4月 東風(山本視点)
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山本武は悩んでいた。
少し前から恋人となった、瀬切レイの近さに悩んでいた。
近さといっても、日常的に近くにいるわけではない。
第一にクラスが違う。
高校では山本がツナと同じクラス、レイは獄寺とクロームと同じクラス。さらに言えば、中学の3年間が同じクラスだった京子と花も、また別のクラスになった。いつものメンバーが別れてしまったことは自体も寂しい。
まあ、このクラス分けに最もショックを受けていたのは、案の定獄寺だった訳だが。
「なんでオレじゃなくてお前が10代目と同じクラスなんだ!」
そうガンつけられたので、「オレの方が右腕に向いてるってことなんじゃね?」と半分本気で言えば胸倉を掴まれた。いつものことだ。
なお、レイは「獄寺って、ツナが絡むと本当に愉快だよな」と失言をかまし、ギロリと獄寺ににらまれていた。
クラス分けだけでなく、部活の影響も大きい。
まだ本格稼働前とはいえ推薦理由が野球であるため、山本は正式入部を待たずして練習に参加をさせてもらっている。
一方、レイはツナたちと同様に部活はしておらず、放課後に学校に残る理由は特にない。
朝練もあるので、登校時間すら中々合わないし、合ったとしてもツナや獄寺も一緒なので2人きりになることもほとんどない。
といった感じで、一緒に過ごす時間は中学の頃よりも大幅に少なくなってしまった。
レイは新生活を満喫しているようで、見たところ不満があるようには見えない。山本だって野球に力を入れているし、そのことに一切の後悔はない。
さみしくないわけではないが、こればかりは高校に入学する前から分かっていたことだ。
それでもまったく顔を合わせないわけではない。
学校で見掛ければ軽く話すし、色気がないと言われればそれまでだが、手合わせも続いている。
手合わせの間はいつも通りだ。そこで物理的な距離が近いことは今更なんとも思わない。
相変わらずレイは懐に潜り込んでこちらの首を狙ってくるし、山本もそれを体で押し返したりしている。どれほど密着しようと、手合わせで逐一照れていたら何もできない。
問題は、それ以外で2人きりの時だ。
例えば手合わせの前後、あるいは偶然2人だけで帰ることができた日。
ふとした拍子に、レイが素直に近くに寄ってくるようになった。これが今現在、最も山本の心臓に悪いレイの挙動である。
元々距離感は近めだったが、友人だったころよりも5割、いや、7割増しで近い、気がする。密着されているわけではないから正確には分からないが。
しかも安心しきった顔で寄ってくる。
山本は自身のパーソナルスペースが狭い自覚がある。が、それはあくまでも同性に対してだ。
もちろん異性であっても負傷していたり意識のない相手を運ぶだとか、危険から庇うだとかは躊躇しない。そこは迷うべき場所ではない。
が、何もないのに必要以上に距離を詰めることはしない。おおよそトラブルの基になりかねないことくらいは分かるからだ。
モテる側であるという自覚があるからこそ、野球に専念するためにもそこは気を付けていた。
つまり、山本の異性に対する耐性は、同世代男子と比較して頭抜けているなんてことはない。
むしろ初恋の相手が恋人になったので、色々と手探りなのだ。
だというのに、2人きりの時に限って無邪気に、しかも嬉しそうに寄ってこられたら一体どうしたらいい。
手合わせを終えた後、これまで通り縁側で雑談をしたりして過ごしている時なんかは、明らかに前より近い。体が触れているわけではないが、ちょっと近い。
それだけならまだ平気だが、山本の顔を覗き込むような行動を取ることが増えた。結果的に近い。
前にその行動をそれとなく指摘したら、「キミの笑った顔が見たくて」とか恥ずかしげもなく言ってきた。元からストレートな物言いではあったが、この距離で今の関係性で言われるとまた威力が違う。
そして人気のない道ではレイの方から手に触れてくる。横目で見た表情は穏やかで幸せそうなのだから、握り返すしかない。
さらに勇気を山本から出してハグをしても、レイが安心しきった顔を擦り付けてくるので毎回頭が真っ白になる。
いくら男子の制服を着ていても、性別がわかりづらい見た目でも、色気を見せるような動きが一切しなかったとしても、その破壊力は計り知れない。好きな相手にこんなことをされて、平常心を保てるわけがない。
とにかく山本は、ひたすらドギマギしながらも必死に落ち着いた風を装い、約1か月間振り回されてきた。
交際する前は、どちらかというと自分がリードしてきたはずだし、人付き合いも含めて割と器用に色々こなせるタイプなのに。
小さくため息を吐きながらエナメルバッグを肩に掛け直す。
「もうちょっと上手くできねぇかな……」
「お悩み相談室ぅ」
「うおっ!?」
独り言に脈絡なく差し込まれた気の抜ける声に、山本の体が盛大に跳ねる。
民家の塀の上に張られた小さなテント、その中に座っているのはリボーンだった。
「小僧か、びっくりした」
「ちゃおっす。部活は順調か?」
「お陰様でな!まずはベンチ入り目指すぜ」
高校の野球部は中学よりも人数の層は厚いし、実力のある選手ばかりだ。だからこそやりがいがある。
山本の言葉に、リボーンは満足げに口の端を上げた。それからテントを一瞬で片付けてからまた口を開いた。
「で、恋の悩みか?」
リボーンらしい直球な質問に、山本は言葉に詰まる。
山本はこの悩みを誰かに相談をしたことなどない。
ツナはじめ、共通の友人に話すにはあまりに恥ずかしい。レイのことを知らない野球部の先輩に話して茶化されるのも嫌だ。父親にも、こんなことを相談するのはなんとなく違う気がした。
何かあれば力になるといってくれたディーノにも、さすがにこんなことで連絡はできない。
しかし、リボーンであれば話しても大丈夫だろうか。
彼はレイがイタリアにいた時から、それもおそらくレイが5歳前後の頃から接点がある。山本一人で悩むよりもいい突破口が見つかるかもしれない。
「恋、ってか、瀬切のことだけど」
「じゃあ恋じゃねぇか」
「まあ、そっか……」
バッサリ言い切られて、山本は素直に打ち明けることにした。
「瀬切さ、こう、思ったより距離が近いってか、……2人だけだとすっげぇ素直に寄ってきてな」
この1か月で山本を振り回しているレイの行動について、かいつまんでリボーンに話す。
山本が話し終えれば、それまで黙っていたリボーンがようやく口を開いた。
「まず、知っての通りレイはイタリア育ちだ」
「お、おう?」
人差し指を立てながらいきなり切り出したリボーンに、山本は置いて行かれないように身を乗り出す。
「イタリアは日常的にスキンシップが多い国でな。そこでガキの頃から過ごしてたから、当然日本育ちのお前よりも接触に対する精神的なハードルは低い」
「へぇ」
山本の知っているイタリア人でスキンシップの激しい人はあまり思い当たらないが、リボーンが言うのならそうなのだろう。
「2つ目、アイツがドールであるということ」
リボーンが2本目の指を立てた。
「ドールは人から漏れ出る生命エネルギーを動力源にしていること、人と近付いたり触れ合うことでその効果は大きくなるってことは今更だな?」
「おう」
「当然効率が一番いいのはオーナーであるツナだが、他の人間相手でも大体は心地いいらしい」
「心地いい?」
生命エネルギーが必要なことや、触れることで効率よく摂取できることは知っている。しかし、さすがにその感覚を人間の山本が理解することはできない。
首を傾げる山本に、リボーンは「寒い時に温かいものに近付いたり触れたりして、暖を取るような感覚に近いだろうな」と例えてくれた。
なるほど、それならばあの心地よさそうな表情も分からなくもない。
最後、とリボーンの3本目の指が立つ。
「ドール云々を抜きにして、おそらくレイの性格が元々が甘えん坊寄りで、人が好き」
「……へ?」
最後の最後で妙にかわいい単語が聞こえた気がして、己の耳を疑う。
あの自立心と負けず嫌いの塊のようなレイが、甘えん坊。
思考が止まりかけている山本を見て、リボーンがニヤリと笑う。
「と言うのは誇張表現だが」
おちょくられた。
呆気に取られる山本を意に介するすることなく、リボーンは続ける。
「おそらく先に話した2つの要素が、本人の根っこの素直さと合わさった結果だろうな。とにかく信頼する相手には距離が近い」
「えっとー……、そうなのか?」
恐らくレイが最も信頼しているであろうツナに対しても、気になるほど距離が近いと思ったことはない。必要に応じて手を握り合ったりはしていたが、その程度だ。
「アイツの家族がまだ生きてた頃だが、基本親にもヒロヤにもくっつきっぱなしでな。最初は人見知りしてたが、慣れちまえばディーノ含めキャバッローネの連中にも、抱っこだおんぶだとせがんでたぞ」
「そりゃあ、まだ小さかったからじゃねぇの?6歳なんてそんなもんだろ」
沢田家でランボやイーピンを見ていても、なんやかんやで甘えてくる。別におかしなことではないと思うが。
「まあな。ただ、ある程度大きくなっても、アイツの距離感は変わらなかった」
根本的に人が好きなのもあるかもな、とリボーンは補足した。
好感を持った相手に対して、言葉や態度よりも先に物理的に接近してしまう。そんなレイに、周囲の大人は否応なしに危機感を覚えたという。
「さすがにトラブルに巻き込まれかねないっつーことで、レイが12歳だか13歳だかの頃にディーノ達が『適切な距離感』を叩き込んだんだ」
それで山本たちもよく知る、今の落ち着いた距離感になったのか。
キャバッローネ様々である。恋愛感情を自覚したててあれをされたら、どうなっていたか分からない。
「ちなみに気が抜けると素が出るのか、今でも家の中じゃ誰かしらの近くをうろついてるぞ」
「……マジで?」
「マジだぞ。オーナーであるツナはもちろん、用事なくママンやビアンキの腕に触れる位置に居たり、ガキたちやナッツを特に意味なく抱っこしたり。あとママンにハグされた後は大体機嫌がいい」
初めて知った。
安心できる空間の中、大好きな誰かの近くをうろちょろしたり、叔母に抱きしめられて幸せそうにしているレイを想像してしまった。子犬みたいでかわいい。
自分の妄想で口元がにやけそうになるが、リボーンの感情の読めない目に見られていたことに気付く。
顔を引き締めるために、沢田家に頻繁に出入りしている獄寺にもふらふら近寄るのだろうか、などと考えて嫉妬してみようとする。
が、上手くいかない。
あの2人の間にそういうものがないのは分かりきっているし、何よりあの獄寺だ。レイが許容できないほど近くに来たら「邪魔だ、どけ」と眉間に皺を寄せつつ肘で押し退けるだろう。
少し変な顔になっているだろう山本に対して、特に指摘もせずにリボーンは歩き出した。
「つまり、色々な要素が重なりまくってるレイは、スキンシップに対する抵抗が低いどころかウェルカムなタイプだ」
「うぇるかむ……」
「その上でお前が恋人になったら、そりゃあ意味もなく近くなるだろうな」
リボーンの言い切るような言葉に照れ臭くなってくる。
同時に、それを受け止め切れないことに申し訳なさも湧いてきた。
「どうすっかな……」
「どうもこうも、お前もウェルカムすりゃいいじゃねぇか」
「いや、まあ、うーん……」
『ウェルカムする』という動詞の是非はさておき、正直どこまで踏み込んでいいのか分からない。
なんといったって、こちらは健全な思春期の男子だ。何かの拍子にブレーキが壊れてレイに嫌な思いをさせたくない。
本気で嫌なら、あの膂力をもって片手で投げ飛ばすくらいできるとは思うが、それはそれでショックだから嫌だ。
口ごもる山本に、リボーンが呆れ混じりのため息をついた。
「しんどいならちゃんと伝えてやれ。言われたらアイツもちゃんと控えるだろ」
「それはちょっと、もったいないっていうか……。オレだって嬉しいし」
そう、山本だって嬉しいのだ。
好きな子に近寄られて嬉しくないわけがない。
「オレがもうちょい器用にできたらって思ってさ。ただやっぱ慣れねぇんだよなぁ」
なんせ初めての恋人である。
少女漫画にも恋愛ドラマにも縁のない山本の恋愛知識なんて、少年漫画におまけのようについているラブコメ程度のものしかない。作法も手順も心構えも、とんと初心者だ。
友人に対する接し方はともかく、半年以上に渡って温めてきた恋が成就した後のことなんてわかるわけがない。
素直にこぼせば、リボーンの真っ黒な目が煌めいた。
「じゃあ腹くくってキスでもしろ」
「キッ……!?」
庫を熱くして息を詰まらせた山本に、「冗談で言ってるわけじゃねぇぞ」リボーンが言った。
「一度壁をぶち破ってから、感覚を掴めってことだ」
リボーンの言葉に、まあそれもそうか、と納得してから一拍。
「……キスしてねぇって、オレ言ったっけ?」
「経験の差だ」
少し前から恋人となった、瀬切レイの近さに悩んでいた。
近さといっても、日常的に近くにいるわけではない。
第一にクラスが違う。
高校では山本がツナと同じクラス、レイは獄寺とクロームと同じクラス。さらに言えば、中学の3年間が同じクラスだった京子と花も、また別のクラスになった。いつものメンバーが別れてしまったことは自体も寂しい。
まあ、このクラス分けに最もショックを受けていたのは、案の定獄寺だった訳だが。
「なんでオレじゃなくてお前が10代目と同じクラスなんだ!」
そうガンつけられたので、「オレの方が右腕に向いてるってことなんじゃね?」と半分本気で言えば胸倉を掴まれた。いつものことだ。
なお、レイは「獄寺って、ツナが絡むと本当に愉快だよな」と失言をかまし、ギロリと獄寺ににらまれていた。
クラス分けだけでなく、部活の影響も大きい。
まだ本格稼働前とはいえ推薦理由が野球であるため、山本は正式入部を待たずして練習に参加をさせてもらっている。
一方、レイはツナたちと同様に部活はしておらず、放課後に学校に残る理由は特にない。
朝練もあるので、登校時間すら中々合わないし、合ったとしてもツナや獄寺も一緒なので2人きりになることもほとんどない。
といった感じで、一緒に過ごす時間は中学の頃よりも大幅に少なくなってしまった。
レイは新生活を満喫しているようで、見たところ不満があるようには見えない。山本だって野球に力を入れているし、そのことに一切の後悔はない。
さみしくないわけではないが、こればかりは高校に入学する前から分かっていたことだ。
それでもまったく顔を合わせないわけではない。
学校で見掛ければ軽く話すし、色気がないと言われればそれまでだが、手合わせも続いている。
手合わせの間はいつも通りだ。そこで物理的な距離が近いことは今更なんとも思わない。
相変わらずレイは懐に潜り込んでこちらの首を狙ってくるし、山本もそれを体で押し返したりしている。どれほど密着しようと、手合わせで逐一照れていたら何もできない。
問題は、それ以外で2人きりの時だ。
例えば手合わせの前後、あるいは偶然2人だけで帰ることができた日。
ふとした拍子に、レイが素直に近くに寄ってくるようになった。これが今現在、最も山本の心臓に悪いレイの挙動である。
元々距離感は近めだったが、友人だったころよりも5割、いや、7割増しで近い、気がする。密着されているわけではないから正確には分からないが。
しかも安心しきった顔で寄ってくる。
山本は自身のパーソナルスペースが狭い自覚がある。が、それはあくまでも同性に対してだ。
もちろん異性であっても負傷していたり意識のない相手を運ぶだとか、危険から庇うだとかは躊躇しない。そこは迷うべき場所ではない。
が、何もないのに必要以上に距離を詰めることはしない。おおよそトラブルの基になりかねないことくらいは分かるからだ。
モテる側であるという自覚があるからこそ、野球に専念するためにもそこは気を付けていた。
つまり、山本の異性に対する耐性は、同世代男子と比較して頭抜けているなんてことはない。
むしろ初恋の相手が恋人になったので、色々と手探りなのだ。
だというのに、2人きりの時に限って無邪気に、しかも嬉しそうに寄ってこられたら一体どうしたらいい。
手合わせを終えた後、これまで通り縁側で雑談をしたりして過ごしている時なんかは、明らかに前より近い。体が触れているわけではないが、ちょっと近い。
それだけならまだ平気だが、山本の顔を覗き込むような行動を取ることが増えた。結果的に近い。
前にその行動をそれとなく指摘したら、「キミの笑った顔が見たくて」とか恥ずかしげもなく言ってきた。元からストレートな物言いではあったが、この距離で今の関係性で言われるとまた威力が違う。
そして人気のない道ではレイの方から手に触れてくる。横目で見た表情は穏やかで幸せそうなのだから、握り返すしかない。
さらに勇気を山本から出してハグをしても、レイが安心しきった顔を擦り付けてくるので毎回頭が真っ白になる。
いくら男子の制服を着ていても、性別がわかりづらい見た目でも、色気を見せるような動きが一切しなかったとしても、その破壊力は計り知れない。好きな相手にこんなことをされて、平常心を保てるわけがない。
とにかく山本は、ひたすらドギマギしながらも必死に落ち着いた風を装い、約1か月間振り回されてきた。
交際する前は、どちらかというと自分がリードしてきたはずだし、人付き合いも含めて割と器用に色々こなせるタイプなのに。
小さくため息を吐きながらエナメルバッグを肩に掛け直す。
「もうちょっと上手くできねぇかな……」
「お悩み相談室ぅ」
「うおっ!?」
独り言に脈絡なく差し込まれた気の抜ける声に、山本の体が盛大に跳ねる。
民家の塀の上に張られた小さなテント、その中に座っているのはリボーンだった。
「小僧か、びっくりした」
「ちゃおっす。部活は順調か?」
「お陰様でな!まずはベンチ入り目指すぜ」
高校の野球部は中学よりも人数の層は厚いし、実力のある選手ばかりだ。だからこそやりがいがある。
山本の言葉に、リボーンは満足げに口の端を上げた。それからテントを一瞬で片付けてからまた口を開いた。
「で、恋の悩みか?」
リボーンらしい直球な質問に、山本は言葉に詰まる。
山本はこの悩みを誰かに相談をしたことなどない。
ツナはじめ、共通の友人に話すにはあまりに恥ずかしい。レイのことを知らない野球部の先輩に話して茶化されるのも嫌だ。父親にも、こんなことを相談するのはなんとなく違う気がした。
何かあれば力になるといってくれたディーノにも、さすがにこんなことで連絡はできない。
しかし、リボーンであれば話しても大丈夫だろうか。
彼はレイがイタリアにいた時から、それもおそらくレイが5歳前後の頃から接点がある。山本一人で悩むよりもいい突破口が見つかるかもしれない。
「恋、ってか、瀬切のことだけど」
「じゃあ恋じゃねぇか」
「まあ、そっか……」
バッサリ言い切られて、山本は素直に打ち明けることにした。
「瀬切さ、こう、思ったより距離が近いってか、……2人だけだとすっげぇ素直に寄ってきてな」
この1か月で山本を振り回しているレイの行動について、かいつまんでリボーンに話す。
山本が話し終えれば、それまで黙っていたリボーンがようやく口を開いた。
「まず、知っての通りレイはイタリア育ちだ」
「お、おう?」
人差し指を立てながらいきなり切り出したリボーンに、山本は置いて行かれないように身を乗り出す。
「イタリアは日常的にスキンシップが多い国でな。そこでガキの頃から過ごしてたから、当然日本育ちのお前よりも接触に対する精神的なハードルは低い」
「へぇ」
山本の知っているイタリア人でスキンシップの激しい人はあまり思い当たらないが、リボーンが言うのならそうなのだろう。
「2つ目、アイツがドールであるということ」
リボーンが2本目の指を立てた。
「ドールは人から漏れ出る生命エネルギーを動力源にしていること、人と近付いたり触れ合うことでその効果は大きくなるってことは今更だな?」
「おう」
「当然効率が一番いいのはオーナーであるツナだが、他の人間相手でも大体は心地いいらしい」
「心地いい?」
生命エネルギーが必要なことや、触れることで効率よく摂取できることは知っている。しかし、さすがにその感覚を人間の山本が理解することはできない。
首を傾げる山本に、リボーンは「寒い時に温かいものに近付いたり触れたりして、暖を取るような感覚に近いだろうな」と例えてくれた。
なるほど、それならばあの心地よさそうな表情も分からなくもない。
最後、とリボーンの3本目の指が立つ。
「ドール云々を抜きにして、おそらくレイの性格が元々が甘えん坊寄りで、人が好き」
「……へ?」
最後の最後で妙にかわいい単語が聞こえた気がして、己の耳を疑う。
あの自立心と負けず嫌いの塊のようなレイが、甘えん坊。
思考が止まりかけている山本を見て、リボーンがニヤリと笑う。
「と言うのは誇張表現だが」
おちょくられた。
呆気に取られる山本を意に介するすることなく、リボーンは続ける。
「おそらく先に話した2つの要素が、本人の根っこの素直さと合わさった結果だろうな。とにかく信頼する相手には距離が近い」
「えっとー……、そうなのか?」
恐らくレイが最も信頼しているであろうツナに対しても、気になるほど距離が近いと思ったことはない。必要に応じて手を握り合ったりはしていたが、その程度だ。
「アイツの家族がまだ生きてた頃だが、基本親にもヒロヤにもくっつきっぱなしでな。最初は人見知りしてたが、慣れちまえばディーノ含めキャバッローネの連中にも、抱っこだおんぶだとせがんでたぞ」
「そりゃあ、まだ小さかったからじゃねぇの?6歳なんてそんなもんだろ」
沢田家でランボやイーピンを見ていても、なんやかんやで甘えてくる。別におかしなことではないと思うが。
「まあな。ただ、ある程度大きくなっても、アイツの距離感は変わらなかった」
根本的に人が好きなのもあるかもな、とリボーンは補足した。
好感を持った相手に対して、言葉や態度よりも先に物理的に接近してしまう。そんなレイに、周囲の大人は否応なしに危機感を覚えたという。
「さすがにトラブルに巻き込まれかねないっつーことで、レイが12歳だか13歳だかの頃にディーノ達が『適切な距離感』を叩き込んだんだ」
それで山本たちもよく知る、今の落ち着いた距離感になったのか。
キャバッローネ様々である。恋愛感情を自覚したててあれをされたら、どうなっていたか分からない。
「ちなみに気が抜けると素が出るのか、今でも家の中じゃ誰かしらの近くをうろついてるぞ」
「……マジで?」
「マジだぞ。オーナーであるツナはもちろん、用事なくママンやビアンキの腕に触れる位置に居たり、ガキたちやナッツを特に意味なく抱っこしたり。あとママンにハグされた後は大体機嫌がいい」
初めて知った。
安心できる空間の中、大好きな誰かの近くをうろちょろしたり、叔母に抱きしめられて幸せそうにしているレイを想像してしまった。子犬みたいでかわいい。
自分の妄想で口元がにやけそうになるが、リボーンの感情の読めない目に見られていたことに気付く。
顔を引き締めるために、沢田家に頻繁に出入りしている獄寺にもふらふら近寄るのだろうか、などと考えて嫉妬してみようとする。
が、上手くいかない。
あの2人の間にそういうものがないのは分かりきっているし、何よりあの獄寺だ。レイが許容できないほど近くに来たら「邪魔だ、どけ」と眉間に皺を寄せつつ肘で押し退けるだろう。
少し変な顔になっているだろう山本に対して、特に指摘もせずにリボーンは歩き出した。
「つまり、色々な要素が重なりまくってるレイは、スキンシップに対する抵抗が低いどころかウェルカムなタイプだ」
「うぇるかむ……」
「その上でお前が恋人になったら、そりゃあ意味もなく近くなるだろうな」
リボーンの言い切るような言葉に照れ臭くなってくる。
同時に、それを受け止め切れないことに申し訳なさも湧いてきた。
「どうすっかな……」
「どうもこうも、お前もウェルカムすりゃいいじゃねぇか」
「いや、まあ、うーん……」
『ウェルカムする』という動詞の是非はさておき、正直どこまで踏み込んでいいのか分からない。
なんといったって、こちらは健全な思春期の男子だ。何かの拍子にブレーキが壊れてレイに嫌な思いをさせたくない。
本気で嫌なら、あの膂力をもって片手で投げ飛ばすくらいできるとは思うが、それはそれでショックだから嫌だ。
口ごもる山本に、リボーンが呆れ混じりのため息をついた。
「しんどいならちゃんと伝えてやれ。言われたらアイツもちゃんと控えるだろ」
「それはちょっと、もったいないっていうか……。オレだって嬉しいし」
そう、山本だって嬉しいのだ。
好きな子に近寄られて嬉しくないわけがない。
「オレがもうちょい器用にできたらって思ってさ。ただやっぱ慣れねぇんだよなぁ」
なんせ初めての恋人である。
少女漫画にも恋愛ドラマにも縁のない山本の恋愛知識なんて、少年漫画におまけのようについているラブコメ程度のものしかない。作法も手順も心構えも、とんと初心者だ。
友人に対する接し方はともかく、半年以上に渡って温めてきた恋が成就した後のことなんてわかるわけがない。
素直にこぼせば、リボーンの真っ黒な目が煌めいた。
「じゃあ腹くくってキスでもしろ」
「キッ……!?」
庫を熱くして息を詰まらせた山本に、「冗談で言ってるわけじゃねぇぞ」リボーンが言った。
「一度壁をぶち破ってから、感覚を掴めってことだ」
リボーンの言葉に、まあそれもそうか、と納得してから一拍。
「……キスしてねぇって、オレ言ったっけ?」
「経験の差だ」
