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おまけ
ツナ達がイタリアに来る数日前の話。
窓の外を眺めていたディーノに、腹心の部下が声を掛けてきた。
「ボス、ボンゴレから手紙が届いたぞ」
ロマーリオから書簡を受け取り、ボンゴレの印が押された赤い蝋をゆっくり剥がす。
この宛名の書き方は9代目だ。ディーノは口角が緩むのを自覚した。
1枚目の紙にはこちらを気遣う言葉と、最近また少し膝が痛くなってきたという愚痴、裏社会の情勢変化に対するちょっとした予感とボンゴレ側の出方の予定、それから次会うときに土産を渡したいと書かれていた。
ディーノが赤子の頃から知っているからか、9代目はいまだに息子か孫かのような扱いをしてくる。
くすぐったさに口角を上げながら2枚目へ。
「お!」
思わず上げた声に、ロマーリオが細い目を瞬かせる。
「どうした?」
「ツナたちがこっちに来るってさ!軽く本部に通してみて、その後は観光させるらしいぜ」
あの弟分のことだから、ボンゴレ本部の見るからに高そうな調度品の数々を見たら水すら飲めなくなるのではないか。
いずれあの椅子に座るかどうかは別としても、あの庶民的な感覚はディーノにとっても微笑ましくてたまらない。
せっかくツナがイタリアに来るのなら、ディーノだって顔を合わせたいものだ。代理戦争以降、日本に行けていない。
表側の新規事業の一つが軌道に乗ってきたので、少しかかりきりになってしまったのだ。
9代目の手紙にはツナたちを呼ぶ日程の候補が書かれている。向こうの春休みにぶつけるつもりらしい。
3月中旬以降の自身の予定を思い出しながら、ディーノはふと小さな影を思い出した。
「……なあ、ロマーリオ」
「ああ。いいタイミングだと思うぞ、ボス」
皆まで言わずとも察してくれる右腕、さすがだ。
執務室に呼び出されたレイは、特に勘繰る様子もなく、リラックスした表情で「どうしたんですか?」とクビを傾げている。こちらの方が緊張しているかもしれない。
ディーノはソファから立ち上がり、レイの前に立つ。
見上げてくるその目は、全幅の信頼を寄せてくれていた。
「今度、客を招こうと思ってる」
「そうなんですね」
「誰だと思う?」
「え、誰だろう……」
こちらの質問に、素直に思考する姿はまだまだあどけない。初めて会った時の、もっとずっと幼かった頃を思い出す。
ディーノも知らない、この子のさらに幼い頃を知る人物。
「ボンゴレ10代目と、その守護者だ」
ギ、とレイの動きが停止した。目がまん丸になる。
「ツ、……」
「そう、ツナ。沢田綱吉、お前の従兄だ」
喉が詰まってしまったのか、言葉が出ないレイに変わってその名を口にする。
レイがボンゴレ10代目が沢田綱吉だと知ったのは、それこそリング争奪戦の直前、ディーノがハーフボンゴレリングをツナ達に届けるほんの数日前のことだった。
無人ながら解放されていた執務室のデスクに置いてあった、ボンゴレ10代目とその守護者に関する写真付きの書類。そこに、ただディーノ宛の荷物を運び入れただけのレイ。
勝手に書類を見るような子ではない。レイの持ってきた荷物は、デスクから少し距離のある棚に置かれていたのだ。
ただ、その時は運悪く卓上にエンツィオがいた。ディーノが机に置いて部屋を出たのだ。
書類を踏みながら歩くエンツィオは、その紙の一部が天板からはみ出ていることに気付かなかったらしい。
書類と共に落ちそうになったエンツィオを、レイが持ち前の反射神経で救ったまではいい。
エンツィオの脚の摩擦で、7人分の書類が床に散らばり、偶然にも見てしまった。
所用を済ませて執務室に戻ったディーノが見たのは、6つの書類に足元を囲まれ、1つの書類を震える手で握りしめるレイだった。
「ボンゴレ10代目の候補者って、ツナ……、なんですか……?」
マフィアのボス候補として生き残る危険性を、レイは正しく知っている。彼女にとってあの書類は、亡き家族に続き、従兄まで失うかもしれない恐怖に襲われた瞬間だったのだろう。
震えと共に目に涙をにじませていったレイに向かって、ディーノはなんと言葉を返したのだったか。謝った記憶だけはある。
以降、開き直って何度か自身の渡日に合わせて「日本に行かないか?」と声を掛けたが、ついぞ彼女が首を縦に振ることはなかった。
そんな日々を越え、今。
処理落ちしたように動かない親友の妹に向かって、ファミリーのボスとして言葉を渡す。
「というわけでだ。レイ、お前にはそいつらの迎えを頼みたい」
「え」
「安心しろ、来るとしても全員てことはない。ツナを含めても多くて4人だ」
雲雀や骸が来るはずはない。了平はおそらくコロネロに捕まる。
その代わり、ツナが来るなら確実に獄寺と山本は来る。ランボもおそらく連れてくる。
レイが最初に関わる相手として、ほぼ理想的なメンツだ。癖がないわけではないが、同世代慣れしていないレイでもなんとか振り落とされずに済むだろう。
クロームが日本で留守番なことだけが非常に惜しい。女の子にも会わせてやりたかった。
「ここ、すげぇ分かりづらいってほどじゃないが、初めて来るには奥まってるだろ?表の通りに立って誰か案内してやらないと」
未だに固まって動かない様子に、ツナに同行するであろう3人の写真を手渡しながら、ディーノはその黒髪をポンポンと軽く叩いた。
「てなわけで、よろしく頼んだぜ!」
「ありゃ博打になりそうだな」
レイが油を差し忘れた機械のようにぎこちなく部屋を出たのを見てから、ロマーリオが苦笑した。
「だろうな。前に山本が来た時は逃げやがったし」
半年ほど前だっただろうか。山本だけがイタリアにやってきた時、せっかくの同い年だからレイにも合わせてみようとディーノは考えた。
同世代との交流が薄いレイであっても、山本なら上手いこと友人になってくれるかも、と期待したのだ。もちろん、ツナやボンゴレとの関係は伏せるつもりだった。
が、レイは山本がここに滞在している間、一切顔を出さなかった。
山本とはいえ、客の手前でバタバタ探し回るわけにも行かず。彼の帰国後に問いただせば「なんとなく……、別に会わなくてもいいかなって」なんて目を合わせずに返してきたのだ。
十中八九、ただの『日本人の同世代』という肩書きに腰が引けたのだろう。
「山本どころか、今回はツナだからなぁ……」
会いたいけど、会う勇気がない。
そうなった時、あの子の天秤はどちらに傾くのだろう。
そして当日。
「ボス!表通りにレイが見当たらねぇ!」
「アイツ……!」
駆け込んできた部下の言葉に、ディーノは天を仰いだ。
恐怖だか気まずさだかの方に軍配が上がったか。
おおよそ待っている間に不安が大きくなってしまい、今頃は路地裏のあたりを彷徨いているのだろう。ヒロヤのこともあるから気持ちも分からなくはない。
それでもまさかここまでとは。
「で、どうする?捕まえに行くか?」
「いや、もうほっとけ」
肩を震わせながらロマーリオが訊いてくるので、ディーノは投げやりに言い放った。
「あーあ、ツナたちが路地裏通ったりしてくんねぇかなぁ!」
ツナ達がイタリアに来る数日前の話。
窓の外を眺めていたディーノに、腹心の部下が声を掛けてきた。
「ボス、ボンゴレから手紙が届いたぞ」
ロマーリオから書簡を受け取り、ボンゴレの印が押された赤い蝋をゆっくり剥がす。
この宛名の書き方は9代目だ。ディーノは口角が緩むのを自覚した。
1枚目の紙にはこちらを気遣う言葉と、最近また少し膝が痛くなってきたという愚痴、裏社会の情勢変化に対するちょっとした予感とボンゴレ側の出方の予定、それから次会うときに土産を渡したいと書かれていた。
ディーノが赤子の頃から知っているからか、9代目はいまだに息子か孫かのような扱いをしてくる。
くすぐったさに口角を上げながら2枚目へ。
「お!」
思わず上げた声に、ロマーリオが細い目を瞬かせる。
「どうした?」
「ツナたちがこっちに来るってさ!軽く本部に通してみて、その後は観光させるらしいぜ」
あの弟分のことだから、ボンゴレ本部の見るからに高そうな調度品の数々を見たら水すら飲めなくなるのではないか。
いずれあの椅子に座るかどうかは別としても、あの庶民的な感覚はディーノにとっても微笑ましくてたまらない。
せっかくツナがイタリアに来るのなら、ディーノだって顔を合わせたいものだ。代理戦争以降、日本に行けていない。
表側の新規事業の一つが軌道に乗ってきたので、少しかかりきりになってしまったのだ。
9代目の手紙にはツナたちを呼ぶ日程の候補が書かれている。向こうの春休みにぶつけるつもりらしい。
3月中旬以降の自身の予定を思い出しながら、ディーノはふと小さな影を思い出した。
「……なあ、ロマーリオ」
「ああ。いいタイミングだと思うぞ、ボス」
皆まで言わずとも察してくれる右腕、さすがだ。
執務室に呼び出されたレイは、特に勘繰る様子もなく、リラックスした表情で「どうしたんですか?」とクビを傾げている。こちらの方が緊張しているかもしれない。
ディーノはソファから立ち上がり、レイの前に立つ。
見上げてくるその目は、全幅の信頼を寄せてくれていた。
「今度、客を招こうと思ってる」
「そうなんですね」
「誰だと思う?」
「え、誰だろう……」
こちらの質問に、素直に思考する姿はまだまだあどけない。初めて会った時の、もっとずっと幼かった頃を思い出す。
ディーノも知らない、この子のさらに幼い頃を知る人物。
「ボンゴレ10代目と、その守護者だ」
ギ、とレイの動きが停止した。目がまん丸になる。
「ツ、……」
「そう、ツナ。沢田綱吉、お前の従兄だ」
喉が詰まってしまったのか、言葉が出ないレイに変わってその名を口にする。
レイがボンゴレ10代目が沢田綱吉だと知ったのは、それこそリング争奪戦の直前、ディーノがハーフボンゴレリングをツナ達に届けるほんの数日前のことだった。
無人ながら解放されていた執務室のデスクに置いてあった、ボンゴレ10代目とその守護者に関する写真付きの書類。そこに、ただディーノ宛の荷物を運び入れただけのレイ。
勝手に書類を見るような子ではない。レイの持ってきた荷物は、デスクから少し距離のある棚に置かれていたのだ。
ただ、その時は運悪く卓上にエンツィオがいた。ディーノが机に置いて部屋を出たのだ。
書類を踏みながら歩くエンツィオは、その紙の一部が天板からはみ出ていることに気付かなかったらしい。
書類と共に落ちそうになったエンツィオを、レイが持ち前の反射神経で救ったまではいい。
エンツィオの脚の摩擦で、7人分の書類が床に散らばり、偶然にも見てしまった。
所用を済ませて執務室に戻ったディーノが見たのは、6つの書類に足元を囲まれ、1つの書類を震える手で握りしめるレイだった。
「ボンゴレ10代目の候補者って、ツナ……、なんですか……?」
マフィアのボス候補として生き残る危険性を、レイは正しく知っている。彼女にとってあの書類は、亡き家族に続き、従兄まで失うかもしれない恐怖に襲われた瞬間だったのだろう。
震えと共に目に涙をにじませていったレイに向かって、ディーノはなんと言葉を返したのだったか。謝った記憶だけはある。
以降、開き直って何度か自身の渡日に合わせて「日本に行かないか?」と声を掛けたが、ついぞ彼女が首を縦に振ることはなかった。
そんな日々を越え、今。
処理落ちしたように動かない親友の妹に向かって、ファミリーのボスとして言葉を渡す。
「というわけでだ。レイ、お前にはそいつらの迎えを頼みたい」
「え」
「安心しろ、来るとしても全員てことはない。ツナを含めても多くて4人だ」
雲雀や骸が来るはずはない。了平はおそらくコロネロに捕まる。
その代わり、ツナが来るなら確実に獄寺と山本は来る。ランボもおそらく連れてくる。
レイが最初に関わる相手として、ほぼ理想的なメンツだ。癖がないわけではないが、同世代慣れしていないレイでもなんとか振り落とされずに済むだろう。
クロームが日本で留守番なことだけが非常に惜しい。女の子にも会わせてやりたかった。
「ここ、すげぇ分かりづらいってほどじゃないが、初めて来るには奥まってるだろ?表の通りに立って誰か案内してやらないと」
未だに固まって動かない様子に、ツナに同行するであろう3人の写真を手渡しながら、ディーノはその黒髪をポンポンと軽く叩いた。
「てなわけで、よろしく頼んだぜ!」
「ありゃ博打になりそうだな」
レイが油を差し忘れた機械のようにぎこちなく部屋を出たのを見てから、ロマーリオが苦笑した。
「だろうな。前に山本が来た時は逃げやがったし」
半年ほど前だっただろうか。山本だけがイタリアにやってきた時、せっかくの同い年だからレイにも合わせてみようとディーノは考えた。
同世代との交流が薄いレイであっても、山本なら上手いこと友人になってくれるかも、と期待したのだ。もちろん、ツナやボンゴレとの関係は伏せるつもりだった。
が、レイは山本がここに滞在している間、一切顔を出さなかった。
山本とはいえ、客の手前でバタバタ探し回るわけにも行かず。彼の帰国後に問いただせば「なんとなく……、別に会わなくてもいいかなって」なんて目を合わせずに返してきたのだ。
十中八九、ただの『日本人の同世代』という肩書きに腰が引けたのだろう。
「山本どころか、今回はツナだからなぁ……」
会いたいけど、会う勇気がない。
そうなった時、あの子の天秤はどちらに傾くのだろう。
そして当日。
「ボス!表通りにレイが見当たらねぇ!」
「アイツ……!」
駆け込んできた部下の言葉に、ディーノは天を仰いだ。
恐怖だか気まずさだかの方に軍配が上がったか。
おおよそ待っている間に不安が大きくなってしまい、今頃は路地裏のあたりを彷徨いているのだろう。ヒロヤのこともあるから気持ちも分からなくはない。
それでもまさかここまでとは。
「で、どうする?捕まえに行くか?」
「いや、もうほっとけ」
肩を震わせながらロマーリオが訊いてくるので、ディーノは投げやりに言い放った。
「あーあ、ツナたちが路地裏通ったりしてくんねぇかなぁ!」