一歩(2月その2)
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厚手のものを羽織った山本の後ろについて、1階に降りた。そこ裏口な、と指された場所に靴を置く。
「親父ー、ちょっと出るわ」
山本が店舗部分に顔を出して声を上げた。こちらに視線をやった剛に向かって、レイも頭を下げる。
そのまま見送られるかと思いきや、剛は客に「ちょっと失礼しますね」と告げ、何かを片手にこちらにやって来た。
「レイちゃん、ツナ君たちにこれ持ってきな」
差し出されたのはだし巻きと刺身の入った2つのタッパーだった。思わず受け取り、見た目以上の重さに驚く。
「え、こんなに?」
「大所帯だろ?お裾分けだ」
「で、でも」
「端っこで寿司には使いにくいとこでさ。余っちまったりするんだよなぁ」
だから、持ってってくれよ。な?
そう念押しされ、山本からも後押しするように笑いかけられれば、レイもこれ以上何も言えない。
「ありがとうございます」
「タッパー返すのはいつでもいいからな」
折ったばかりの紙袋を開いて、中にタッパーをしまう。
顔を上げると、優しい顔で剛はレイを見ていた。なんだろう、と見返せば、その優しい顔は笑顔に変わった。
「ついでにそいつのこと、頼んだよ!」
何を頼まれたのかよく分からないが、その表情から悪い意味ではないのだろうと思う。
首を傾げつつ「はい」と返せば、ちょっと赤くなった山本に「ほら、早く行こうぜ!」と背中押された。
声を上げて笑いながら手を振っている剛に改めて頭を下げて、裏口から外に出る。
ひんやりとした風を感じて、手に握ったままのマフラーを巻き直す。寒くはないが、巻くたびに叔母の笑顔を思い出しては嬉しくなるのだ。
ゆるく巻いてから、早々に薄暗くなった道を歩き出す。
「風つめてー!」
「うん」
「全然寒そうに見えねぇや」
「ひんやりはする」
「相変わらずだな。……勉強、どんな感じだ?」
「なんとか。リボーンにも、当日よっぽど何かなければ大丈夫だって言ってもらえた」
「そっか。ツナは?」
「ツナも多分、大丈夫だ。ちゃんとリボーンに褒められてた」
「んじゃ、一安心だな」
「ところで、本当にこんなにもらってよかったのか?」
「親父がいいっつったろ?大丈夫だって」
「普段、こういうところはどうしてる?」
「オレらで食ったり、今日みたいに誰かにお裾分けしたり、もっと小さいやつはあら汁に混ぜたり、色々だな」
「あら汁?」
「魚の骨とか頭みたいな、あんま食えないとこから取れた出汁で作る味噌汁」
「へえ、おいしそうだなぁ」
「めっちゃうまいぜ!イタリアにもねぇの?」
「煮込んでスープみたいにするってことなら……、ブロードとかかな。肉とか魚とか野菜とか、いろいろ種類がある」
「汁物に使うのか?」
「スープにもするし、他の料理のの味付けで使ったりもするはずだ」
「それもうまそうだな」
「おいしいよ。日本の出汁とはちょっと味が違うけど……、あ、雪」
「やっぱ降ってきたか。そういや、イタリアって雪多いのか?」
「いや、日本に比べればかなり少ない方じゃないかな。たまに降るくらいだし、積もったらパニックになる」
「あれ?冬のオリンピックやったよな?」
「それはイタリアでもかなり北の方だ。ローマもほとんど降らないし、ボクがいたところはもっと南だから全然」
「へぇ。知らなかった」
他愛もない会話がひたすら続く。ヒヤリとした粒が鼻先に落ちて溶けた。
隣を歩く山本の口元から白いモヤがふわふわと出ている。きっとレイの口元も同じだ。
ふと見回せば、見慣れた民家が目に入る。沢田家まで、あと5分も無いだろう。
「山本」
「ん?」
「寒いのに、一緒に歩いてくれてありがとう」
「オレが好きでやってるだけだから。……瀬切も、マフィン、本当にありがとな」
「うん」
ほんの少しでも共にいる時間を引き延ばそうとしてくれたことが、こんなにも嬉しい。
「あれ、チョコレートマフィン。1人で作ったのか?」
「いや、京子の家で、クロームとハルも一緒に」
「全員マフィン?」
「流石にお菓子はバラバラだ。3人も、山本に渡す分を作ってた。どれも美味しかったよ」
「そりゃ楽しみだ!……瀬切、なんか嬉しそうな顔してんな」
「すごく楽しかったんだ、ああやってみんなと一緒にお菓子作るの」
「そっか」
レイのただの思い出話を、山本が嬉しそうに聞いていることに気付いて、少しくすぐったい。でもそれすらも大切にしたい。
気付けば、沢田家はもう目の前だった。
行きよりも重くなった紙袋を右手に握り直して、玄関の前で足を止める。山本も同じように立ち止まった。
玄関に向かおうとしたら「瀬切」と呼び止められた。
振り向いた瞬間に、左手を軽く取られる。
寒さを感じにくいドールよりもあたたかい手だ。そして、レイを見るその目もやはり、あたたかい。
手を軽く握られた。
「……じゃ、また明日な」
優しい声と笑顔が、またゆっくりとレイの中に染み込んでいく。
その温もりを返すように、レイも山本の手を握り返した。
「うん。また明日」
照れくさくて、でもそれ以上に幸せで。
街灯の下、笑い合ってから手を離した。
玄関の扉を開ける。靴が一足、獄寺の分が減っているようだ。
昼の時と同じように、リビングからツナが顔を出した。
「おかえりー」
「ただいま。獄寺、帰ったのか?」
「ビアンキがもう戻ってくるらしくて……」
「ああ、それで」
靴を脱いで上がる。リビングから一歩出たツナが、穏やかな目でレイを見た。
「渡せた?」
ツナからのシンプルな問いに、レイも「渡せた」とシンプルに返した。「よかったじゃん」とツナが小さく笑う。
それからレイの紙袋を見て、首を傾げた。
「あれ、何か入ってる?」
「そうだ。これ、山本のお父さんにもらったんだ」
「何?」
「だし巻き玉子とお刺身」
「わ、めっちゃある!」
タッパーを見せれば、ツナから小さな歓声が上がった。
マフラーを取りながら、レイはキッチンに立つ奈々のところに小走りで向かった。
バレンタイン当日の2月14日、月曜日。
朝起きて、携帯のランプが明滅していることに気付いた。開けば山本からメールが届いていた。
「マフィンめっちゃ美味かった、ありがとう」
たった一文で、部屋の温度が5度ぐらい上がったような心地になる。
なんて返せばいいのか迷っているうちに、階下から奈々に「レイちゃーん。そろそろ起きなさーい」と呼ばれてしまった。
結果焦って「食べてくれてありがとう」という妙な返信をしてしまった。
朝食を終え、ツナと共に家を出る。宣言通り、獄寺は朝迎えに来なかった。
「本当に獄寺来なかったな」
そう呟いたレイに、ツナは「学校に着いたら分かる」と訳知り顔で言った。
果たしてツナの言うとおり、レイも獄寺の宣言の意味を理解した。
山本も獄寺も、その数多の女子に包囲されている。下級生もいるのだからすごいものだ。
おそらくこちらより早く学校に着いたであろう2人は、ツナとレイが教室についてもなお、廊下に拘束されている。
チョコレートのイベントに群がる人をテレビで見たが、その小規模バージョンといったところか。普段見ることのない日本人の熱量に、少し感動を覚えた。
この状態でツナと登校しようものなら、ツナも確実に巻き込まれたことだろう。
同時に、昨日のツナの「明日になったら山本に渡すタイミングないと思うから、今日渡しに行きなよ」という言葉を思い出す。
確かにこれは渡しには行けない。物理的には実行できるだろうが、精神的に無理だ。
ツナの席の横に立ち、廊下の喧騒をぼんやり眺めていたら軽く肘で突かれた。
「な、言っただろ?」
「うん、ありがとう」
礼を伝えると、ツナは「わ、素直」と茶化すように言ってくる。何か言い返してやろうかと思ったその時。
「ツナ君、レイちゃん、おはよう!」
きらめくような声が彼を呼び止めた。
ツナの顔が、寒さとは別系統で一気に色付いていく。
「きょ、京子ちゃん!おはよう!」
「おはよう、京子」
京子が持っている可愛らしい紙袋、あの色の紙袋は確か。
邪魔をしてはいけないなと、そっとツナの席を離れる。
少ししてからツナの上擦った嬉しそうな声が聞こえて、レイはこっそりと笑った。
「親父ー、ちょっと出るわ」
山本が店舗部分に顔を出して声を上げた。こちらに視線をやった剛に向かって、レイも頭を下げる。
そのまま見送られるかと思いきや、剛は客に「ちょっと失礼しますね」と告げ、何かを片手にこちらにやって来た。
「レイちゃん、ツナ君たちにこれ持ってきな」
差し出されたのはだし巻きと刺身の入った2つのタッパーだった。思わず受け取り、見た目以上の重さに驚く。
「え、こんなに?」
「大所帯だろ?お裾分けだ」
「で、でも」
「端っこで寿司には使いにくいとこでさ。余っちまったりするんだよなぁ」
だから、持ってってくれよ。な?
そう念押しされ、山本からも後押しするように笑いかけられれば、レイもこれ以上何も言えない。
「ありがとうございます」
「タッパー返すのはいつでもいいからな」
折ったばかりの紙袋を開いて、中にタッパーをしまう。
顔を上げると、優しい顔で剛はレイを見ていた。なんだろう、と見返せば、その優しい顔は笑顔に変わった。
「ついでにそいつのこと、頼んだよ!」
何を頼まれたのかよく分からないが、その表情から悪い意味ではないのだろうと思う。
首を傾げつつ「はい」と返せば、ちょっと赤くなった山本に「ほら、早く行こうぜ!」と背中押された。
声を上げて笑いながら手を振っている剛に改めて頭を下げて、裏口から外に出る。
ひんやりとした風を感じて、手に握ったままのマフラーを巻き直す。寒くはないが、巻くたびに叔母の笑顔を思い出しては嬉しくなるのだ。
ゆるく巻いてから、早々に薄暗くなった道を歩き出す。
「風つめてー!」
「うん」
「全然寒そうに見えねぇや」
「ひんやりはする」
「相変わらずだな。……勉強、どんな感じだ?」
「なんとか。リボーンにも、当日よっぽど何かなければ大丈夫だって言ってもらえた」
「そっか。ツナは?」
「ツナも多分、大丈夫だ。ちゃんとリボーンに褒められてた」
「んじゃ、一安心だな」
「ところで、本当にこんなにもらってよかったのか?」
「親父がいいっつったろ?大丈夫だって」
「普段、こういうところはどうしてる?」
「オレらで食ったり、今日みたいに誰かにお裾分けしたり、もっと小さいやつはあら汁に混ぜたり、色々だな」
「あら汁?」
「魚の骨とか頭みたいな、あんま食えないとこから取れた出汁で作る味噌汁」
「へえ、おいしそうだなぁ」
「めっちゃうまいぜ!イタリアにもねぇの?」
「煮込んでスープみたいにするってことなら……、ブロードとかかな。肉とか魚とか野菜とか、いろいろ種類がある」
「汁物に使うのか?」
「スープにもするし、他の料理のの味付けで使ったりもするはずだ」
「それもうまそうだな」
「おいしいよ。日本の出汁とはちょっと味が違うけど……、あ、雪」
「やっぱ降ってきたか。そういや、イタリアって雪多いのか?」
「いや、日本に比べればかなり少ない方じゃないかな。たまに降るくらいだし、積もったらパニックになる」
「あれ?冬のオリンピックやったよな?」
「それはイタリアでもかなり北の方だ。ローマもほとんど降らないし、ボクがいたところはもっと南だから全然」
「へぇ。知らなかった」
他愛もない会話がひたすら続く。ヒヤリとした粒が鼻先に落ちて溶けた。
隣を歩く山本の口元から白いモヤがふわふわと出ている。きっとレイの口元も同じだ。
ふと見回せば、見慣れた民家が目に入る。沢田家まで、あと5分も無いだろう。
「山本」
「ん?」
「寒いのに、一緒に歩いてくれてありがとう」
「オレが好きでやってるだけだから。……瀬切も、マフィン、本当にありがとな」
「うん」
ほんの少しでも共にいる時間を引き延ばそうとしてくれたことが、こんなにも嬉しい。
「あれ、チョコレートマフィン。1人で作ったのか?」
「いや、京子の家で、クロームとハルも一緒に」
「全員マフィン?」
「流石にお菓子はバラバラだ。3人も、山本に渡す分を作ってた。どれも美味しかったよ」
「そりゃ楽しみだ!……瀬切、なんか嬉しそうな顔してんな」
「すごく楽しかったんだ、ああやってみんなと一緒にお菓子作るの」
「そっか」
レイのただの思い出話を、山本が嬉しそうに聞いていることに気付いて、少しくすぐったい。でもそれすらも大切にしたい。
気付けば、沢田家はもう目の前だった。
行きよりも重くなった紙袋を右手に握り直して、玄関の前で足を止める。山本も同じように立ち止まった。
玄関に向かおうとしたら「瀬切」と呼び止められた。
振り向いた瞬間に、左手を軽く取られる。
寒さを感じにくいドールよりもあたたかい手だ。そして、レイを見るその目もやはり、あたたかい。
手を軽く握られた。
「……じゃ、また明日な」
優しい声と笑顔が、またゆっくりとレイの中に染み込んでいく。
その温もりを返すように、レイも山本の手を握り返した。
「うん。また明日」
照れくさくて、でもそれ以上に幸せで。
街灯の下、笑い合ってから手を離した。
玄関の扉を開ける。靴が一足、獄寺の分が減っているようだ。
昼の時と同じように、リビングからツナが顔を出した。
「おかえりー」
「ただいま。獄寺、帰ったのか?」
「ビアンキがもう戻ってくるらしくて……」
「ああ、それで」
靴を脱いで上がる。リビングから一歩出たツナが、穏やかな目でレイを見た。
「渡せた?」
ツナからのシンプルな問いに、レイも「渡せた」とシンプルに返した。「よかったじゃん」とツナが小さく笑う。
それからレイの紙袋を見て、首を傾げた。
「あれ、何か入ってる?」
「そうだ。これ、山本のお父さんにもらったんだ」
「何?」
「だし巻き玉子とお刺身」
「わ、めっちゃある!」
タッパーを見せれば、ツナから小さな歓声が上がった。
マフラーを取りながら、レイはキッチンに立つ奈々のところに小走りで向かった。
バレンタイン当日の2月14日、月曜日。
朝起きて、携帯のランプが明滅していることに気付いた。開けば山本からメールが届いていた。
「マフィンめっちゃ美味かった、ありがとう」
たった一文で、部屋の温度が5度ぐらい上がったような心地になる。
なんて返せばいいのか迷っているうちに、階下から奈々に「レイちゃーん。そろそろ起きなさーい」と呼ばれてしまった。
結果焦って「食べてくれてありがとう」という妙な返信をしてしまった。
朝食を終え、ツナと共に家を出る。宣言通り、獄寺は朝迎えに来なかった。
「本当に獄寺来なかったな」
そう呟いたレイに、ツナは「学校に着いたら分かる」と訳知り顔で言った。
果たしてツナの言うとおり、レイも獄寺の宣言の意味を理解した。
山本も獄寺も、その数多の女子に包囲されている。下級生もいるのだからすごいものだ。
おそらくこちらより早く学校に着いたであろう2人は、ツナとレイが教室についてもなお、廊下に拘束されている。
チョコレートのイベントに群がる人をテレビで見たが、その小規模バージョンといったところか。普段見ることのない日本人の熱量に、少し感動を覚えた。
この状態でツナと登校しようものなら、ツナも確実に巻き込まれたことだろう。
同時に、昨日のツナの「明日になったら山本に渡すタイミングないと思うから、今日渡しに行きなよ」という言葉を思い出す。
確かにこれは渡しには行けない。物理的には実行できるだろうが、精神的に無理だ。
ツナの席の横に立ち、廊下の喧騒をぼんやり眺めていたら軽く肘で突かれた。
「な、言っただろ?」
「うん、ありがとう」
礼を伝えると、ツナは「わ、素直」と茶化すように言ってくる。何か言い返してやろうかと思ったその時。
「ツナ君、レイちゃん、おはよう!」
きらめくような声が彼を呼び止めた。
ツナの顔が、寒さとは別系統で一気に色付いていく。
「きょ、京子ちゃん!おはよう!」
「おはよう、京子」
京子が持っている可愛らしい紙袋、あの色の紙袋は確か。
邪魔をしてはいけないなと、そっとツナの席を離れる。
少ししてからツナの上擦った嬉しそうな声が聞こえて、レイはこっそりと笑った。