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21+4g

光に透けたカーテンが、風を受けて揺れる。
時計の針はまっすぐに六時を指している。窓の向こうに広がる芝生は、絵の具で塗ったように濃い緑を照り返した。
軽く伸びをし、肩の辺りで整えられた髪の毛を一つにまとめ、キッチンへ向かう。今日は私が朝食を作る日だ。
こんがりときつね色に焼けたパンに、真っ赤に煮つめたいちごジャムをのせる。これでもかと言うほどに、たっぷりと。
それと、珈琲を一杯。あの人の好みはマンデリンのブラック。ミモザ柄のコップにお湯を注げば、ほろ苦い香りが鼻をくすぐった。
アスパラガスのサラダに、この前街角のおばさんからもらったウインナー。朝に弱いあの人は、きっとこれだけでお腹いっぱいになってしまうだろう。
サラダ用のドレッシングを二種類と、角砂糖の入ったポットをテーブルに置く。
つけていたエプロンの紐を解くと同時に、扉の開く鈍い音がした。
「おはようございます、博士」
「おはよう。わ、今日もおいしそうだね」
ふわっと大きな欠伸を一つする。寝癖の大量についた髪の毛を掻きながら、博士は椅子を大きく引いた。
慌ててエプロンを畳み、向かいの椅子を引いて、私も腰を下ろす。食事は必ず一緒にとること、それがこの家のルールの一つだ。
「いただきます」
角砂糖を二つ入れて、まだ少し熱い珈琲に口をつける。うん、今日も美味しい。
「そういえば今日、メンテナンス日だね」
こぼれ落ちそうなジャムに気をつけて、パンを口に運ぶ。こくりと頷けば、博士は私の顔を観察するように眺めた。
「うん、外見は問題なさそうだね。どこか動かしづらい所とかあるかな?」
「……動かしづらいとまではいかないですけど、右足を動かすときに少し力が必要になった気がします」
私の言葉に頷くと、博士はサラダを食べていた手を止めてノートを取り出した。青色の付箋が貼られたページを開いて、さっきの言葉をメモする。
ちらっと見えた数式や文字の羅列は、私には分からないものばかりだった。


「ごちそうさま。洗い物は僕がやっておくから」
「ありがとうございます」
軽くお辞儀をして、リビングを後にする。メンテナンス場所は、いつも通り博士の部屋。がらんとした廊下に、歩く音だけが響いた。
博士の部屋の扉を開ける。本は積まれたまま、服もろくに畳んでいない、相変わらず乱雑な部屋。けれど、せめて棚の上だけは整理しようとしているのだろう、庭で摘んだ鈴蘭と写真立てがきちんと置いてあった。
靴下を脱いで、白いシーツの敷かれた簡易ベッドに腰掛ける。メンテナンス専用のベッド、いわば手術台みたいなものだ。近くの机には緑色の工具箱と、設計図のようなものが置かれていた。
これから博士が直してくれる右足を眺める。下腿と足首の繋ぎ目。
「ここが、悪いんだろうな……」
ほとんど吐息のような声をもらす。
私の体は完璧ではない。たまにこうやって直さないと、いつか大変なことになる、らしい。
それを直せるのは、博士だけ。
私は、博士に造られたから。

廊下から、小走りをするような音が聞こえてくる。
扉の方に目を向けると、ちょうど白衣を着た博士が部屋に入ってくるところだった。
「ごめんね、待たせちゃったかな」
「いえ、大丈夫です」
頭を降って答えると、博士は少し荒んだ息を整えた。
「よかった、じゃあ始めようか」
その言葉に頷いて、いつも通りベッドの上に寝そべる。真っ白な天井が視界に広がった。
写真立ての中の、女の人を思い出す。晴れやかな笑みを浮かべて、こっちに向かってピースをしている、私によく似た髪の長い女の人。

私があの女の人に似ていると言った方が、いいのかもしれないけど。

「電源、切るよ」
博士の指が首元に近づく。
博士はきっと、私を通してあの人を見ている。名前も知らないあの人を。
ジャムのつけ方も、コーヒーも、棚の鈴蘭も、きっとあの人の趣味だった。
博士の指が、首元のボタンに触れる。
電源が落とされる。博士の微笑みが瞼に焼き付いたまま、意識だけが手放される。

それだけがひどく虚しかった。








『大切な人を失った男と、造られた少女の話』
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