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オリジナル

あの子のお葬式があった。厚い雲が、太陽の光を遮っていた。
「あんなに、いい子だったのに」
担任がハンカチで目元を抑えながら話す。いつものジャージとは違う、真っ黒なスーツに身を包みながら。
ぽつりぽつりと、先生はあの子の思い出を語った。
蒸し暑い空気が私達を包み込む。先生の声だけが、静寂の中響いている。
いつもは明るい声でハキハキ喋る先生。笑顔が絶えない優しい先生。そんな人も、今日は言葉を詰まらせ、顔を悲しみで歪ませながら話している。
「いつも明るく元気で、勉学に一生懸命で、それで、それでいて、皆のことを考えられて・・・!」
ついにこらえきれなくなった涙が、先生の目から溢れた。
それに応じるように、周りからも音が聞こえ始める。悲しさで満ち溢れた音。
あの子の名前を口に出す人、ただただ涙をこぼす人、大きな声であの子の死を嘆く人。
先生は一人で話し続ける。一人で悲しみに酔っている。
皆悲しみに酔っている。
私だけが、ずっと前を見据えていた。
「・・・とても悲しいです、〇〇ちゃんのいない教室は。だけど、だけど、あの子はきっと皆の笑顔を見たいはずです。だって、誰かの笑顔のために頑張れる子だったから。どうか、安らかにお休み下さい。」
二年五組一同。
そう締め括り、先生の弔辞が終わった。
拍手が起きたわけでもない。のに、称賛のような何かが辺りに漂った。
お通夜ももうすぐ終わる。あの子とのお別れの時間がくる。
皆の泣き声がいっそう強まった気がした。
空はまだ曇っている。どこかで蝉が鳴いている。
「・・・俺が、アイツのことをもっと分かってやれてたら」
隣でそんな声がした。横を向くと、あの子の彼氏がそこにいた。
「そうしたら、こんなことには」
俺がアイツともっと喋っていれば、俺がもっと一緒の時間を過ごしていれば。
俯きながら、そんなことばかりずっと呟く。私より高いはずの背がとても小さく見える。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだった。
「・・・使いなよ、ハンカチ」
ハッとしたようにそいつはこっちを向いた。私が差し出したハンカチを、なにか珍しいもののように見つめている。
「・・・ありがとう」
そう言ってハンカチをそっと取った。目を擦るようにしながら涙を拭く。
薄いピンクのハンカチが、コイツには不釣り合いだと思った。
あの子の方が似合っていた。
「落ち着いた?」
「あぁ。・・・ごめんな、ハンカチこんなにして」
「別にいいよ。次会った時にでも返して」
前を見てそう答える。コイツはクラス内ではそれなりにモテるほうだった、らしい。あの子から聞いただけだから定かではないけれど。でもそんなことを言うあの子も男女問わず人気があったし、好意を持つやつは少なからずいただろう。
それで、あの子とコイツはお似合いカップルだのなんだの言われていた。どっちもモテるから、なんて理由で。
「●●はすごいな」
「え?」
不意に吐かれた言葉に驚く。それが私に向けられた言葉だと理解するのに、少し時間がかかった。
「●●はさ、アイツがいなくなって寂しくないのか?」
お通夜始まってから、一回も泣いてないだろ。
それがさも珍しいことのように、泣くことが当たり前のように、この男は言い放った。
なんて非道いことを言うんだろう。私が寂しくない?馬鹿を言わないでほしい。
あの子のいないこの場所に、もう価値なんてないのに。
「・・・あの子はさ、いつも笑顔だったし、周りの人も笑顔なのが好きだったじゃん」
思ってもいないことを口から出す。
いつも笑顔だったなんて、嘘。
私はあの子の涙を知っている。
「だから、皆泣いてるんだから、私くらいは笑って見送りたいんだよ」
そう言いながら口角を上げる。嘘くさい笑みを顔に貼り付ける。
それが良かったのか、コイツには私が涙を我慢しているように見えたらしい。
「そうか・・・そうだよな。お前だって寂しいし、我慢してるよな。・・・アイツだって望んでないよな、皆が、俺が泣いているのは」
独り言のようにそう呟く。何かを考えている様子の瞳と焦点があう。
ソレはまるで哀れなものを見るように、慈愛を込めて私を見つめてきた。
「なあ、難しいかもしれないけどさ。時間があったら、アイツの話一緒にしないか?料理が得意だったとか、可愛いものが好きだったとか、そんなのでいいからさ」
悲しみしか浮かべていなかった顔が、少しだけ笑みを見せた。
「・・・そうだね、難しいかもだけど」
哀れなやつだなと、思った。
あの子の彼氏だからって、あの子に一番近かったわけではない。だから、コイツじゃあの子の代わりにならないし、あの子との思い出を語る相手にはならない。
私はあの子との日々を誰かにあげたりしない。
だいたい、お前はあの子のことを全然知らない。あの子は料理が得意じゃなかった。特にお菓子作りなんか、焦がしたり、生地がちゃんと混ざっていなかったりしてた。でも一所懸命に作ってる姿が可愛くて、「下手くそだなぁ」なんて笑ったりして。私しか知らない大事な時間だった。
お前が見ていた料理上手のあの子は、頑張って練習した後のあの子なんだ。本当のあの子じゃない。
あの子の本当を知っているのは私だ。私だけだ。
あの子の短所も涙も何もかも、私だけが見られる特権だった。
きっとあの子もそう思っていた。だから私とあんな約束をしたんだ。
確かあの日は雨が降っていた。電気を消した薄暗い教室。雨の音だけが響いていたそこで、あの子は言った。

『一緒に自殺しよう』

あのときのあの子の綺麗な顔は今でも覚えている。
あぁなんて、あまりに汚くて、許されない、特別すぎる約束なんだろう!
もちろん私は頷いた。首を横に振る選択肢は最初からなかった。
それからは色々試した。二人で自殺するのは上手くいかなかったから、先にあの子だけ自殺を図った。結果がこの日だ。
あの子はきっと喜んでいる。計画が成功したから。そんな素晴らしい日に、どうして泣いてなんていられようか。
次は私の番。
ふと、遺影のあの子と目が合う。花のように笑みをあふれさせた顔。この場所には不釣り合いだと思った。
君は、もっと綺麗なところで笑うべきだよ。
それで、その笑顔を一番近くで見るのは私がいい。
誰にも聞こえやしないその独り言を、口の中で咀嚼した。
いつの間にか雲は去り、太陽の光が控えめに差し込んでいる。
私はポケットの中の、あの子とはんぶんこした薬を握りしめた。
大事な秘密を守るように。














『・・・それでは、続いてのニュースです。豊後中学校二年五組全員の死亡が確認されました。全員が異なる場所で同じ死因をしており、警察は事件性を視野に入れながら捜査しています。・・・』
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