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若巌徒と若狩魔の話

ピカッと稲妻が走って、パッと暗闇になった。
「うわ、また停電か」
「最近ずっと天気わるいよね、夏だからかな」
「警察署なんだから雷くらいで停電しないでほしい」
「あんまり関係ないだろ」
 突然の停電にざわめきだした刑事課のオフィス内で、巌徒は読んでいた調書から目を離し窓の外を見る。窓に体当たりするように強い雨が降っていて、まだ夏の夕方だというのに外は日が沈みきったかのように暗かった。ピカッ。眩しく窓が光る。ぴり、と頭の後ろらへんがしびれた。あ、これは近いんじゃないかな。と思った直後に、建物ごと揺れるほど大きく雷が落ちた。流石に轟音で、暗闇のなかでうわっと小さい悲鳴があがった。
「仕事にならないな」
 巌徒は手に持っていた調書を眺めるが、暗闇の中ではぼんやりと白く発光しているだけで、文字も分かりやしない。ふう、と息を吐いて茶色がかっている垂れた前髪をいじる。ここ最近に長く調査していた事件が一旦落ち着いて、今日は事務作業だけで、緊急性のある案件は無い。かと言って停電が直るのをじっと待っているのもつまらないので、他の場所の様子でも見てみようか。立ち上がって書類をファイルにしまう。少し考えて、鍵付きの引き出しの中に仕舞った。
「巌徒、どこか行くのか?」
 隣の席の巌徒と同年代の捜査官が声をかける。
「うん。こんなんだと作業も出来ないから。ちょっと休憩がてらにね」
「じゃあついでに、これ、あのドラキュラ伯爵に渡してきて」
「誰」
「狩魔だよ。検事の」
 ドラキュラ伯爵と呼ばれたその人は、狩魔豪。検事局始まってからの天才…どころか既に伝説の扉を開いてしまっている無敗の検事だ。巌徒は少し前の捜査で彼と一緒に仕事をしたが、その印象は複雑だった。まず、大らかで誰と会話しても親しみやすい印象を与える巌徒と、攻撃的で完璧にこだわる、唯我独尊な人物である狩魔は初対面の時から温度差があった。「あ、狩魔検事だよね?や、ボクは巌徒。捜査官の。よろしくね狩魔ちゃん」「キサマの名前などどうでも良い。馴れ馴れしく近寄るな証拠になるモノだけ知らせろそれ以外はノイズだ」「ちょ、ちょっと待ってよ現場では捜査官と検事で連携しないと」「くだらん。ワガハイの勝利の足を引っ張るな。以上だ」…と言って彼はさっさと行ってしまった。勝手だなと巌徒は思ったが、そもそも検事とは反コミュニケーション的な癖者が多いと捜査官になって2年ほどだが身に染みて知っていたし、泰然自若な性格も手伝ってあまり気にしなかった。だが狩魔が捜査する際に現場の仲間に辛く当たり、少しのミスにも厳罰を与え場の雰囲気を萎縮させることは、巌徒の正義感に反していたし、理解の範疇外だった。なぜわざわざ敵を作るようなことをするのだろうか。友好的に振る舞えばそれでも人は着いてくるというのに。周り全員を駒だと思っている狩魔程ではないが巌徒も無意識に自分中心で周りを動かしたがる性分だった。だがそれの本質は自分勝手であれ親切心と真っ直ぐな正義感、弱者への庇護欲から来るものであった。「ねえキミのそれ特に意味があるように思えないのだけど」彼が怒鳴った同僚を巌徒が庇う形で口論になったが、狩魔の論理武装は相当で、ひどく完璧へのこだわりが強く、それを周りにも強いていた。一種の神経症かと思えるほどに。口論の着地点は見えず、狩魔は全く聞く耳を持たずに一歩も引かない状況で、どうにかするにはタイムリープして幼い彼からそのフリフリを引きちぎり猿山のような俗世の子供の集団にぶち込んで一般常識のようなものを学ばせ再教育するしか無いだろうというところまで行き、巌徒が折れる形になった。結局その場の問題は解決せず、そのまま二人は捜査に携わった。仕事に私情を挟みたくなかったので、巌徒は何も無かった風に装って関わっていたが、狩魔にはわざと何度か足を踏まれた。けれど、何の汚れもつかなかった。
 押し付けられたファイルを持って緑っぽく薄暗い階段を下っていく。良い加減暗闇に目が慣れて歩き回るのはどうということはなかったが、土砂降りの帰りにマットでろくに足を拭かなかった人間がいたのかつるつると床が滑った。地下一階まで降ると、一気に蒸し暑くなり、古い建物の匂いがした。廊下を覗くと、やはり電気は復旧していなく、非常灯が心許なく光っていた。非常電源も作動していないところを見て、まさか電源室で何かトラブルでもあったんじゃないだろうなと巌徒は勘繰るが、考えてもしょうがない。しかしこれだけ暗いと、狩魔は既に局を出ているのではないだろうか。巌徒はあまり期待せず証拠保管室のドアを開け、暗闇を覗き込む。
 「狩魔ちゃん、いるー?」
 巌徒のよく通る声が資料だらけの棚を通り抜けていくが、返事が無い。もう帰ったか、流石に。
「無視されてて実は暗闇の中にずっといるとかないよね」
「独り言もその声量なのか、キサマは」
 ギョッとして巌徒が声のした方向を見ると、顔半分に緑色の光を受けていつもより一層顔色が悪く見える吸血鬼がいた。

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