6月 模糊(ツナ視点)
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「なんか蒸し暑くなってきたなぁ」
「もうすぐ梅雨っすね」
そういいながら、獄寺はシャツを第3ボタンまで開ける。
中に着ているシャツの柄が見えた。相変わらず豪快な着崩しだ。ちょっとうらやましい。
「高校には雲雀さんもいないし、オレもちょっと着崩そうかな」
そう呟けば、足元を歩くリボーンが鼻で笑った。
「あいつ、最近は北高にも顔出してるらしいぞ」
とんでもない情報に顔が引き攣った。
「あの人並中命じゃないの!?」
「並盛全体に愛が広がってるみたいでな」
「ええ、勢力拡大してる……」
「暇なんすかね……」
「どうだろう。そういえばこの前、レイから『今更だけど、雲雀さんって何歳?』って訊かれて、オレ答えられなかったんだよね。……実際何歳なんだろう」
「まあ、少なくとも未来で成長はしてたんで、不老不死とかではないんじゃないっすか」
心底どうでもいい会話がグダグダと続く。
ふっと誰もいない、自分より高い位置を向きそうになっては前を向く。癖とは恐ろしい。
山本は今、部活の真っ最中だ。
最近の山本は部活が忙しく、登下校時に顔を合わせる頻度は下がってしまった。
梅雨に入ってしまえば、しばらくは満足にグラウンドで練習もできなくなるだろうから、今のうちに思う存分動き回ってほしいものだ。
そういえば、とツナはぼんやり従妹を思い浮かべる。
最近、レイと山本の手合わせの頻度は大きく下がったように感じる。
手合わせどころか、日常的な接触すらもツナは観測できていない。
今日も、特にツナたちのクラスに顔を出すこともなく、クロームと一緒に先に帰っていった。
付き合って3か月程度は結構盛り上がる時期だと聞いたことがあるが、どうなのだろう。
悲しいかな交際経験のないツナには分からない。
そんなツナの思考を知ってか知らずか、リボーンが「山本とレイの直近の手合わせをこっそり覗いてたんだがな」と言った。
「レイの力が強いのはお前らも知ってるだろ?」
「うん、まあ」
ツナをオーナーとする契約を交わして1年近くが経過している。
普段はともかく、少しでも本気を出すと跳ね上がる身体能力。最初の頃は苦労をしていたが、最近はかなりコツがつかめてきたらしい。
奈々に頼まれるがままにおつかいで大量の荷物を持ったり、ビアンキに頼まれて固くなってしまった瓶のふたを開けたり、日常生活においてその膂力を使うのも当たり前になってきている。
果たしてそういう使い方をしてもいいのか不明だが、本人曰くコントロールの練習になるからいいのだとか。
「あいつ、思ったよりも力が強くなってたらしくてな。この間の手合わせで山本の胸倉をつかんで片手でぶん投げてたぞ」
「……は!?」
「や、山本を、瀬切が、ですか!?」
「ああ。数メートル放り投げられてな。うまいこと着地はしたものの、山本も目を白黒させてたぞ」
レイと山本の身長差は20cm近い。体重差までは知らないが、どう見ても山本の方が重いだろう。
というか、山本の体格は並みの成人男性よりすでに大きい。180cm近くあるのだ。それを160cmそこそこのレイが、片手で。
というか、山本を投げ飛ばせるのなら、ツナや獄寺なんかもっと簡単に投げ飛ばされる恐れがある。
死ぬ気の炎が飛び交う戦いの場ではともかく、ほとんど表に発炎をさせないレイにそれをされるのは、何となく男のプライド的にやめてほしい。
「……で、それに対して山本は?」
「すぐに面白くなってきたのかニヤッとしてな。突っ込んできたレイを返り討ちにして終わったぞ」
山本も大概だ。こういうのも加味してお似合いかもしれない。
そう小さくため息を吐いたときだった。
「うわああああああ」
情けない悲鳴がどこからか聞こえてくる。獄寺がツナを庇うように前に立った。
ツナもリングに触れて警戒する。
足音と悲鳴が近付いてきた、そして少し先の角から出てきたのは。
「レイ!?」
「あ、ツナ!」
レイがこちらに気付き、駆け寄ってくる。
地面を蹴る従妹の両肩には、男性2人が俵担ぎをされていた。担がれている2人も見覚えがあった。
1人は牛柄のシャツを着ている。
形態変化をして構えながら、獄寺が首を傾げた。
「片方は大人ランボですかね。じゃあさっきの悲鳴は……」
ランボの声ではない。悲鳴を上げているのはもう1人の方で間違いないだろう。
レイが走るのに合わせて、その頭が跳ねる。オレンジ色の癖毛が揺れて見えた。
「も、もしかして、正一君!?」
「随分とおもしれーことになってんな」
「どう見てもおもしろい状態じゃないだろ!」
暢気なことを言っているリボーンに突っ込みを入れたところで、レイたちを追うように大鎌を持った大男3人が現れた。
「また継承前の『ちょっかい』か……!」
舌打ちと共に一歩前に出た獄寺が、レイの後ろにダイナマイトを投げる。爆風を背に受けて軽く飛び上がったレイは、ツナたちの近くに着地した。
レイたちが比較的安全な範囲に移動したのを確認してから、獄寺がさらにダイナマイトをまき散らして男達の足止めをする。
爆音を背景に、レイは両肩から人とスクールバッグを降ろした。
「ツナ、この人と知り合いなんだな?」
「え、あ、うん」
レイの質問に、完全に腰を抜かしている正一の肩を支えながら答える。
「とりあえず、後で」と言いながら、レイは獄寺の方に飛び出していく。
「オレも……、いてっ」
立ち上がろうとしたツナの脛を、リボーンが軽く蹴った。
「お前は見とけ」
「いや、でも」
「獄寺もレイも、あの程度の連中に手こずることはねぇ。お前はボスとしてドンと構えとけ」
「いやだからボスには……、ってお前、何か企んでないか?」
「べっつにぃ?」
妙にウキウキした声のリボーンにこれ以上言っても無駄だと判断したツナは、ランボと正一に声をかける。
「2人とも、大丈夫?」
「ああ、ツナ君……。うん、なんとか」
「何があったの?」
「そ、外で偶然ランボさんに会ってね」
正一が言うには、下校途中で偶然ランボと出会い、善意でトカゲのしっぽを渡されていたところで、あの大男たちに襲い掛かられたらしい。
転ばされて泣き出したランボが自らに10年バズーカを打ち込み、大人ランボも驚きつつ対応はしたものの、間が悪くボンゴレギアを持っておらず、ジリ貧になっていたところにレイが通りがかったのだという。
そして問答無用で2人そろって担ぎ上げられ、肩で揺られてここまで連れてこられた。
なるほど、ランボが少し怪我をしているのはそのせいか。
腰が抜けているくせに格好つけてランボが髪を整えている。
「はぁ、瀬切氏がいなかったら、どうなってたか……」
「へえ、瀬切君っていうんだね」
ランボの溜め息に正一が相槌を打つ。勘違いを察して、とりあえず訂正することにした。
「分かりづらいかもしれないけど、女子だよ」
「えっ!女の子なの!?」
目を丸くして声を上げる正一に、ああ、久々にレイの性別を間違えた人と直々に会話したなぁ、とツナは感慨にふける。周囲の人たちはもう完全に受け入れているので新鮮だ。
「うん。ついでにオレの従妹。別に君付けでも本人気にしないから呼び方は何でもいいと思うけど」
「そ、そうなんだ。あ、いやでも一応は……」
その会話の横で、白煙を上げてランボが子どもに戻った。未来で応急手当をされたのか、転ばされた時に怪我をしたらしい額に絆創膏が貼ってある。
「あ、ツナだ!」と声を上げて腿にぶつかってきた。身長が伸びてきたな、と子どもの成長を感じる。
爆風の中でに獄寺がレイを呼ぶ声が聞こえた。
煙の上に浮いたSISTEMA C.A.I.のシールドからレイが飛び降り、男の肩に着地した。ダガーの柄でこめかみを殴打された1人が地面に倒れ込む。
戦闘を眺めながら、ツナはふと正一に質問した。
「そういえば、オレたち未来ではレイに会わなかったけど、正一君はレイのこと知ってた?」
正一は頭を抱えながらも小首を傾げながら「うーん」と呟いた。
「多分、あの子なんだろうなって人の記憶はあるよ」
「そうなんだ」
「でも、あの時の計画の範囲外だったんだろうね。10年後の僕はツナ君に紹介もしてもらわなかったし、会話もほとんどしてなかったみたい。ツナ君と話してる姿をちょっと見たくらいかな。そこでも僕は、あの子のことを男の人だと思ってたけど」
10年経っても装いはあの調子から変わらないのだろうな、とツナは静かに納得した。
レイの首を鎌で薙ごうとした別の男は、眼前で爆ぜた小さなダイナマイトにひるみ、次の瞬間にドールの膂力で顎を蹴り砕かれた。
残る1人は、その背後に投げられた大ぶりなダイナマイトが爆発したらおしまいだろう。
足元でリボーンが満足げな顔をした。
「獄寺と山本の安定感には劣るが、獄寺とレイも悪くねぇな。中遠距離と超近接、バランスもいい。獄寺の銃の腕が安定すりゃあもっと盤石になるな」
「お前、まさかそれが見たくて……」
「にしても獄寺の奴、オレが直々に教えてやってるのに銃を実践で使い忘れてやがるな。しばくか」
「は!?獄寺君銃持ってんの!?」
「最近常備してるぞ」
なんということだ。いよいよもって獄寺と山本という親友2人でそろって銃刀法違反である。
レイの短剣やダガーは法律に引っかかるだろうか。何cm以上の刃物でダメだったのか、細かいことはよくわからない。
最後の爆音が響いた。倒れ込んだ男たちが完全に意識を落としていることを確認してから、レイが煙たさに文句を言い、獄寺が青筋を立てながら戻ってきた。
「ボンゴレ本部に連絡したから、後処理は任せるぞ」
「ありがとうございます、リボーンさん!」
「ところで獄寺」
「はい?」
「銃はどうした」
「あ……」
青ざめてリボーンに土下座する獄寺を横目に、レイが正一に近付いた。
「何も言わずに担いでごめん。怪我はしてない?」
「大丈夫だよ。助けてくれてありがとう」
「よかった。ツナの友達?」
「うん。入江正一って言います。よろしく。えっと、瀬切さん」
「よろしく、入江」
挨拶しながらよれたジャケットを直すレイを見て、正一は申し訳なさそうに口を開く。
「重かったよね?体痛いところとかない?」
まっとうな心配だ。しかし、レイはその質問にケロッとした顔で返す。
「え?全然重くなかったけど」
「……え?」
正一は目を点にした。
そりゃあそうだろう。男性であっても自分と同じくらい、あるいは大きな相手を2人担ぎ上げて走るのは中々の重労働だ。しかもそれをしたのが女子で、重くなかったなんて言われたら、こんな反応にもなる。
レイの力は人外故のものだが、それを言うわけにはいかない。果たしてどう言い訳したものか。
が、しかし。
「そうなんだ。力強いね」
ツナの静かな焦燥をよそに、正一はいとも簡単に受け入れてしまった。その表情には疑いや必要以上の畏怖などは見当たらない。
白蘭という人間ながら超規格外な存在と付き合いがあったから、哀れにも納得の基準が狂ってしまったようだ。なんて可哀想なのだろう。
ツナも人のことは言えないが、そこからは目をそらしておく。
巻き込んでしまったことに謝罪して、手を振って去っていく正一を見送った。
残りの面々で並んで沢田家に向かう。
ふと思い浮かんだ疑問を、ツナはレイに投げつけてみた。
「そういえば最近山本と会ってる?」
ツナの質問に目を瞬かせ、レイは「今日学校で会ったけど。ツナも横にいただろ?」と答えた。
それは知っている。教室に向かうまでの廊下で、朝練が終わった山本と会って挨拶をしたのだ。だがそこにはツナをはじめ、ほかの学生がたくさんいたし、2人も全く恋人としての空気を匂わせなかった。
「おはよう」「はよ!」とこれだけの会話しかしていなかった。
「2人きりでとかだよ。手合わせも最近してないだろ?」
「そりゃあ、野球部忙しいらしいし。でも昨日一緒に帰ったよ」
「は!?」
「図書館で勉強しながら部活終わるの待ってて、それから一緒に帰ったんだ」
「あ、そう…」
あっさりしている。
恋人って果たしてこんなものなのだろうか。もっとこう、浮かれたり寂しがったり、あるいは嫉妬とかしたりして気分が乱高下するものではないのだろうか。
この2人だからなのか。自分が万が一にも京子と付き合えたら一生浮かれてるだろうに。
不思議そうにツナを見返すレイだが、先を歩いてたランボの泣き声で視線が外れる。ツナも追うように視線を前に向ければ、ランボが地面に転がって泣いていた。転んだのだろう。
レイが小走りでランボに近寄って行った。
その背中を見ながら獄寺が「そういや、10年後の世界でアイツを見ませんでしたね」とこぼした。
「正一君はレイっぽい人を見かけた記憶あるらしいよ」
「そうですか」
わずかに表情を緩めた獄寺に、「何か気になるの?」と訊けば、彼は少し迷う素振りを見せてから口を開いた。
「本来はドールを1体作るだけでも非常に困難と、ヴェルデが言っていたことを思い出しまして。……瀬切がそもそも生まれなかったり、今のアイツとはまた別の存在になってる世界も少なくないのかな、と」
話の流れについていけず口を閉ざしたツナに気付かず、獄寺の口からつるつると言葉が出てくる。
「未来の入江が観測したという平行世界が約8兆。1体作り出すだけでも困難で、あるいはそれ以上を作ろうという気が瀬切の父親になければ、そもそも瀬切の兄貴しか作られなかった世界も多くあるはずです。あるいは瀬切を作ろうとして失敗したり、見た目や性格や諸々が違う世界も。それに、アイツの過去を考えれば、大人になる前、あるいはオレらと会う前に、という世界はもっと増える可能性があって……」
ぽかんとしたままのツナに気付いたのか、獄寺は言葉を止めて勢いよく頭を下げた。
「すんません!」
「わっ、いや、別にいいけど……。難しいことしゃべってるなぁって思ってただけだし」
正直、獄寺がぶつぶつ言ってたことの半分近くは理解できていない。
理詰めモードになると時折発生するが、未だについていけた試しがないのだ。
ただ、レイが存在する、そして大人になっている世界は少ないのかもしれない、ということは静かにツナの中に刺さった。
それに気付いたのか、獄寺は安心させるように明るく言った。
「ま、んなこと人間でも同じっすけどね!パラレルワールドってそういうもんですし。例えばオレが銀髪よりも黒髪に生まれる世界の方が確立が高いかもしれませんし!」
そう言いながら自身の髪をつまんでにっかりと笑顔を浮かべた。
それに便乗して、リボーンが茶化すように言う
「レイと山本が10年後まで続いてるかどうかも見物だな。死に別れなくてもド派手な喧嘩して別れてるかもしれねぇ」
リボーンの物言いに「嫌なこと言うなよ」と苦言を呈すれば、すかさずフォローにもならないことを獄寺が明るく言った。
「ご安心ください10代目!アイツらが刃物ぶん回して大喧嘩初めても、オレが10代目をお守りするんで!」
「その時はオレを守るより喧嘩止めるの手伝ってね」
「もうすぐ梅雨っすね」
そういいながら、獄寺はシャツを第3ボタンまで開ける。
中に着ているシャツの柄が見えた。相変わらず豪快な着崩しだ。ちょっとうらやましい。
「高校には雲雀さんもいないし、オレもちょっと着崩そうかな」
そう呟けば、足元を歩くリボーンが鼻で笑った。
「あいつ、最近は北高にも顔出してるらしいぞ」
とんでもない情報に顔が引き攣った。
「あの人並中命じゃないの!?」
「並盛全体に愛が広がってるみたいでな」
「ええ、勢力拡大してる……」
「暇なんすかね……」
「どうだろう。そういえばこの前、レイから『今更だけど、雲雀さんって何歳?』って訊かれて、オレ答えられなかったんだよね。……実際何歳なんだろう」
「まあ、少なくとも未来で成長はしてたんで、不老不死とかではないんじゃないっすか」
心底どうでもいい会話がグダグダと続く。
ふっと誰もいない、自分より高い位置を向きそうになっては前を向く。癖とは恐ろしい。
山本は今、部活の真っ最中だ。
最近の山本は部活が忙しく、登下校時に顔を合わせる頻度は下がってしまった。
梅雨に入ってしまえば、しばらくは満足にグラウンドで練習もできなくなるだろうから、今のうちに思う存分動き回ってほしいものだ。
そういえば、とツナはぼんやり従妹を思い浮かべる。
最近、レイと山本の手合わせの頻度は大きく下がったように感じる。
手合わせどころか、日常的な接触すらもツナは観測できていない。
今日も、特にツナたちのクラスに顔を出すこともなく、クロームと一緒に先に帰っていった。
付き合って3か月程度は結構盛り上がる時期だと聞いたことがあるが、どうなのだろう。
悲しいかな交際経験のないツナには分からない。
そんなツナの思考を知ってか知らずか、リボーンが「山本とレイの直近の手合わせをこっそり覗いてたんだがな」と言った。
「レイの力が強いのはお前らも知ってるだろ?」
「うん、まあ」
ツナをオーナーとする契約を交わして1年近くが経過している。
普段はともかく、少しでも本気を出すと跳ね上がる身体能力。最初の頃は苦労をしていたが、最近はかなりコツがつかめてきたらしい。
奈々に頼まれるがままにおつかいで大量の荷物を持ったり、ビアンキに頼まれて固くなってしまった瓶のふたを開けたり、日常生活においてその膂力を使うのも当たり前になってきている。
果たしてそういう使い方をしてもいいのか不明だが、本人曰くコントロールの練習になるからいいのだとか。
「あいつ、思ったよりも力が強くなってたらしくてな。この間の手合わせで山本の胸倉をつかんで片手でぶん投げてたぞ」
「……は!?」
「や、山本を、瀬切が、ですか!?」
「ああ。数メートル放り投げられてな。うまいこと着地はしたものの、山本も目を白黒させてたぞ」
レイと山本の身長差は20cm近い。体重差までは知らないが、どう見ても山本の方が重いだろう。
というか、山本の体格は並みの成人男性よりすでに大きい。180cm近くあるのだ。それを160cmそこそこのレイが、片手で。
というか、山本を投げ飛ばせるのなら、ツナや獄寺なんかもっと簡単に投げ飛ばされる恐れがある。
死ぬ気の炎が飛び交う戦いの場ではともかく、ほとんど表に発炎をさせないレイにそれをされるのは、何となく男のプライド的にやめてほしい。
「……で、それに対して山本は?」
「すぐに面白くなってきたのかニヤッとしてな。突っ込んできたレイを返り討ちにして終わったぞ」
山本も大概だ。こういうのも加味してお似合いかもしれない。
そう小さくため息を吐いたときだった。
「うわああああああ」
情けない悲鳴がどこからか聞こえてくる。獄寺がツナを庇うように前に立った。
ツナもリングに触れて警戒する。
足音と悲鳴が近付いてきた、そして少し先の角から出てきたのは。
「レイ!?」
「あ、ツナ!」
レイがこちらに気付き、駆け寄ってくる。
地面を蹴る従妹の両肩には、男性2人が俵担ぎをされていた。担がれている2人も見覚えがあった。
1人は牛柄のシャツを着ている。
形態変化をして構えながら、獄寺が首を傾げた。
「片方は大人ランボですかね。じゃあさっきの悲鳴は……」
ランボの声ではない。悲鳴を上げているのはもう1人の方で間違いないだろう。
レイが走るのに合わせて、その頭が跳ねる。オレンジ色の癖毛が揺れて見えた。
「も、もしかして、正一君!?」
「随分とおもしれーことになってんな」
「どう見てもおもしろい状態じゃないだろ!」
暢気なことを言っているリボーンに突っ込みを入れたところで、レイたちを追うように大鎌を持った大男3人が現れた。
「また継承前の『ちょっかい』か……!」
舌打ちと共に一歩前に出た獄寺が、レイの後ろにダイナマイトを投げる。爆風を背に受けて軽く飛び上がったレイは、ツナたちの近くに着地した。
レイたちが比較的安全な範囲に移動したのを確認してから、獄寺がさらにダイナマイトをまき散らして男達の足止めをする。
爆音を背景に、レイは両肩から人とスクールバッグを降ろした。
「ツナ、この人と知り合いなんだな?」
「え、あ、うん」
レイの質問に、完全に腰を抜かしている正一の肩を支えながら答える。
「とりあえず、後で」と言いながら、レイは獄寺の方に飛び出していく。
「オレも……、いてっ」
立ち上がろうとしたツナの脛を、リボーンが軽く蹴った。
「お前は見とけ」
「いや、でも」
「獄寺もレイも、あの程度の連中に手こずることはねぇ。お前はボスとしてドンと構えとけ」
「いやだからボスには……、ってお前、何か企んでないか?」
「べっつにぃ?」
妙にウキウキした声のリボーンにこれ以上言っても無駄だと判断したツナは、ランボと正一に声をかける。
「2人とも、大丈夫?」
「ああ、ツナ君……。うん、なんとか」
「何があったの?」
「そ、外で偶然ランボさんに会ってね」
正一が言うには、下校途中で偶然ランボと出会い、善意でトカゲのしっぽを渡されていたところで、あの大男たちに襲い掛かられたらしい。
転ばされて泣き出したランボが自らに10年バズーカを打ち込み、大人ランボも驚きつつ対応はしたものの、間が悪くボンゴレギアを持っておらず、ジリ貧になっていたところにレイが通りがかったのだという。
そして問答無用で2人そろって担ぎ上げられ、肩で揺られてここまで連れてこられた。
なるほど、ランボが少し怪我をしているのはそのせいか。
腰が抜けているくせに格好つけてランボが髪を整えている。
「はぁ、瀬切氏がいなかったら、どうなってたか……」
「へえ、瀬切君っていうんだね」
ランボの溜め息に正一が相槌を打つ。勘違いを察して、とりあえず訂正することにした。
「分かりづらいかもしれないけど、女子だよ」
「えっ!女の子なの!?」
目を丸くして声を上げる正一に、ああ、久々にレイの性別を間違えた人と直々に会話したなぁ、とツナは感慨にふける。周囲の人たちはもう完全に受け入れているので新鮮だ。
「うん。ついでにオレの従妹。別に君付けでも本人気にしないから呼び方は何でもいいと思うけど」
「そ、そうなんだ。あ、いやでも一応は……」
その会話の横で、白煙を上げてランボが子どもに戻った。未来で応急手当をされたのか、転ばされた時に怪我をしたらしい額に絆創膏が貼ってある。
「あ、ツナだ!」と声を上げて腿にぶつかってきた。身長が伸びてきたな、と子どもの成長を感じる。
爆風の中でに獄寺がレイを呼ぶ声が聞こえた。
煙の上に浮いたSISTEMA C.A.I.のシールドからレイが飛び降り、男の肩に着地した。ダガーの柄でこめかみを殴打された1人が地面に倒れ込む。
戦闘を眺めながら、ツナはふと正一に質問した。
「そういえば、オレたち未来ではレイに会わなかったけど、正一君はレイのこと知ってた?」
正一は頭を抱えながらも小首を傾げながら「うーん」と呟いた。
「多分、あの子なんだろうなって人の記憶はあるよ」
「そうなんだ」
「でも、あの時の計画の範囲外だったんだろうね。10年後の僕はツナ君に紹介もしてもらわなかったし、会話もほとんどしてなかったみたい。ツナ君と話してる姿をちょっと見たくらいかな。そこでも僕は、あの子のことを男の人だと思ってたけど」
10年経っても装いはあの調子から変わらないのだろうな、とツナは静かに納得した。
レイの首を鎌で薙ごうとした別の男は、眼前で爆ぜた小さなダイナマイトにひるみ、次の瞬間にドールの膂力で顎を蹴り砕かれた。
残る1人は、その背後に投げられた大ぶりなダイナマイトが爆発したらおしまいだろう。
足元でリボーンが満足げな顔をした。
「獄寺と山本の安定感には劣るが、獄寺とレイも悪くねぇな。中遠距離と超近接、バランスもいい。獄寺の銃の腕が安定すりゃあもっと盤石になるな」
「お前、まさかそれが見たくて……」
「にしても獄寺の奴、オレが直々に教えてやってるのに銃を実践で使い忘れてやがるな。しばくか」
「は!?獄寺君銃持ってんの!?」
「最近常備してるぞ」
なんということだ。いよいよもって獄寺と山本という親友2人でそろって銃刀法違反である。
レイの短剣やダガーは法律に引っかかるだろうか。何cm以上の刃物でダメだったのか、細かいことはよくわからない。
最後の爆音が響いた。倒れ込んだ男たちが完全に意識を落としていることを確認してから、レイが煙たさに文句を言い、獄寺が青筋を立てながら戻ってきた。
「ボンゴレ本部に連絡したから、後処理は任せるぞ」
「ありがとうございます、リボーンさん!」
「ところで獄寺」
「はい?」
「銃はどうした」
「あ……」
青ざめてリボーンに土下座する獄寺を横目に、レイが正一に近付いた。
「何も言わずに担いでごめん。怪我はしてない?」
「大丈夫だよ。助けてくれてありがとう」
「よかった。ツナの友達?」
「うん。入江正一って言います。よろしく。えっと、瀬切さん」
「よろしく、入江」
挨拶しながらよれたジャケットを直すレイを見て、正一は申し訳なさそうに口を開く。
「重かったよね?体痛いところとかない?」
まっとうな心配だ。しかし、レイはその質問にケロッとした顔で返す。
「え?全然重くなかったけど」
「……え?」
正一は目を点にした。
そりゃあそうだろう。男性であっても自分と同じくらい、あるいは大きな相手を2人担ぎ上げて走るのは中々の重労働だ。しかもそれをしたのが女子で、重くなかったなんて言われたら、こんな反応にもなる。
レイの力は人外故のものだが、それを言うわけにはいかない。果たしてどう言い訳したものか。
が、しかし。
「そうなんだ。力強いね」
ツナの静かな焦燥をよそに、正一はいとも簡単に受け入れてしまった。その表情には疑いや必要以上の畏怖などは見当たらない。
白蘭という人間ながら超規格外な存在と付き合いがあったから、哀れにも納得の基準が狂ってしまったようだ。なんて可哀想なのだろう。
ツナも人のことは言えないが、そこからは目をそらしておく。
巻き込んでしまったことに謝罪して、手を振って去っていく正一を見送った。
残りの面々で並んで沢田家に向かう。
ふと思い浮かんだ疑問を、ツナはレイに投げつけてみた。
「そういえば最近山本と会ってる?」
ツナの質問に目を瞬かせ、レイは「今日学校で会ったけど。ツナも横にいただろ?」と答えた。
それは知っている。教室に向かうまでの廊下で、朝練が終わった山本と会って挨拶をしたのだ。だがそこにはツナをはじめ、ほかの学生がたくさんいたし、2人も全く恋人としての空気を匂わせなかった。
「おはよう」「はよ!」とこれだけの会話しかしていなかった。
「2人きりでとかだよ。手合わせも最近してないだろ?」
「そりゃあ、野球部忙しいらしいし。でも昨日一緒に帰ったよ」
「は!?」
「図書館で勉強しながら部活終わるの待ってて、それから一緒に帰ったんだ」
「あ、そう…」
あっさりしている。
恋人って果たしてこんなものなのだろうか。もっとこう、浮かれたり寂しがったり、あるいは嫉妬とかしたりして気分が乱高下するものではないのだろうか。
この2人だからなのか。自分が万が一にも京子と付き合えたら一生浮かれてるだろうに。
不思議そうにツナを見返すレイだが、先を歩いてたランボの泣き声で視線が外れる。ツナも追うように視線を前に向ければ、ランボが地面に転がって泣いていた。転んだのだろう。
レイが小走りでランボに近寄って行った。
その背中を見ながら獄寺が「そういや、10年後の世界でアイツを見ませんでしたね」とこぼした。
「正一君はレイっぽい人を見かけた記憶あるらしいよ」
「そうですか」
わずかに表情を緩めた獄寺に、「何か気になるの?」と訊けば、彼は少し迷う素振りを見せてから口を開いた。
「本来はドールを1体作るだけでも非常に困難と、ヴェルデが言っていたことを思い出しまして。……瀬切がそもそも生まれなかったり、今のアイツとはまた別の存在になってる世界も少なくないのかな、と」
話の流れについていけず口を閉ざしたツナに気付かず、獄寺の口からつるつると言葉が出てくる。
「未来の入江が観測したという平行世界が約8兆。1体作り出すだけでも困難で、あるいはそれ以上を作ろうという気が瀬切の父親になければ、そもそも瀬切の兄貴しか作られなかった世界も多くあるはずです。あるいは瀬切を作ろうとして失敗したり、見た目や性格や諸々が違う世界も。それに、アイツの過去を考えれば、大人になる前、あるいはオレらと会う前に、という世界はもっと増える可能性があって……」
ぽかんとしたままのツナに気付いたのか、獄寺は言葉を止めて勢いよく頭を下げた。
「すんません!」
「わっ、いや、別にいいけど……。難しいことしゃべってるなぁって思ってただけだし」
正直、獄寺がぶつぶつ言ってたことの半分近くは理解できていない。
理詰めモードになると時折発生するが、未だについていけた試しがないのだ。
ただ、レイが存在する、そして大人になっている世界は少ないのかもしれない、ということは静かにツナの中に刺さった。
それに気付いたのか、獄寺は安心させるように明るく言った。
「ま、んなこと人間でも同じっすけどね!パラレルワールドってそういうもんですし。例えばオレが銀髪よりも黒髪に生まれる世界の方が確立が高いかもしれませんし!」
そう言いながら自身の髪をつまんでにっかりと笑顔を浮かべた。
それに便乗して、リボーンが茶化すように言う
「レイと山本が10年後まで続いてるかどうかも見物だな。死に別れなくてもド派手な喧嘩して別れてるかもしれねぇ」
リボーンの物言いに「嫌なこと言うなよ」と苦言を呈すれば、すかさずフォローにもならないことを獄寺が明るく言った。
「ご安心ください10代目!アイツらが刃物ぶん回して大喧嘩初めても、オレが10代目をお守りするんで!」
「その時はオレを守るより喧嘩止めるの手伝ってね」
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