原作未来編ifルート
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ジャケットを椅子に放り投げて、山本は自室のベッドに倒れこんだ。大きく息を吐く。
今いる並盛の地下に作られた拠点、その開発を指示した男はもういない。
酷い世界になったものだ。
いや、世界全体で見ればまだまだ平和ではある。だが、山本、いや、ボンゴレが置かれている世界はどこまでも残酷なものに変化してしまった。
ベッドに転がっても目を閉じられなかった。
目を閉じてしまえば、目を閉じて動かないツナの顔と、血にまみれて店の床に転がっていた父の姿が瞼の裏に映し出されてしまう。
学生時代の部活仲間も3名ほど、謎の死を遂げた。彼ら単体であれば、まったく裏社会と関係ないというのに。
いっそのこと自棄を起こしてしまっても悪くないような気がしている。
が、意外にも獄寺が踏み止まっていた。ツナを失えば真っ先に自壊しそうだったあの男が、自力で立ち続けている。
その意外な強さを目の当たりにして、何よりあの日ツナに救われた命をもう一度投げ出す勇気も出せずに、結果的に山本も立ち続けていた。
でもそれは、あくまでも立って居られているだけで、進むことも戻ることもできないままで立ち尽くしているに過ぎない。
無機質な天井を眺めながらどれくらいかぼーっとしていると、ノックの音が飛び込んできた。
体を起こしてドアを開き、そして少し驚く。
「瀬切」
男性用スーツをきっちりと着こなしているレイが、そこに立っていた。
学生の頃からほとんど変わらない身長差、黒い瞳が山本を見上げている。くまこそないが、その目じりは赤い。
そういえば昨日、キャバッローネの古株の誰かが殺されたと連絡が入っていた。幼少期に世話になった相手だったのか、その知らせを受けた瞬間に彼女がゆっくりとその場に座り込んだのを覚えている。
「急にごめん。入っていいか?」
彼女の言葉に、少しだけ迷いが生まれる。
ファミリーの中ではあえて男と思わせた上で動いているが、実際には女だ。いや、さらに言えば本当は人形だから、生物的な性別分類があるのかよくわからない。でも女であることは間違いない。
いくら成人男性を投げ飛ばせる膂力があるとはいえ、若い女が若い男の部屋に1人で入っていいのか、という、あまりにも常識人ぶった躊躇い。
黙っている山本にしびれを切らしたのか、レイは「入るよ」と言って部屋の中に入ってきてしまった。
自室といっても大したものはない。拠点そのものが開発途中ということもあり、まだ私物なんてほとんど置かれてはいなかった。
殺風景な部屋に、モノクロな色味をまとったレイが立っている。
彼女の本質が人間でないからか、あるいはツナがいなくなって彼女にとっての楔がなくなったからか、あるいは部屋にいるレイを見るのが初めてだからか。その存在はどこか現実感がなかった。
レイがちらりとこちらを見る。そして力なく笑った。
「酷い顔だな、特に目の隈。眠れないのか」
その言葉に、山本は自分の目元を軽くなでて軽く笑う。
「まあな。瀬切は寝れてんのか?」
「ボクは睡眠ほとんどいらないからな。便利な体だよ」
そう言って、レイは口を閉じて俯く。
もともと喜怒哀楽の分かりやすい彼女だったが、ツナが死んでからはすべてに薄い膜がかかっているように見える。その膜を、この手が払えるとは思えなかった。
どこか居心地の悪い沈黙に「で、どうした?獄寺から伝言か?」と軽い調子で訊いた。
レイは何も言わず、革手袋を取り、ジャケットを脱ぎ始めた。
彼女にとっては、男としては細い骨格を隠すための防壁だ。それが剥がれると、身長は一切変わっていないのに、どうしてか一回り小さく見えた。
それらを乱雑に床に放り投げる。
次いで、首の細さを誤魔化しているネクタイを取り、喉仏の有無を隠しているシャツの第一ボタンも外れた。
いつもよりも随分とラフな格好になったレイが、ゆっくりと山本に近付く。そして半歩分の距離を残して立ち止まった。
ああ、確かにこう見ると男の体にしてはあまりにも華奢だ。
そんな間抜けな山本の思考を知ってか知らずか、レイはその口元に薄く笑みを浮かべて言った。
「ボクさ、一回くらいセックスってやつをしてみたいんだ」
キミに抱いてほしい。
何一つ取り繕うつもりもなさそうな静かな声に、山本は息が止まる。
自分を雑に扱うな。恋人でもない男に体を差し出すな。冗談だとしても言っていいことと悪いことがあるだろ。
言うべき言葉ならいくつも思い浮かんだ。しかしどれも喉から出てこなかった。
ずっと好きだったのだ。中学三年生の時から。
それに、レイは明日からしばらく外で単独行動を行う。家光との合流と、奈々の保護、その後は諜報と情報の攪乱という、命の保証がほとんどない任務だ。
確かに彼女の生存能力は非常に高い。並の人間なら死ぬような傷であっても生き延びるし、生物としては異様な治癒力も持っている。
それでも、彼女の命綱でもあるツナが消えた今では、その生命力がどこまで劣化しているか分かったものではない。
でも、それは山本自身だって同じことだった。
今は、誰がいつどこで死んでもおかしくない。
たった一晩のこと、どちらを選んだってきっと後悔する。
ならば、もう。
頬に軽く触れてから肩に手を置く。レイの目は一瞬だけ見開かれ、それからゆっくりと閉じた。
肩の細さに小さなめまいを覚えながら、飾り気のない薄い唇にキスをする。
柔らかさとぬくもりが、呼吸が、静かにぶつかった。
ああ、生きている。
多少の怠さを残したまま、素肌のまま身を寄せ合う。どちらも黙ったままだ。
先ほどまで暴いていた体は、腕の中でおとなしくしている。レイの腕が山本の脇腹から背中にかけて触れている。山本より体温は低いが、あたたかい、生きている。
彼女が自分に対してそれなりの感情を向けてくれていることは知っていた。山本の気持ちだって、彼女は気付いていたことだろう。
そしてどうしてか、その状態で2人揃って足踏みをしたまま何年も経過していた。
この状態が心地よかったのだ。
友人であり、戦友だ。別に恋人にならなくても、その体に触れることができなくても、共にあることはできた。隣に立って、背中を合わせて守りあうことができた。
でも、とうとう触れてしまった。しかも、いきなり深いところまで。
そして一番滑稽だったのが、体を重ねている間もまともに言葉を交わすことはなかったということだ。
名前すら呼ぶことなく、息とかすかな声だけを落とすだけ。生理的に滲む以外の涙すらなかった。
何年も抱え込んだ想いを言葉で預け合うには、あまりに心が冷えすぎていた。
なのに、体はあまりにも必死だった。
そこに在ることを確かめるように、互いに体のいたるところに触れ続けた。唇を馬鹿みたいに重ね続けた。
もう一生分の接触を、そこで済ませてしまったような気がする。
どうするのが正しかったのだろうか。
でも、あの日の喪失を境に、自分たちの生きる世界から正しさなんてものは、きっと消えてしまった。
そんな事実から目を逸らすように、軽くその体を抱き締めた。同じように背中に回った腕に力がこもり、2人の隙間が静かに消える。
明け方、レイは「ありがとう」とだけ言い残してから、シャワーすら浴びずに部屋を出て行った。
その数時間後、獄寺と何やら言葉を交わしているレイを見かけた。任務の最終確認をしているのだと気付く。
いつも通りかっちりとメンズスーツを着込んだ男のようなその背中を、獄寺が軽く叩いた。
最後の挨拶にならないように、これ以上仲間を失わないように、という小さな願いが、獄寺の手のひらからレイの背中へと託されていく。
それを眺めてから、山本はゆっくりとその場を去った。
しばらく壁にもたれていたら、待ち人が来た。
「よ」
声をかければ、レイは目をぱちくりとさせて山本を見た。
レイの装いはスーツに最低限の荷物。人間と異なり飲食を必要としないからこそできる旅装だ。
飲食を必要としないといっても、食事を楽しんでいたレイにとって、それが心を削るものにならないか心配になる。
「そんなところで何してるんだ?」
「ん?見送りってやつ。体、大丈夫か?」
「……へぇ。ドール相手にずいぶん優しいな、キミたちよりよっぽど丈夫な体なんだけど」
レイが皮肉まじりの表情で言い放つ。山本も口角を持ち上げて言い返す。
「オレ、そんなに無責任な男じゃねぇぜ?」
ちゃんと軽い調子で言えたか不安だ。なかったことにはしたくないだが、重荷にしたいわけでもない。
レイは2、3回瞬きをしてから、ふっと穏やかに笑った。
「じゃあ、もう一つお願いを聞いてほしい」
山本が言葉を返す前に、レイはいきなり距離を詰めてきた。そして山本の胸倉を掴んでぐっと引っ張った。不意打ちに山本の体が傾く。
倒れないように踏ん張った瞬間、視界が悪くなって唇に柔らかいものが当たった。昨晩、これに何十回と触れた覚えがある。
小さな音とともに唇から何かが離れ、いつの間にか至近距離にあったレイの顔で焦点が結ばれる。
その目はまっすぐに山本の眼を貫いていた。
「どうか、生きていてくれ」
静かでありながら強く、そして悲痛な声だった。
呆気に取られる山本にそれだけを言い残して、レイはハッチをくぐって出ていった。
無人になった、静かな廊下。
後ろによろけて壁に背中を押し付けながら、山本はズルズルと座り込む。
親友も父親も仲間も守れず、恋した相手すら引き留められなかった己の手が、視界の中心で力なく垂れている。
「もっと早く」
こぼしかけた言葉を、唇を噛んで止める。今更こんなところで言葉にしたところで何になるというのか。
遅すぎたのだ、何もかも。
「……そっちこそ、生きててくれよ」
小さく祈るように呟いて、手を握り締める。
そしてゆっくりと立ち上がり、ハッチに背を向けた。
今いる並盛の地下に作られた拠点、その開発を指示した男はもういない。
酷い世界になったものだ。
いや、世界全体で見ればまだまだ平和ではある。だが、山本、いや、ボンゴレが置かれている世界はどこまでも残酷なものに変化してしまった。
ベッドに転がっても目を閉じられなかった。
目を閉じてしまえば、目を閉じて動かないツナの顔と、血にまみれて店の床に転がっていた父の姿が瞼の裏に映し出されてしまう。
学生時代の部活仲間も3名ほど、謎の死を遂げた。彼ら単体であれば、まったく裏社会と関係ないというのに。
いっそのこと自棄を起こしてしまっても悪くないような気がしている。
が、意外にも獄寺が踏み止まっていた。ツナを失えば真っ先に自壊しそうだったあの男が、自力で立ち続けている。
その意外な強さを目の当たりにして、何よりあの日ツナに救われた命をもう一度投げ出す勇気も出せずに、結果的に山本も立ち続けていた。
でもそれは、あくまでも立って居られているだけで、進むことも戻ることもできないままで立ち尽くしているに過ぎない。
無機質な天井を眺めながらどれくらいかぼーっとしていると、ノックの音が飛び込んできた。
体を起こしてドアを開き、そして少し驚く。
「瀬切」
男性用スーツをきっちりと着こなしているレイが、そこに立っていた。
学生の頃からほとんど変わらない身長差、黒い瞳が山本を見上げている。くまこそないが、その目じりは赤い。
そういえば昨日、キャバッローネの古株の誰かが殺されたと連絡が入っていた。幼少期に世話になった相手だったのか、その知らせを受けた瞬間に彼女がゆっくりとその場に座り込んだのを覚えている。
「急にごめん。入っていいか?」
彼女の言葉に、少しだけ迷いが生まれる。
ファミリーの中ではあえて男と思わせた上で動いているが、実際には女だ。いや、さらに言えば本当は人形だから、生物的な性別分類があるのかよくわからない。でも女であることは間違いない。
いくら成人男性を投げ飛ばせる膂力があるとはいえ、若い女が若い男の部屋に1人で入っていいのか、という、あまりにも常識人ぶった躊躇い。
黙っている山本にしびれを切らしたのか、レイは「入るよ」と言って部屋の中に入ってきてしまった。
自室といっても大したものはない。拠点そのものが開発途中ということもあり、まだ私物なんてほとんど置かれてはいなかった。
殺風景な部屋に、モノクロな色味をまとったレイが立っている。
彼女の本質が人間でないからか、あるいはツナがいなくなって彼女にとっての楔がなくなったからか、あるいは部屋にいるレイを見るのが初めてだからか。その存在はどこか現実感がなかった。
レイがちらりとこちらを見る。そして力なく笑った。
「酷い顔だな、特に目の隈。眠れないのか」
その言葉に、山本は自分の目元を軽くなでて軽く笑う。
「まあな。瀬切は寝れてんのか?」
「ボクは睡眠ほとんどいらないからな。便利な体だよ」
そう言って、レイは口を閉じて俯く。
もともと喜怒哀楽の分かりやすい彼女だったが、ツナが死んでからはすべてに薄い膜がかかっているように見える。その膜を、この手が払えるとは思えなかった。
どこか居心地の悪い沈黙に「で、どうした?獄寺から伝言か?」と軽い調子で訊いた。
レイは何も言わず、革手袋を取り、ジャケットを脱ぎ始めた。
彼女にとっては、男としては細い骨格を隠すための防壁だ。それが剥がれると、身長は一切変わっていないのに、どうしてか一回り小さく見えた。
それらを乱雑に床に放り投げる。
次いで、首の細さを誤魔化しているネクタイを取り、喉仏の有無を隠しているシャツの第一ボタンも外れた。
いつもよりも随分とラフな格好になったレイが、ゆっくりと山本に近付く。そして半歩分の距離を残して立ち止まった。
ああ、確かにこう見ると男の体にしてはあまりにも華奢だ。
そんな間抜けな山本の思考を知ってか知らずか、レイはその口元に薄く笑みを浮かべて言った。
「ボクさ、一回くらいセックスってやつをしてみたいんだ」
キミに抱いてほしい。
何一つ取り繕うつもりもなさそうな静かな声に、山本は息が止まる。
自分を雑に扱うな。恋人でもない男に体を差し出すな。冗談だとしても言っていいことと悪いことがあるだろ。
言うべき言葉ならいくつも思い浮かんだ。しかしどれも喉から出てこなかった。
ずっと好きだったのだ。中学三年生の時から。
それに、レイは明日からしばらく外で単独行動を行う。家光との合流と、奈々の保護、その後は諜報と情報の攪乱という、命の保証がほとんどない任務だ。
確かに彼女の生存能力は非常に高い。並の人間なら死ぬような傷であっても生き延びるし、生物としては異様な治癒力も持っている。
それでも、彼女の命綱でもあるツナが消えた今では、その生命力がどこまで劣化しているか分かったものではない。
でも、それは山本自身だって同じことだった。
今は、誰がいつどこで死んでもおかしくない。
たった一晩のこと、どちらを選んだってきっと後悔する。
ならば、もう。
頬に軽く触れてから肩に手を置く。レイの目は一瞬だけ見開かれ、それからゆっくりと閉じた。
肩の細さに小さなめまいを覚えながら、飾り気のない薄い唇にキスをする。
柔らかさとぬくもりが、呼吸が、静かにぶつかった。
ああ、生きている。
多少の怠さを残したまま、素肌のまま身を寄せ合う。どちらも黙ったままだ。
先ほどまで暴いていた体は、腕の中でおとなしくしている。レイの腕が山本の脇腹から背中にかけて触れている。山本より体温は低いが、あたたかい、生きている。
彼女が自分に対してそれなりの感情を向けてくれていることは知っていた。山本の気持ちだって、彼女は気付いていたことだろう。
そしてどうしてか、その状態で2人揃って足踏みをしたまま何年も経過していた。
この状態が心地よかったのだ。
友人であり、戦友だ。別に恋人にならなくても、その体に触れることができなくても、共にあることはできた。隣に立って、背中を合わせて守りあうことができた。
でも、とうとう触れてしまった。しかも、いきなり深いところまで。
そして一番滑稽だったのが、体を重ねている間もまともに言葉を交わすことはなかったということだ。
名前すら呼ぶことなく、息とかすかな声だけを落とすだけ。生理的に滲む以外の涙すらなかった。
何年も抱え込んだ想いを言葉で預け合うには、あまりに心が冷えすぎていた。
なのに、体はあまりにも必死だった。
そこに在ることを確かめるように、互いに体のいたるところに触れ続けた。唇を馬鹿みたいに重ね続けた。
もう一生分の接触を、そこで済ませてしまったような気がする。
どうするのが正しかったのだろうか。
でも、あの日の喪失を境に、自分たちの生きる世界から正しさなんてものは、きっと消えてしまった。
そんな事実から目を逸らすように、軽くその体を抱き締めた。同じように背中に回った腕に力がこもり、2人の隙間が静かに消える。
明け方、レイは「ありがとう」とだけ言い残してから、シャワーすら浴びずに部屋を出て行った。
その数時間後、獄寺と何やら言葉を交わしているレイを見かけた。任務の最終確認をしているのだと気付く。
いつも通りかっちりとメンズスーツを着込んだ男のようなその背中を、獄寺が軽く叩いた。
最後の挨拶にならないように、これ以上仲間を失わないように、という小さな願いが、獄寺の手のひらからレイの背中へと託されていく。
それを眺めてから、山本はゆっくりとその場を去った。
しばらく壁にもたれていたら、待ち人が来た。
「よ」
声をかければ、レイは目をぱちくりとさせて山本を見た。
レイの装いはスーツに最低限の荷物。人間と異なり飲食を必要としないからこそできる旅装だ。
飲食を必要としないといっても、食事を楽しんでいたレイにとって、それが心を削るものにならないか心配になる。
「そんなところで何してるんだ?」
「ん?見送りってやつ。体、大丈夫か?」
「……へぇ。ドール相手にずいぶん優しいな、キミたちよりよっぽど丈夫な体なんだけど」
レイが皮肉まじりの表情で言い放つ。山本も口角を持ち上げて言い返す。
「オレ、そんなに無責任な男じゃねぇぜ?」
ちゃんと軽い調子で言えたか不安だ。なかったことにはしたくないだが、重荷にしたいわけでもない。
レイは2、3回瞬きをしてから、ふっと穏やかに笑った。
「じゃあ、もう一つお願いを聞いてほしい」
山本が言葉を返す前に、レイはいきなり距離を詰めてきた。そして山本の胸倉を掴んでぐっと引っ張った。不意打ちに山本の体が傾く。
倒れないように踏ん張った瞬間、視界が悪くなって唇に柔らかいものが当たった。昨晩、これに何十回と触れた覚えがある。
小さな音とともに唇から何かが離れ、いつの間にか至近距離にあったレイの顔で焦点が結ばれる。
その目はまっすぐに山本の眼を貫いていた。
「どうか、生きていてくれ」
静かでありながら強く、そして悲痛な声だった。
呆気に取られる山本にそれだけを言い残して、レイはハッチをくぐって出ていった。
無人になった、静かな廊下。
後ろによろけて壁に背中を押し付けながら、山本はズルズルと座り込む。
親友も父親も仲間も守れず、恋した相手すら引き留められなかった己の手が、視界の中心で力なく垂れている。
「もっと早く」
こぼしかけた言葉を、唇を噛んで止める。今更こんなところで言葉にしたところで何になるというのか。
遅すぎたのだ、何もかも。
「……そっちこそ、生きててくれよ」
小さく祈るように呟いて、手を握り締める。
そしてゆっくりと立ち上がり、ハッチに背を向けた。
