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「今日はこれで失礼します」
「先生ありがとうございました」
 家庭教師のアルバイトを終えて、リドルは帰路に就いた。
「ふぅ、日が暮れたとはいえまだ暑いな……あの時もこんな風に暑い日だったかな」
 もうすぐリドルが家を出て1年経とうとしていた。
「ただいま」
 家に着いて鍵を開けて中に入ると、美味しそうな匂いがした。
「おかえりなさい」
 料理中だったらしくエプロンを着けたままのリドルの恋人――元・オンボロ寮の監督生――がリドルを出迎えに来た。
「美味しそうな匂いがするね」
「リドルさんとあたしの誕生日のお祝いのために頑張って作ったの!」
 NRC在学中にリドルと彼女の誕生日が2日違いだったことが分かった。ちなみにエースとデュースは彼女の誕生日を知らなかったようで「どうして教えてくれなかったんだ!」と言うと彼女は「聞かれなかったから」とあっさり答えてエースとデュースはがくりと項垂れていた。
 現在はリドルが学業とアルバイト、彼女が家事と仕事で忙しいから一緒に祝おうということで二人の誕生日の間に祝うことにしたのだ。
「「いただきます」」
 一緒に暮らし始めてから食事の前後に『いただきます』『ごちそうさま』を言うようになった。言おうと思って言う訳ではなく、一緒に暮らす内に彼女の癖がリドルに移ったからだ。今後も彼女の癖がリドルに移るし、リドルの癖が彼女に移っていくだろう。
「美味しく出来てるかしら? ……消費期限が近い材料ばかりで申し訳ないんだけど」
 彼女は大学には通わず、飲食店で働いていて、消費期限の近い材料や料理で余った材料をもらってくることが多かった。
「いや、キミの作る料理はまた食べたいと思うから美味しいと思うよ」
「それなら良かったわ」
 ホッとして柔らかに微笑んだ彼女の作る料理はリドルのお腹だけでなく心も一緒に満たしてくれる。だからリドルは彼女の作る料理が好きだった。
「誕生日おめでとう」
「誕生日おめでとうございます」
 夕食に舌鼓を打った後、二人で誕生日プレゼントを渡し合った。
「わぁ、素敵な髪留めですね」
「……キミに似合いそうだと思って」
「……ありがとうございます」
 照れながら彼女はお礼を言った後にリドルからもらった髪留めを使ってササッと髪をまとめてみせた。
「似合います?」
「想像してたより似合ってるよ……もう少し良いものをプレゼントできれば良かったんだけど」
 リドルが大学の授業で講義室に座っていると、同じ授業を受ける女性達のグループから誕生日プレゼントに高いアクセサリーやバッグをもらったという話が聞こえてきた。
 もしかしたら彼女もそういうプレゼントの方が良いのかとリドルは思ったが、彼女は首を左右に振った。
「ねぇ、リドルさん。この髪留めを選んだとき、あたしのことを考えてくれたんでしょう?」
「……うん」
「リドルさんがあたしのことを想って選んでくれたから、これがいいわ。それにもう傍にいてくれるだけで充分だわ……むしろリドルさんは後悔していない?」
 リドルが家を出たきっかけは母親との喧嘩だった。
 ナイトレイブンカレッジを卒業した彼女を母に紹介したら交際を猛反対され、『あなたの相手は私が探してあげるから』と言われて、リドルは激怒した。きっと昔の自分だったら何の疑問もなく母親の言う通りにしていただろう。でも今のリドルには母親相手でも譲れない大事な存在がいたから家を出ることにした。
「……少しは反省してるけど、後悔は何もしていないよ」
 もう少しだけ冷静に母と話し合えば良かったかもしれないと反省はしても、彼女以外の女性を選ぶ気はリドルには無かった……リドルは彼女の帰る場所に、家族になると決意していたから。
「そういえばキミからのプレゼントは何かな?」
 リドルがラッピングを開けると――
「ペン?」
「使った人の感情でペンの色が変わるんですって。……リドルさんはどんな色になると思う?」
「そうだね。きっとキミと一緒なら幸せな色になると思うよ」
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