狂信
「初めて会ったとき、なんてお綺麗な方なんだろうと思いました。無論、これまでも美しい人は幾らでも見かけましたし、お仕えしたこともございます。ですが、あの方ほど綺麗という言葉を表している方はいらっしゃいませんでした。
噂では妖だの化け物だの言われていましたが、そんなものは嘘っぱちです。皆様方はあの方を見かけたことがないから、そんなふうに汚らしい言葉を吐けるのです。もし一目でも、あの方を拝見なさっていれば、皆様方も今までの悪態を恥じたでしょう。あの方はそれほどに美しかった。
そこのお方、今私のことを『妖に魅入られた可哀想な人』と、そう仰いましたか?あの方が妖!なんと馬鹿げているのでしょう。私は皆様方のほうが、よっぽど醜く汚らしい妖に見えます。そもそも、初めにあの方を騙して傷を負わせたのは人間のほうではないですか。業が深いのは私達の方ではないですか。何故そのように、さも自分たちは悪くないような顔であの方を責めることが出来るのですか。昔、私達の御先祖様があの方に雨乞いをし、お優しいあの方がそれに応じてくださったのに、私達はその御恩も忘れ、簡単にあの方に刃を向け……あまりに恥ずかしい行いです。あの方がお優しい方でなければ、私達は村を丸ごと焼かれていても文句は言えなかったでしょう。
けれど、あの方はお優しかった。お優しかったのです、この世の誰よりも。あの方に優しさに触れてご覧なさい、皆様方もきっとその心に感銘を受け、自らの言動を詫びたでしょうよ。けれど、不幸なことに、皆様方はあの方に会うことも優しさに触れることも叶わなかった。なんと皮肉なことなのでしょう、生贄として送られた私のみが、あの方の本当のお姿を拝見できたのです。この村で一等汚いものとして送られた私が、この世で一等綺麗なものと触れ合えることができたのです。私はこれを一生の誇りと思うでしょう。あの方に出逢えたあの日を、あの方と過ごした日々を、あの方の好きな季節も、花も、唄も何もかもを。
あぁ、私は生贄になれて良かった!けれども一等嬉しいのは、最期にあの方のお役に立てることです。どうせ皆様方は、私を殺そうとお考えなのでしょう。妖に魅入られた女など、生かす価値がないとお考えでしょう。それでも構いません。あの方が妖などではない、寧ろ神様のようなお方だと、それさえ伝われば後は何だって構わないのです。皆様方が私の申すことを真実だと認め、今までの過ちを恥じ、あの方に許しを乞うまで、私は死んでも死にきれません。たとえ首をはねられても、私は皆様方にあの方の本当の姿を訴え続けるでしょう。たとえ陰陽師が私を祓いにきても、私はあの世に行くことはできないでしょう。それほどまでに、私はあの方をお慕い申し上げております。例えこの気持ちが叶わぬものだとしても、あの方のお役に立てれば、それで充分なのです。私はあの方のためにこの世に生を享けたといっても過言ではないのです。今までずっと燻って煤のようだったこの世が、突然眩くなってきたのです、様々な色を帯びて生まれ変わったのです。あぁ……あの方は本当に素晴らしい!光に反射して銀色に見える白髪も、鈍く光る鱗も、椿のように赤い瞳も、全てが私の心を捕らえているのです。そう、まるであそこの白蛇のように……まあ、あそこにおられるのはあの方ではありませんか!
ほら、ご覧になってください、あんなにも大きな白蛇を皆様方は見たことがありますか。村で一等大きいあの蔵も、きっとこの白蛇の前ではすぐにひしゃげてしまうでしょうよ。なんて綺麗なのかしら……あんなに素晴らしい姿にもなれるのですね。お父上の仰っていた通りだわ、この地には神様がいて、それは蛇の姿をしていると、確かに仰っていました。やはりあの方は神様だったんだわ!この地を護ってくださっているの、きっとそうに違いない!
あっ、皆様方待ってください、どうしてお逃げになるのですか。あの方に挨拶もなしで逃げるなんて、そんな酷いことなさらないでください。そんなにも自分の命が惜しいのですか?ならばせめて、誰かこの縄を外してください。私、可哀想なあの方の近くにいたいのです。お願いします、どうかこの縄を……村長様、どうして止めるのですか。何処もおかしくなんかなっていませんよ、私なら大丈夫です。そもそもあの方が人間を喰らうことくらい私だって知っています、私は大蛇の元に生贄として送られたのですから。大蛇が人を喰らうのは当たり前でしょう。
けれど、私はそれでも構わないのです。なぜって、私先程からずっと申しておりますよね、あの方のお役に立てるならそれで充分だと。あの方の腹の肥やしになるのなら、私は四肢を引きちぎられようと耐えられます。心臓を破られるまでその痛みが続いたとしても、あの方に喰われるなら本望です。ねえ村長様、そんな顔なさらないでくださいな。そりゃあ初めはこの村も自分の境遇も、何もかもを恨んだりしましたけれど、今ではそんなこと全く思っていません。寧ろ感謝しているくらいです。私をあの人に出会わせてくださって、有難うございました。私は今とても幸せです。皆様方にもこの幸せを味わってほしいくらい。
ねえ村長様、顔をお上げください。私は本当に気にしていませんから。『この地の神はもう居ない』って……何を仰っているのですか、あの方は真の神様でしょうに。だからこんなに荒れ果てた地でも、私達は生きてこられたのでしょう。雨が降らず、家畜も痩せこけて、そんな中でも生きてこられたのはあの方のお陰でしょう。
ほら、あの方がもうそこまでやってきていますよ村長様。挨拶なさらないと。貴方様はこの村の顔なのですよ。ほら見てください村長様、あんなに綺麗なお姿……あぁ……私の神様!口元が真っ赤に彩られてもなお、その白い肌と冷たい鱗は際立って光るのですね。貴方様が近づくにつれて、私の胸は高鳴ってやみません。貴方様のいない日々を過ごしていた今までの私に、価値など見いだせそうにありません。生きる理由も、死んでいい理由も、貴方様に出逢えたから作り出すことができました。いつになったら、こちらを向いてくださいますか。いつまで待てば、私は貴方様のところまで追いつけるのでしょうか。
私、貴方様の為ならばこの命だって差し出せます。本当です、信じてください。最期に見るのは貴方様だけがいいのです。来世の私の分だって差し上げられます。私の命では足りないのならば、この村の全てを差し出しますから。だから、お願い、私を貴方様のところまで連れて行って、全部滅茶苦茶にして作り直して!」
噂では妖だの化け物だの言われていましたが、そんなものは嘘っぱちです。皆様方はあの方を見かけたことがないから、そんなふうに汚らしい言葉を吐けるのです。もし一目でも、あの方を拝見なさっていれば、皆様方も今までの悪態を恥じたでしょう。あの方はそれほどに美しかった。
そこのお方、今私のことを『妖に魅入られた可哀想な人』と、そう仰いましたか?あの方が妖!なんと馬鹿げているのでしょう。私は皆様方のほうが、よっぽど醜く汚らしい妖に見えます。そもそも、初めにあの方を騙して傷を負わせたのは人間のほうではないですか。業が深いのは私達の方ではないですか。何故そのように、さも自分たちは悪くないような顔であの方を責めることが出来るのですか。昔、私達の御先祖様があの方に雨乞いをし、お優しいあの方がそれに応じてくださったのに、私達はその御恩も忘れ、簡単にあの方に刃を向け……あまりに恥ずかしい行いです。あの方がお優しい方でなければ、私達は村を丸ごと焼かれていても文句は言えなかったでしょう。
けれど、あの方はお優しかった。お優しかったのです、この世の誰よりも。あの方に優しさに触れてご覧なさい、皆様方もきっとその心に感銘を受け、自らの言動を詫びたでしょうよ。けれど、不幸なことに、皆様方はあの方に会うことも優しさに触れることも叶わなかった。なんと皮肉なことなのでしょう、生贄として送られた私のみが、あの方の本当のお姿を拝見できたのです。この村で一等汚いものとして送られた私が、この世で一等綺麗なものと触れ合えることができたのです。私はこれを一生の誇りと思うでしょう。あの方に出逢えたあの日を、あの方と過ごした日々を、あの方の好きな季節も、花も、唄も何もかもを。
あぁ、私は生贄になれて良かった!けれども一等嬉しいのは、最期にあの方のお役に立てることです。どうせ皆様方は、私を殺そうとお考えなのでしょう。妖に魅入られた女など、生かす価値がないとお考えでしょう。それでも構いません。あの方が妖などではない、寧ろ神様のようなお方だと、それさえ伝われば後は何だって構わないのです。皆様方が私の申すことを真実だと認め、今までの過ちを恥じ、あの方に許しを乞うまで、私は死んでも死にきれません。たとえ首をはねられても、私は皆様方にあの方の本当の姿を訴え続けるでしょう。たとえ陰陽師が私を祓いにきても、私はあの世に行くことはできないでしょう。それほどまでに、私はあの方をお慕い申し上げております。例えこの気持ちが叶わぬものだとしても、あの方のお役に立てれば、それで充分なのです。私はあの方のためにこの世に生を享けたといっても過言ではないのです。今までずっと燻って煤のようだったこの世が、突然眩くなってきたのです、様々な色を帯びて生まれ変わったのです。あぁ……あの方は本当に素晴らしい!光に反射して銀色に見える白髪も、鈍く光る鱗も、椿のように赤い瞳も、全てが私の心を捕らえているのです。そう、まるであそこの白蛇のように……まあ、あそこにおられるのはあの方ではありませんか!
ほら、ご覧になってください、あんなにも大きな白蛇を皆様方は見たことがありますか。村で一等大きいあの蔵も、きっとこの白蛇の前ではすぐにひしゃげてしまうでしょうよ。なんて綺麗なのかしら……あんなに素晴らしい姿にもなれるのですね。お父上の仰っていた通りだわ、この地には神様がいて、それは蛇の姿をしていると、確かに仰っていました。やはりあの方は神様だったんだわ!この地を護ってくださっているの、きっとそうに違いない!
あっ、皆様方待ってください、どうしてお逃げになるのですか。あの方に挨拶もなしで逃げるなんて、そんな酷いことなさらないでください。そんなにも自分の命が惜しいのですか?ならばせめて、誰かこの縄を外してください。私、可哀想なあの方の近くにいたいのです。お願いします、どうかこの縄を……村長様、どうして止めるのですか。何処もおかしくなんかなっていませんよ、私なら大丈夫です。そもそもあの方が人間を喰らうことくらい私だって知っています、私は大蛇の元に生贄として送られたのですから。大蛇が人を喰らうのは当たり前でしょう。
けれど、私はそれでも構わないのです。なぜって、私先程からずっと申しておりますよね、あの方のお役に立てるならそれで充分だと。あの方の腹の肥やしになるのなら、私は四肢を引きちぎられようと耐えられます。心臓を破られるまでその痛みが続いたとしても、あの方に喰われるなら本望です。ねえ村長様、そんな顔なさらないでくださいな。そりゃあ初めはこの村も自分の境遇も、何もかもを恨んだりしましたけれど、今ではそんなこと全く思っていません。寧ろ感謝しているくらいです。私をあの人に出会わせてくださって、有難うございました。私は今とても幸せです。皆様方にもこの幸せを味わってほしいくらい。
ねえ村長様、顔をお上げください。私は本当に気にしていませんから。『この地の神はもう居ない』って……何を仰っているのですか、あの方は真の神様でしょうに。だからこんなに荒れ果てた地でも、私達は生きてこられたのでしょう。雨が降らず、家畜も痩せこけて、そんな中でも生きてこられたのはあの方のお陰でしょう。
ほら、あの方がもうそこまでやってきていますよ村長様。挨拶なさらないと。貴方様はこの村の顔なのですよ。ほら見てください村長様、あんなに綺麗なお姿……あぁ……私の神様!口元が真っ赤に彩られてもなお、その白い肌と冷たい鱗は際立って光るのですね。貴方様が近づくにつれて、私の胸は高鳴ってやみません。貴方様のいない日々を過ごしていた今までの私に、価値など見いだせそうにありません。生きる理由も、死んでいい理由も、貴方様に出逢えたから作り出すことができました。いつになったら、こちらを向いてくださいますか。いつまで待てば、私は貴方様のところまで追いつけるのでしょうか。
私、貴方様の為ならばこの命だって差し出せます。本当です、信じてください。最期に見るのは貴方様だけがいいのです。来世の私の分だって差し上げられます。私の命では足りないのならば、この村の全てを差し出しますから。だから、お願い、私を貴方様のところまで連れて行って、全部滅茶苦茶にして作り直して!」