NRC在学中
「はぁ……疲れた……」
イデアは舞踏会の会場になっている大講堂から抜け出して誰もいない中庭に寝転んだ。
すると穏やかな風が吹いてイデアの頬を柔く撫でる。
「歌を歌うのに一生分の度胸を使った……」
それなのにイデアと交流を持とうと他校の生徒達が「一緒にお話ししませんか?」とか「踊ってくれませんか?」とか沢山誘いに来たため、逃げるように大講堂から出たのであった。
「それにしても……」
ロロ・フランム。
イデアと同じように『弟』を失った男。
そして『弟』を助けられたかもしれないのに『弟』を救えなかった魔法士達を憎み、『弟』を奪った魔法そのものをこの世界から消そうとした男。
あんな風に責任転嫁できたら、どれだけ楽だっただろう。
しかし、イデアにはロロのような責任転嫁は出来ない。だって――
「……オルトは僕のせいでいなくなった」
イデアがハッキングして本部のセキュリティをオフにしたことでファントムが脱走してしまった。
ロロのように自分以外の力ではない、イデア自身の力が『弟』を失った原因だった。
そしてイデアはその『弟』を失った原因である力で『弟』を造り出した……自分の悲しみや後悔を慰めるために。
あの嘆きの島でのオーバーブロットを経て、どちらのオルトもイデアの大切な『弟』だという考えに至った訳だが……。
「……オルトに会いたいな」
「電話してみたらどうですか?」
「ひっ!?」
自分ではない声が聞こえてイデアは体を大きくビクッと反応した。
「あ、ごめんなさい。驚かせちゃいましたね」
いつの間にか監督生が中庭に来ていた。
「か、監督生氏~! 驚かせないでくだされ!」
「あはは! それにしても先輩、寝転がってていいんですか? 髪セットするの大変だったって言ってたのに」
監督生がイデアの帽子に触ろうとして「帽子へのタッチはNG!」とイデアが慌てて言ったことに対して聞いているのだろう。
「もう舞踏会に戻る気ないんで問題ないっすわ」
「じゃあ、その帽子に触っても?」
「拙者の髪も解いてぐちゃぐちゃにしてもいいですぞ」
イデアはただ楽をしたいという思惑でそう言ったのだが、監督生が真剣な表情になった。
「先輩、その台詞……」
「な、何?」
何か変なことでも言ったのかイデアは心配になる。
「なんだかえっちですね」
「ぶっ!」
変なことを言ったのは監督生の方だった。
「監督生氏、何言ってるの?!」
「え? じゃあ、いやらしいですね?」
「言葉を変えても意味が同じじゃ意味ないでしょ!」
イデアは現在の状況を振り返る。
イデアと監督生しかいない中庭、魔法の使えない監督生、イデアは男で監督生は女。
「監督生氏、自分を大事にして!!」
「その言葉は先輩にそっくりそのまま返しますよ。先輩、今日ご飯食べました? ちなみにお菓子はご飯に含みません」
イデアはソッと監督生から目を逸らした。
「やっぱり食べてないんですね……。持ってきて良かったです。はい、先輩」
イデアは監督生からスプーンの挿しこまれた器を渡された。
「これは……スープ?」
「野菜たっぷりスープです。先輩、スープは合理的で楽で良いって言ってたでしょう?」
イデアの手のひらにスープの温かさがじんわりと広がっていき、スープの香りがイデアの鼻をくすぐって、イデアのお腹が小さくクゥと鳴った。
意識していなかったけど、お腹が空いていたようだ。
「さぁ、召し上がれ」
監督生の気遣いに感謝しながらイデアはスプーンでスープを掬って口に入れた。
「足りました? 足りないなら何か持ってきますけど……」
「お腹いっぱいなんで問題ないですな」
監督生はイデアのことを少食なのによくそんなに成長したなと思い、いつかオルトと一緒にイデアの食育をしなくてはと決意した。
「先輩のお腹がいっぱいになったところで話を元に戻しますけど、オルトくんに電話してみたらどうですか?」
「でも、もう夜だし……オルトがスリープモードに入る時間が近いし……」
イデアの煮えきらない態度を見て、監督生は自分のスマホをスイスイと操作し始めた。
「監督生氏?」
何かし始めた監督生をイデアは不思議そうな表情で見つめる。
そんなイデアの前に監督生はスマホをズイッと出す。
「今オルトくんの電話をかけました」
「ええっ!?」
スピーカーに切り替えたらしく数回呼び出し音がした後、イデアの聞きたかった声が電話越しに聞こえる。
「はい。こちら、オルト・シュラウドです」
「こんばんは、オルトくん」
「こんばんは、監督生さん。こんな時間にどうしたの?」
「さっきね、イデア先輩が歌ってたの」
「え、本当!? 兄さん、緊張しすぎないでちゃんと上手に歌えた?」
「ええ、とても上手で聞き惚れちゃうくらいに」
「そうでしょ! 兄さんの歌はとっても素敵なんだ!」
「オルトくん、本当にイデア先輩が大好きよね」
「うん! だって僕の自慢の兄さんだからね!」
オルトの言葉を聞いたイデアは思う……自分は一体何を怖がる必要があったのだろう、と。
「……オルト」
「あれ? 兄さん?」
「うん、僕だよ……ねぇ、オルト。話を聞いてくれる?」
「もちろん!」
イデアがオルトと話し始めて、監督生は舞踏会へ戻ろうとした。
(兄弟水入らずで話したいわよね……)
監督生はイデアの手に自分のスマホを乗せて立ち去ろうとした。
グイッ
「っ?!」
監督生が引っ張られて振り返ると、イデアの空いている方の手が監督生の手を掴んでいた。
(これは……行くなってこと、かしら?)
監督生が舞踏会へ行くのを止めるとイデアは嬉しそうにしていたから、どうやら正解だったようだ。
そしてシュラウド兄弟は色々あったことを話し、時折監督生も兄弟の会話に加わって、穏やかに時間が過ぎていく。
その間も二人の手は繋がったままだった。
* * *
「おかーさん!」
「んー? なぁに?」
「これっておとーさん?」
子供が持ってきたのはアルバムで、指差していたのはとある写真だった。
「ああ、懐かしいわね。これはね、輝石の国にある花の街というところにある学校へ行ったときの写真よ。お父さん、ここで皆の前で歌を歌ったの」
「ほんとう?!」
目立つことが嫌いな性格のイデアだから、子供はとても驚いたようだ。
「本当よ。それにお父さんの歌はとても上手よ」
「えー! ききたーい! おとーさん!」
子供が勢いよく走り出し、それからしばらく経つとイデアの「嫌でござる!!」という大声が聞こえた。
「ふふっ」
この後、おそらく子供と一緒にオルトもイデアに歌を聞きたいと強請るだろう。
「あたしも歌を聞きたいって強請ろうかしら」
イデアはきっと歌ってくれる。
あの人は家族からのお願いにはとても弱いから。
「まぁ、いざとなったら皆で歌うのもいいわよね」
その日、嘆きの島で花の街に伝わる歌が歌われたのだった。
イデアは舞踏会の会場になっている大講堂から抜け出して誰もいない中庭に寝転んだ。
すると穏やかな風が吹いてイデアの頬を柔く撫でる。
「歌を歌うのに一生分の度胸を使った……」
それなのにイデアと交流を持とうと他校の生徒達が「一緒にお話ししませんか?」とか「踊ってくれませんか?」とか沢山誘いに来たため、逃げるように大講堂から出たのであった。
「それにしても……」
ロロ・フランム。
イデアと同じように『弟』を失った男。
そして『弟』を助けられたかもしれないのに『弟』を救えなかった魔法士達を憎み、『弟』を奪った魔法そのものをこの世界から消そうとした男。
あんな風に責任転嫁できたら、どれだけ楽だっただろう。
しかし、イデアにはロロのような責任転嫁は出来ない。だって――
「……オルトは僕のせいでいなくなった」
イデアがハッキングして本部のセキュリティをオフにしたことでファントムが脱走してしまった。
ロロのように自分以外の力ではない、イデア自身の力が『弟』を失った原因だった。
そしてイデアはその『弟』を失った原因である力で『弟』を造り出した……自分の悲しみや後悔を慰めるために。
あの嘆きの島でのオーバーブロットを経て、どちらのオルトもイデアの大切な『弟』だという考えに至った訳だが……。
「……オルトに会いたいな」
「電話してみたらどうですか?」
「ひっ!?」
自分ではない声が聞こえてイデアは体を大きくビクッと反応した。
「あ、ごめんなさい。驚かせちゃいましたね」
いつの間にか監督生が中庭に来ていた。
「か、監督生氏~! 驚かせないでくだされ!」
「あはは! それにしても先輩、寝転がってていいんですか? 髪セットするの大変だったって言ってたのに」
監督生がイデアの帽子に触ろうとして「帽子へのタッチはNG!」とイデアが慌てて言ったことに対して聞いているのだろう。
「もう舞踏会に戻る気ないんで問題ないっすわ」
「じゃあ、その帽子に触っても?」
「拙者の髪も解いてぐちゃぐちゃにしてもいいですぞ」
イデアはただ楽をしたいという思惑でそう言ったのだが、監督生が真剣な表情になった。
「先輩、その台詞……」
「な、何?」
何か変なことでも言ったのかイデアは心配になる。
「なんだかえっちですね」
「ぶっ!」
変なことを言ったのは監督生の方だった。
「監督生氏、何言ってるの?!」
「え? じゃあ、いやらしいですね?」
「言葉を変えても意味が同じじゃ意味ないでしょ!」
イデアは現在の状況を振り返る。
イデアと監督生しかいない中庭、魔法の使えない監督生、イデアは男で監督生は女。
「監督生氏、自分を大事にして!!」
「その言葉は先輩にそっくりそのまま返しますよ。先輩、今日ご飯食べました? ちなみにお菓子はご飯に含みません」
イデアはソッと監督生から目を逸らした。
「やっぱり食べてないんですね……。持ってきて良かったです。はい、先輩」
イデアは監督生からスプーンの挿しこまれた器を渡された。
「これは……スープ?」
「野菜たっぷりスープです。先輩、スープは合理的で楽で良いって言ってたでしょう?」
イデアの手のひらにスープの温かさがじんわりと広がっていき、スープの香りがイデアの鼻をくすぐって、イデアのお腹が小さくクゥと鳴った。
意識していなかったけど、お腹が空いていたようだ。
「さぁ、召し上がれ」
監督生の気遣いに感謝しながらイデアはスプーンでスープを掬って口に入れた。
「足りました? 足りないなら何か持ってきますけど……」
「お腹いっぱいなんで問題ないですな」
監督生はイデアのことを少食なのによくそんなに成長したなと思い、いつかオルトと一緒にイデアの食育をしなくてはと決意した。
「先輩のお腹がいっぱいになったところで話を元に戻しますけど、オルトくんに電話してみたらどうですか?」
「でも、もう夜だし……オルトがスリープモードに入る時間が近いし……」
イデアの煮えきらない態度を見て、監督生は自分のスマホをスイスイと操作し始めた。
「監督生氏?」
何かし始めた監督生をイデアは不思議そうな表情で見つめる。
そんなイデアの前に監督生はスマホをズイッと出す。
「今オルトくんの電話をかけました」
「ええっ!?」
スピーカーに切り替えたらしく数回呼び出し音がした後、イデアの聞きたかった声が電話越しに聞こえる。
「はい。こちら、オルト・シュラウドです」
「こんばんは、オルトくん」
「こんばんは、監督生さん。こんな時間にどうしたの?」
「さっきね、イデア先輩が歌ってたの」
「え、本当!? 兄さん、緊張しすぎないでちゃんと上手に歌えた?」
「ええ、とても上手で聞き惚れちゃうくらいに」
「そうでしょ! 兄さんの歌はとっても素敵なんだ!」
「オルトくん、本当にイデア先輩が大好きよね」
「うん! だって僕の自慢の兄さんだからね!」
オルトの言葉を聞いたイデアは思う……自分は一体何を怖がる必要があったのだろう、と。
「……オルト」
「あれ? 兄さん?」
「うん、僕だよ……ねぇ、オルト。話を聞いてくれる?」
「もちろん!」
イデアがオルトと話し始めて、監督生は舞踏会へ戻ろうとした。
(兄弟水入らずで話したいわよね……)
監督生はイデアの手に自分のスマホを乗せて立ち去ろうとした。
グイッ
「っ?!」
監督生が引っ張られて振り返ると、イデアの空いている方の手が監督生の手を掴んでいた。
(これは……行くなってこと、かしら?)
監督生が舞踏会へ行くのを止めるとイデアは嬉しそうにしていたから、どうやら正解だったようだ。
そしてシュラウド兄弟は色々あったことを話し、時折監督生も兄弟の会話に加わって、穏やかに時間が過ぎていく。
その間も二人の手は繋がったままだった。
* * *
「おかーさん!」
「んー? なぁに?」
「これっておとーさん?」
子供が持ってきたのはアルバムで、指差していたのはとある写真だった。
「ああ、懐かしいわね。これはね、輝石の国にある花の街というところにある学校へ行ったときの写真よ。お父さん、ここで皆の前で歌を歌ったの」
「ほんとう?!」
目立つことが嫌いな性格のイデアだから、子供はとても驚いたようだ。
「本当よ。それにお父さんの歌はとても上手よ」
「えー! ききたーい! おとーさん!」
子供が勢いよく走り出し、それからしばらく経つとイデアの「嫌でござる!!」という大声が聞こえた。
「ふふっ」
この後、おそらく子供と一緒にオルトもイデアに歌を聞きたいと強請るだろう。
「あたしも歌を聞きたいって強請ろうかしら」
イデアはきっと歌ってくれる。
あの人は家族からのお願いにはとても弱いから。
「まぁ、いざとなったら皆で歌うのもいいわよね」
その日、嘆きの島で花の街に伝わる歌が歌われたのだった。
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