【アズ監♀】365枚の言葉なきラブレター
【初めてのバレンタインデー】
「『ばれんたいんでー』……ですか?」
アズールは監督生から渡されたチョコチップクッキーを眺める。
「そう。あたしの故郷の『バレンタインデー』は女性がお世話になった人や友達、好きな人にチョコレートを贈るの。今では男性側から贈ることも増えてきたけどね」
監督生からの『好きな人』という言葉を聞いてアズールの心臓は大きく跳ねたが、気付かれないように澄ました顔で話を続ける。
「あなたは僕以外にもこのクッキーを渡したんですか?」
「ええ、エースやデュースにリドル寮長とか他にも沢山の同級生と先輩に。グリムとサバナ寮の獣人の人達に『犬や猫ってチョコは有毒だからチョコ抜きクッキーにした!』って言ったら『犬猫扱いすんじゃねー!』って怒られたわ……」
監督生はその時のことを思い出したのかしょんぼりしていた。
「随分大盤振る舞いするんですね。あなた、いつも節約を心がけているのに」
自分以外の男にも手作りのクッキーを配っていることが面白くなくてアズールは棘のある言葉を言い放った。
しかし、監督生にとってアズールの言葉の棘は可愛いもので、これっぽっちも傷付かなかった。
「クッキーは原価を抑えて大量生産できるから問題ないわ!」
監督生の言葉を聞いてモストロ・ラウンジの経営者としてのアズールは『分かる』と頷く……だが、経営者ではないただの男としてのアズールは『そうじゃねー!』と荒ぶっていた。
「それに先輩はカロリーを計算してから摂取したい派でしょ。日持ちするクッキーの方がちょうどいいじゃない」
確かに監督生が言うようにアズールは計画的に食べ物を摂取しているのだが、それでもアズールはカロリーが高かろうと監督生の特別が欲しかった。
「じゃあ、オクタヴィネルの人達には配り終わったから次に行くわ。お仕事お疲れさまです」
監督生はチョコチップクッキーの小袋が沢山入ったトートバッグを持ってVIPルームを出て行った。
「ちょうどいいので、監督生さんからもらったクッキーを食べて休憩しますか」
「ジェイド、飲み物淹れてー」
「はいはい」
ジェイドが紅茶を淹れる準備をしている中、アズールは監督生からもらったクッキーを一口食べた。
「……苦い」
「アズール、何か言いました?」
「いえ、何も」
口の中は甘いのにアズールの心の中には苦い想いだけが広がったのを、アズールはジェイドの淹れた紅茶で押し流すのだった。
【2年目のバレンタインデー】
今日は2月14日……このツイステッドワンダーランドでは特に意味を持たない日だが、監督生の故郷では大きな意味を持つ日。
監督生はVIPルームの扉の前でグルグルと考えていた。
(これは本命ではない、本命じゃない。義理……いや、多分感謝の気持ちが籠った感謝チョコのはず……。よし!)
「失礼します!」
監督生は自分に気合を入れ、バーン!と道場破りのごとく勢いよくVIPルームの扉を開け放った。
「っ!? ……監督生さん、今日は休みのはずでは?」
勢いよく開いた扉に驚いたアズールは監督生に声をかけたが、監督生は返事をせずに大きく振りかぶる。
バシーン!
アズールの顔に小さな箱を叩きつけるように投げた後、監督生はやりきったという晴れやかな表情をしながら額を手で拭った。
「ふぅ……」
「ふぅ……じゃないですよ! 突然なんなんですか!?」
「それ、あげる。それじゃ、失礼しました!」
片手をスチャッと上げて監督生はそのまま去って行った。
「なんだったんだ、今のは……それにこれは何が入ってるんだ?」
監督生の置いていった小さな箱を開けると、茶色くて丸いものが2つ納まっていた。
「アズール、相談したいという方が来ています」
「対価は何でも払うって~」
VIPルームにジェイドとフロイドが来てアズールへ来訪者の存在を伝えたが、アズールの視線は小さな箱の中身に釘付けになっている。
「……ジェイド、今日は2月何日ですか?」
「今日は14日ですが……」
「アズール、働きすぎて体内時計狂ってんじゃん」
「しまった!」
アズールが慌ててVIPルームを出たときには既に監督生の姿は廊下になかった。
普段の行儀の良さを捨てて小さく舌打ちをしたアズールは机の方へズカズカ戻る。
「ジェイド、モストロ・ラウンジをしばらく任せます! 僕の代わりに相談者から話を聞いておいてください!」
「それは構いませんが、アズールはどこへ?」
アズールが小さな箱の中にある1粒を口の中に入れると、柔らかな食感がして口の中に甘さが広がったと思ったらすぐに溶けて消えた。
(やはり、これは生チョコか!)
「あと、これを冷蔵庫に入れておいてください。もし勝手に食べたら……」
「食べたらぁ?」
「僕が全力で捻り潰します。僕の本気の力、お前たちは知っているでしょう? 特にフロイド、また絞られたくなかったら言う通りにしろ」
フロイドは以前ヴィルの依頼のために絞られたことを思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「では、オンボロ寮に行ってきます!」
そしてアズールはVIPルームを出て行った。
「……アズール、小エビちゃんを番にすんのかなぁ」
「そうするつもりでしょう」
「そしたら退屈しないね、ジェイド」
「ええ。毎日楽しいでしょうね、フロイド」
二人の将来を想像して楽しそうにニヤニヤと笑う双子はそれぞれ与えられた仕事をこなすために、VIPルームを後にした。
* * *
アズールはオンボロ寮の扉の前に立ち、ドアチャイムを鳴らす。
「はーい、どちら様?」
監督生の声が聞こえた。
「アズール・アーシェングロットです。監督生さん、この扉を開けていただけますか?」
「……もし嫌だと言ったら?」
「仕方ありません。物理的に無理矢理抉じ開けます」
アズールの言葉を聞いて慌てたのかすぐにガチャッと鍵の開く音がして勢いよく扉が開いた。
「魔法使える癖になんで物理的にぶっ壊そうとしてんのよ!」
「そう言えば監督生さんがすぐに出てくると思ったので」
アズールの思い通りになったことが悔しいのか監督生は口の形がへの字になった。
「監督生さん、あのチョコですが……」
「返品したいのなら受け付けるけど……」
「返品は絶対にしないので安心してください。そうではなく、あのチョコは僕以外の男にあげましたか?」
監督生は少し視線を彷徨わせた後、俯いて小さな声で答える。
「………………先輩以外にはあげてない、です」
「監督生さん、あなたがくれたのはほんめ……むぐっ」
本命のチョコなのか尋ねようとしたアズールの口を監督生が手で塞いで遮った。
「……先輩、返事は春まで待つって言った」
確かに監督生の言う通り、告白したときにアズールは返事の期限を設けた……『春になったら告白の返事をもらいます』と。
(こんなことなら違う条件にしておけばよかったか?)
アズールが監督生の様子を見ると、嫌がっている訳ではなく恥ずかしがっているだけのようだ。
(仕方ない……)
アズールは自分の口を塞いでいる監督生の手を取り、指先に唇で触れると監督生から猫の悲鳴のような声が聞こえた。
「今はこれで許しましょう……ですが、春までには覚悟を決めておいてくださいね」
ニッコリと笑うアズールの言葉に対して、頬を真っ赤に染めた監督生はそっぽを向いて小さくコクリと頷いた。
「春になるまでには、覚悟しておくつもり……多分、出来れば」
監督生がアズールの言葉に頷いたのは良いものの、返事の最後に不安な要素が見え隠れしていた。
(まぁ、逃がす気はないんですけどね……)
アズールが自分の唯一だと決めた愛しい女性と心を通わせる日――告白の期限である春になるまで、あと少し……
~Fin.~
「『ばれんたいんでー』……ですか?」
アズールは監督生から渡されたチョコチップクッキーを眺める。
「そう。あたしの故郷の『バレンタインデー』は女性がお世話になった人や友達、好きな人にチョコレートを贈るの。今では男性側から贈ることも増えてきたけどね」
監督生からの『好きな人』という言葉を聞いてアズールの心臓は大きく跳ねたが、気付かれないように澄ました顔で話を続ける。
「あなたは僕以外にもこのクッキーを渡したんですか?」
「ええ、エースやデュースにリドル寮長とか他にも沢山の同級生と先輩に。グリムとサバナ寮の獣人の人達に『犬や猫ってチョコは有毒だからチョコ抜きクッキーにした!』って言ったら『犬猫扱いすんじゃねー!』って怒られたわ……」
監督生はその時のことを思い出したのかしょんぼりしていた。
「随分大盤振る舞いするんですね。あなた、いつも節約を心がけているのに」
自分以外の男にも手作りのクッキーを配っていることが面白くなくてアズールは棘のある言葉を言い放った。
しかし、監督生にとってアズールの言葉の棘は可愛いもので、これっぽっちも傷付かなかった。
「クッキーは原価を抑えて大量生産できるから問題ないわ!」
監督生の言葉を聞いてモストロ・ラウンジの経営者としてのアズールは『分かる』と頷く……だが、経営者ではないただの男としてのアズールは『そうじゃねー!』と荒ぶっていた。
「それに先輩はカロリーを計算してから摂取したい派でしょ。日持ちするクッキーの方がちょうどいいじゃない」
確かに監督生が言うようにアズールは計画的に食べ物を摂取しているのだが、それでもアズールはカロリーが高かろうと監督生の特別が欲しかった。
「じゃあ、オクタヴィネルの人達には配り終わったから次に行くわ。お仕事お疲れさまです」
監督生はチョコチップクッキーの小袋が沢山入ったトートバッグを持ってVIPルームを出て行った。
「ちょうどいいので、監督生さんからもらったクッキーを食べて休憩しますか」
「ジェイド、飲み物淹れてー」
「はいはい」
ジェイドが紅茶を淹れる準備をしている中、アズールは監督生からもらったクッキーを一口食べた。
「……苦い」
「アズール、何か言いました?」
「いえ、何も」
口の中は甘いのにアズールの心の中には苦い想いだけが広がったのを、アズールはジェイドの淹れた紅茶で押し流すのだった。
【2年目のバレンタインデー】
今日は2月14日……このツイステッドワンダーランドでは特に意味を持たない日だが、監督生の故郷では大きな意味を持つ日。
監督生はVIPルームの扉の前でグルグルと考えていた。
(これは本命ではない、本命じゃない。義理……いや、多分感謝の気持ちが籠った感謝チョコのはず……。よし!)
「失礼します!」
監督生は自分に気合を入れ、バーン!と道場破りのごとく勢いよくVIPルームの扉を開け放った。
「っ!? ……監督生さん、今日は休みのはずでは?」
勢いよく開いた扉に驚いたアズールは監督生に声をかけたが、監督生は返事をせずに大きく振りかぶる。
バシーン!
アズールの顔に小さな箱を叩きつけるように投げた後、監督生はやりきったという晴れやかな表情をしながら額を手で拭った。
「ふぅ……」
「ふぅ……じゃないですよ! 突然なんなんですか!?」
「それ、あげる。それじゃ、失礼しました!」
片手をスチャッと上げて監督生はそのまま去って行った。
「なんだったんだ、今のは……それにこれは何が入ってるんだ?」
監督生の置いていった小さな箱を開けると、茶色くて丸いものが2つ納まっていた。
「アズール、相談したいという方が来ています」
「対価は何でも払うって~」
VIPルームにジェイドとフロイドが来てアズールへ来訪者の存在を伝えたが、アズールの視線は小さな箱の中身に釘付けになっている。
「……ジェイド、今日は2月何日ですか?」
「今日は14日ですが……」
「アズール、働きすぎて体内時計狂ってんじゃん」
「しまった!」
アズールが慌ててVIPルームを出たときには既に監督生の姿は廊下になかった。
普段の行儀の良さを捨てて小さく舌打ちをしたアズールは机の方へズカズカ戻る。
「ジェイド、モストロ・ラウンジをしばらく任せます! 僕の代わりに相談者から話を聞いておいてください!」
「それは構いませんが、アズールはどこへ?」
アズールが小さな箱の中にある1粒を口の中に入れると、柔らかな食感がして口の中に甘さが広がったと思ったらすぐに溶けて消えた。
(やはり、これは生チョコか!)
「あと、これを冷蔵庫に入れておいてください。もし勝手に食べたら……」
「食べたらぁ?」
「僕が全力で捻り潰します。僕の本気の力、お前たちは知っているでしょう? 特にフロイド、また絞られたくなかったら言う通りにしろ」
フロイドは以前ヴィルの依頼のために絞られたことを思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「では、オンボロ寮に行ってきます!」
そしてアズールはVIPルームを出て行った。
「……アズール、小エビちゃんを番にすんのかなぁ」
「そうするつもりでしょう」
「そしたら退屈しないね、ジェイド」
「ええ。毎日楽しいでしょうね、フロイド」
二人の将来を想像して楽しそうにニヤニヤと笑う双子はそれぞれ与えられた仕事をこなすために、VIPルームを後にした。
* * *
アズールはオンボロ寮の扉の前に立ち、ドアチャイムを鳴らす。
「はーい、どちら様?」
監督生の声が聞こえた。
「アズール・アーシェングロットです。監督生さん、この扉を開けていただけますか?」
「……もし嫌だと言ったら?」
「仕方ありません。物理的に無理矢理抉じ開けます」
アズールの言葉を聞いて慌てたのかすぐにガチャッと鍵の開く音がして勢いよく扉が開いた。
「魔法使える癖になんで物理的にぶっ壊そうとしてんのよ!」
「そう言えば監督生さんがすぐに出てくると思ったので」
アズールの思い通りになったことが悔しいのか監督生は口の形がへの字になった。
「監督生さん、あのチョコですが……」
「返品したいのなら受け付けるけど……」
「返品は絶対にしないので安心してください。そうではなく、あのチョコは僕以外の男にあげましたか?」
監督生は少し視線を彷徨わせた後、俯いて小さな声で答える。
「………………先輩以外にはあげてない、です」
「監督生さん、あなたがくれたのはほんめ……むぐっ」
本命のチョコなのか尋ねようとしたアズールの口を監督生が手で塞いで遮った。
「……先輩、返事は春まで待つって言った」
確かに監督生の言う通り、告白したときにアズールは返事の期限を設けた……『春になったら告白の返事をもらいます』と。
(こんなことなら違う条件にしておけばよかったか?)
アズールが監督生の様子を見ると、嫌がっている訳ではなく恥ずかしがっているだけのようだ。
(仕方ない……)
アズールは自分の口を塞いでいる監督生の手を取り、指先に唇で触れると監督生から猫の悲鳴のような声が聞こえた。
「今はこれで許しましょう……ですが、春までには覚悟を決めておいてくださいね」
ニッコリと笑うアズールの言葉に対して、頬を真っ赤に染めた監督生はそっぽを向いて小さくコクリと頷いた。
「春になるまでには、覚悟しておくつもり……多分、出来れば」
監督生がアズールの言葉に頷いたのは良いものの、返事の最後に不安な要素が見え隠れしていた。
(まぁ、逃がす気はないんですけどね……)
アズールが自分の唯一だと決めた愛しい女性と心を通わせる日――告白の期限である春になるまで、あと少し……
~Fin.~
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