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NRC在学中

「もうすぐ1年経つのねぇ」
 もう何回目になるのかわからない不定期で開催される『なんでもない日』のパーティ in オンボロ寮で彼女がポツリと言った。
「そうだね。もうすぐ入学式の準備が始まる時期だ」
「この世界に来て、訳も分からないまま変な狸に炎で攻撃されるわ、魔法が使えないのに魔法士を育成する学園の生徒にされるわ、事件とかオーバーブロットとかに巻き込まれるわ……なかなか波乱万丈な1年だった気がするのよ」
「……」
 彼女をオーバーブロットに巻き込んだ側のボクは何も言えず黙ってしまう。
「もっと早く元の世界へ帰れるものかと思っていたけれど、駄目ね……学園長は口先ばかりで面倒事しか寄こさないんだから」
 彼女が元の世界に帰ることを想像したら、胸がズキッと痛んだ気がした。
「キミはやっぱり元の世界に戻りたいのかい?」
「……元の世界にはね、一応あたしが帰ったら『おかえり』って言ってくれる人達がいたの。でも、この世界には誰も言ってくれる人はいない……帰る場所がないの」
 彼女は遠くを見て言う。
「元の世界へ帰る方法が見つからないままナイトレイブンカレッジを卒業したら、あたしはどうすればいいのかしら? どこへ行けば……帰ればいいのかしら?」
 元の世界を見つめる彼女の瞳にボクの姿は映っていなくって、なんだか悔しいような寂しいような気持ちになった。

* * *

 月日は流れていくけど、相変わらず彼女が元の世界へ戻る方法は見つからない。
 ボクは4年生となり、彼女は3年生となった。
 ボクがナイトレイブンカレッジにいた頃は不定期に2人きりで秘密のお茶会をしていたが、ボクが学外へ実習に行くようになったら2人の時間が合う時にスマホでお互いの近況を語り合うようになった。
「お疲れ様です、リドルさん」
「キミもお疲れ様」
 彼女はいつも『今日はエースが~』とか『デュースが怒って~』とかハーツラビュル寮生のあれこれを聞かせてくれるけど、自分の話は積極的にはしない。
 ボクが自分から彼女に尋ねると話してくれるから、絶対に隠したい訳でもないとは思うけど……。
「あとちょっとで実習が終わって、リドルさんの卒業式ですね」
「うん。……ねぇ、監督生。卒業式が終わったらキミに話があるんだ。聞いてくれるかい?」
 手の中にあるものを見ながら、彼女に話を切り出した。
「はい。いいですよ」

* * *

 卒業式が終わると、ハーツラビュル寮の寮生達に囲まれた。
 エースは「リドル寮長が卒業して寂しいとか思ってないし! せいせいするし!」と涙目で言っていたし、デュースは「ロ゛ーズハ゛ート゛り゛ょう゛ち゛ょう゛!」と男泣きだった。
 彼らには入学したばかりの頃にオーバーブロットして色々と迷惑をかけたけど、自分が思っているより慕われていたようで嬉しかった。
 寮生達に別れの挨拶をしたり、記念写真を撮ったりしていたら、随分と時間が過ぎていた。
 切りのいいところで彼らと別れ、急いで彼女との約束の場所へ向かう。
「すまない! 遅くなってしまった!」
「いえ、大丈夫ですよ。いつ来てもここの薔薇は綺麗ですねぇ」
 薔薇の迷路の片隅で彼女と会う約束をしていた。
「ご卒業おめでとうございます、リドルさん」
「ありがとう」
「ふふ、寮生達に囲まれて人気者でしたね」
「なぜかエースもデュースも他の寮生達もボクのことを寮長って呼ぶんだ。もうボクは寮長ではないのにね」
「ずっと寮長でいる時間が長かったから、もう『ハーツラビュル寮の寮長=リドルさん』になっちゃってるんだと思うわ。あたしもそう思ってしまうもの……でも、もうリドルさんとは会えなくなってしまうのねぇ……」
「……監督生。キミに渡したいものがあるんだ」
 そう言って、彼女にあるものを渡した。
「これは……指輪? どうして?」
「『カレッジリング』と呼ばれるもので卒業する前に作られるんだ」
「綺麗……マジカルペンと同じ色の石がついてる」
「カレッジリングは恋人に渡してエンゲージリングの代わり……永遠の愛を誓うんだ」
「そうなんですねぇ……ん? エーゲージリング? 永遠の愛?」
 彼女はボクが言ったことを時間差で理解したらしくボッと一気に赤くなった。
「顔が真っ赤だね。怒っているのかい? ……なんて、ね」
「いや、怒ってないですよ! えーっと、そんな大事なものをあたしに渡していいんですか?」
「キミ以外に渡したら意味なんてないよ。ボクはここを卒業してもキミと繋がっていたいし、キミがここを卒業したらボクがキミの帰る場所になりたい」
「あ…」
 以前、彼女がこの世界には帰る場所がないと言っていた。
 それならボクが彼女の帰る場所に、家族になりたいと思った。
「ボクはキミが好きだ。今はまだ無理だけど責任が取れるようになったら、ボクと家族になってくれないかい?」
 普段動揺しない彼女が分かりやすいくらい動揺していっぱいいっぱいになりながら答えてくれる。
「あの、あたし恋愛経験がこれっぽっちもなくて! だから、リドルさんのことは好きだけどお付き合いとか分からなくて! 恋人から始めてゆっくりと考えてもいいかしら? ……あとあたしがここを卒業したら、リドルさんにね。聞いてほしいことがあるの。あたしが元いた世界であったこと……沢山ありすぎて1日2日で語りきれないくらいあるんだけれど」
 彼女が自分から自分の話をしてくれると言ってくれて嬉しくなった。
「うん。キミが前いた世界でのこと聞かせてくれるのを待っているよ。それで、ボクの恋人になってくれるんだね?」
「は、はい」
「キミを抱き締めてもいいかい?」
「ど、どうぞ」
 おずおずと両腕を広げた彼女を抱き締めると、彼女の表情は見えないけど、耳や首が真っ赤で可愛らしかった。
 他人からしたらごっこ遊びだとかお子様の恋愛だとかいうかもしれないが、ボクらにとっては真剣な男女交際だ。
「この事は当分の間皆には秘密にしておこうか」
 こうしてボクらの秘密の恋は静かに始まった。
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