新門紅丸
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皇国には『くりすます』なるお祭りがあるらしい。
三太という赤服の翁が夜な夜な家屋に忍び込み、子どもたちの枕元に贈り物を置いて行く、ヘンテコなお祭りだ。
よくわからないけれど、この時期になると皇国はやたら派手な電気で町中チカチカしているし、心なしかみんな楽しそうにしている。楽しいのはいいことだ。
そしてここ浅草も派手な祭り事は大好きで、皇国の祭りだろうと騒げるなら関係ないと、年々少しずつ『くりすます』が馴染んで来ている。
私もそのお祭りに便乗する一人。
草木も眠る丑三つ時。私は床板から伝わる冷たさに身を震わせながら廊下を歩いていた。
本当はもう少し早く終わらせるつもりだったが「「三太のジジィを捕まえてやる‼︎」」とヒカゲとヒナタが息巻いて、それはもう全く寝てくれなかった。お互い粘りに粘って、ようやく寝てくれたのが今さっき。起こさないよう慎重に部屋に入り、張り巡らされた罠を回避しつつ枕元に贈り物を置いた。三太も楽じゃない。でも明日の朝、二人の喜ぶ顔が楽しみだ。
風邪をひかないよう二人に布団を掛けてから向かったのは紺兄さんの部屋だ。相手はあの紺兄さん。枕元にそっと贈り物を置く、なんてのは端から無理な話で。襖に近付いた瞬間に「誰だ?」と普段より温度のない声が聞こえた。うっかり侵入して腕を捻り上げられたら堪ったもんじゃない。正直に名乗ると「なんだ、お前さんか」といつもの優しい紺兄さんが襖を開けてくれた。
「うちの三太は気前がいいな。大人の俺にもぷれぜんとをくれるのか」
「フォフォフォ、紺兄さんが良い子なのはよく知ってるからね」
「三太からしたら俺も良い子か! ありがとよ。お礼と言っちゃあ何だが……」
そう言って紺兄さんが差し出してきたのは私の大好きな和風パイだった。浅草の老舗和菓子屋の息子が皇国で修行した末に編み出したお菓子で、餡子とバターを練り込んだパイ生地がよく合って美味しいのだ。
「いいの……?」
「ああ。お勤めご苦労さん」
「めりーくりすます!」
全部終わった後に食べようと、私は残る一つの贈り物の入った袋にそっとお菓子をしまった。
残る一つは言わずもがな、紅ちゃんである。紺兄さん同様バレずに彼の枕元に贈り物を置くのは不可能に近く、だから私は前もって彼を酔わせておいた。いつもは飲みすぎと注意するところを止めず、酔い潰れるまでお猪口に酒を注ぎ続けたのだ。
しこたま飲ませたからきっと熟睡しているはず。そして予想通り、襖の前まで来ても声が掛かることはなかった。中に入ると規則正しい寝息が聞こえた。よく眠っている。
枕元に近付く度に微かに畳が軋んだが起きる気配は全くない。袋から彼への贈り物(お気に入りの日本酒、冬限定の生酒である)を取り出して枕元に置く。これで三太のお勤め無事完遂。貰ったお菓子の味も格別に違いなーー、
「いいぷれぜんとじゃねェか」
「うわっ⁈」
気付けば布団の中にいた。何が起こったのかもわからない程、一瞬の出来事だった。
何で? 寝てたはずではと困惑する私を酒が残っているのかとろんとした非対称の瞳が見下ろしてくる。
「ちが、ぷれぜんとはあっち!」
両手首を掴まれながらも動く指先で必死に枕元に置いた酒瓶を差す。つられるように視線が動き、「ああ」と納得したような声にほっとしたのも束の間、再びこちらを向いた彼が笑っていたのに息を呑んだ。
愉快王とは違う笑顔。あんなに飲ませたのに酔いなどとっくに醒めていたらしい。
「あれはあれ。これはこれ、だろ」
貰えるもんは貰っとけってな、と愉しげに目を細める彼に、来年は大量のねぎを用意しようと三太は心に決めるのだった。
三太という赤服の翁が夜な夜な家屋に忍び込み、子どもたちの枕元に贈り物を置いて行く、ヘンテコなお祭りだ。
よくわからないけれど、この時期になると皇国はやたら派手な電気で町中チカチカしているし、心なしかみんな楽しそうにしている。楽しいのはいいことだ。
そしてここ浅草も派手な祭り事は大好きで、皇国の祭りだろうと騒げるなら関係ないと、年々少しずつ『くりすます』が馴染んで来ている。
私もそのお祭りに便乗する一人。
草木も眠る丑三つ時。私は床板から伝わる冷たさに身を震わせながら廊下を歩いていた。
本当はもう少し早く終わらせるつもりだったが「「三太のジジィを捕まえてやる‼︎」」とヒカゲとヒナタが息巻いて、それはもう全く寝てくれなかった。お互い粘りに粘って、ようやく寝てくれたのが今さっき。起こさないよう慎重に部屋に入り、張り巡らされた罠を回避しつつ枕元に贈り物を置いた。三太も楽じゃない。でも明日の朝、二人の喜ぶ顔が楽しみだ。
風邪をひかないよう二人に布団を掛けてから向かったのは紺兄さんの部屋だ。相手はあの紺兄さん。枕元にそっと贈り物を置く、なんてのは端から無理な話で。襖に近付いた瞬間に「誰だ?」と普段より温度のない声が聞こえた。うっかり侵入して腕を捻り上げられたら堪ったもんじゃない。正直に名乗ると「なんだ、お前さんか」といつもの優しい紺兄さんが襖を開けてくれた。
「うちの三太は気前がいいな。大人の俺にもぷれぜんとをくれるのか」
「フォフォフォ、紺兄さんが良い子なのはよく知ってるからね」
「三太からしたら俺も良い子か! ありがとよ。お礼と言っちゃあ何だが……」
そう言って紺兄さんが差し出してきたのは私の大好きな和風パイだった。浅草の老舗和菓子屋の息子が皇国で修行した末に編み出したお菓子で、餡子とバターを練り込んだパイ生地がよく合って美味しいのだ。
「いいの……?」
「ああ。お勤めご苦労さん」
「めりーくりすます!」
全部終わった後に食べようと、私は残る一つの贈り物の入った袋にそっとお菓子をしまった。
残る一つは言わずもがな、紅ちゃんである。紺兄さん同様バレずに彼の枕元に贈り物を置くのは不可能に近く、だから私は前もって彼を酔わせておいた。いつもは飲みすぎと注意するところを止めず、酔い潰れるまでお猪口に酒を注ぎ続けたのだ。
しこたま飲ませたからきっと熟睡しているはず。そして予想通り、襖の前まで来ても声が掛かることはなかった。中に入ると規則正しい寝息が聞こえた。よく眠っている。
枕元に近付く度に微かに畳が軋んだが起きる気配は全くない。袋から彼への贈り物(お気に入りの日本酒、冬限定の生酒である)を取り出して枕元に置く。これで三太のお勤め無事完遂。貰ったお菓子の味も格別に違いなーー、
「いいぷれぜんとじゃねェか」
「うわっ⁈」
気付けば布団の中にいた。何が起こったのかもわからない程、一瞬の出来事だった。
何で? 寝てたはずではと困惑する私を酒が残っているのかとろんとした非対称の瞳が見下ろしてくる。
「ちが、ぷれぜんとはあっち!」
両手首を掴まれながらも動く指先で必死に枕元に置いた酒瓶を差す。つられるように視線が動き、「ああ」と納得したような声にほっとしたのも束の間、再びこちらを向いた彼が笑っていたのに息を呑んだ。
愉快王とは違う笑顔。あんなに飲ませたのに酔いなどとっくに醒めていたらしい。
「あれはあれ。これはこれ、だろ」
貰えるもんは貰っとけってな、と愉しげに目を細める彼に、来年は大量のねぎを用意しようと三太は心に決めるのだった。