新門紅丸
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ぱちん、ぱちん。
通り掛かりに聞こえた音に足を止める。襖を開けると行灯の火に合わせて部屋の主の影がゆらりと揺れた。
「紅、何してるの?」
私の問いかけに彼は「見りゃ分かンだろ」と不揃いの虹彩を向ける。分からないから聞いたのだけど。待っても答えが返ってくる様子はなく、私は諦めて襖を後ろ手に閉めた。彼の隣に腰を下ろしてひょいと覗き込むと再びぱちんと音が響く。
「こんな時間に爪切ってるの?」
「悪ィかよ」
「悪くはない、けど」
夜に爪を切るのは縁起が悪いとよくいわれる。親の死に目に会えないだとか、短命になるだとか。それを伝えるべきか迷って意味がないと口を噤む。言ったところで「くだらねェ」と一蹴するだろうし、彼はそんな迷信すらも跳ね除けてしまうだろうから。でも、
「……この前も切ってなかった?」
同じような光景をつい最近も見た気がする。恐らくあれから一週間も経っていない。深爪してやいないかとヤスリをかけていた彼の手を引っ掴むと「おい」と不機嫌そうな声が飛んできた。が、構うものかとそれを無視して指先を確認する。
よかった、大丈夫そう。
深爪しない程度に短く切り揃えられた爪は、丁寧にヤスリをかけられてつるりと手触りがいい。浅草をまとめる彼にとってこの手はとても大切なものだ。それを分かった上で彼なりにきちんと手入れしているのだろう。私が口出しする必要はなかったのかもしれない。
「手入れは大事だけど、あまりやりすぎないようにね」
それだけ言い残して立ち上がる、ことは叶わなかった。右手首を掴まれ、引き寄せられて。吐息がかかるくらいの距離で紅い三日月が不敵に笑う。
「ンなこと言ったって、お前も痛ェのは嫌だろ?」
「なっ……」
そういうこと⁈ 彼の言葉に顔が一気に熱くなる。きっと茹で蛸みたいに赤くなっているに違いない。私を見つめる彼は愉しそうにくつくつと喉を鳴らしていた。揶揄われている。けれどその瞳の奥には、触れたら溶けてしまいそうなほどの熱が宿っている。
逃す気なんてさらさらないのだろう。私も逃げるつもりはないけれど。
紅い瞳が近付いて、ゆっくりと口を塞ぐ。そのまま布団に押し倒されて、大きな手が夜着の上を這った。呼吸を奪うような口付けに頭の奥が溶けていくようで、私は何とか彼を押し留める。
「ま、待って」
ぴくりと片眉を上げた彼は不服そうに鎖骨を食んだ。だめ、このまま進みたくない。待って、ともう一度懇願すると彼は渋々顔を上げてくれた。
「……ンだよ」
「えっと、私も先に爪を切りたいなと」
彼が私を傷付けまいとしてくれたように、私だって彼を傷付けたくはない。けれど今のままでは確実に彼の背に傷を残してしまう。
私の申し出に頭を掻いていた彼は、つ、と指先を撫でた。硬い指の腹が確かめるように爪の輪郭をなぞっていく。最後には軽く持ち上げられて、指先に口付けを落とされた。
「お前はこのままでいい」
意地悪く上がる口元に、熱っぽい表情に、どきりと心臓が鳴る。よくない。全然よくない。
けれど出るはずだった「でも」「だって」は音になることはなく、再びぐずぐずと溶け始めた思考に、私は縋るように彼の背中に腕を伸ばした。
通り掛かりに聞こえた音に足を止める。襖を開けると行灯の火に合わせて部屋の主の影がゆらりと揺れた。
「紅、何してるの?」
私の問いかけに彼は「見りゃ分かンだろ」と不揃いの虹彩を向ける。分からないから聞いたのだけど。待っても答えが返ってくる様子はなく、私は諦めて襖を後ろ手に閉めた。彼の隣に腰を下ろしてひょいと覗き込むと再びぱちんと音が響く。
「こんな時間に爪切ってるの?」
「悪ィかよ」
「悪くはない、けど」
夜に爪を切るのは縁起が悪いとよくいわれる。親の死に目に会えないだとか、短命になるだとか。それを伝えるべきか迷って意味がないと口を噤む。言ったところで「くだらねェ」と一蹴するだろうし、彼はそんな迷信すらも跳ね除けてしまうだろうから。でも、
「……この前も切ってなかった?」
同じような光景をつい最近も見た気がする。恐らくあれから一週間も経っていない。深爪してやいないかとヤスリをかけていた彼の手を引っ掴むと「おい」と不機嫌そうな声が飛んできた。が、構うものかとそれを無視して指先を確認する。
よかった、大丈夫そう。
深爪しない程度に短く切り揃えられた爪は、丁寧にヤスリをかけられてつるりと手触りがいい。浅草をまとめる彼にとってこの手はとても大切なものだ。それを分かった上で彼なりにきちんと手入れしているのだろう。私が口出しする必要はなかったのかもしれない。
「手入れは大事だけど、あまりやりすぎないようにね」
それだけ言い残して立ち上がる、ことは叶わなかった。右手首を掴まれ、引き寄せられて。吐息がかかるくらいの距離で紅い三日月が不敵に笑う。
「ンなこと言ったって、お前も痛ェのは嫌だろ?」
「なっ……」
そういうこと⁈ 彼の言葉に顔が一気に熱くなる。きっと茹で蛸みたいに赤くなっているに違いない。私を見つめる彼は愉しそうにくつくつと喉を鳴らしていた。揶揄われている。けれどその瞳の奥には、触れたら溶けてしまいそうなほどの熱が宿っている。
逃す気なんてさらさらないのだろう。私も逃げるつもりはないけれど。
紅い瞳が近付いて、ゆっくりと口を塞ぐ。そのまま布団に押し倒されて、大きな手が夜着の上を這った。呼吸を奪うような口付けに頭の奥が溶けていくようで、私は何とか彼を押し留める。
「ま、待って」
ぴくりと片眉を上げた彼は不服そうに鎖骨を食んだ。だめ、このまま進みたくない。待って、ともう一度懇願すると彼は渋々顔を上げてくれた。
「……ンだよ」
「えっと、私も先に爪を切りたいなと」
彼が私を傷付けまいとしてくれたように、私だって彼を傷付けたくはない。けれど今のままでは確実に彼の背に傷を残してしまう。
私の申し出に頭を掻いていた彼は、つ、と指先を撫でた。硬い指の腹が確かめるように爪の輪郭をなぞっていく。最後には軽く持ち上げられて、指先に口付けを落とされた。
「お前はこのままでいい」
意地悪く上がる口元に、熱っぽい表情に、どきりと心臓が鳴る。よくない。全然よくない。
けれど出るはずだった「でも」「だって」は音になることはなく、再びぐずぐずと溶け始めた思考に、私は縋るように彼の背中に腕を伸ばした。