新門紅丸
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三年に一度、東京皇国中央区某所にて、皇国主催のある懇親会が行われている、らしい。
らしいというのは、私もよくわかっていないからだ。そんなものがあると知ったのは少し前に皇王庁から招待状が届いたからで、紅ちゃんが消し炭にしようとするのを慌てて止めたものだった。
懇親会は参加自由。招集とは違い強制ではないけれど、第八の人たち曰くほとんどの隊が参加するとのことだ。そんな会に第七だけ欠席というわけにはいかず、私と紺兄さんが参加することになった。
まあ本音を言えば、皇王庁側も第七の参加は望んでいないのかもしれないけれど。
「ここにいる人、みんな特殊消防官なんだ」
煌びやかな照明に目を細めつつ、くるりと部屋を見渡す。スーツやドレスを着た人々がホールに溢れ、各々食事や談笑を楽しんでいるようだった。
「特殊消防官だけじゃないですよ。教会や軍、警察関係者、灰島重工の社員なんかもいるそうです」
そう私に教えてくれたのは第八の茉希ちゃんだ。いつも可愛いのだけど、今日の彼女は大人っぽくもふわりとしたドレスに身を包んでいて、また違った魅力で溢れている。
「へえ、そうなんだ。うちは二年前に自警団から特殊消防隊になったからこういうのは初めてで」
「第八もできたばかりなので初参加ですよ。父や兄から話は聞いてましたけど。懇親会と言いつつ情報交換やパイプを持つことがメインみたいですね。それより……」
「ん?」
「今日は着物じゃないんですね!」
茉希ちゃんの目がキラキラと輝き出す。興奮した様子で詰め寄られ、改めてじっくり見られると恥ずかしい。
「招待状にフォーマルな服装でって書いてあったでしょ? 最初は着物でもいいかなと思ったんだけど火華さんが色々と用意してくれて。でもやっぱり変、だよね?」
せっかくならドレスにしろと火華さんに言われ、断りきれずオススメしてくれた中から選んだのは、火消服と同じ濃紺色のオフショルダーワンピース(これでも一番露出が少なかった)だった。いいなと思った一着もいざ着てみると慣れないせいか違和感が凄まじく、肩まわりと膝下がスースーして落ち着かない。そして鏡で見た自分の姿は悲しくなるほど服に着られていた。
「そんなことないですよ! フィッシュテールいいですよねぇ。すっごく綺麗でお似合いです‼︎」
茉希ちゃん、とても良い子だ。紅ちゃんなんて私が出かける間際にわざわざ玄関まで来て盛大に舌打ちしていったというのに。
「そういえば紺炉中隊長は?」
「紺兄さんは喧嘩の仲裁頼まれて来られなくなっちゃったの。一人で心細かったけど第八の子たちがいてくれてよかっ……?」
今、天井近くにオレンジ色のドレスが舞った気がした。人集りでよく見えないけれど猫の鳴き声みたいたものも。あれは、
「タマキ⁉︎ 私ちょっと行ってきます!」
環ちゃんも来てたのか。どうやらここでもラッキースケベられが発動してしまったらしい。人集りの中へと向かう茉希ちゃんを見送って、私もそのまま席を立った。
月明かりに照らされた夜道をのんびり歩く。
懇親会を途中で抜けて来てしまったけれど、進行役の人に聞いたところ、終了時間が来たらあとは主催者が挨拶をするだけとのことだったので問題はないだろう。
皇国主催の懇親会、どんなものかと思っていたけどそんなに悪いものではなかったと思う。火華さんや茉希ちゃんたちとゆっくりお話できたし、料理も美味しかったし、お菓子の手土産付き。
お菓子はヒカちゃんとヒナちゃんが喜ぶだろう。きっと紺兄さんも食べたがる。土産話くらいなら紅ちゃんも聞いてくれるだろうか。
しんとした路地裏に響くヒールの音が心なしか速くなる。懇親会は楽しかった。楽しかったのにどこか寂しくて、今は少しでも早く、浅草のみんなに会いたい。
そう思って顔を上げた時だった。
「お姉さん暇? 俺たちと遊ばない?」
「いいとこ知ってんだよね。ね、行こうよ」
見知らぬ男たちに囲まれていた。三人、と離れたところにもう二人。早く帰りたくて近道をと人気のない通りを選んだのがよくなかった。一人の男が馴れ馴れしく肩に手を回してきて、それをさっと払いのける。
「ごめんなさい、私急いでるので」
足早に去ろうとしたら舌打ちが聞こえて、さっきより強めに肩を掴まれた。素肌に指が食い込んで僅かに顔を顰める。私はそのまま相手の肩関節に腕を回して思い切り両手で体重をかけてやった。
「いっ⁈」
短い悲鳴にハッと我に返ると、私の下で男が呻いていた。ああ、やってしまった。皇国で騒ぎを起こしたくなかったのに。反射的に先代に叩き込まれた護身術を使ってしまった。
でも先に手を出してきたのは向こうだし、正当防衛……だよね? ついでにやる気をなくしてくれたらよかったのだけどそうもいかず、何事かを叫んで今にも向かって来そうだ。
四対一、いや下にいる男も入れたら五対一。分が悪すぎる。何とか人通りの多いところまで逃げ切って助けを呼ばないと。
私は隙を見て来た道を走り出した。一本道でまだよかった。この距離なら先回りされることもない。迫る男たちに向かってバッグも手土産も投げつけて大通りを目指す。あと少し、あとーー。
「あっ……」
パキッと嫌な音とともにぐらりと体が傾いた。最悪だ。こんな時にヒールが折れるだなんて。
後ろから男たちの下卑た笑いが近付いてくる。私は前に倒れ込みながら、最後の抵抗とばかりに大通りの方へと手を伸ばした。受け身を取ることも忘れてただ前へ、誰かが気付いてくれると信じて。
そして私にとっての『誰か』はいつも決まって同じ人なのだ。
「ったく、何でお前はこんなとこにいンだよ」
伸ばした手を掴んでくれたのはよく知る大きな手。そのまま強く引っぱられ、ぎゅう、と痛いくらいに抱きしめられる。
何でってそれはこっちの台詞だ。紅ちゃんこそ、何でここにいるのよ。
けれどそれは声にはならなくて、代わりにへたりと全身から力が抜けた。今更怖くなってきて震えが止まらない。それを見た紅ちゃんは着ていた上着を私の肩に掛けてわしわしと頭を撫でた。
「邪魔くせェから持ってろ。すぐ終わらせる」
追いかけてきた男たちの方へ数歩歩いた彼は革靴の先で感覚を確かめるようにトントンと地面を叩く。
「いつもと違ェからやりづれェな。まァテメェらには充分か」
そこからは彼の言葉通り、本当に一瞬で。相手が動くより先に懐に入り急所に一発、後ろから一人が殴りかかってきたのを受け流しつつ他の男たちに向かって投げ飛ばし、何が起こったのかわからず立ち尽くしていた一人は紅い瞳に睨まれて怖気付いたように尻餅をついた。
口々に喚いていた男たちはあっという間に静かになり、紅ちゃんは何事もなかったかのように私の元に戻ってくる。
「立てるか?」
「腰が抜けて今は無理かも」
「あァ? 仕方ねェな。オラ、腕回せ」
しゃがみ込んだ彼は背を向けて首に腕を回すよう言った。その通りにしたら急に立ち上がるものだから、私は落ちないよう必死で彼にしがみつく。数度彼が揺すってようやく位置が落ち着き、これはもしかしてもしかしなくても、
「ちょ、何でおんぶなの⁉︎ 纏でいいじゃない」
「纏だと服に火の粉が飛ぶだろうが」
「別にいいよ、もう着る予定ないし」
「……なンでだよ」
「だって私には似合わないし、紅ちゃんだって舌打ちしてたじゃない」
「似合ってねェとは言ってねェ。俺ァただお前がその格好で出掛けるのが気に食わなかっただけだ」
「それって……」
髪からのぞく紅ちゃんの耳がほんのり赤い。答えてくれない彼より耳のがよっぽど素直だ。恥ずかしいけれど今ばかりはおんぶをされていてよかったと思う。こんな紅ちゃん、滅多にお目にかかれないから。
「紺炉がいりゃあいいと思ってたのにあいつは浅草にいやがるし、迎えに行けばお前はいねェし」
「紅ちゃんが迎え? 私を?」
「紺炉がいねェんだ、たりめェだろ。じゃなきゃこんな格好してここまで来ねェよ。ジョーカーの野郎が用意した服着てやったら、あいつが一番腹抱えて笑いやがった」
何でスーツなんて着てるのかと思っていたけど、どうしよう、嬉しくてちょっと泣きそうだ。バレないようにそっと彼の頭に擦り寄って、伝わってくるぬくもりに深く息を吐く。
「来てくれてありがとう紅ちゃん。その格好、私好きだな。すごくかっこいい」
「……ちっとも嬉しかねェ」
褒めたのに返ってきたのは本心と照れの混じったぼやき。複雑なのがわかりやすくて吹き出したら、「笑うんじゃねェ」と思い切り揺すられた。
困ったな。早く帰りたかったはずなのに、もう少しだけこのままでいたいと思う私もいて。試しに「ちょっとだけ遠回りして」とお願いしたら、彼は呆れながらも歩みを緩めてくれるものだから、どうしようもなく愛しくて、私は回した腕にぎゅっと力を込めるのだった。
らしいというのは、私もよくわかっていないからだ。そんなものがあると知ったのは少し前に皇王庁から招待状が届いたからで、紅ちゃんが消し炭にしようとするのを慌てて止めたものだった。
懇親会は参加自由。招集とは違い強制ではないけれど、第八の人たち曰くほとんどの隊が参加するとのことだ。そんな会に第七だけ欠席というわけにはいかず、私と紺兄さんが参加することになった。
まあ本音を言えば、皇王庁側も第七の参加は望んでいないのかもしれないけれど。
「ここにいる人、みんな特殊消防官なんだ」
煌びやかな照明に目を細めつつ、くるりと部屋を見渡す。スーツやドレスを着た人々がホールに溢れ、各々食事や談笑を楽しんでいるようだった。
「特殊消防官だけじゃないですよ。教会や軍、警察関係者、灰島重工の社員なんかもいるそうです」
そう私に教えてくれたのは第八の茉希ちゃんだ。いつも可愛いのだけど、今日の彼女は大人っぽくもふわりとしたドレスに身を包んでいて、また違った魅力で溢れている。
「へえ、そうなんだ。うちは二年前に自警団から特殊消防隊になったからこういうのは初めてで」
「第八もできたばかりなので初参加ですよ。父や兄から話は聞いてましたけど。懇親会と言いつつ情報交換やパイプを持つことがメインみたいですね。それより……」
「ん?」
「今日は着物じゃないんですね!」
茉希ちゃんの目がキラキラと輝き出す。興奮した様子で詰め寄られ、改めてじっくり見られると恥ずかしい。
「招待状にフォーマルな服装でって書いてあったでしょ? 最初は着物でもいいかなと思ったんだけど火華さんが色々と用意してくれて。でもやっぱり変、だよね?」
せっかくならドレスにしろと火華さんに言われ、断りきれずオススメしてくれた中から選んだのは、火消服と同じ濃紺色のオフショルダーワンピース(これでも一番露出が少なかった)だった。いいなと思った一着もいざ着てみると慣れないせいか違和感が凄まじく、肩まわりと膝下がスースーして落ち着かない。そして鏡で見た自分の姿は悲しくなるほど服に着られていた。
「そんなことないですよ! フィッシュテールいいですよねぇ。すっごく綺麗でお似合いです‼︎」
茉希ちゃん、とても良い子だ。紅ちゃんなんて私が出かける間際にわざわざ玄関まで来て盛大に舌打ちしていったというのに。
「そういえば紺炉中隊長は?」
「紺兄さんは喧嘩の仲裁頼まれて来られなくなっちゃったの。一人で心細かったけど第八の子たちがいてくれてよかっ……?」
今、天井近くにオレンジ色のドレスが舞った気がした。人集りでよく見えないけれど猫の鳴き声みたいたものも。あれは、
「タマキ⁉︎ 私ちょっと行ってきます!」
環ちゃんも来てたのか。どうやらここでもラッキースケベられが発動してしまったらしい。人集りの中へと向かう茉希ちゃんを見送って、私もそのまま席を立った。
月明かりに照らされた夜道をのんびり歩く。
懇親会を途中で抜けて来てしまったけれど、進行役の人に聞いたところ、終了時間が来たらあとは主催者が挨拶をするだけとのことだったので問題はないだろう。
皇国主催の懇親会、どんなものかと思っていたけどそんなに悪いものではなかったと思う。火華さんや茉希ちゃんたちとゆっくりお話できたし、料理も美味しかったし、お菓子の手土産付き。
お菓子はヒカちゃんとヒナちゃんが喜ぶだろう。きっと紺兄さんも食べたがる。土産話くらいなら紅ちゃんも聞いてくれるだろうか。
しんとした路地裏に響くヒールの音が心なしか速くなる。懇親会は楽しかった。楽しかったのにどこか寂しくて、今は少しでも早く、浅草のみんなに会いたい。
そう思って顔を上げた時だった。
「お姉さん暇? 俺たちと遊ばない?」
「いいとこ知ってんだよね。ね、行こうよ」
見知らぬ男たちに囲まれていた。三人、と離れたところにもう二人。早く帰りたくて近道をと人気のない通りを選んだのがよくなかった。一人の男が馴れ馴れしく肩に手を回してきて、それをさっと払いのける。
「ごめんなさい、私急いでるので」
足早に去ろうとしたら舌打ちが聞こえて、さっきより強めに肩を掴まれた。素肌に指が食い込んで僅かに顔を顰める。私はそのまま相手の肩関節に腕を回して思い切り両手で体重をかけてやった。
「いっ⁈」
短い悲鳴にハッと我に返ると、私の下で男が呻いていた。ああ、やってしまった。皇国で騒ぎを起こしたくなかったのに。反射的に先代に叩き込まれた護身術を使ってしまった。
でも先に手を出してきたのは向こうだし、正当防衛……だよね? ついでにやる気をなくしてくれたらよかったのだけどそうもいかず、何事かを叫んで今にも向かって来そうだ。
四対一、いや下にいる男も入れたら五対一。分が悪すぎる。何とか人通りの多いところまで逃げ切って助けを呼ばないと。
私は隙を見て来た道を走り出した。一本道でまだよかった。この距離なら先回りされることもない。迫る男たちに向かってバッグも手土産も投げつけて大通りを目指す。あと少し、あとーー。
「あっ……」
パキッと嫌な音とともにぐらりと体が傾いた。最悪だ。こんな時にヒールが折れるだなんて。
後ろから男たちの下卑た笑いが近付いてくる。私は前に倒れ込みながら、最後の抵抗とばかりに大通りの方へと手を伸ばした。受け身を取ることも忘れてただ前へ、誰かが気付いてくれると信じて。
そして私にとっての『誰か』はいつも決まって同じ人なのだ。
「ったく、何でお前はこんなとこにいンだよ」
伸ばした手を掴んでくれたのはよく知る大きな手。そのまま強く引っぱられ、ぎゅう、と痛いくらいに抱きしめられる。
何でってそれはこっちの台詞だ。紅ちゃんこそ、何でここにいるのよ。
けれどそれは声にはならなくて、代わりにへたりと全身から力が抜けた。今更怖くなってきて震えが止まらない。それを見た紅ちゃんは着ていた上着を私の肩に掛けてわしわしと頭を撫でた。
「邪魔くせェから持ってろ。すぐ終わらせる」
追いかけてきた男たちの方へ数歩歩いた彼は革靴の先で感覚を確かめるようにトントンと地面を叩く。
「いつもと違ェからやりづれェな。まァテメェらには充分か」
そこからは彼の言葉通り、本当に一瞬で。相手が動くより先に懐に入り急所に一発、後ろから一人が殴りかかってきたのを受け流しつつ他の男たちに向かって投げ飛ばし、何が起こったのかわからず立ち尽くしていた一人は紅い瞳に睨まれて怖気付いたように尻餅をついた。
口々に喚いていた男たちはあっという間に静かになり、紅ちゃんは何事もなかったかのように私の元に戻ってくる。
「立てるか?」
「腰が抜けて今は無理かも」
「あァ? 仕方ねェな。オラ、腕回せ」
しゃがみ込んだ彼は背を向けて首に腕を回すよう言った。その通りにしたら急に立ち上がるものだから、私は落ちないよう必死で彼にしがみつく。数度彼が揺すってようやく位置が落ち着き、これはもしかしてもしかしなくても、
「ちょ、何でおんぶなの⁉︎ 纏でいいじゃない」
「纏だと服に火の粉が飛ぶだろうが」
「別にいいよ、もう着る予定ないし」
「……なンでだよ」
「だって私には似合わないし、紅ちゃんだって舌打ちしてたじゃない」
「似合ってねェとは言ってねェ。俺ァただお前がその格好で出掛けるのが気に食わなかっただけだ」
「それって……」
髪からのぞく紅ちゃんの耳がほんのり赤い。答えてくれない彼より耳のがよっぽど素直だ。恥ずかしいけれど今ばかりはおんぶをされていてよかったと思う。こんな紅ちゃん、滅多にお目にかかれないから。
「紺炉がいりゃあいいと思ってたのにあいつは浅草にいやがるし、迎えに行けばお前はいねェし」
「紅ちゃんが迎え? 私を?」
「紺炉がいねェんだ、たりめェだろ。じゃなきゃこんな格好してここまで来ねェよ。ジョーカーの野郎が用意した服着てやったら、あいつが一番腹抱えて笑いやがった」
何でスーツなんて着てるのかと思っていたけど、どうしよう、嬉しくてちょっと泣きそうだ。バレないようにそっと彼の頭に擦り寄って、伝わってくるぬくもりに深く息を吐く。
「来てくれてありがとう紅ちゃん。その格好、私好きだな。すごくかっこいい」
「……ちっとも嬉しかねェ」
褒めたのに返ってきたのは本心と照れの混じったぼやき。複雑なのがわかりやすくて吹き出したら、「笑うんじゃねェ」と思い切り揺すられた。
困ったな。早く帰りたかったはずなのに、もう少しだけこのままでいたいと思う私もいて。試しに「ちょっとだけ遠回りして」とお願いしたら、彼は呆れながらも歩みを緩めてくれるものだから、どうしようもなく愛しくて、私は回した腕にぎゅっと力を込めるのだった。