4月 東風(山本視点)
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気付けば4月も下旬、山本の誕生日だった。
朝一に父から大きな声で祝われ、朝練ではチームメイトから、教室では同じクラスのツナや、並盛中出身のクラスメイトの一部から祝いの言葉をもらった。
帰宅後に開いた携帯電話にも、学校が離れた中学時代の友人たちからメールが届く。
その中で一つ、レイから来たメールに目が止まる。
「誕生日おめでとう。プレゼントを渡したいから、部活が休みの日を教えて欲しい」
変な駆け引きはなく、目的のはっきりとしたシンプルな文章はレイそのものだ。
戦いの心理的な駆け引きは割と好きだが、人間関係の駆け引きはあまり好きではないから本当に助かる。
カレンダーを見て、2日後の土曜日が部室棟の電気系統の点検だと思い出す。
その日を指定して返信してから携帯を閉じた。
プレゼントを渡したい。
冬、レイに誕生日プレゼントを渡した後に、彼女は山本の誕生日プレゼントを考えておくと言ってくれていた。ホワイトデーにちょっとした焼き菓子を渡した時も、「ボクの番は来月だな」と言っていた。
その言葉を忘れずにいてくれたことに、心も顔も熱くなって、畳の上で大の字になって放熱を図る。
土曜日、時間だけ指定して道場の前でレイと会った。
山本が部活のない日は手合わせをしているから、2人きりで会うとなれば指定がない限りここになる。
レイの私服はTシャツにパーカー、そしてデニムというシンプルなものだった。まあ山本だってパーカーがシャツなだけで似たようなものだ。
女子としては決して小さくないことは、むしろやや背が高い方だということは分かっている。それでも見上げられるだけで妙に可愛らしく思えて仕方がない。
そんな山本の内心をよそに、目の前のレイはプレゼントを渡す側だというのに嬉しそうな顔をしている。
「山本、誕生日おめでとう」
そう言って差し出された手のひらサイズの包みを受け取る。
「サンキュ!開けていいか?」
「ああ。何選べばいいか分からなくなって、無難なものになったけど」
中から出てきたのは黒地に青と白のラインが入ったリストバンドだった。
うれしい。
湧き上がってきた喜びに、思わず顔が綻んでいく。
日常的に使うことができるし、色も好みだ。
山本のことを考えて選んでくれたのだろう。それだけでも十分に嬉しいが、クラスが違うから常に身につけられることが余計に嬉しい。
もう一つ、くすぐったいものを感じながら訊いてみる。
「これ、オレの炎の色と瀬切の前の炎の色か?」
「バレたか」
少し照れた顔でレイが笑った。
「キミにもらったブローチを思い出して、同じことしようかなって。今はもうほとんどオレンジだけど、結局少し残ってるから」
やっぱりそうだった。2人で顔を見合わせて笑う。
右手首に付けて、軽く手指を曲げ伸ばしてみた。動きは全く阻害されず、柔らかく手首を温めてくれている。
「本当にありがとな。大事に使う」
改めて感謝を伝えると、レイは「実は」と言った。
「本当は他にも何か渡そうと思ったんだけど浮かばなくて」
「んなもんいいって。オレだって一つしか渡してなかっただろ?」
「そうだけど……、ボク、いつもキミに助けられてたから」
そう言いながらレイは少し身を乗り出した。
「他に何か欲しいものがあったら教えて欲しい」
真面目な顔のレイが、手を伸ばさなくても触れられるところにいる。
近い。
そう認識しただけで余計なことを考えそうになる。
本当にいいって。
そう伝えようとした瞬間、リボーンの言葉が脳裏をよぎった。
腹を括って、壁をぶち破って、感覚を掴んで。
「あの、じゃあ」
妙に低い声が出てしまい、言葉を切る。
レイは山本が何を言うのか期待した目で見てくる。生唾を飲み込み、深呼吸をして、震えそうな喉や唇を何とか立て直して、じわじわと上がる体温を無視して声に出す。
「キス……、してぇんだけど」
レイは瞬きをして、山本の言葉を咀嚼して。
それから笑顔を浮かべて頷いた。
そんなに嬉しそうな反応をすることなのか。いや、山本だってキスできるなら嬉しいけれど、そういう問題ではない。
冬のキス未遂のときも思ったが、もしかして本当に人間とは別ラインで恋愛的な接触を感じ取っているのではなかろうか。こっちの内心はとんでもないことになっているというのに。
しかし、切り出したのは自分だ。ここで引くわけにはいかない。腹を括れ、と自分に言い聞かせる。
作法なんてほとんど分からないが、いつだか適当にテレビをつけた時にラストシーンだけ観た恋愛映画を思い出して、レイの肩に手を置く。
少し屈んだだけで、顔の距離が一気に縮まる。
レイの呼気を感じるだけで、おかしくなりそうだった。
とんでもない緊張に全身が震えそうになる。野球の試合でも、命を懸けた戦いでもこんなに緊張を意識したことはなかった。
完全に目を閉じて場所を間違えるのが怖くて、薄目を開けているが、これでいいのか全く分からない。
もう少し、あともう少し体を動かすだけで触れると思ったその時だった。
山本の頬に、レイの指が柔らかく触れた。
たったそれだけの体温に思考が完全に持っていかれて、山本の動きが止まる。
そんな山本に気付いてか気付かずか、レイが少し背伸びをした。同時に唇に柔らかいものが当たった。目を閉じたレイのまつげが至近距離で震えている。
キスをした。された。どっちなのかわからない。
ぬくもりが離れるのと同時に、近すぎてぼやけていたレイの顔ははっきりとした輪郭に変わった。
眼前のレイは、自身の唇に指を当てながら目を輝かせていた。
山本がその表情の意味を考えるより先に、彼女はまた山本を見上げて、もう一度背伸びして。
また唇に柔らかくて温かいものが触れて、離れた。
レイの顔はやはりとても嬉しそうに輝いていて。
限界だった。
レイの肩から手を離し、山本は自分の顔を手で覆ってその場に情けなくしゃがみ込んだ。
何とか座り込むまでは回避したが、足に力が入らない。爆発しそうな頭の熱を逃がすために呼吸をしたら、大きな溜息になってしまった。
「ご、ごめん。何かダメだったか……?」
焦ったような声が頭上から聞こえた。安心させなくてはと口を開く。
しかし。
「ダメじゃねぇけど……、なんでもう一回したんだ……?」
ぐちゃぐちゃの思考回路のまま、訊かなくていいことを訊いてしまう。何をやっているんだ本当に。びっくりするほど格好がつかない。
悪い、何でもない、と訂正する前に、レイが素直に答えてしまった。
「気持ちよかったから」
「は……?」
レイの声で発せられた単語に鼓膜をぶん殴られて、また思考回路がおかしくなる。
『気持ちよかった』ってなんだ。
もう一回の理由が『気持ちよかった』ってどういうことだ。どういう意味で受け取ればいいんだ。
「それってどういう……?」
これで追撃が来たらもう耐えられないくせに何を訊いているのか。
自分の思考と体の動きが全くリンクしない。
どうにかなりそうになっていると、レイが「えっと」とつぶやき始めたので、下からその顔を見る。
下から見るのって新鮮だなぁ、いつも見下ろしているから、と他人事のように考えた。
レイの顔は、想像とは違って妙に真剣だった。
「唇も体もあったかくて……、山本の命が直接自分の中に入ってくる感じがして……、それが気持ちいい?心地いい?なんて言ったらいいんだろう。でもそんな感じで、内側から幸せな感じがして……。なんて言えばいいんだ?」
レイは首をひねりながら独り言のようにぶつくさ言いながら、何とか山本の質問に答えを出そうとしていた。
一生懸命で、山本にはよく分からない感覚だが、恐らく彼女にとっては真理で。
そんなクソ真面目に悩む姿を見ているうちに、山本の中にくすぶっていた変な熱は溶けていった。
代わりに湧き上がってきたのはくすぐったさで、それに身を委ねてしまえば笑いが漏れるのは時間の問題だった。
「あれ、山本?」
「あっははははは!」
「え、なんで……?」
体を震わせ始めた山本に、レイが戸惑ったような声をかけてくる。それだけで面白くて、とうとう山本は大声を上げて笑ってしまった。
笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながら立とうとすれば、レイが手を差し伸べてくれたから素直に手を掴む。力強く引き上げられて、視界の中でいつもの高さにレイの顔が収まった。
「急に笑ってどうしたんだ?キミって忙しいな」
山本の急な笑いの解釈が済んでいないレイは、納得いっていないようだ。心底不思議そうに首をかしげている。
その姿を見て胸の中に湧き上がるのは、強烈な愛しさだった。
本当に、人間とは違う存在なのだ。キスで相手の命が自分の中に入ってくる感じなんて、人間である山本にはよく分からない。
それでも、違う存在だとしても、こんなにも自分のことを好きでいてくれている。そして触れ合うことに幸福を覚えてくれている。
こんなに得難い幸せがあるだろうか。
「いや、瀬切がかわいくってさ」
「ボクが……?」
素直に言葉にしながら、山本は不思議と穏やかな気持ちでレイを抱きしめることができた。
レイはというと、山本の腕の中に閉じ込められながら「この前京子に『前よりかっこよくなったね』って言われたのに……?」と不思議そうにしていた。
照れでも、恥ずかしさからくる怒りもない。ただただ純粋な困惑にさらに笑ってしまう。
かわいくないわけがない。かわいいに決まっている。全部がかわいい。
恋人のかわいさを世界に知らしめたいような、自分だけが知っていたいような。そんな矛盾を整えないまま、山本は体を離してレイの肩にもう一度手を置いた。
そして、今度はちゃんと自分からレイにキスをした。
あたたかくて柔らかくて、心が満たされる。
唇を離せば、レイはぽかんとした顔で目をぱちくりさせていた。
しかし、すぐにはにかみながらも嬉しそうに笑い、山本の肩に顔を埋めてきた。
その表情と行動に、落ち着いたはずの心臓がまたバクンと存在を主張する。
自覚できるほどの鼓動を、くっついているレイが感知しないはずもなく。
「わ、山本の心臓すごいな。こんな風にもなるんだ、おもしろい」
ボク、心臓ないからさ。
レイは山本の胸元に手を当てて無邪気に笑った。
やっぱりかわいい。なんでこんなにかわいいんだ。
腹括ってキスをしたけど、毎回こんなにかわいいと心臓がもたないかもしれない。
そう思いながらも、山本は軽く跳ねているレイの髪に自分の頬を軽く押し当ててみた。
「ところで、さっき顔触られてびっくりしたんだけどさ、あんなのどこで覚えるんだ?」
「え?ああ、あれか。昔見た映画でああやってたなって思い出したからやってみた。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「……お前って結構脳直だよなぁ」
「ノウチョクってなんだ?」
朝一に父から大きな声で祝われ、朝練ではチームメイトから、教室では同じクラスのツナや、並盛中出身のクラスメイトの一部から祝いの言葉をもらった。
帰宅後に開いた携帯電話にも、学校が離れた中学時代の友人たちからメールが届く。
その中で一つ、レイから来たメールに目が止まる。
「誕生日おめでとう。プレゼントを渡したいから、部活が休みの日を教えて欲しい」
変な駆け引きはなく、目的のはっきりとしたシンプルな文章はレイそのものだ。
戦いの心理的な駆け引きは割と好きだが、人間関係の駆け引きはあまり好きではないから本当に助かる。
カレンダーを見て、2日後の土曜日が部室棟の電気系統の点検だと思い出す。
その日を指定して返信してから携帯を閉じた。
プレゼントを渡したい。
冬、レイに誕生日プレゼントを渡した後に、彼女は山本の誕生日プレゼントを考えておくと言ってくれていた。ホワイトデーにちょっとした焼き菓子を渡した時も、「ボクの番は来月だな」と言っていた。
その言葉を忘れずにいてくれたことに、心も顔も熱くなって、畳の上で大の字になって放熱を図る。
土曜日、時間だけ指定して道場の前でレイと会った。
山本が部活のない日は手合わせをしているから、2人きりで会うとなれば指定がない限りここになる。
レイの私服はTシャツにパーカー、そしてデニムというシンプルなものだった。まあ山本だってパーカーがシャツなだけで似たようなものだ。
女子としては決して小さくないことは、むしろやや背が高い方だということは分かっている。それでも見上げられるだけで妙に可愛らしく思えて仕方がない。
そんな山本の内心をよそに、目の前のレイはプレゼントを渡す側だというのに嬉しそうな顔をしている。
「山本、誕生日おめでとう」
そう言って差し出された手のひらサイズの包みを受け取る。
「サンキュ!開けていいか?」
「ああ。何選べばいいか分からなくなって、無難なものになったけど」
中から出てきたのは黒地に青と白のラインが入ったリストバンドだった。
うれしい。
湧き上がってきた喜びに、思わず顔が綻んでいく。
日常的に使うことができるし、色も好みだ。
山本のことを考えて選んでくれたのだろう。それだけでも十分に嬉しいが、クラスが違うから常に身につけられることが余計に嬉しい。
もう一つ、くすぐったいものを感じながら訊いてみる。
「これ、オレの炎の色と瀬切の前の炎の色か?」
「バレたか」
少し照れた顔でレイが笑った。
「キミにもらったブローチを思い出して、同じことしようかなって。今はもうほとんどオレンジだけど、結局少し残ってるから」
やっぱりそうだった。2人で顔を見合わせて笑う。
右手首に付けて、軽く手指を曲げ伸ばしてみた。動きは全く阻害されず、柔らかく手首を温めてくれている。
「本当にありがとな。大事に使う」
改めて感謝を伝えると、レイは「実は」と言った。
「本当は他にも何か渡そうと思ったんだけど浮かばなくて」
「んなもんいいって。オレだって一つしか渡してなかっただろ?」
「そうだけど……、ボク、いつもキミに助けられてたから」
そう言いながらレイは少し身を乗り出した。
「他に何か欲しいものがあったら教えて欲しい」
真面目な顔のレイが、手を伸ばさなくても触れられるところにいる。
近い。
そう認識しただけで余計なことを考えそうになる。
本当にいいって。
そう伝えようとした瞬間、リボーンの言葉が脳裏をよぎった。
腹を括って、壁をぶち破って、感覚を掴んで。
「あの、じゃあ」
妙に低い声が出てしまい、言葉を切る。
レイは山本が何を言うのか期待した目で見てくる。生唾を飲み込み、深呼吸をして、震えそうな喉や唇を何とか立て直して、じわじわと上がる体温を無視して声に出す。
「キス……、してぇんだけど」
レイは瞬きをして、山本の言葉を咀嚼して。
それから笑顔を浮かべて頷いた。
そんなに嬉しそうな反応をすることなのか。いや、山本だってキスできるなら嬉しいけれど、そういう問題ではない。
冬のキス未遂のときも思ったが、もしかして本当に人間とは別ラインで恋愛的な接触を感じ取っているのではなかろうか。こっちの内心はとんでもないことになっているというのに。
しかし、切り出したのは自分だ。ここで引くわけにはいかない。腹を括れ、と自分に言い聞かせる。
作法なんてほとんど分からないが、いつだか適当にテレビをつけた時にラストシーンだけ観た恋愛映画を思い出して、レイの肩に手を置く。
少し屈んだだけで、顔の距離が一気に縮まる。
レイの呼気を感じるだけで、おかしくなりそうだった。
とんでもない緊張に全身が震えそうになる。野球の試合でも、命を懸けた戦いでもこんなに緊張を意識したことはなかった。
完全に目を閉じて場所を間違えるのが怖くて、薄目を開けているが、これでいいのか全く分からない。
もう少し、あともう少し体を動かすだけで触れると思ったその時だった。
山本の頬に、レイの指が柔らかく触れた。
たったそれだけの体温に思考が完全に持っていかれて、山本の動きが止まる。
そんな山本に気付いてか気付かずか、レイが少し背伸びをした。同時に唇に柔らかいものが当たった。目を閉じたレイのまつげが至近距離で震えている。
キスをした。された。どっちなのかわからない。
ぬくもりが離れるのと同時に、近すぎてぼやけていたレイの顔ははっきりとした輪郭に変わった。
眼前のレイは、自身の唇に指を当てながら目を輝かせていた。
山本がその表情の意味を考えるより先に、彼女はまた山本を見上げて、もう一度背伸びして。
また唇に柔らかくて温かいものが触れて、離れた。
レイの顔はやはりとても嬉しそうに輝いていて。
限界だった。
レイの肩から手を離し、山本は自分の顔を手で覆ってその場に情けなくしゃがみ込んだ。
何とか座り込むまでは回避したが、足に力が入らない。爆発しそうな頭の熱を逃がすために呼吸をしたら、大きな溜息になってしまった。
「ご、ごめん。何かダメだったか……?」
焦ったような声が頭上から聞こえた。安心させなくてはと口を開く。
しかし。
「ダメじゃねぇけど……、なんでもう一回したんだ……?」
ぐちゃぐちゃの思考回路のまま、訊かなくていいことを訊いてしまう。何をやっているんだ本当に。びっくりするほど格好がつかない。
悪い、何でもない、と訂正する前に、レイが素直に答えてしまった。
「気持ちよかったから」
「は……?」
レイの声で発せられた単語に鼓膜をぶん殴られて、また思考回路がおかしくなる。
『気持ちよかった』ってなんだ。
もう一回の理由が『気持ちよかった』ってどういうことだ。どういう意味で受け取ればいいんだ。
「それってどういう……?」
これで追撃が来たらもう耐えられないくせに何を訊いているのか。
自分の思考と体の動きが全くリンクしない。
どうにかなりそうになっていると、レイが「えっと」とつぶやき始めたので、下からその顔を見る。
下から見るのって新鮮だなぁ、いつも見下ろしているから、と他人事のように考えた。
レイの顔は、想像とは違って妙に真剣だった。
「唇も体もあったかくて……、山本の命が直接自分の中に入ってくる感じがして……、それが気持ちいい?心地いい?なんて言ったらいいんだろう。でもそんな感じで、内側から幸せな感じがして……。なんて言えばいいんだ?」
レイは首をひねりながら独り言のようにぶつくさ言いながら、何とか山本の質問に答えを出そうとしていた。
一生懸命で、山本にはよく分からない感覚だが、恐らく彼女にとっては真理で。
そんなクソ真面目に悩む姿を見ているうちに、山本の中にくすぶっていた変な熱は溶けていった。
代わりに湧き上がってきたのはくすぐったさで、それに身を委ねてしまえば笑いが漏れるのは時間の問題だった。
「あれ、山本?」
「あっははははは!」
「え、なんで……?」
体を震わせ始めた山本に、レイが戸惑ったような声をかけてくる。それだけで面白くて、とうとう山本は大声を上げて笑ってしまった。
笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながら立とうとすれば、レイが手を差し伸べてくれたから素直に手を掴む。力強く引き上げられて、視界の中でいつもの高さにレイの顔が収まった。
「急に笑ってどうしたんだ?キミって忙しいな」
山本の急な笑いの解釈が済んでいないレイは、納得いっていないようだ。心底不思議そうに首をかしげている。
その姿を見て胸の中に湧き上がるのは、強烈な愛しさだった。
本当に、人間とは違う存在なのだ。キスで相手の命が自分の中に入ってくる感じなんて、人間である山本にはよく分からない。
それでも、違う存在だとしても、こんなにも自分のことを好きでいてくれている。そして触れ合うことに幸福を覚えてくれている。
こんなに得難い幸せがあるだろうか。
「いや、瀬切がかわいくってさ」
「ボクが……?」
素直に言葉にしながら、山本は不思議と穏やかな気持ちでレイを抱きしめることができた。
レイはというと、山本の腕の中に閉じ込められながら「この前京子に『前よりかっこよくなったね』って言われたのに……?」と不思議そうにしていた。
照れでも、恥ずかしさからくる怒りもない。ただただ純粋な困惑にさらに笑ってしまう。
かわいくないわけがない。かわいいに決まっている。全部がかわいい。
恋人のかわいさを世界に知らしめたいような、自分だけが知っていたいような。そんな矛盾を整えないまま、山本は体を離してレイの肩にもう一度手を置いた。
そして、今度はちゃんと自分からレイにキスをした。
あたたかくて柔らかくて、心が満たされる。
唇を離せば、レイはぽかんとした顔で目をぱちくりさせていた。
しかし、すぐにはにかみながらも嬉しそうに笑い、山本の肩に顔を埋めてきた。
その表情と行動に、落ち着いたはずの心臓がまたバクンと存在を主張する。
自覚できるほどの鼓動を、くっついているレイが感知しないはずもなく。
「わ、山本の心臓すごいな。こんな風にもなるんだ、おもしろい」
ボク、心臓ないからさ。
レイは山本の胸元に手を当てて無邪気に笑った。
やっぱりかわいい。なんでこんなにかわいいんだ。
腹括ってキスをしたけど、毎回こんなにかわいいと心臓がもたないかもしれない。
そう思いながらも、山本は軽く跳ねているレイの髪に自分の頬を軽く押し当ててみた。
「ところで、さっき顔触られてびっくりしたんだけどさ、あんなのどこで覚えるんだ?」
「え?ああ、あれか。昔見た映画でああやってたなって思い出したからやってみた。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「……お前って結構脳直だよなぁ」
「ノウチョクってなんだ?」
