新門紅丸
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ふと視線を感じて顔を上げると、鏡越しに赤い双眸と目が合った。
「紅、早いね」
髪を梳かしていた手を止めて、眠たげな彼に声をかける。まだお天道様も顔を出したばかりの時間帯だ。いつもは起こしに行くまで寝てるというのに珍しい。朝餉ができるまでもう少し掛かると伝えるも、紅はくあっと欠伸をしてがしがしと頭を掻きながらこちらにやって来た。
「貸せ。やってやる」
後ろから伸びてきた手に数度瞬く。意図を図りかねて固まっていると、「早くしろ」と大きな手のひらに急かされた。持っていたつげ櫛を渡す。前に流れていた髪を乾いた指先が背中に攫っていき、肌を掠めた熱に思わず身動ぐと、彼の口元が僅かに上がるのが見えた。
「笑わないでよ。ちょっとびっくりしただけだから」
「そうかよ」
「紅に髪を梳いてもらうの、久々だね」
子どもの頃は身だしなみに無頓着だった私を見かねて、紅が毎日髪を梳いてくれていた。ヒカゲとヒナタの髪が伸びてきてからは、紅に梳いてもらう権利は二人に譲り、さすがに自分でするようになったけれど。懐かしくて、照れ臭くて、なんだか緊張する。
「この櫛、まだ使ってンのか」
じっと黙り込んでいたら毛先を梳いていた紅が手元に目をやったままそんなことを零した。覚えてたのかと少しだけ驚く。この櫛は彼が私の髪を梳くようになった時に「持ってろ」と半ば押し付けるようにくれたものだった。当時は物の価値を知らなくて、子どものお小遣いで買うには高すぎる代物だと知ったのは、もう少し大人になってからの話だ。私には勿体ない程のものだけど、だからこそ、長く丁寧に使っている。
「当たり前じゃない。良い色になってきたでしょ」
何年も使い込んだつげ櫛は黄色から飴色に変化した。きっとこれからもっと良い色になっていく。その時はまた紅に見てもらおう。
「髪もだいぶ伸びたな」
「そりゃあ、あの頃よりはね」
するすると上から下へ櫛が流れていく。自分でやるのとそう変わらないはずなのに、紅がやるととても心地いいから不思議だ。心地よすぎてつい目を閉じてしまって、気付いた時には紅が私の髪を纏め始めていた。
「ごめん、紅。簪はここに……」
慌てて鏡台の引き出しを開ける。今日はどの簪にしようか。折角だから紅に選んでもらうのも悪くない。
「もう終わった」
「え」
まだ選んでいないのに? どういうことかと顔を傾けて鏡を見ると、綺麗に結い上げられたそこには見覚えのない玉簪が挿してあった。赤い蜻蛉玉に金色で描かれた花が咲き誇っていて、大輪の花火のようにも見える。
「これ……っ」
鏡から紅の姿が消えたと思ったら、くいと着物の衿を引かれ、うなじに柔らかいものが触れた。ゆっくりと離れていく吐息に、慌てて熱の残るそこを手で押さえる。一気に顔が茹るのを感じながら振り向くと、非対称の瞳が愉快そうにこちらを見ていた。
「こいつより真っ赤じゃねェか」
こつり、と無骨な指が蜻蛉玉を弾く。誰のせいでと文句を言うも紅はクツクツと笑うばかりでちっとも取り合ってくれない。
「俺ァ寝る。飯できたら起こせ」
一頻り愉しんで満足したらしい紅が、くあ、と再び大きな欠伸をした。わざわざ私の起きる時間に合わせなくてもよかったのに、と相変わらず眠そうな彼に頬が緩む。年月とともに背丈や関係性、色んなものが変わったけれど、彼の不器用な優しさだけは今も昔も変わらない。
「紅、ありがとう。大事にするね」
盛り上がった布団に声をかけると「ン」と短い返事が返ってきて、すぐにすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえた。
本当、無理しちゃって。でもそんな紅の不器用な優しさが、私も昔から愛おしくて堪らないのだ。
「紅、早いね」
髪を梳かしていた手を止めて、眠たげな彼に声をかける。まだお天道様も顔を出したばかりの時間帯だ。いつもは起こしに行くまで寝てるというのに珍しい。朝餉ができるまでもう少し掛かると伝えるも、紅はくあっと欠伸をしてがしがしと頭を掻きながらこちらにやって来た。
「貸せ。やってやる」
後ろから伸びてきた手に数度瞬く。意図を図りかねて固まっていると、「早くしろ」と大きな手のひらに急かされた。持っていたつげ櫛を渡す。前に流れていた髪を乾いた指先が背中に攫っていき、肌を掠めた熱に思わず身動ぐと、彼の口元が僅かに上がるのが見えた。
「笑わないでよ。ちょっとびっくりしただけだから」
「そうかよ」
「紅に髪を梳いてもらうの、久々だね」
子どもの頃は身だしなみに無頓着だった私を見かねて、紅が毎日髪を梳いてくれていた。ヒカゲとヒナタの髪が伸びてきてからは、紅に梳いてもらう権利は二人に譲り、さすがに自分でするようになったけれど。懐かしくて、照れ臭くて、なんだか緊張する。
「この櫛、まだ使ってンのか」
じっと黙り込んでいたら毛先を梳いていた紅が手元に目をやったままそんなことを零した。覚えてたのかと少しだけ驚く。この櫛は彼が私の髪を梳くようになった時に「持ってろ」と半ば押し付けるようにくれたものだった。当時は物の価値を知らなくて、子どものお小遣いで買うには高すぎる代物だと知ったのは、もう少し大人になってからの話だ。私には勿体ない程のものだけど、だからこそ、長く丁寧に使っている。
「当たり前じゃない。良い色になってきたでしょ」
何年も使い込んだつげ櫛は黄色から飴色に変化した。きっとこれからもっと良い色になっていく。その時はまた紅に見てもらおう。
「髪もだいぶ伸びたな」
「そりゃあ、あの頃よりはね」
するすると上から下へ櫛が流れていく。自分でやるのとそう変わらないはずなのに、紅がやるととても心地いいから不思議だ。心地よすぎてつい目を閉じてしまって、気付いた時には紅が私の髪を纏め始めていた。
「ごめん、紅。簪はここに……」
慌てて鏡台の引き出しを開ける。今日はどの簪にしようか。折角だから紅に選んでもらうのも悪くない。
「もう終わった」
「え」
まだ選んでいないのに? どういうことかと顔を傾けて鏡を見ると、綺麗に結い上げられたそこには見覚えのない玉簪が挿してあった。赤い蜻蛉玉に金色で描かれた花が咲き誇っていて、大輪の花火のようにも見える。
「これ……っ」
鏡から紅の姿が消えたと思ったら、くいと着物の衿を引かれ、うなじに柔らかいものが触れた。ゆっくりと離れていく吐息に、慌てて熱の残るそこを手で押さえる。一気に顔が茹るのを感じながら振り向くと、非対称の瞳が愉快そうにこちらを見ていた。
「こいつより真っ赤じゃねェか」
こつり、と無骨な指が蜻蛉玉を弾く。誰のせいでと文句を言うも紅はクツクツと笑うばかりでちっとも取り合ってくれない。
「俺ァ寝る。飯できたら起こせ」
一頻り愉しんで満足したらしい紅が、くあ、と再び大きな欠伸をした。わざわざ私の起きる時間に合わせなくてもよかったのに、と相変わらず眠そうな彼に頬が緩む。年月とともに背丈や関係性、色んなものが変わったけれど、彼の不器用な優しさだけは今も昔も変わらない。
「紅、ありがとう。大事にするね」
盛り上がった布団に声をかけると「ン」と短い返事が返ってきて、すぐにすぅすぅと規則正しい寝息が聞こえた。
本当、無理しちゃって。でもそんな紅の不器用な優しさが、私も昔から愛おしくて堪らないのだ。