閃光(2月その1)
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「くれるというのであれば、受け取ります」とだけ言い残して、骸は立ち去った。
山本の「骸に何かやるのか?」という質問をあいまいな笑顔でかわし、手を繋いだままレイを見る。
「レイ、大丈夫?」
「うん。そろそろ降りるよ、ごめん山本」
クロームが手を放し、山本が少し屈む。
が、山本の背中から降りたレイの膝は、即座に崩れた。
山本の手がレイの腕を掴んだことで、レイの体が地面とぶつかることはなかった。しかしレイ本人は目を白黒とさせていた。
「な、なんで……」
「やっぱ見た目以上に消耗してんじゃねぇか?」
ゆっくりレイを座り込ませた山本は、彼女の目の前で背を向けてしゃがみ込む。
その行動の意図を察したレイは、ちらりとクロームの顔を見てきた。
クロームが何も言わずにレイのスクールバッグを手に取れば、レイは観念したかのように山本の肩に手を伸ばした。
「オレのまで持ってもらってサンキューな。重くねえか?」
「大丈夫」
クロームの肩にはクロームとレイのスクールバッグ、そして山本のエナメルバッグが掛かっている。
自重すら支えられないレイはもちろん、レイをおぶっている山本の荷物をクロームが持つのは当然のことだ。
ちなみに重くないかと訊いてきた当人のエナメルバッグが一番軽い。教科書類は学校に置きっぱなしなのかもしれない。
レイは山本の背中でおとなしくしている。というよりまだ体が怠いのか、山本に全身を預けているような状態になっている。
隣で見ているクロームがそう感じるほどなのだから、背負っている山本はなおのことレイの状態がわかっていることだろう。
「ガス欠は何回もあったけど、しゃべるのがしんどいほど消耗したの初めてだよな?」
「うん」
「使い方とかは考えた方がいいな」
叱ったわけではないが、軽く諭すような言葉にレイが少しだけ唇を尖らせる。
文句を口走る前にクロームからも釘をさすことにした。
「あれ、1人の時にやらないでね」
レイは少し開きかけた口を閉じ、不承不承といった顔で首を縦に振った。冷静そうな顔をして、本当に負けず嫌いというか、根が素直というか。
「これからの手合わせの中でさっきの調整もメニューに入れようぜ」
朗らかな山本の声に、レイは「わかった」とまだ少しかすれた声で答える。
「にしても」と山本は明るく続けた。
「さっきのやつすごかったな!『プチXバーナー』って感じでさ!」
「ぷち……?」
2人の声の温度差に、クロームは小さく笑う。
山本らしい名付け方だ。軽妙で、しかしわかりやすい。
ツナのXバーナーに比べればはるかに弱く脆く、本家ではない亜流。しかし彼の灯す希望の炎はしっかりと受け継いでいる、芯のあるぬくもり。
問題点とすれば、その名称が妙にふわふわとしているということくらいか。
当のレイはというと、「うーん?」と首を傾げつつも反論するほどのものでもないようで。なんとなく、この呼び方がしばらく使われそうな予感がした。
雑談をしながら歩く。
山本はすでに高校の野球部に挨拶を済ませており、軽めではあるが個人練習の指導を受けているという。
こちらはまだ進学すら決まっていないのだから、彼だけ一段階先に進んでいることに、かすかな焦りを覚える。
入学後には本格的に練習が始まることだろう。そうなれば、レイとの手合わせの頻度も下がってしまうかもしれない。
早いところ気持ちを通わせてほしいなぁ、なんておせっかいなことを考えてしまう。
いつの間にかレイの口数がずいぶん減ってきたことに気づいた。
いつもよりずいぶんと高い位置にあるレイの顔を見れば、どうにも瞼が下がってきているようだ。眠いのかもしれない。
クロームが大丈夫かと聞こうとする前に、レイが口を開いた。
「……山本」
「どうした?」
「二刀流だった」
「ん?ああ、さっきな」
2人の会話を聞きながら、先ほどのことを思い出す。
クロームも、二振りの剣を握る山本を見るのは久しぶりだった。仲間としては非常に頼もしいが、術士としてはちょっと嫌な、山本の切り札。
「あれ、本気のときだけか?」
「本気?まあ本気っつうか、本気かなぁ」
山本のゆるい回答に反して、レイの顔はどんどんと不貞腐れていく。その顔が見えない山本は、首を傾げながら「何か気になったか?」とのんびり訊いている。
「二刀流、初めて見たけど、ボクってそんなに手加減されなきゃいけないほど……、弱いのか?」
「えっ」
レイが完全にすねた声色になってから、ようやく山本は気付いたようだ。
首を回して顔を見ようにも限界はある。何よりレイの方が限界に近付いてきたのか、山本の左肩に頬をべったりくっつけた状態で左の方を向いているので山本からは顔が見えない。
「て、手加減とかじゃねえって」
「じゃあ、なんで」
「道場で真剣使うなって言われてただろ?」
「外……」
「あー、確かに外じゃそうだけど」
おもしろいなぁ、とクロームは2人の応酬を眺めた。
誤解を解きたい山本と、眠気が強すぎて拗ねていることを一切隠せないレイ。会話がグダグダだ。
何より、山本が日常会話でこんな風に焦っている様子を、クロームは見たことがなかった。
「オレとしてもやっぱ一本の方がやりやすいんだよ。いや、やりやすいっつーか、なんつーか……、あれ。瀬切?」
困惑した山本の声に、クロームはレイの顔を覗き込む。彼女は山本に全身をあずけたままで目を閉じてしまっていた。
「寝ちゃったよ」
「マジか」
レイはツナだけでなく、近くにいる人から漏れ出る生命エネルギーも摂取している。
物理的な距離が近いほど受け取りやすいと言っていたし、山本からもらっているうちに心地よくなってしまったのだろう。雨の波動の効果も、もしかしたら多少はあったりするのかもしれない。
眉間は緩んでおり、ずいぶんとリラックスした表情で寝ている。
「レイ、すねちゃったね」
そう言えば、山本は「悪いことしたかなぁ」と苦笑した。
「手加減してたの?」
「んー、そういうつもりじゃねぇけど……。いや、そうかも……」
「そうかも?」
「だいぶ炎の扱いも様になってきたっつっても、まだ無茶するとダメみたいでな」
今回ほど露骨に消耗することはなくとも、炎を使いながらの戦いでガス欠を起こして崩れ落ちたり。
そもそも彼女の基本的な戦闘スタイルが死角から暗殺的に一撃で仕留めるか、あるいは遮蔽物の多い環境でヒットアンドアウェイで動き回るものだとか。
それを正面切った平場という、山本の土俵で戦っている。だから元々の実力差も相まって、どうしても山本がかなり優勢になってしまうのだろう。
「強くなりたいのはオレもわかるけど、無駄に怪我させたりキツい思いさせたいわけじゃねぇしさ」
「うん」
「でも、マジで負けず嫌いだよなぁ、瀬切」
努力家で負けず嫌いって、伸びるぜ。
その声が、顔が、とてもとても優しくて、クロームは思わず、ふふ、と笑ってしまった。
「変なこと言ったか?」
「ううん。山本君、レイのこと大好きなんだなって思っただけ」
「だ……」
クロームの直球な言葉に誤魔化すことすらできず、山本が硬直した。頬から耳にかけて真っ赤になっていて、真冬だというのに湯気が出そうだ。
表情は豊かだがどこか飄々としている彼の、こんな表情は初めて見た。
意識のないレイを背負っているから手で顔を隠すこともできず、大きなため息と共に彼はゆっくりと歩き出した。
「オレ、そんな分かりやすいか?」
開き直ったのか、そんなことを訊いてきた。
「そんなことはないと思うけど、ほら、レイの誕生日プレゼント」
「あー、アレな」
実際には梅雨前後から山本がレイを意識し始めていたことには気付いていたが、そこまで言う必要はないだろう。
山本は教室では上手く好意を隠せていると思う。
ただ、クロームがレイと一緒にいることが多く、結果的に山本からにじむ感情に触れる機会が多いだけの話だ。
同じ理由で、ツナと獄寺も察していることだろう。
「なあ、クローム」
「なに?」
「瀬切から聞いてたりするか?その……、オレのこと、どう、とか」
彼にしては非常に珍しくずいぶんと遠慮がちな、しかし気持ちを隠すことをやめたまっすぐな質問。
あたたかくて、くすぐったくて、そして笑顔になってしまう。
「私に訊かなくても、気付いてるでしょ?」
自分でもわかるほど楽し気な声になってしまった。
その答えに山本は少し目を泳がせた後、観念したように、しかし嬉しそうに笑った。
「まあ、な」
「瀬切がこんだけ寝てんの、オレ初めて見た」
「あんまり睡眠必要ないって言ってるもんね」
「授業中もちゃんと起きてるみたいだしな」
「レイ、山本君がよく寝てるから黒板が見やすいって言ってたよ」
「んじゃ、これからも瀬切のために寝とくか」
「そういう意味で言ってるわけじゃないと思う……」
レイの寝息を聞きながら他愛もない話をする。気付けば沢田家は目の前だ。
山本に「私一人だったらレイのこと運べなかったから、山本君がいてくれてよかった」と伝えれば、「役に立てたなら何よりだぜ」と軽い口調で返してくれた。
クロームは山本の肩から垂れたレイの腕を軽く叩く。
「レイ、レイ、起きて。家だよ」
「爆睡?」
「……みたい」
むずがる様子すらなく、安心しているとか気が緩んでいるとかのレベルではない。意識が落ちているという方が正しいような気がする。
呼吸もしているし手は温かいし、苦しそうな表情はしていないものの、少し不安になる。山本も少し眉根を寄せた。
「毎回この調子だと、ちょっと危ないかもな。うまいことバランス取れるようにしねぇと」
「うん」
「とりあえず、ツナに任せるか」という山本の言葉に頷いて、沢田家のインターホンを押す。
ツナかリボーン、最悪でもビアンキに出てきてほしい。ツナの母が出てきたら驚かせてしまいそうだ。
バタバタと足音が近づいてきて、玄関のドアが開く。出てきたのはツナとリボーンだった。
「山本、クローム」
「よ」
「こんにちは」
「珍しい組み合わせだね、どう……」
2人を見て不思議そうにするツナの目が、山本の肩のあたりで止まる。
「えっ、レイ!?」
顔を少し青ざめさせながら、ツナが駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの!?」
「とりあえず寝てるだけだと思うぜ」
その少し後ろから、リボーンが「何があった?」と訊くので、山本と共に敵に襲われたことを伝える。
「また、敵が……」
山本と共にレイの体を玄関に置きながら、ツナの顔が曇る。リングから飛び出してきたナッツも、レイの周りを心配そうにうろつきはじめた。
ツナの目がクロームの頬の小さな火傷と、倒れこんだ際についた服の汚れをとらえて、また悲しそうに揺れた。
それに気付いてか、山本は明るい声で「瀬切のプチXバーナー、すごかったぜ!」と言い放った。山本自身、響きが気に入ったのかもしれない。
ツナはそれにまんまと気を取られたようで、「は?ぷち……?」と目を丸くする。
助けと解説を求めるような視線が、おかしくて笑ってしまいそうだ。
「私達、幻覚に取り込まれたの。動きのない幻覚だったから、私も山本君もどうしたらいいかわからなくて。その時に山本くんがボスのXバーナーならって言ったの。そしたらレイが『やってみる』って」
「瀬切が短剣からぼわーっと炎ぶっ放して幻覚に切れ目はできたけど、こいつが急にすっ転んじまった」
「すぐに気を失っちゃったの?」
「ううん、10分くらい前までは起きてたんだけど……」
「なるほどな。人間でいうところの『疲れ過ぎて寝落ち』みてぇなもんだろ」
レイは一向に起きる気配はなく、すうすうと気持ちよさそうな寝息を立てている。
「これもオレが手握ってればいい?」
「ああ。死ぬ気の炎を出す感覚で握ってやるのが一番効率いいらしいぞ」
「わかるようなわからないような……」
首をかしげながら、ツナはレイの手を取って握り込んだ。リングからゆらり、と炎にも満たない柔い光が立ち上る。
「で、お前らで仕留めたのか?」
「骸様が助けてくれたの」
「城島と柿本もいてさ、そいつらが連れてった。相手は2人」
「そうか。クローム、今度骸から話を聞いておいてくれ」
リボーンの言葉に頷いた直後、ツナが「レイ」と呼びかけた。
はっとしてそちらを見れば、レイが小さな声を漏らしながら目を開けるところだった。
2、3回の瞬きの後、ツナの顔を見て「え?」と驚きながら体を起こした。
「え、ツナ?なんで?……家?」
見慣れた玄関、そして山本、クローム、リボーン、ナッツにも目をやっている。
じゃれついてくるナッツを困惑した顔で撫でるレイに、山本が笑う。
「途中で寝落ちたの、覚えてねぇか?」
「ボク、寝たのか?」
「そうだぜ」
レイの声は先ほどまでに比べ随分とはっきりしている。
何より体を起こせたのだ。
「立てる?」とツナに訊かれたレイは、少しだけふらつきながらも自力で立ち上がる。
クロームも手に触れたし、山本だってずっと背負っていたのに、それすら一瞬で凌駕する。ドールにとってオーナーというのは大きいのだなぁと、今更実感した。
「大丈夫?」
「クローム。うん、大丈夫だ」
いつもと同じ笑顔に、心が温かくなる。
「レイ」
「リボーン」
「話はこいつらにある程度聞いた。まあまあな無茶しやがって」
「う……」
「確かに『プチXバーナー』はお前の切り札になり得る。だが、リスクもしっかり念頭に入れとけ」
「動けなくなること?」
「ああ。敵が一掃できりゃいい。が、1人でも取り逃せばおしまいだ」
治癒力や再生力が高いとはいえ、運悪くコアを傷つけられたらおしまいだろ、というリボーンの言葉にみぞおちが冷える。いつだか聞いた、死んでしまえば遺体すら残らないという性質を思い出してしまう。
レイも分かっているようで、口を結んだまま頷く。
「とはいえ、そろそろ本格的に炎を武器として使う戦い方の幅も広げねぇとな。オレもたまにはアドバイスしてやるが、細かい調整には山本が付き合ってくれるだろ」
急に降られたにも関わらず、山本は「おう!」と元気よく応えた。その声に押されるように、レイも「ありがとう、頑張る」と笑う。
「ま、どっちにしても今日はやめとけ。つーか受験終わるまではお預けだ。今のお前らの本分は勉強だからな」
うん、と素直に頷くレイに少しだけ口角を上げてから、リボーンはツナの足を踏む。
「いった!」
「おいツナ、受験の話に何他人事みたいな顔してんだ。お前にも言ってんだぞ」
「えっ、オレ!?わ、わかってるよ!」
山本の「骸に何かやるのか?」という質問をあいまいな笑顔でかわし、手を繋いだままレイを見る。
「レイ、大丈夫?」
「うん。そろそろ降りるよ、ごめん山本」
クロームが手を放し、山本が少し屈む。
が、山本の背中から降りたレイの膝は、即座に崩れた。
山本の手がレイの腕を掴んだことで、レイの体が地面とぶつかることはなかった。しかしレイ本人は目を白黒とさせていた。
「な、なんで……」
「やっぱ見た目以上に消耗してんじゃねぇか?」
ゆっくりレイを座り込ませた山本は、彼女の目の前で背を向けてしゃがみ込む。
その行動の意図を察したレイは、ちらりとクロームの顔を見てきた。
クロームが何も言わずにレイのスクールバッグを手に取れば、レイは観念したかのように山本の肩に手を伸ばした。
「オレのまで持ってもらってサンキューな。重くねえか?」
「大丈夫」
クロームの肩にはクロームとレイのスクールバッグ、そして山本のエナメルバッグが掛かっている。
自重すら支えられないレイはもちろん、レイをおぶっている山本の荷物をクロームが持つのは当然のことだ。
ちなみに重くないかと訊いてきた当人のエナメルバッグが一番軽い。教科書類は学校に置きっぱなしなのかもしれない。
レイは山本の背中でおとなしくしている。というよりまだ体が怠いのか、山本に全身を預けているような状態になっている。
隣で見ているクロームがそう感じるほどなのだから、背負っている山本はなおのことレイの状態がわかっていることだろう。
「ガス欠は何回もあったけど、しゃべるのがしんどいほど消耗したの初めてだよな?」
「うん」
「使い方とかは考えた方がいいな」
叱ったわけではないが、軽く諭すような言葉にレイが少しだけ唇を尖らせる。
文句を口走る前にクロームからも釘をさすことにした。
「あれ、1人の時にやらないでね」
レイは少し開きかけた口を閉じ、不承不承といった顔で首を縦に振った。冷静そうな顔をして、本当に負けず嫌いというか、根が素直というか。
「これからの手合わせの中でさっきの調整もメニューに入れようぜ」
朗らかな山本の声に、レイは「わかった」とまだ少しかすれた声で答える。
「にしても」と山本は明るく続けた。
「さっきのやつすごかったな!『プチXバーナー』って感じでさ!」
「ぷち……?」
2人の声の温度差に、クロームは小さく笑う。
山本らしい名付け方だ。軽妙で、しかしわかりやすい。
ツナのXバーナーに比べればはるかに弱く脆く、本家ではない亜流。しかし彼の灯す希望の炎はしっかりと受け継いでいる、芯のあるぬくもり。
問題点とすれば、その名称が妙にふわふわとしているということくらいか。
当のレイはというと、「うーん?」と首を傾げつつも反論するほどのものでもないようで。なんとなく、この呼び方がしばらく使われそうな予感がした。
雑談をしながら歩く。
山本はすでに高校の野球部に挨拶を済ませており、軽めではあるが個人練習の指導を受けているという。
こちらはまだ進学すら決まっていないのだから、彼だけ一段階先に進んでいることに、かすかな焦りを覚える。
入学後には本格的に練習が始まることだろう。そうなれば、レイとの手合わせの頻度も下がってしまうかもしれない。
早いところ気持ちを通わせてほしいなぁ、なんておせっかいなことを考えてしまう。
いつの間にかレイの口数がずいぶん減ってきたことに気づいた。
いつもよりずいぶんと高い位置にあるレイの顔を見れば、どうにも瞼が下がってきているようだ。眠いのかもしれない。
クロームが大丈夫かと聞こうとする前に、レイが口を開いた。
「……山本」
「どうした?」
「二刀流だった」
「ん?ああ、さっきな」
2人の会話を聞きながら、先ほどのことを思い出す。
クロームも、二振りの剣を握る山本を見るのは久しぶりだった。仲間としては非常に頼もしいが、術士としてはちょっと嫌な、山本の切り札。
「あれ、本気のときだけか?」
「本気?まあ本気っつうか、本気かなぁ」
山本のゆるい回答に反して、レイの顔はどんどんと不貞腐れていく。その顔が見えない山本は、首を傾げながら「何か気になったか?」とのんびり訊いている。
「二刀流、初めて見たけど、ボクってそんなに手加減されなきゃいけないほど……、弱いのか?」
「えっ」
レイが完全にすねた声色になってから、ようやく山本は気付いたようだ。
首を回して顔を見ようにも限界はある。何よりレイの方が限界に近付いてきたのか、山本の左肩に頬をべったりくっつけた状態で左の方を向いているので山本からは顔が見えない。
「て、手加減とかじゃねえって」
「じゃあ、なんで」
「道場で真剣使うなって言われてただろ?」
「外……」
「あー、確かに外じゃそうだけど」
おもしろいなぁ、とクロームは2人の応酬を眺めた。
誤解を解きたい山本と、眠気が強すぎて拗ねていることを一切隠せないレイ。会話がグダグダだ。
何より、山本が日常会話でこんな風に焦っている様子を、クロームは見たことがなかった。
「オレとしてもやっぱ一本の方がやりやすいんだよ。いや、やりやすいっつーか、なんつーか……、あれ。瀬切?」
困惑した山本の声に、クロームはレイの顔を覗き込む。彼女は山本に全身をあずけたままで目を閉じてしまっていた。
「寝ちゃったよ」
「マジか」
レイはツナだけでなく、近くにいる人から漏れ出る生命エネルギーも摂取している。
物理的な距離が近いほど受け取りやすいと言っていたし、山本からもらっているうちに心地よくなってしまったのだろう。雨の波動の効果も、もしかしたら多少はあったりするのかもしれない。
眉間は緩んでおり、ずいぶんとリラックスした表情で寝ている。
「レイ、すねちゃったね」
そう言えば、山本は「悪いことしたかなぁ」と苦笑した。
「手加減してたの?」
「んー、そういうつもりじゃねぇけど……。いや、そうかも……」
「そうかも?」
「だいぶ炎の扱いも様になってきたっつっても、まだ無茶するとダメみたいでな」
今回ほど露骨に消耗することはなくとも、炎を使いながらの戦いでガス欠を起こして崩れ落ちたり。
そもそも彼女の基本的な戦闘スタイルが死角から暗殺的に一撃で仕留めるか、あるいは遮蔽物の多い環境でヒットアンドアウェイで動き回るものだとか。
それを正面切った平場という、山本の土俵で戦っている。だから元々の実力差も相まって、どうしても山本がかなり優勢になってしまうのだろう。
「強くなりたいのはオレもわかるけど、無駄に怪我させたりキツい思いさせたいわけじゃねぇしさ」
「うん」
「でも、マジで負けず嫌いだよなぁ、瀬切」
努力家で負けず嫌いって、伸びるぜ。
その声が、顔が、とてもとても優しくて、クロームは思わず、ふふ、と笑ってしまった。
「変なこと言ったか?」
「ううん。山本君、レイのこと大好きなんだなって思っただけ」
「だ……」
クロームの直球な言葉に誤魔化すことすらできず、山本が硬直した。頬から耳にかけて真っ赤になっていて、真冬だというのに湯気が出そうだ。
表情は豊かだがどこか飄々としている彼の、こんな表情は初めて見た。
意識のないレイを背負っているから手で顔を隠すこともできず、大きなため息と共に彼はゆっくりと歩き出した。
「オレ、そんな分かりやすいか?」
開き直ったのか、そんなことを訊いてきた。
「そんなことはないと思うけど、ほら、レイの誕生日プレゼント」
「あー、アレな」
実際には梅雨前後から山本がレイを意識し始めていたことには気付いていたが、そこまで言う必要はないだろう。
山本は教室では上手く好意を隠せていると思う。
ただ、クロームがレイと一緒にいることが多く、結果的に山本からにじむ感情に触れる機会が多いだけの話だ。
同じ理由で、ツナと獄寺も察していることだろう。
「なあ、クローム」
「なに?」
「瀬切から聞いてたりするか?その……、オレのこと、どう、とか」
彼にしては非常に珍しくずいぶんと遠慮がちな、しかし気持ちを隠すことをやめたまっすぐな質問。
あたたかくて、くすぐったくて、そして笑顔になってしまう。
「私に訊かなくても、気付いてるでしょ?」
自分でもわかるほど楽し気な声になってしまった。
その答えに山本は少し目を泳がせた後、観念したように、しかし嬉しそうに笑った。
「まあ、な」
「瀬切がこんだけ寝てんの、オレ初めて見た」
「あんまり睡眠必要ないって言ってるもんね」
「授業中もちゃんと起きてるみたいだしな」
「レイ、山本君がよく寝てるから黒板が見やすいって言ってたよ」
「んじゃ、これからも瀬切のために寝とくか」
「そういう意味で言ってるわけじゃないと思う……」
レイの寝息を聞きながら他愛もない話をする。気付けば沢田家は目の前だ。
山本に「私一人だったらレイのこと運べなかったから、山本君がいてくれてよかった」と伝えれば、「役に立てたなら何よりだぜ」と軽い口調で返してくれた。
クロームは山本の肩から垂れたレイの腕を軽く叩く。
「レイ、レイ、起きて。家だよ」
「爆睡?」
「……みたい」
むずがる様子すらなく、安心しているとか気が緩んでいるとかのレベルではない。意識が落ちているという方が正しいような気がする。
呼吸もしているし手は温かいし、苦しそうな表情はしていないものの、少し不安になる。山本も少し眉根を寄せた。
「毎回この調子だと、ちょっと危ないかもな。うまいことバランス取れるようにしねぇと」
「うん」
「とりあえず、ツナに任せるか」という山本の言葉に頷いて、沢田家のインターホンを押す。
ツナかリボーン、最悪でもビアンキに出てきてほしい。ツナの母が出てきたら驚かせてしまいそうだ。
バタバタと足音が近づいてきて、玄関のドアが開く。出てきたのはツナとリボーンだった。
「山本、クローム」
「よ」
「こんにちは」
「珍しい組み合わせだね、どう……」
2人を見て不思議そうにするツナの目が、山本の肩のあたりで止まる。
「えっ、レイ!?」
顔を少し青ざめさせながら、ツナが駆け寄ってきた。
「ど、どうしたの!?」
「とりあえず寝てるだけだと思うぜ」
その少し後ろから、リボーンが「何があった?」と訊くので、山本と共に敵に襲われたことを伝える。
「また、敵が……」
山本と共にレイの体を玄関に置きながら、ツナの顔が曇る。リングから飛び出してきたナッツも、レイの周りを心配そうにうろつきはじめた。
ツナの目がクロームの頬の小さな火傷と、倒れこんだ際についた服の汚れをとらえて、また悲しそうに揺れた。
それに気付いてか、山本は明るい声で「瀬切のプチXバーナー、すごかったぜ!」と言い放った。山本自身、響きが気に入ったのかもしれない。
ツナはそれにまんまと気を取られたようで、「は?ぷち……?」と目を丸くする。
助けと解説を求めるような視線が、おかしくて笑ってしまいそうだ。
「私達、幻覚に取り込まれたの。動きのない幻覚だったから、私も山本君もどうしたらいいかわからなくて。その時に山本くんがボスのXバーナーならって言ったの。そしたらレイが『やってみる』って」
「瀬切が短剣からぼわーっと炎ぶっ放して幻覚に切れ目はできたけど、こいつが急にすっ転んじまった」
「すぐに気を失っちゃったの?」
「ううん、10分くらい前までは起きてたんだけど……」
「なるほどな。人間でいうところの『疲れ過ぎて寝落ち』みてぇなもんだろ」
レイは一向に起きる気配はなく、すうすうと気持ちよさそうな寝息を立てている。
「これもオレが手握ってればいい?」
「ああ。死ぬ気の炎を出す感覚で握ってやるのが一番効率いいらしいぞ」
「わかるようなわからないような……」
首をかしげながら、ツナはレイの手を取って握り込んだ。リングからゆらり、と炎にも満たない柔い光が立ち上る。
「で、お前らで仕留めたのか?」
「骸様が助けてくれたの」
「城島と柿本もいてさ、そいつらが連れてった。相手は2人」
「そうか。クローム、今度骸から話を聞いておいてくれ」
リボーンの言葉に頷いた直後、ツナが「レイ」と呼びかけた。
はっとしてそちらを見れば、レイが小さな声を漏らしながら目を開けるところだった。
2、3回の瞬きの後、ツナの顔を見て「え?」と驚きながら体を起こした。
「え、ツナ?なんで?……家?」
見慣れた玄関、そして山本、クローム、リボーン、ナッツにも目をやっている。
じゃれついてくるナッツを困惑した顔で撫でるレイに、山本が笑う。
「途中で寝落ちたの、覚えてねぇか?」
「ボク、寝たのか?」
「そうだぜ」
レイの声は先ほどまでに比べ随分とはっきりしている。
何より体を起こせたのだ。
「立てる?」とツナに訊かれたレイは、少しだけふらつきながらも自力で立ち上がる。
クロームも手に触れたし、山本だってずっと背負っていたのに、それすら一瞬で凌駕する。ドールにとってオーナーというのは大きいのだなぁと、今更実感した。
「大丈夫?」
「クローム。うん、大丈夫だ」
いつもと同じ笑顔に、心が温かくなる。
「レイ」
「リボーン」
「話はこいつらにある程度聞いた。まあまあな無茶しやがって」
「う……」
「確かに『プチXバーナー』はお前の切り札になり得る。だが、リスクもしっかり念頭に入れとけ」
「動けなくなること?」
「ああ。敵が一掃できりゃいい。が、1人でも取り逃せばおしまいだ」
治癒力や再生力が高いとはいえ、運悪くコアを傷つけられたらおしまいだろ、というリボーンの言葉にみぞおちが冷える。いつだか聞いた、死んでしまえば遺体すら残らないという性質を思い出してしまう。
レイも分かっているようで、口を結んだまま頷く。
「とはいえ、そろそろ本格的に炎を武器として使う戦い方の幅も広げねぇとな。オレもたまにはアドバイスしてやるが、細かい調整には山本が付き合ってくれるだろ」
急に降られたにも関わらず、山本は「おう!」と元気よく応えた。その声に押されるように、レイも「ありがとう、頑張る」と笑う。
「ま、どっちにしても今日はやめとけ。つーか受験終わるまではお預けだ。今のお前らの本分は勉強だからな」
うん、と素直に頷くレイに少しだけ口角を上げてから、リボーンはツナの足を踏む。
「いった!」
「おいツナ、受験の話に何他人事みたいな顔してんだ。お前にも言ってんだぞ」
「えっ、オレ!?わ、わかってるよ!」