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小さな恋の詰め合わせ

お正月。どれだけだらだらしても怒られない、そんな日。
例年なら僕は、家でゆっくりおせちを食べて、コタツにくるまって、ためこんでいた本を読んでいた。
そして今年も、そのはずだった。なのに。
「いや〜、やっぱり寒いね!マフラーしてきて正解だったよ〜!」
なんで僕は、こんな早朝から君と一緒に神社にいるんだろう。


「あのさ、いつも思うんだけど、僕の家顔パスするのやめてよ」
ネックウォーマーを耳まで上げて、君に恨み言を言う。
まさか元旦から来るとは思わないじゃないか。しかもお母さんの了承済みなんて。
朝、思いっきり布団をひっぺがされた僕の身にもなってほしい。
「えへ、ごめんね?でもどうしても君と来たくて!」
白い息を吐きながら君が言う。年が変わっても、君のそういうところは全然変わらない。
周りを見渡す。いつもは閑散としている地域の神社も、今日は人であふれていた。カステラやたこ焼きの屋台も顔を並べている。まあ、テレビで見るような有名なところには負けるんだけど。
まだ太陽は姿を見せていない。徐々に明るくなった空は、淡い橙色をしていた。
薄くかかった雲に空の色が滲んでうつる。空気とは裏腹に、空は温かい色を見せた。
「ほら、くるよ!初日の出!」
君が僕の肩をバシバシ叩く。
東の方を見ると、山の向こうから白い光が漏れ出ていた。
空気に反射して目を刺すそれは、まるで新しく生まれ変わったようで。
その眩さに思わず目を瞑る。
次に目を開けたとき、そこには息を呑むほどに赤い、太陽があった。
「すごいな……」
思わず言葉が口から漏れ出る。
「ね、ほんとにすごい!早起きしてよかった」
そう言って笑う君は、日の出に負けないくらい明るかった。



神社に参拝をする人が多かったから、初詣はまた日を改めることになった。
「今年はもうお願いごと決まってるんだ〜」
「へえ。それって、人に言ったら叶わないらしいよ」
嘘!?と目を見開いて君が驚く。ちょっと大袈裟じゃない?
「君には知っておいてほしかったんだけどなぁ」
「それはどうも。自分の心だけに留めておいてね」
君が頬をふくらませる。思わず笑い声が漏れた。頬も鼻先も真っ赤じゃないか。
「甘酒でも飲んでから帰る?」
君の顔がぱあっと明るくなった。
「飲む!」
ここの神社の甘酒は地域では割と有名で、他と比べてもかなり美味しいらしい。僕も小さいときから、この幼なじみと一緒に飲んでいる。子どもでも飲みやすい甘さで、あまり癖がないのが人気の理由だった。


僕だけで買いに行くはずが、君がひよこみたいに後ろからついてくる。どうやら待ちきれないらしい。
甘酒の屋台には、既に列ができていた。
「並ぶけど、いい?」
頭がとれそうなくらい頷く君。よく見ると、腕がなんかソワソワしてる。多分、もうすぐ振り回す。
列がひとつ進む度に、君の体のソワソワが二倍になる。最後までいったらバイブくらい震えてそう。
「あら、紋斗君に明莉ちゃんじゃない」
後ろからかけられた声に振り向く。
そこには、昔から知っている近所のおばさんがいた。
「あ、おばさん!お久しぶりです!」
君が頭を軽くさげるのを見て、僕も慌てて真似をする。
そんな姿を見て、おばさんは景気のいい笑い声をあげた。
「二人とも、ちょっと見ない間に大きくなったわね〜」
「えへへ、クラスで三番目に高いんですよ」
「まあそうなの!おめでたいわねぇ」
二人は僕に目もくれず、和気あいあいと喋っている。
女子同士、やっぱり気が合うのだろうか。だって、僕はクラスの中で背が高いことの何がめでたいのか分からない。
「そういえば、向こうでチョコバナナ売ってたわよ」
「え!?」
大声を出した君と目が合う。『買いに行っていい?』と、目に、書いてあった。
「……いいよ、買ってきて」
「やった!」
ありがとうと言いながら、君が全速力で駆けていった。
その背中を見送る。さすがリレーのアンカー、めちゃくちゃ速い。
気づくと、甘酒屋の列は僕が先頭になっていた。
二人分の甘酒を頼み、お金を払う。多分あっちも、二人分のチョコバナナを買ってくるだろう。
お待たせしましたの声とともに渡された紙コップは、湯気をたてながら麹の独特な香りを漂わせている。
持った瞬間、熱が手にうつる。じんわりと温かくなる肌にため息が出た。
「それ、明莉ちゃんのぶん?」
おばさんが、僕の手元を指さして尋ねる。
「あ、はい。元々僕が甘酒飲もうって誘ったので……」
「へぇ、そうなの。あの子甘酒好きだものね」
「はい、あいつ喜ぶかなって……寒そうだったし……」
少し、いや、かなり気まずい。僕は幼なじみと違ってコミュ力がないし、会話を続けるセンスがないのだ。
僕もあれの五分の一でいいから、活発さとコミュ力があれば良かったのに。新年からないものねだりをするのはどうかと思うけど、僕には足りないものなのだからしょうがない。
「甘酒屋の荷ね」
不意に降ってきたその声に、下をむいていた顔を上げる。おばさんは僕の顔を見ると、目を細くして笑った。
「甘すぎるのもいいけどね、あんまり放っとくと冷めるわよ」
そう言ったおばさんの顔は、何かを諭しているようで、どこか華やかだった。
「じゃあね紋斗君、明莉ちゃんによろしく言っておいて」
いつの間に買っていたのだろう、おばさんは紙コップを手に持って人混みの中へ消える。その姿はすぐに見えなくなってしまった。
声も出さずに、その場に立ちつくす。
両手だけがただ熱かった。



「お待たせ〜!」
おばさんと入れ替わるように、君が帰ってきた。
僕の予想通り、手にチョコバナナを二本握りしめている。
「さっきね、ちょっと歩いたとこに座れるとこ見つけたんだ。そこ行かない?」
君が指さす方を見て頷く。早朝から立ちっぱなしだったし、そろそろ座りたい気持ちがあった。
人混みから外れた道に出る。少し歩くと小さな広場があった。風に吹かれて枯れ葉が音をたてる。
ひときわ目立つ、大きな木の下のベンチに腰かけた。
疲労感に似たような、どこか安心した気持ちになる。甘酒のおかげだろうか。
君に紙コップを渡す。少し触れた君の手はすっかり冷たくなっていた。
「ありがとう、いただきます!」
そのまま冷ましもせずに口へ運ぶ。そんなことしたら舌やけどするよ。
「あっっつい!」
ほら、言わんこっちゃない。
慌てて吹冷ます君を見て無意識に笑みが浮かぶ。
君といると、退屈しない。毎日が甘く過ぎていく。
まさか元旦からの付き合いになるとは思わなかったけど。
思えば、君とは幼稚園からの付き合いか。
こんなに趣味が違うのに、十数年も一緒にいられたのはきっと奇跡に等しいだろう。
あとどれ位、一緒にいられるだろうか。
冬の寒さに酔わされたのか、柄にもないことを考える。
ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。
ゆっくり、甘酒を啜った。
「……あつ」

甘酒はまだ、冷めそうにない。












『甘酒屋の荷... 天秤棒の前の箱に茶碗やお盆を、後ろの箱に甘酒の釜を据えていたところから、一方が熱いがもう一方は冷たいということで、片思いを言う洒落。』
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