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チョロ一

「一松、旅行いこう」
「……へ?」
 唐突に旅行のお誘いをされた。
 いや、確かに、チョロ松兄さんとはそういう関係……恋人だし、旅行もしたかったけど。
どういう風の吹き回しだろう?
 ぽかーんと口を開いていると、チョロ松兄さんがおれの口を閉じながらおれの隣に座る。
 ソファに二人で腰掛けて、チョロ松兄さんはおれにピラリとチケットを見せてきた。
「……たまたま、旅行券当たったんだよ」
 一松と行きたいんだけど、と照れ臭そうに視線をそらす姿にドキリとした。どうしよう、おれの彼氏がかっこいい。
「……行きたい」
 おれがそう返すと、チョロ松兄さんはパァと表情を明るくした。普段への字な口をパカっと逆三角形にひらいておれに抱きついてくる。
「よかったー! 箱根に温泉旅行、行こうな」
 チョロ松兄さんの少し冷たい手と、温かい身体にドキリとしながらおれはこくこく頷いた。
 数日後、まあ暇を持て余したおれたちニートは平日の人の少ない期間を狙って旅行に行くことにした。
 ちなみに他の兄弟には……カラ松と十四松にしておいた。おそ松兄さんだとうるさく騒ぐ可能性があるし、トッティにお土産を強請られても面倒だからだ。
「いってらっしゃーい!!」
「フッ……気をつけてな」
 この二人なら別段邪魔をしてこないだろうというチョロ松の読みは大当たりだった。
「後の二人は?」
「土産買っていけば大丈夫でしょ」
 それに、とチョロ松兄さんが前置きして
「お前とゆっくり楽しみたかったんだよ……いいだろ?」
 なんて微笑んだ。
 その笑顔に鼓動が跳ねる。
「え、あ、う、うん」
「ほら、行こう」
 チョロ松兄さんに手を引かれて、そのままおれたちは旅館に向かった。
 ……旅館に向かう電車内、のんびりやることもないので朝早くから鈍行列車に乗ることにした。
「いやぁ、人あんまりいないと楽だねー」
 となんだか荷物が多いチョロ松兄さんが笑う。おれは適当なちょっと大きめなボストンバッグで足りるのにキャリーにリュックも持参って、一体何を詰めてるの。
「本当は、早く観光とかもしたかったけど……」
 そう呟いて、チョロ松兄さんはおれの手をそっと握る。
「ゆっくり一松を堪能したかった……から……ごめんね」
 あとお金もあんまり無いから、と苦笑するチョロ松兄さんに、ドキドキとする。

やっぱり好きでたまらない。

 お金がなくても、別に旅行とか行かなくても、チョロ松兄さんと二人きりになれるならおれは幸せだ。でも、今回はそんなの通り越して旅行。しかも二泊三日だって。
 ねえ、おれ幸せで死ぬの?
 死ぬだけで戒めになるかな。ならないかもね。やばい……。
「一松は、僕と旅行するの嫌?」
「ええ!? いやじゃない、嬉しい……!」
「いや、百面相してたから」
「嬉しいなら良かったよ」
 と、安心したように笑うチョロ松兄さんの顔をじっと見つめる。自分と同じ遺伝子のはずなのに、なんでこんなに焦がれるんだろうね。
「……一松、あのさ」
 そんな可愛い顔されると、キスしたくなるからやめて……とチョロ松兄さんが顔を覆った。耳まで真っ赤になってる。
 おれ、そんな変な顔してたかな。
「おれ、なんかした?」
「いや、一松が可愛い……だけ……」
 チョロ松兄さんが眉間にシワを寄せながら何かに耐えるような顔をしている。こう、ちょっと眉間にシワが寄ってるチョロ松兄さんも実は好きなんだけど。やっぱり笑顔でいて欲しくて、眉間を指でつついた。
「しわ、寄ってる……」
ぐりぐりと動かすと、チョロ松兄さんは困ったように笑って、おれの手を握った。

 そんなこんなで割とイチャイチャしながら、とある駅で乗り換えた。人が少ないのはここまでだ。
 その後は満員に近い電車に離れないように服とか掴みながら目的の駅まで揺られた。
「はぁ、やっぱり箱根は人が多いねー……」
「……しぬ」
「わー!? バスとかも混むけど大丈夫? 少し休む? それとも旅館に向かっちゃう?」
 チョロ松兄さんが凄く心配してくれるけど、おれは。
「…荷物ロッカーに預けてさ、ちょっとお店見たい」
 せっかくだから、チョロ松兄さんと、観光デートしたかった。
 チョロ松兄さんはおれの言葉を聞いて、一瞬戸惑ったけどすぐに笑って了承してくれる。
「いいよ、行こうか」
 にっこり微笑まれておれの心臓がドキドキ音をたてる。
 ああ、幸せだ。

 道を歩いていると、あるものが目に留まった。
「焼きたてせんべい……」
「食べる? でも一松猫舌だよね?」
「うっ」
 目に入ったのはおせんべい。
 おっきくて、焼きたてなハートの形のが気になって立ち止まってしまった。
「……食べたい?」
「……うん」
「しょうがないなーもー」
 チョロ松兄さんがそう言っておせんべいを買って戻ってきた。
 ハートで、両手で持ってもはみ出るくらい大きくて、焦げた醤油の香りが鼻をくすぐるのがたまらない。我慢出来ずにかぶりつくとやっぱり熱くて涙目になる。
「あ、あっつ」
「あーもー! 猫舌のくせに急に食べるから! ほらお茶」
 自販機で買っていたお茶を流し込んで事なきを得た。
「ひっふりひた」
「こっちのセリフだよー……もう」
 火傷は? と聞かれ、ベロがじんじんすると返した。
「はいはい……ちょっと冷めるまで待とうね?」
「へーい」
 なんだかんだおせんべいは美味しくたべた。半分に割ってチョロ松に差し出したら、微妙な表情で受け取った。
 上と下で分けたからかな? 真ん中から真っ二つよりいいかなと思ったけど、まあいいか。
なんだかんだで楽しんで、早めに旅館に向かうことにした。
旅館に向かうバスはマイクロバスで、色々な旅行に向かう人がぎゅうぎゅうと乗っていた。
 おれたちも二人がけの席に座る。
 目的の旅行について、荷物を一旦地面に下ろした。ふぅ。
 一息ついて見上げると、昔ながらの日本の趣がある建物が目に入った。
「ふぁあ」
「ふふ、すごいね。行こうか一松」
 チョロ松兄さんに手を引かれるまま旅館に入った。
 あれよあれよという間に、部屋まで案内される。
 広めの和室に寝室、マッサージチェアなんてものもあって、とても豪華だった。
「……この部屋、室内のお風呂……温泉もあるんだよ」
「え」
 チョロ松兄さんの言葉に固まる。なんて豪華なんだ。大丈夫なのか。こんな贅沢して。
「……あ、大きい温泉もちゃんとあるよ!」
「……一緒に入ろうか」
 チョロ松兄さんの慌てた様子に対して返事をすると、チョロ松兄さんは嬉しそうに頷いた。

 夕暮れ時、晩御飯を運んでもらって、二人でのんびり食べる。
 晩御飯を食べ終えて、温泉にむかうことにした。
「へへ、楽しみだね」
「うん、楽しみ」
 おれたちはワクワクしながら温泉に向かった。

「「おおー……」」
 外には露天風呂も用意されていて、温泉は今は人がいないのか貸し切り状態。
「……貸し切りだね」
「うん、やばい、贅沢だねー!」
 チョロ松兄さんと一緒に目を輝かせる。広いお風呂、贅沢な温泉を二人で独占……
「とりあえず身体洗おうか」
 いつもみたいに二人で身体を洗いあって、露天風呂の湯船に浸かる。じんわりと身体に温かさが染み渡る。
「あー……極楽、極楽……」
「天国やがなー」
「そういえば、一松昼間に火傷してたね」
「ああ、ベロね……」
「一松」
 ぐいと腕を引かれて、ちゅ、とキスをされた。驚いて声をあげようとしたすきにチョロ松兄さんの舌が入ってくる。
「ん!?」
 おれの舌を執拗に舐めたあと、チョロ松兄さんは不敵に微笑んだ。
「消毒してなかったなって」
「え、え」
 顔に熱が籠る。
「いーちーまーつー? 顔赤いよ?」
 のぼせた? と二タニタ笑うチョロ松兄さんにデコピンをかましてお湯につかる。
 あーもう。景色が綺麗で、二人きりの露天風呂でキスなんかされたら、ドキドキがとまらないじゃん。
 そんなところも好き。
 チョロ松兄さんが、好き。

 部屋に戻ると、布団は既に敷かれていた。
 ふと窓の外に池と、水面に綺麗に月が映っていた。下弦の月……だったかな。
「綺麗だね、一松」
 布団に二人でゴロゴロしながら話す。疲労感と満足感がすごい。あと一泊もあるとか、おれ大丈夫かな。
 そんなことを考えていると、チョロ松兄さんがこちらを見ていう。
「一松、緊張してる?」
 そして、僕も、と笑っていた。
「二人きりなんて、全然ないからね」
 おれたちは割とお互いの用事を優先させる節があったりして、あんまり二人きりにはなってなかったから、余計ドキドキする。
「一松、寝ようか」
「あ」
 チョロ松兄さんはおれをそっと引き寄せて、ぎゅうと抱き締めてきた。
 トク、トク、トク……
 チョロ松兄さんのちょっと速くなっている鼓動の音がとてもよく聞こえる。
 あったかくて、幸せ。
「一松、明日は何がしたい?」
「……他のみんなよりも長生きしてやろう」
「黒玉子食べたいんだね、わかったわかった」
 なんて話していると、なんだか眠気とともに安心感がきて。
「おやすみ一松」
 うん、おやすみ、なんて言えたかわからないままおれは目を閉じた。

 翌朝、差し込む光で目が覚める。七時。普段よりも早い起床だけど、朝ごはんを食べることを考えたらこれくらいでないといけないらしい。
 カーテンを開けたチョロ松兄さんが、蕩けるような笑顔で、
「おはよう」
 といって撫でてきた。さりげなく擦り寄りつつ、挨拶を返す。
「あ、おはよ……チョロ松兄さん」
「よく眠れた?」
「すごくグッスリ」
「よかった。このあとご飯だってさ」
 なんてやりとりして、寝相ではだけた浴衣をちゃんと正す。ピシッとしているチョロ松兄さんと違って、なんかおれのはよれてた。ごめん浴衣。

 そして、なんだかんだ朝ごはんを食べて、おれたちは私服に着替える。
「さあ、大涌谷いくぞー」
「のんびり行こう……」
 黒玉子を食べるべく、のんびり旅館から出てるバスに乗った。

 かれこれ交通機関を使って、大涌谷に到着する。黒玉子を購入し、あっつあつの黒玉子を二人ではふはふと食べる。
「他のみんなにも……」
 とお土産も購入。
「ひとつ食べると三年寿命のびるんだっけ」
「そうだったかな? 覚えてないけど、まあ美味しいからいいよね」
「だね」
 温かい玉子に塩を振って食べるのは贅沢だった。ときたま熱すぎて涙目になったり、喉につまりかけたが。

「あ! ここ行きたかったんだよ。いい?」
 とチョロ松兄さんが指さすは広告。
「……びじゅつかん?」
「なんか、屋外の展示物とかいろいろあるってかいてあったから」
「……いいよ」
「本当? ありがとう!」
 チョロ松兄さんはニコニコと笑って、おれを撫でた。
 それ、恥ずかしいんだけど。
 そう思いつつも、頭をなでる手が気持ちよくてしばらく撫でられていた。

 電車に揺られて目的地へ。
 美術館には館内展示と、屋外展示の二種類があった。
 幾らか歩きながら、なんだか懐かしさを覚えて、
「あれ、ここ」
 来たことある? とチョロ松兄さんに尋ねると、チョロ松兄さんはニヤリとわらった。
「あ、バレた? 懐かしくない? この迷路……昔、みんなでやったよね」
 迷路の展示物を二人で上から見おろして笑う。
 懐かしい。置いてかれたおれと十四松が迷っていたら、チョロ松兄さんが迎えに来てくれたんだったか。
「あのとき、チョロ松兄さんが棒をずっと掲げてたのはこういうことか」
 上から見ると、普通に道がわかる。指示役のおそ松兄さんとタッグを組んで迷路を脱出したということか。
「ふふ、バレた?」
「上から見ると丸わかりだし」
「まあ、お前ら迎えに行きたかったし」
 今はもう迷路で遊んだりとかしないが、昔を思い出して懐かしくなった。
「……結構楽しかった」
「……一松、また来たいね」
 少し日が傾いて、チョロ松の横顔を照らす。少しだけ赤みがあるような陽がおれたちを照らしていた。
 二人で色々堪能して、部屋に戻る。ご飯をたべて。
 温泉もそこそこに、室内のお風呂に二人で入る。
「景色を見ながら、本当に二人っきりでお風呂……」
 贅沢だね? というチョロ松兄さんに同意する。
 愛しい人と、二人きりで、月を見上げながら湯船につかる。
 とろけるくらい、しあわせ。
「一松」
 ぎゅ、と湯船に浸かりながらチョロ松兄さんはおれを抱き締めて声をかけてくる。
「……今夜、いい?」
 少しだけ掠れた声で、熱をたっぷり含んだ声で囁かれて、おれは、暫く動揺して。

 うん、と一つ頷いた。

 ……翌朝。
「あー、よく寝た……一松、ご飯たべよう」
「あ゛ー……んっん、たべる」
 案の定声は枯れていたけど、飲み物を飲んだら復活した。
 朝食をとって、帰り支度をする。チョロ松兄さんはせっせとカバンに荷物を詰めていた。よく見ると、おれの着ていた服とかも一緒につめている。え、まって。
「チョロ松兄さん、自分のは自分で……」
「ん? キャリーほぼ空だし、一松の荷物はここに入れるから大丈夫」
 なんでもないようなことのように返されて、おれは困惑した。
「……身体、疲れてるだろ? 少しは、恋人らしいことさせて」
 と言われて、おれはどうしたらいいのかわからないくらいドキドキした。
「帰ろうか、一松」
「……ん」
 ちょっと寂しいけど、二人っきりの旅行はこれでおしまい。
 行きと同じように電車に揺られて、家に着く頃には三時をまわっていて。
「ただいまー」
 家に着くと、誰もいない。丁度みんながでかけていたようだった。
「……一松、一緒に昼寝しちゃおう」
「……うん」
 布団を引っ張りだして、二人で寝転がる。
チョロ松兄さんにくっつくと、チョロ松兄さんは嬉しそうにおれの頭を撫でてくれる。



 それから二人で爆睡したあと、お土産を強奪されたりなんだりしたけど、それはまた、べつのはなし。
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