吐露(3月)
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「また明日」
「またねー」
少し日の傾いた十字路で、炎真たちに手を振る。
合格発表は終わったが、まだ卒業までは数日ある。明日もいつものクラスメイトと顔を合わせるのだ。
リボーンを肩に乗せたツナと獄寺と並んで歩き出す。
京子とハルと花は少し早めに別れ、少し前を歩くのはレイとクロームだけになった。何を話しているのかは分からないが、その空気は穏やかだ。
レイとクロームが立ち止まる。クロームの住むアパートの前だった。
レイと二、三言を交わし、クロームが手を振る。こちらも手を振って見送った。
アパートの扉が閉まるのを見送って、またゆっくりと歩き出す。
獄寺はツナの隣を譲らないだろうし、山本はレイに近くにいてほしい。でも端を歩かせるのは気が引ける。
だから、山本は自身とツナの間のスペースを軽くあけた。意図を察してくれたレイは、そこにするっと入り込む。
ツナとほとんど同じか少し低いくらいの位置で、軽くはねた黒髪が揺れている。
ツナの携帯電話が軽く音を立て、メールの受信を知らせた。「母さんだ」と言いながら携帯を開く。
「レイ、合格祝いにご馳走だって」
「本当?何だろう」
「よかったら獄寺君も来ない?母さん喜ぶと思うけど」
「よろしいんですか!?」
ツナから誘われ、獄寺が顔を輝かせた。レイはツナの手元を覗き込んでおり顔は見えないが、おそらく嬉しそうな顔をしていることだろう。
ツナがこちらを向いた。
「山本はどうする?」
「親父に飯食うって言ってるから、悪いな」
「ううん、急に誘ってごめん」
気付けば、もう分かれ道だった。
少し立ち止まり、「じゃあな」と言おうと口を開く。
が、先に声を発したのはレイだった。
「ツナ」
「ん?」
「先に帰ってて」
「え、いいの?」
ツナが不思議そうに返すが、山本も少し驚いた。
何かあるのだろうか。
「ああ、遅くはならないから大丈夫だ」
「そう?わかった。じゃあ山本、また明日」
「お、おう?」
よく分からないまま、山本はツナに手を振った。
ツナ越しに獄寺と目が合う。妙に含みのある視線を寄こしてから、何もなかったかのように前を向く。
ちら、と見たレイは、離れていくツナたちの背中をじっと見ている。表情は穏やかだが、何を考えているのかは全く読めない。
やがて、彼らの姿は見えなくなった。それでもまだ、レイは動かない。
どうかしたか、と声をかけようとしたその時だった。
レイの顔が山本の方を向く。
その目はまっすぐで、そして何より、山本への信頼と好意を一切隠すことなく輝いていた。
「山本」
軽やかな声に呼ばれて、世界の明度が上がる。
「もう知ってるだろうけど、ボク、山本のことが好きだ」
笑顔を浮かべたレイが、ずっと好きだった相手が、心底嬉しそうな声と顔で、そう言った。
一瞬、夢かと思って息が止まる。でも次第に苦しくなってきて、夢ではないのだと実感した。
実感と同時にこぼれたのは、喜びと、少しの悔しさだった。
「…あーあ、先越されちまった」
自分から先に言いたかった。だっておそらく、山本の方が先に好きになったから。
しかし、そんなプライドよりも大事な伝えるべきことが、こちらにもあるのだ。この程度で日和ってられない。
山本も、しっかりとレイの目を見る。
「そっちも知ってるだろうけど、オレも瀬切が好きだ」
ああ、口に出せた。ようやくちゃんと気持ちを明け渡すことができた。
伝えるということが、こんなにも満たされる行為だったとは。
でももう一つ、願いがある。
半歩近付いて右手を伸ばし、そっとレイの左手を取る。
山本よりも小さくて、でも力は強くて、努力を惜しまない手を握った。
「なあ、恋人になろうぜ」
まだ少し日本語のニュアンスがあやふやなレイが勘違いしないように、はっきりと『恋人』と口にする。
気恥ずかしさはもちろんあるが、それでも曖昧にはしたくない。しっかりと繋ぎ留めたい。
2人の関係に、ちゃんとした名前が欲しい。
その言葉に、レイの目が少し大きくなる。ただ、まだ表情は硬い。
その唇が薄く開いた。
「恋人、に、なりたい。でも、ボクから好きって言っておいてあれだけど、……どうしたってボクは人間じゃないし、これから先も人間にはなれない」
少し低めで、穏やかな声が鼓膜を打つ。
「知ってると思うけど、見た目が似てるだけで体の作りは全然違う。血だって疑似的なものだし、臓器もない。手足が飛んでも再生する。もしかしたらボクが分かってないだけで、他にもみんなと違うところは、まだたくさんあるかもしれない」
山本の手を軽く握り返すレイの手が、緊張でわずかに強張る。
「ボクはそのことを誇りに思ってるし、……みんなとどこまで違うのか分からなくて怖くなる時もある」
怖いと言いながらも、その目は逃げることなく山本を見据えていた。
「山本は、本当にそれでいいのか?」
まっすぐな問いが、山本の体の中に落ちていく。
それはとても穏やかな心地で、特に気負うことなく言葉が喉からこぼれていった。
「オレ、梅雨くらいの時から瀬切のこと好きだったんだぜ?」
え、と目を丸くするレイに、小さく笑いが漏れる。全く気付いていなかったのだろう。
自覚した当初は「そうか、好きなのか」と思った程度だった。
強いて言えば、変な真似をしてツナや獄寺から顰蹙を買いたくない、という小さな躊躇いがあったくらいだ。
しけし、早々に足を止めることになった。
「それから1週間とか、2週間くらいか?……お前の兄貴のこととか色々あって、そんで、瀬切が人間じゃないって、ドールだって聞かされた」
雨上がりの屋上を思い出す。あの日、リボーンとヴェルデから投げつけられた情報量は、暴力的だった。
ツナのようにひどく傷付いたわけではないが、実は山本だって混乱したのだ。
よりによって、初恋の相手が人間ではなかった。イレギュラーにも程がある。
「オレだって色々考えたぜ?」
口には出さずに思い返す。
相手が人間でないなら、どう接すればいいのだろう。
そもそもドールという存在は、恋愛感情を持つことができるのか。
恋愛感情を持てたとして、幸運にも恋人になれたとして、その先の方向性や熱量が大きく異なっていたら、どう擦り合わせればいい。
生き物としての在り方が、あまりのも違うことを目の当たりにしたら。
覚悟もないまま近付いて、そのせいで彼女を深く傷付けてしまわないだろうか。
考えることが得意ではない自分が、半年以上にも渡って何度も何度も考えた。ちょうとばかし悩んだりもした。
そうやってひたすらに濾過されて手の中に残った答えを、そっと差し出す。
「それでもずっと好きだった」
レイがレイであるというその一点に惹かれてしまった。それしか残らなかった。
だから山本は、腹を括った。
いつか彼女のさらなる異質性に触れたとしても、絶対にその手を離したくない。いや、離せない。
いつかレイの今の手が失われて、新しく生え変わったとしたら、その時はその新しい手を握り直すだけだ。
たった、それだけのことだ。
「オレは、瀬切がいい」
はっきりとそう告げれば、黒い目がゆらゆらと涙を湛えはじめた。その涙を隠すようにレイがうつむく。
そして前触れなくふらっとこちら側に踏み込んできた。
とん、とレイの額が山本の肩に寄せられ、途端に心臓が跳ねる。
「ありがとう」
雪が溶けたような柔らかい声が、雫のように落ちた。
少し震えている背中にそっと腕を回し、その体を軽く抱き締めた。レイの腕が、応えるようにゆっくりと山本の背中に回った。
彼女を抱き締めるのは初めてではない。12月のあの日、衝動に任せてやらかしたのだから。
しかし、ちゃんと気持ちを伝え合った今と比較すると、その幸福の質はまったく違った。とても心地よかった。
軽く撫でた髪は思ったよりも柔らかくて、そして少しだけ跳ねている。
「あの」
胸のあたりから、少しだけ湿った声が聞こえた。
「ん?」
「あと、ボクずっとこんなだと思うけど」
「『こんな』って?」
レイが何を言っているのかよく分からず、首を傾げる。まだ何か不安なことがあるのだろうか。
山本の問いに、レイはさっきよりもずっと小さな声でぽそぽそと話し出した。
「……その、色々と、女の子らしくできない。たまに、なら、それっぽくできるかもしれないけど、……ずっとは無理だ」
女の子らしく。
珍しく弱々しい声が放った言葉を理解した瞬間、山本は盛大に吹き出し、そして。
「ふ…、っく、ははははは!!」
声を上げて笑ってしまった。
腕の中のレイが驚いたように顔を上げる。水気の増している目をぱちくりとさせて、山本を見ていた。
ああ、本当にかわいい。
「それこそマジで今更じゃねぇか!」
髪は短く飾り気もなく、制服はもちろん、私服でも女性らしい装いは見たことがなく、手合わせや実践の時はその胸の内の荒々しさを隠すこともない。
何よりも。
「オレが最初お前のこと男だと思ってたの忘れたのかよ?」
約1年前にイタリアで初めて出会った時から、瀬切レイという存在は、ずっとこの在り方で山本の前に立っていた。
そんなこと分かりきってずっと好きでいた人間に、一体何の確認をしているのか。
「そういえばそうだったな」
レイもつられるように笑って、さっきよりも強く山本にしがみつく。だから山本も、その体をもう少し強く抱き締めた。
少ししてからレイは山本の肩から頭を離した。照れたような表情で、ほんの少し顔が赤い。
腕の力をゆっくりと抜くと、レイは山本の目を見て、「本当にありがとう」と言った。
腕の中から抜けた彼女は、数歩後ろに下がってから幸せそうに笑った。
「遅くなるとツナやおばさんが心配するから帰るよ。じゃあ、また明日、学校で」
山本に手を振りながらスクールバッグを抱え直し、レイは軽やかに走り去っていった。
その背中を少し浮ついたまま見送ってから、山本はハッとして呟いた。
「送ってった方が……よかったか……?」
恋人という称号を得たというのに、さっそく恋人らしいことを取り逃してしまった。
山本は熱の残る顔を仰ぎながら少し悩み、レイを追って駆け出した。
だって、もう少しだけでも一緒にいたいじゃないか。
「またねー」
少し日の傾いた十字路で、炎真たちに手を振る。
合格発表は終わったが、まだ卒業までは数日ある。明日もいつものクラスメイトと顔を合わせるのだ。
リボーンを肩に乗せたツナと獄寺と並んで歩き出す。
京子とハルと花は少し早めに別れ、少し前を歩くのはレイとクロームだけになった。何を話しているのかは分からないが、その空気は穏やかだ。
レイとクロームが立ち止まる。クロームの住むアパートの前だった。
レイと二、三言を交わし、クロームが手を振る。こちらも手を振って見送った。
アパートの扉が閉まるのを見送って、またゆっくりと歩き出す。
獄寺はツナの隣を譲らないだろうし、山本はレイに近くにいてほしい。でも端を歩かせるのは気が引ける。
だから、山本は自身とツナの間のスペースを軽くあけた。意図を察してくれたレイは、そこにするっと入り込む。
ツナとほとんど同じか少し低いくらいの位置で、軽くはねた黒髪が揺れている。
ツナの携帯電話が軽く音を立て、メールの受信を知らせた。「母さんだ」と言いながら携帯を開く。
「レイ、合格祝いにご馳走だって」
「本当?何だろう」
「よかったら獄寺君も来ない?母さん喜ぶと思うけど」
「よろしいんですか!?」
ツナから誘われ、獄寺が顔を輝かせた。レイはツナの手元を覗き込んでおり顔は見えないが、おそらく嬉しそうな顔をしていることだろう。
ツナがこちらを向いた。
「山本はどうする?」
「親父に飯食うって言ってるから、悪いな」
「ううん、急に誘ってごめん」
気付けば、もう分かれ道だった。
少し立ち止まり、「じゃあな」と言おうと口を開く。
が、先に声を発したのはレイだった。
「ツナ」
「ん?」
「先に帰ってて」
「え、いいの?」
ツナが不思議そうに返すが、山本も少し驚いた。
何かあるのだろうか。
「ああ、遅くはならないから大丈夫だ」
「そう?わかった。じゃあ山本、また明日」
「お、おう?」
よく分からないまま、山本はツナに手を振った。
ツナ越しに獄寺と目が合う。妙に含みのある視線を寄こしてから、何もなかったかのように前を向く。
ちら、と見たレイは、離れていくツナたちの背中をじっと見ている。表情は穏やかだが、何を考えているのかは全く読めない。
やがて、彼らの姿は見えなくなった。それでもまだ、レイは動かない。
どうかしたか、と声をかけようとしたその時だった。
レイの顔が山本の方を向く。
その目はまっすぐで、そして何より、山本への信頼と好意を一切隠すことなく輝いていた。
「山本」
軽やかな声に呼ばれて、世界の明度が上がる。
「もう知ってるだろうけど、ボク、山本のことが好きだ」
笑顔を浮かべたレイが、ずっと好きだった相手が、心底嬉しそうな声と顔で、そう言った。
一瞬、夢かと思って息が止まる。でも次第に苦しくなってきて、夢ではないのだと実感した。
実感と同時にこぼれたのは、喜びと、少しの悔しさだった。
「…あーあ、先越されちまった」
自分から先に言いたかった。だっておそらく、山本の方が先に好きになったから。
しかし、そんなプライドよりも大事な伝えるべきことが、こちらにもあるのだ。この程度で日和ってられない。
山本も、しっかりとレイの目を見る。
「そっちも知ってるだろうけど、オレも瀬切が好きだ」
ああ、口に出せた。ようやくちゃんと気持ちを明け渡すことができた。
伝えるということが、こんなにも満たされる行為だったとは。
でももう一つ、願いがある。
半歩近付いて右手を伸ばし、そっとレイの左手を取る。
山本よりも小さくて、でも力は強くて、努力を惜しまない手を握った。
「なあ、恋人になろうぜ」
まだ少し日本語のニュアンスがあやふやなレイが勘違いしないように、はっきりと『恋人』と口にする。
気恥ずかしさはもちろんあるが、それでも曖昧にはしたくない。しっかりと繋ぎ留めたい。
2人の関係に、ちゃんとした名前が欲しい。
その言葉に、レイの目が少し大きくなる。ただ、まだ表情は硬い。
その唇が薄く開いた。
「恋人、に、なりたい。でも、ボクから好きって言っておいてあれだけど、……どうしたってボクは人間じゃないし、これから先も人間にはなれない」
少し低めで、穏やかな声が鼓膜を打つ。
「知ってると思うけど、見た目が似てるだけで体の作りは全然違う。血だって疑似的なものだし、臓器もない。手足が飛んでも再生する。もしかしたらボクが分かってないだけで、他にもみんなと違うところは、まだたくさんあるかもしれない」
山本の手を軽く握り返すレイの手が、緊張でわずかに強張る。
「ボクはそのことを誇りに思ってるし、……みんなとどこまで違うのか分からなくて怖くなる時もある」
怖いと言いながらも、その目は逃げることなく山本を見据えていた。
「山本は、本当にそれでいいのか?」
まっすぐな問いが、山本の体の中に落ちていく。
それはとても穏やかな心地で、特に気負うことなく言葉が喉からこぼれていった。
「オレ、梅雨くらいの時から瀬切のこと好きだったんだぜ?」
え、と目を丸くするレイに、小さく笑いが漏れる。全く気付いていなかったのだろう。
自覚した当初は「そうか、好きなのか」と思った程度だった。
強いて言えば、変な真似をしてツナや獄寺から顰蹙を買いたくない、という小さな躊躇いがあったくらいだ。
しけし、早々に足を止めることになった。
「それから1週間とか、2週間くらいか?……お前の兄貴のこととか色々あって、そんで、瀬切が人間じゃないって、ドールだって聞かされた」
雨上がりの屋上を思い出す。あの日、リボーンとヴェルデから投げつけられた情報量は、暴力的だった。
ツナのようにひどく傷付いたわけではないが、実は山本だって混乱したのだ。
よりによって、初恋の相手が人間ではなかった。イレギュラーにも程がある。
「オレだって色々考えたぜ?」
口には出さずに思い返す。
相手が人間でないなら、どう接すればいいのだろう。
そもそもドールという存在は、恋愛感情を持つことができるのか。
恋愛感情を持てたとして、幸運にも恋人になれたとして、その先の方向性や熱量が大きく異なっていたら、どう擦り合わせればいい。
生き物としての在り方が、あまりのも違うことを目の当たりにしたら。
覚悟もないまま近付いて、そのせいで彼女を深く傷付けてしまわないだろうか。
考えることが得意ではない自分が、半年以上にも渡って何度も何度も考えた。ちょうとばかし悩んだりもした。
そうやってひたすらに濾過されて手の中に残った答えを、そっと差し出す。
「それでもずっと好きだった」
レイがレイであるというその一点に惹かれてしまった。それしか残らなかった。
だから山本は、腹を括った。
いつか彼女のさらなる異質性に触れたとしても、絶対にその手を離したくない。いや、離せない。
いつかレイの今の手が失われて、新しく生え変わったとしたら、その時はその新しい手を握り直すだけだ。
たった、それだけのことだ。
「オレは、瀬切がいい」
はっきりとそう告げれば、黒い目がゆらゆらと涙を湛えはじめた。その涙を隠すようにレイがうつむく。
そして前触れなくふらっとこちら側に踏み込んできた。
とん、とレイの額が山本の肩に寄せられ、途端に心臓が跳ねる。
「ありがとう」
雪が溶けたような柔らかい声が、雫のように落ちた。
少し震えている背中にそっと腕を回し、その体を軽く抱き締めた。レイの腕が、応えるようにゆっくりと山本の背中に回った。
彼女を抱き締めるのは初めてではない。12月のあの日、衝動に任せてやらかしたのだから。
しかし、ちゃんと気持ちを伝え合った今と比較すると、その幸福の質はまったく違った。とても心地よかった。
軽く撫でた髪は思ったよりも柔らかくて、そして少しだけ跳ねている。
「あの」
胸のあたりから、少しだけ湿った声が聞こえた。
「ん?」
「あと、ボクずっとこんなだと思うけど」
「『こんな』って?」
レイが何を言っているのかよく分からず、首を傾げる。まだ何か不安なことがあるのだろうか。
山本の問いに、レイはさっきよりもずっと小さな声でぽそぽそと話し出した。
「……その、色々と、女の子らしくできない。たまに、なら、それっぽくできるかもしれないけど、……ずっとは無理だ」
女の子らしく。
珍しく弱々しい声が放った言葉を理解した瞬間、山本は盛大に吹き出し、そして。
「ふ…、っく、ははははは!!」
声を上げて笑ってしまった。
腕の中のレイが驚いたように顔を上げる。水気の増している目をぱちくりとさせて、山本を見ていた。
ああ、本当にかわいい。
「それこそマジで今更じゃねぇか!」
髪は短く飾り気もなく、制服はもちろん、私服でも女性らしい装いは見たことがなく、手合わせや実践の時はその胸の内の荒々しさを隠すこともない。
何よりも。
「オレが最初お前のこと男だと思ってたの忘れたのかよ?」
約1年前にイタリアで初めて出会った時から、瀬切レイという存在は、ずっとこの在り方で山本の前に立っていた。
そんなこと分かりきってずっと好きでいた人間に、一体何の確認をしているのか。
「そういえばそうだったな」
レイもつられるように笑って、さっきよりも強く山本にしがみつく。だから山本も、その体をもう少し強く抱き締めた。
少ししてからレイは山本の肩から頭を離した。照れたような表情で、ほんの少し顔が赤い。
腕の力をゆっくりと抜くと、レイは山本の目を見て、「本当にありがとう」と言った。
腕の中から抜けた彼女は、数歩後ろに下がってから幸せそうに笑った。
「遅くなるとツナやおばさんが心配するから帰るよ。じゃあ、また明日、学校で」
山本に手を振りながらスクールバッグを抱え直し、レイは軽やかに走り去っていった。
その背中を少し浮ついたまま見送ってから、山本はハッとして呟いた。
「送ってった方が……よかったか……?」
恋人という称号を得たというのに、さっそく恋人らしいことを取り逃してしまった。
山本は熱の残る顔を仰ぎながら少し悩み、レイを追って駆け出した。
だって、もう少しだけでも一緒にいたいじゃないか。