5月 地歩(夢主視点)
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心地よい日差しの中、砂利が滑る感覚を足裏で捉えながら、レイは後方に重心を置いた。
次の瞬間に鼻先を青い炎が掠める。その炎の奥では、1人の剣士がこちらを見据えていた。
死ぬ気の炎には死ぬ気の炎を。レイの手元でオレンジ色の炎が吹き上がり、それを右手のダガーに乗せて剣先を払いのけた。
真剣な、しかし楽し気で、まだ余裕を見せる山本の目が、癪に障る。
「随分と余裕そうだ」
「楽しくってな!」
「相変わらず二刀流では相手してくれないくせ、に!」
一息で距離を詰め、日本刀の下を潜るように身を縮めて山本の背中に回る。脇腹を剣先で撫でようとした瞬間に鋼がきらめいたので、とっさに短剣とダガーを胸前でクロスした。
山本の時雨金時が真っ青な炎を噴き上げながら、得物ごとレイの体を宙に押し出す。その勢いに抗わず、むしろ利用するようにレイは自身の体を宙に舞わせた。
5月、新入生にとってはあらゆる部活が本格的に始動してくる次期らしい。
山本も、当然忙しくなってきた。
部活をしている彼を見るのは半年ぶりで、全身全霊を野球に注いでいるその姿はやはり美しい。
手合わせの頻度は減ってしまったが、完全に消えたわけではない。
部活が休みの休日や放課後に、山本はわざわざ時間を作ってくれている。礼を言ったら「野球はもちろん大事だけど、剣も鈍らせるわけにはいかねぇしな」と笑ってくれた。
そんな彼の剣は、部活に勤しむからと言って鈍るなんてことは一切なかった。
太刀筋も、炎の純度も、後退するどころかさらに洗練され、成長をしている。中学時代よりも厳しい部活の練習で、持久力や筋力などの基礎的な部分が底上げされているのだろうか。
身長は伸びているが、鍛錬による身体スペックがほとんど変化しないレイとしてはうらやましい。
しかし、こちらも新しい手を考えている。肉体の代わりに、技術を育てて追いつくしかない。
宙に浮かされたレイに、山本がすかさず刀を握り直した。
当然のことだ。空中に投げ出されてしまえば、通常は無防備になる。これまでのレイがそうだった。
しかし、山本が野球に全力を投じている間、レイは炎のコントロールや使い方の研究に時間を費やしていた。
ダガーを握る右手に力を込める。喉の奥から肩、腕から指へと熱が伝っていき、指輪が熱を持ち始めた。
その熱は指輪からダガーへと移り、そして炎が噴き出る。
炎の噴出はジェットの様に。生命エネルギーを他人に依存するという、ドール故のガス欠リスクを踏まえて、一瞬だけ炎を噴かせる。推進力の強い大空でなければ成立しない力技だ。
それでも目論見は成功した。わずかに噴かすだけで体の位置はずれ、日本刀の切っ先は空を刺す。崩れそうになる体幹を気合で固めて、つま先を地面に当てた。
足裏全体で踏みしめてから山本を見れば、より一層楽しそうにこちらを見て笑っていた。
「すげぇな!オレも似たようなのやったことあるぜ!」
「ツナから聞いてる!」
山本の声に、思わずにやけそうになった。
足場のない場所での三次元的な動きに幅が出れきれば、それだけで一気に生存率も戦略性も上がる。地上で加速装置として使用することだってできる。
生き延びるための術が増えるのは、レイにとって嬉しいことだ。
そしてもう一つ、山本相手に試したいことがある。
山本の足元にダガーを投げつければ、案の定避けられる。
浮いた山本の片足が地につく前に、レイは砂利を後方に飛ばしながら距離を詰め、短剣を握りしめた。
左手に逆手で握った短剣に熱を移せば、炎が灯る。ここまではいつも通り。
短剣の柄を右手で握り直す。山本がそれに気付いたようで、ちらとその目線がレイの手元を向いた。
見られたっていい。気付かれたっていい。むしろ、気付いてくれて助かった。引っかかってくれ。
短剣の刃を炎ごと左手の人差し指と中指で挟む。そして、炎を指で引き延ばすように両手を開いていく。
細く薄く、そして長く。左手の指が離れてもなお残る炎の刀身の長さは、山本の時雨金時と大差ない。
山本が息を呑んだのが分かった。
炎で長剣を模した短剣を即座に振り上げれば、山本の剣とかすって火の粉を散らしながらわずかに軌道がずれる。
もう一度。今度は少し、指の熱を抜いた。
山本がこちらの炎の刀身めがけて鋼を振り下ろした。受け止めるふりをして、レイは半身を引く。
オレンジの炎は青い炎をまとった日本刀によって手ごたえなく真っ二つにされて消える。山本は驚きで目を見開いて、レイの手元に視線をやった。
一昨日の夜、自室で短剣の手入れをしながら、レイは今更ながら己のリーチの短さを意識した。
奇襲をメインに考えるのであればそこまで必要はない。気付かれる前に距離を詰めればいい。
しかし、山本との手合わせのように正面切ってのぶつかり合いにおいて、リーチの長さは有利不利に大きな影響を与える。
伸ばせないかな。
淡く室内灯を反射する刃を見ながら、思い出したのは偶然テレビで見た鍛刀の工程だった。熱されて真っ赤になった鋼を、刀匠が引き延ばしていた。
似たようなことができないだろうか。
リングを指にはめ、短剣を握って火を灯した。白い刃を包むように燃えるオレンジ色の炎。それを己の指でつまんでみた。
自分の体から出した炎だからか、あるいはこの身が人ならざるものだからか。炎は不思議と硬度を持ったまま伸びた。
そのまま腕の開く限り炎を引き延ばせば、目論見通りに炎だけで構成された長い実体の刃が生まれた。
指で押せばしっかりとした硬度を感じた。刃で軽く手の甲を撫でれば、ちゃんと皮膚を割いたようで痛みとともに少し血が出た。
面白いなぁ、と感心しながら力と炎を抜いていった。
すると、ある点を境に炎が実体を失ってただの熱と光に戻ったのだ。
これだ、と思った。
一時的なリーチの確保とフェイント、その両方を担うことができる技術を体得できたら、それは実践において大きな力になる。
だから、圧倒的な格上の剣士である山本相手に試してみたかった。
刀を振り下ろした山本の首は、いつもよりだいぶ低い位置にある。そこに目掛けて、レイはいつもの長さに戻った短剣を振り下ろした。
しかし、やはり山本は山本だった。
あと少しで山本の首に刃先が触れると思った瞬間、視界の外から現れた刀の峰で短剣が押しやられる。
意識外からの攻撃に重心がぶれて、力押しができなくなった。
上体を少し下げた体勢だというのに、山本は手首を返してきたようだ。この反応速度は、まさか剣を完全に振り下ろす前にブレーキをかけられたということだろうか。
珍しく自分の肩より下にある山本の目が、静謐な氷のようにこちらを見ていることに気付いて、レイは思わず怯んでしまった。
それを逃す山本ではない。
気付けばレイの体は砂利の上に仰向けに転がされていた。砂利が後頭部にゴリゴリと当たっていて不快だ。峰で撃たれたであろう脇腹と肩も痛い。
「くそっ、アレでダメなのか……」
悔しさを欠片も隠せない声が出てしまう。行けると思ったのに。
青空を遮るように、山本の顔がレイの顔に影を作った。その顔はずいぶんと嬉しそうだ。
「今のはヒヤッとしたぜ」
「ヒヤッとしただけじゃないか」
不貞腐れながらも差し出された手を握れば、力強く体を引き起こされる。
「ああいうひっかけみたいなの、オレ結構警戒してんだ」
「……なんで?」
「前に痛い目見たからな!」
山本が笑いながらレイの髪についた砂を払ってくれる。
「あとは、瀬切の方の問題もあるな。長くなった瞬間に動きが直線的になる。いつもなら読みにくい次の動きがすぐわかっちまう」
「だろうな……。炎の推進力が強いのか、勢いで振れちゃうみたいだ。制御が追い付かない」
自覚のあるポイントに指摘を受けて反省する。実体があろうがなかろうが、炎の影響はもろに受ける。
そこらの人間と比較してかなり力はあるが、体重や体格が突出しているわけではない。結果的に重心が振り回されてしまって安定しないのだ。
「もうちょっと短めに炎出してみたらどうだ?いきなりこのリーチはしんどいだろ」
山本が竹刀に戻った時雨金時を、レイに見せるように軽く持ち上げた。確かにレイの短剣より倍以上の長さがある。本職の剣士に付け焼刃で振り回してもダメだというのも感覚的にもわかる。
そんなことは分かりきっている。
「わかるけど……」
不貞腐れたような声が喉から出てくれば、山本は首を傾げた。
「長剣もかっこいいなって思って……」
もごもごと呟くレイに、山本は声を上げて笑った。
次の瞬間に鼻先を青い炎が掠める。その炎の奥では、1人の剣士がこちらを見据えていた。
死ぬ気の炎には死ぬ気の炎を。レイの手元でオレンジ色の炎が吹き上がり、それを右手のダガーに乗せて剣先を払いのけた。
真剣な、しかし楽し気で、まだ余裕を見せる山本の目が、癪に障る。
「随分と余裕そうだ」
「楽しくってな!」
「相変わらず二刀流では相手してくれないくせ、に!」
一息で距離を詰め、日本刀の下を潜るように身を縮めて山本の背中に回る。脇腹を剣先で撫でようとした瞬間に鋼がきらめいたので、とっさに短剣とダガーを胸前でクロスした。
山本の時雨金時が真っ青な炎を噴き上げながら、得物ごとレイの体を宙に押し出す。その勢いに抗わず、むしろ利用するようにレイは自身の体を宙に舞わせた。
5月、新入生にとってはあらゆる部活が本格的に始動してくる次期らしい。
山本も、当然忙しくなってきた。
部活をしている彼を見るのは半年ぶりで、全身全霊を野球に注いでいるその姿はやはり美しい。
手合わせの頻度は減ってしまったが、完全に消えたわけではない。
部活が休みの休日や放課後に、山本はわざわざ時間を作ってくれている。礼を言ったら「野球はもちろん大事だけど、剣も鈍らせるわけにはいかねぇしな」と笑ってくれた。
そんな彼の剣は、部活に勤しむからと言って鈍るなんてことは一切なかった。
太刀筋も、炎の純度も、後退するどころかさらに洗練され、成長をしている。中学時代よりも厳しい部活の練習で、持久力や筋力などの基礎的な部分が底上げされているのだろうか。
身長は伸びているが、鍛錬による身体スペックがほとんど変化しないレイとしてはうらやましい。
しかし、こちらも新しい手を考えている。肉体の代わりに、技術を育てて追いつくしかない。
宙に浮かされたレイに、山本がすかさず刀を握り直した。
当然のことだ。空中に投げ出されてしまえば、通常は無防備になる。これまでのレイがそうだった。
しかし、山本が野球に全力を投じている間、レイは炎のコントロールや使い方の研究に時間を費やしていた。
ダガーを握る右手に力を込める。喉の奥から肩、腕から指へと熱が伝っていき、指輪が熱を持ち始めた。
その熱は指輪からダガーへと移り、そして炎が噴き出る。
炎の噴出はジェットの様に。生命エネルギーを他人に依存するという、ドール故のガス欠リスクを踏まえて、一瞬だけ炎を噴かせる。推進力の強い大空でなければ成立しない力技だ。
それでも目論見は成功した。わずかに噴かすだけで体の位置はずれ、日本刀の切っ先は空を刺す。崩れそうになる体幹を気合で固めて、つま先を地面に当てた。
足裏全体で踏みしめてから山本を見れば、より一層楽しそうにこちらを見て笑っていた。
「すげぇな!オレも似たようなのやったことあるぜ!」
「ツナから聞いてる!」
山本の声に、思わずにやけそうになった。
足場のない場所での三次元的な動きに幅が出れきれば、それだけで一気に生存率も戦略性も上がる。地上で加速装置として使用することだってできる。
生き延びるための術が増えるのは、レイにとって嬉しいことだ。
そしてもう一つ、山本相手に試したいことがある。
山本の足元にダガーを投げつければ、案の定避けられる。
浮いた山本の片足が地につく前に、レイは砂利を後方に飛ばしながら距離を詰め、短剣を握りしめた。
左手に逆手で握った短剣に熱を移せば、炎が灯る。ここまではいつも通り。
短剣の柄を右手で握り直す。山本がそれに気付いたようで、ちらとその目線がレイの手元を向いた。
見られたっていい。気付かれたっていい。むしろ、気付いてくれて助かった。引っかかってくれ。
短剣の刃を炎ごと左手の人差し指と中指で挟む。そして、炎を指で引き延ばすように両手を開いていく。
細く薄く、そして長く。左手の指が離れてもなお残る炎の刀身の長さは、山本の時雨金時と大差ない。
山本が息を呑んだのが分かった。
炎で長剣を模した短剣を即座に振り上げれば、山本の剣とかすって火の粉を散らしながらわずかに軌道がずれる。
もう一度。今度は少し、指の熱を抜いた。
山本がこちらの炎の刀身めがけて鋼を振り下ろした。受け止めるふりをして、レイは半身を引く。
オレンジの炎は青い炎をまとった日本刀によって手ごたえなく真っ二つにされて消える。山本は驚きで目を見開いて、レイの手元に視線をやった。
一昨日の夜、自室で短剣の手入れをしながら、レイは今更ながら己のリーチの短さを意識した。
奇襲をメインに考えるのであればそこまで必要はない。気付かれる前に距離を詰めればいい。
しかし、山本との手合わせのように正面切ってのぶつかり合いにおいて、リーチの長さは有利不利に大きな影響を与える。
伸ばせないかな。
淡く室内灯を反射する刃を見ながら、思い出したのは偶然テレビで見た鍛刀の工程だった。熱されて真っ赤になった鋼を、刀匠が引き延ばしていた。
似たようなことができないだろうか。
リングを指にはめ、短剣を握って火を灯した。白い刃を包むように燃えるオレンジ色の炎。それを己の指でつまんでみた。
自分の体から出した炎だからか、あるいはこの身が人ならざるものだからか。炎は不思議と硬度を持ったまま伸びた。
そのまま腕の開く限り炎を引き延ばせば、目論見通りに炎だけで構成された長い実体の刃が生まれた。
指で押せばしっかりとした硬度を感じた。刃で軽く手の甲を撫でれば、ちゃんと皮膚を割いたようで痛みとともに少し血が出た。
面白いなぁ、と感心しながら力と炎を抜いていった。
すると、ある点を境に炎が実体を失ってただの熱と光に戻ったのだ。
これだ、と思った。
一時的なリーチの確保とフェイント、その両方を担うことができる技術を体得できたら、それは実践において大きな力になる。
だから、圧倒的な格上の剣士である山本相手に試してみたかった。
刀を振り下ろした山本の首は、いつもよりだいぶ低い位置にある。そこに目掛けて、レイはいつもの長さに戻った短剣を振り下ろした。
しかし、やはり山本は山本だった。
あと少しで山本の首に刃先が触れると思った瞬間、視界の外から現れた刀の峰で短剣が押しやられる。
意識外からの攻撃に重心がぶれて、力押しができなくなった。
上体を少し下げた体勢だというのに、山本は手首を返してきたようだ。この反応速度は、まさか剣を完全に振り下ろす前にブレーキをかけられたということだろうか。
珍しく自分の肩より下にある山本の目が、静謐な氷のようにこちらを見ていることに気付いて、レイは思わず怯んでしまった。
それを逃す山本ではない。
気付けばレイの体は砂利の上に仰向けに転がされていた。砂利が後頭部にゴリゴリと当たっていて不快だ。峰で撃たれたであろう脇腹と肩も痛い。
「くそっ、アレでダメなのか……」
悔しさを欠片も隠せない声が出てしまう。行けると思ったのに。
青空を遮るように、山本の顔がレイの顔に影を作った。その顔はずいぶんと嬉しそうだ。
「今のはヒヤッとしたぜ」
「ヒヤッとしただけじゃないか」
不貞腐れながらも差し出された手を握れば、力強く体を引き起こされる。
「ああいうひっかけみたいなの、オレ結構警戒してんだ」
「……なんで?」
「前に痛い目見たからな!」
山本が笑いながらレイの髪についた砂を払ってくれる。
「あとは、瀬切の方の問題もあるな。長くなった瞬間に動きが直線的になる。いつもなら読みにくい次の動きがすぐわかっちまう」
「だろうな……。炎の推進力が強いのか、勢いで振れちゃうみたいだ。制御が追い付かない」
自覚のあるポイントに指摘を受けて反省する。実体があろうがなかろうが、炎の影響はもろに受ける。
そこらの人間と比較してかなり力はあるが、体重や体格が突出しているわけではない。結果的に重心が振り回されてしまって安定しないのだ。
「もうちょっと短めに炎出してみたらどうだ?いきなりこのリーチはしんどいだろ」
山本が竹刀に戻った時雨金時を、レイに見せるように軽く持ち上げた。確かにレイの短剣より倍以上の長さがある。本職の剣士に付け焼刃で振り回してもダメだというのも感覚的にもわかる。
そんなことは分かりきっている。
「わかるけど……」
不貞腐れたような声が喉から出てくれば、山本は首を傾げた。
「長剣もかっこいいなって思って……」
もごもごと呟くレイに、山本は声を上げて笑った。
