてことは今まで一度もなくて。
わざわざ淹れてもらったということもあり何も言えずお茶を啜る私に、とうとう紺兄さんが吹き出した。
「え、ちょ、何⁈」
「いや悪ィ悪ィ。あんまり素直に飲むからおかしくてよ」
「あ、やっぱりこれ淹れたの紺兄さんじゃなかったのね」
「まあ、そうだな」
じゃあ誰が、と言いかけて花びらの一枚欠けた梅の花に視線を落とす。私がこれを食べたいと話したのは誰だったか。散歩しながら適当に相槌を打っていたのは誰だったか。そんなの、一人しかいない。
「……お小遣い減らすのはやめておいてあげようかな」
「ああ、そうしてやってくれ」
ずずっと濃くて渋いお茶を啜る。ちょっと茶葉が気になるけど、練りきりと食べると段々美味しいような気がしてきた。
仕事もひと段落して、お盆を持ってお勝手に向かうと賭場から帰ってきたらしい紅ちゃんと鉢合わせした。
「終わったのか」
「うん、今日のところは」
「ン。ご苦労さん」
「ねえ紅ちゃん」
お茶、飲みたいんだけど。そうお願いすると、彼はぱちりと一度瞬いて、ばつが悪そうに頭を掻いた。
今度はちゃんと、君から受け取りたい。
そうしたら、明日からの仕事も頑張れそうな気がするんだ。
障子戸の向こうから声がして、帳簿から顔を上げる。どうぞ、と招き入れれば紺兄さんがお盆を持って部屋に入って来た。
「仕事任せっきりで悪ィな」
「こんなのどうってことないよ」
年度末が近いこの時期は、どうしても書類仕事が溜まりがちになる。文机の上に積まれた書類を見た紺兄さんは申し訳なさそうな顔をしたけれど、私は非戦闘員。できることが限られているからこそ、こういう時くらい役に立たせてほしい。
「それより聞いてよ、纏の費用が去年の記録を更新してたの」
「若は遠慮がねェからなァ」
「足りなくなったら紅ちゃんのお小遣いから引いてやろうかしら」
帳簿と睨めっこしながらむぅと唇を尖らせると、紺兄さんが困ったような笑みを浮かべて文机の端にお盆を置いた。
「まあなんだ、茶でも飲んで一回落ち着きな」
ほわりと温かそうな湯気が立ち上る。お盆の上には緑茶と、赤い梅の花の練りきりが載っていた。
「わっ、これ食べたかったやつ!」
「そうなのか」
「すごく人気なんだよ。並ぶの大変だったでしょ」
浅草老舗和菓子屋の二月の新作。うぐいす餅同様すぐに売り切れるという練りきりである。これを手に入れるだなんて、さすが紺兄さんだ。
可愛くて食べるのが勿体なく感じたが、これを逃したら次いつお目にかかれるかわからない。一足先にやって来た春をひとくち。こし餡がしっとり滑らかで、上品な甘さが口の中で溶けていく。これに紺兄さんの淹れる緑茶が合わないわけがない。お気に入りの湯呑みに入った緑茶は程よい温度になっていてちょうど飲み頃。
ひとくち飲んでーー。ん? と違和感に首を傾げ、もうひとくち。やっぱりおかしい。
詰所で一番お茶を淹れるのが上手いと自負する紺兄さんの腕前は私もよく知っている。だから飲む度にこんなに口の中に茶葉が入ってくる、なんてことは今まで一度もなくて。
わざわざ淹れてもらったということもあり何も言えずお茶を啜る私に、とうとう紺兄さんが吹き出した。
「え、ちょ、何⁈」
「いや悪ィ悪ィ。あんまり素直に飲むからおかしくてよ」
「あ、やっぱりこれ淹れたの紺兄さんじゃなかったのね」
「まあ、そうだな」
じゃあ誰が、と言いかけて花びらの一枚欠けた梅の花に視線を落とす。私がこれを食べたいと話したのは誰だったか。散歩しながら適当に相槌を打っていたのは誰だったか。そんなの、一人しかいない。
「……お小遣い減らすのはやめておいてあげようかな」
「ああ、そうしてやってくれ」
ずずっと濃くて渋いお茶を啜る。ちょっと茶葉が気になるけど、練りきりと食べると段々美味しいような気がしてきた。
仕事もひと段落して、お盆を持ってお勝手に向かうと賭場から帰ってきたらしい紅ちゃんと鉢合わせした。
「終わったのか」
「うん、今日のところは」
「ン。ご苦労さん」
「ねえ紅ちゃん」
お茶、飲みたいんだけど。そうお願いすると、彼はぱちりと一度瞬いて、ばつが悪そうに頭を掻いた。
今度はちゃんと、君から受け取りたい。
そうしたら、明日からの仕事も頑張れそうな気がするんだ。