ワンピ
廃墟って行ったことあるか?
おれが思うに、廃墟とか、人が訪れない場所っていうのは空間自体が日常と隔離されていて、そこだけ時間が止まっているもんだ。見てる時には時間は流れているけど、誰も見てない時にはそこの時間は流れない。
おれが行った廃墟は、住んでる街の端っこの方にある5階建ての古いビルだった。床はここの訪れた不届者たちが散らした菓子パンの袋だとかスプレー缶だとかバタフライの個包装だとかが落ちてる薄汚くて、一目で取り壊すのも金がかかるから放置された場所だってわかるような、つまらない場所だった。
幽霊が出る噂もあるがおれはそう言うのは信じないし、出たとしても精々放浪者くらいだろという冷めた気持ちでおれはそのビルの3階にいた。窓が破られて風通しがクソ良いそこは、周囲に老人の家しかないこともあり午後9時くらいになるともう布ズレの音しか聞こえないくらい静かで、おれはボーッとそこら辺にあったパイプ椅子に座りスマホをいじってた。
10時ぴったりに『つきました。何階にいますか?』とLINEが来て、『3階』とだけ返す。するとすぐに、下から階段を登ってくる音が反響して聞こえて来た。ゆっくり、怯えているかのような足音がコツコツと近づいてきて、おれがいる部屋の前で止まる。
クロちゃんに呼び出され夜のファミレスに行った時、おれは新作のいちごパフェのことしか頭に無かった。
「それで、お前は一体どこからそんな金を?」
「はァ〜大袈裟に捉えすぎだってクロちゃん。ただの居酒屋バイトで稼いだ金だって…」
「バイトは禁止だと言ったはずだ」
とんとんとん。
平日の夜10時、人もまばらになってきたファミレスに神経質そうにテーブルを指で叩く音が聞こえる。
クロちゃん。本名、サー・クロコダイル。指先から足先まで全部完璧ですっていう風貌のバリキャリだけど、顔に何かが横切ったみたいな傷跡があって、ちょっと苛烈な性格の…ちょっとどころじゃ無いけど考えてることを透視されてたら困るので…まあ、ビジンな年上の女の人だ。30歳だっつってたかな。黒くて艶々しててこれまたワックスの消費量が激しそうな神経質なオールバックに一房垂れた前髪はいつも通りだけど、常時眠そうな目が今は一眼見たものを殺すビームみたいなもんを出してる。一般人ならこのビームを喰らった瞬間に固まるか悪くて死ぬけど、おれは週6でこのビームを浴び続けているので少々耐性はある。それでも怖えけど。
真っ赤だか真っ黒だかよく分かんねえビームが顔面に刺さり続けてそろそろ穴が空きそうだったので、グランドメニューを開いてテーブルに立てて砦を作る。あ、いちごパフェ。春の期間限定!とデカデカと書かれた文字が目に入る。食いてえけど今の状況じゃ絶対注文なんかできねえってことくらいは分かる。さっき店員が来てドリンクバー2個だけ頼んだけど取りに行く前にクロちゃんの尋問が始まっちまったし。
がし、と薬指以外指輪のついた指が5本メニューの上から生えてきて、取り上げられる。ガキみてえなことしてんじゃねェ、と溜め息混じりに元の場所に戻されて、クロちゃんはおれの目をもう一回見た。今度はビームは出てなくてその代わり「呆れてます」と書いてあった。
「バイトするくらい何だって無いだろ〜…おれ高校三年生のJKだよクロちゃん…バイトくらい普通するって」
「契約しただろおれがいる間はアルバイトは一切禁止だと。契約書をもう一回見るか?お前の下手くそなサインもついてる」
おれは首を傾げながら左上のあたりの天井を見た。
…んんんん、確かになんかそういう誓約書書かされた気がするな、一年前くらいに。
お付き合いする上でのルール?みたいなのが5つくらい箇条書きで書かれた紙を渡されてサインしろって言われて。正直冗談みてえなもんだと思ってた、お付き合いなんてもっと軽いモンだろ。おれが今まで2、3回経験した恋愛だって自分でも呆れるくらい、羽根より軽い信頼関係で結ばれているものだった。それが唐突に紙面での契約ときたら誰だって驚くだろ。クロちゃん、意外と重いんだ。もう30歳だしお遊びみてえな恋愛してる場合じゃ無いってこと?でもおれ、いくつ下だと思ってるんだ…女子高生にこんな本気になっててバカらしくねえのかな。それともとっくのとうにバカらしくなってるけど、自分からふっかけた契約だから意固地になってるだけなのか。
「サインしたかもだけどさァ、知り合いがやってる居酒屋だよ。変な目には合わねえって…ていうかそれだけで仕事帰りにおれのこと呼び出したの?」
「…今すぐ辞めろ。契約違反だ。あと股をそんなに開くな…はしたねェ」
「いでっ!!足蹴るのもはしたねえだろっ!暴力も契約違反じゃねえの!?」
「約束事は五つだ。本当はもっと追加したかったがお前が覚え切れるとは思えなかったからな…一つ、アルバイトは禁止、二つはおれ以外の人間から金を貰うこと禁止、三つ目はパッとみて40%以上露出がある服を着るのは禁止、四つ目は位置情報追跡機能をおれの許可なくオフにすること禁止、五つ目はシャンクス含む他人の家に行くことは禁止」
「だる…じゃなくて…それってもうほとんどクロちゃんの言いなりじゃね…?」
「サインしたのはお前だろ?今更文句つけられても手遅れだ」
一着50万以上はくだらなそうな深緑色のシックなベストのポケットから、お気に入りらしい葉巻を取り出してる。もう話は終わりってことかな。
クロちゃんは手慣れた手つきで葉巻に火をつけた。出会った時からずっと吸ってるやつだ。今時葉巻なんて吸うやついるんだって思った。そんなの吸うの、古い洋画の登場人物じゃねえの、カウボーイとか。
そういえば結構前にクロちゃんが見せてくれた、名画座ってとこでしか上映してないらしい昔のマフィア映画のボスも葉巻吸ってたな…あれに憧れて葉巻吸ってたりしてな。あの映画意味不明でいちいち演技が大袈裟でつまんなかったけど、見た後どうだったなんて聞かれて困った記憶がある。つまんなかったとか言ったらまた鳩尾突っつかれそうだったから、葉巻吸ってたボスっぽいやつがクロちゃんに似てたって答えたら、お前らしいなだとか言って笑われた。あれ、意外と良い思い出じゃね。
煙を吸い込んで深く吐き出して、だるくて重くて変な大人のクロちゃんは飯は、と言った。
食ってねえけど…と答えると無言でメニューを渡してきた。機嫌治ったのかな。おれはピンポンを押して、店員さんに件のいちごパフェを一つ頼んだ。クロちゃんは飯食ったからいらないらしい。つーかそもそもこんなファミレスの飯食ったことあるのかなクロちゃん。いつも行く飯屋は個室付きでテーブルごとに担当する店員がいるようなVIPなとこだ。クロちゃんの顔を見ると、さっきまでの周りの空気がピリピリして雷でも落ちてきそうな雰囲気は無くなっていた。今日はどつかれることは無さそうだなあと安堵していると、パチリと目が合う。げ、なんか言われるかな。
クロちゃんは普段から癖で力が入ってるおでこに更に力を入れておれを見つめ返してきた。
「…おれが怖いか?」
爬虫類の目をまっすぐこっちに向けられる。
そら怖いに決まってるだろっ!そういうセリフ言うときは大体怖く無い顔して言うもんだボケっ!…と言っても、クロちゃんが急にすんげえ笑顔で接してきてもそれはそれで怖いので言わないけど。おれは背中に若干の汗をかきながら笑顔で応える。
「あただろ…いや、嘘、怖いけど好きだよクロちゃん♡でもさあ…バイト禁止ってそんな良いとこの家庭の親みてえなツレねえこと言わないでくれよ?カレカノだろぉ?確かに書いたかもしれねえけどさあ」
「我儘言うんじゃねえ…必要なモンは全部渡してるだろ。元はと言えばお前が怪しいことするせいだ」
「…怪しいこと?って…」
「あれは一年前…お前がおれの持ってる土地でエンコー未遂した時…」
「だああああ!物語の始まり始まりみたいなの辞めろっ!」
「辞めるのはお前だ。ったく、17のクソガキの癖に…」
おれが思うに、廃墟とか、人が訪れない場所っていうのは空間自体が日常と隔離されていて、そこだけ時間が止まっているもんだ。見てる時には時間は流れているけど、誰も見てない時にはそこの時間は流れない。
おれが行った廃墟は、住んでる街の端っこの方にある5階建ての古いビルだった。床はここの訪れた不届者たちが散らした菓子パンの袋だとかスプレー缶だとかバタフライの個包装だとかが落ちてる薄汚くて、一目で取り壊すのも金がかかるから放置された場所だってわかるような、つまらない場所だった。
幽霊が出る噂もあるがおれはそう言うのは信じないし、出たとしても精々放浪者くらいだろという冷めた気持ちでおれはそのビルの3階にいた。窓が破られて風通しがクソ良いそこは、周囲に老人の家しかないこともあり午後9時くらいになるともう布ズレの音しか聞こえないくらい静かで、おれはボーッとそこら辺にあったパイプ椅子に座りスマホをいじってた。
10時ぴったりに『つきました。何階にいますか?』とLINEが来て、『3階』とだけ返す。するとすぐに、下から階段を登ってくる音が反響して聞こえて来た。ゆっくり、怯えているかのような足音がコツコツと近づいてきて、おれがいる部屋の前で止まる。
クロちゃんに呼び出され夜のファミレスに行った時、おれは新作のいちごパフェのことしか頭に無かった。
「それで、お前は一体どこからそんな金を?」
「はァ〜大袈裟に捉えすぎだってクロちゃん。ただの居酒屋バイトで稼いだ金だって…」
「バイトは禁止だと言ったはずだ」
とんとんとん。
平日の夜10時、人もまばらになってきたファミレスに神経質そうにテーブルを指で叩く音が聞こえる。
クロちゃん。本名、サー・クロコダイル。指先から足先まで全部完璧ですっていう風貌のバリキャリだけど、顔に何かが横切ったみたいな傷跡があって、ちょっと苛烈な性格の…ちょっとどころじゃ無いけど考えてることを透視されてたら困るので…まあ、ビジンな年上の女の人だ。30歳だっつってたかな。黒くて艶々しててこれまたワックスの消費量が激しそうな神経質なオールバックに一房垂れた前髪はいつも通りだけど、常時眠そうな目が今は一眼見たものを殺すビームみたいなもんを出してる。一般人ならこのビームを喰らった瞬間に固まるか悪くて死ぬけど、おれは週6でこのビームを浴び続けているので少々耐性はある。それでも怖えけど。
真っ赤だか真っ黒だかよく分かんねえビームが顔面に刺さり続けてそろそろ穴が空きそうだったので、グランドメニューを開いてテーブルに立てて砦を作る。あ、いちごパフェ。春の期間限定!とデカデカと書かれた文字が目に入る。食いてえけど今の状況じゃ絶対注文なんかできねえってことくらいは分かる。さっき店員が来てドリンクバー2個だけ頼んだけど取りに行く前にクロちゃんの尋問が始まっちまったし。
がし、と薬指以外指輪のついた指が5本メニューの上から生えてきて、取り上げられる。ガキみてえなことしてんじゃねェ、と溜め息混じりに元の場所に戻されて、クロちゃんはおれの目をもう一回見た。今度はビームは出てなくてその代わり「呆れてます」と書いてあった。
「バイトするくらい何だって無いだろ〜…おれ高校三年生のJKだよクロちゃん…バイトくらい普通するって」
「契約しただろおれがいる間はアルバイトは一切禁止だと。契約書をもう一回見るか?お前の下手くそなサインもついてる」
おれは首を傾げながら左上のあたりの天井を見た。
…んんんん、確かになんかそういう誓約書書かされた気がするな、一年前くらいに。
お付き合いする上でのルール?みたいなのが5つくらい箇条書きで書かれた紙を渡されてサインしろって言われて。正直冗談みてえなもんだと思ってた、お付き合いなんてもっと軽いモンだろ。おれが今まで2、3回経験した恋愛だって自分でも呆れるくらい、羽根より軽い信頼関係で結ばれているものだった。それが唐突に紙面での契約ときたら誰だって驚くだろ。クロちゃん、意外と重いんだ。もう30歳だしお遊びみてえな恋愛してる場合じゃ無いってこと?でもおれ、いくつ下だと思ってるんだ…女子高生にこんな本気になっててバカらしくねえのかな。それともとっくのとうにバカらしくなってるけど、自分からふっかけた契約だから意固地になってるだけなのか。
「サインしたかもだけどさァ、知り合いがやってる居酒屋だよ。変な目には合わねえって…ていうかそれだけで仕事帰りにおれのこと呼び出したの?」
「…今すぐ辞めろ。契約違反だ。あと股をそんなに開くな…はしたねェ」
「いでっ!!足蹴るのもはしたねえだろっ!暴力も契約違反じゃねえの!?」
「約束事は五つだ。本当はもっと追加したかったがお前が覚え切れるとは思えなかったからな…一つ、アルバイトは禁止、二つはおれ以外の人間から金を貰うこと禁止、三つ目はパッとみて40%以上露出がある服を着るのは禁止、四つ目は位置情報追跡機能をおれの許可なくオフにすること禁止、五つ目はシャンクス含む他人の家に行くことは禁止」
「だる…じゃなくて…それってもうほとんどクロちゃんの言いなりじゃね…?」
「サインしたのはお前だろ?今更文句つけられても手遅れだ」
一着50万以上はくだらなそうな深緑色のシックなベストのポケットから、お気に入りらしい葉巻を取り出してる。もう話は終わりってことかな。
クロちゃんは手慣れた手つきで葉巻に火をつけた。出会った時からずっと吸ってるやつだ。今時葉巻なんて吸うやついるんだって思った。そんなの吸うの、古い洋画の登場人物じゃねえの、カウボーイとか。
そういえば結構前にクロちゃんが見せてくれた、名画座ってとこでしか上映してないらしい昔のマフィア映画のボスも葉巻吸ってたな…あれに憧れて葉巻吸ってたりしてな。あの映画意味不明でいちいち演技が大袈裟でつまんなかったけど、見た後どうだったなんて聞かれて困った記憶がある。つまんなかったとか言ったらまた鳩尾突っつかれそうだったから、葉巻吸ってたボスっぽいやつがクロちゃんに似てたって答えたら、お前らしいなだとか言って笑われた。あれ、意外と良い思い出じゃね。
煙を吸い込んで深く吐き出して、だるくて重くて変な大人のクロちゃんは飯は、と言った。
食ってねえけど…と答えると無言でメニューを渡してきた。機嫌治ったのかな。おれはピンポンを押して、店員さんに件のいちごパフェを一つ頼んだ。クロちゃんは飯食ったからいらないらしい。つーかそもそもこんなファミレスの飯食ったことあるのかなクロちゃん。いつも行く飯屋は個室付きでテーブルごとに担当する店員がいるようなVIPなとこだ。クロちゃんの顔を見ると、さっきまでの周りの空気がピリピリして雷でも落ちてきそうな雰囲気は無くなっていた。今日はどつかれることは無さそうだなあと安堵していると、パチリと目が合う。げ、なんか言われるかな。
クロちゃんは普段から癖で力が入ってるおでこに更に力を入れておれを見つめ返してきた。
「…おれが怖いか?」
爬虫類の目をまっすぐこっちに向けられる。
そら怖いに決まってるだろっ!そういうセリフ言うときは大体怖く無い顔して言うもんだボケっ!…と言っても、クロちゃんが急にすんげえ笑顔で接してきてもそれはそれで怖いので言わないけど。おれは背中に若干の汗をかきながら笑顔で応える。
「あただろ…いや、嘘、怖いけど好きだよクロちゃん♡でもさあ…バイト禁止ってそんな良いとこの家庭の親みてえなツレねえこと言わないでくれよ?カレカノだろぉ?確かに書いたかもしれねえけどさあ」
「我儘言うんじゃねえ…必要なモンは全部渡してるだろ。元はと言えばお前が怪しいことするせいだ」
「…怪しいこと?って…」
「あれは一年前…お前がおれの持ってる土地でエンコー未遂した時…」
「だああああ!物語の始まり始まりみたいなの辞めろっ!」
「辞めるのはお前だ。ったく、17のクソガキの癖に…」
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