異種(1月その1)
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レイside
ツナの部屋を開けて声を掛ける。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん……、うつるから早く閉めろって……」
怠そうな声に苦笑しながら、レイは言う。
「言ってるだろ、ボクは風邪引かないって」
ツナが体調を崩した。いわゆる季節性のインフルエンザだ。
一昨日に喉が痛いと言い出し、昨日発熱して検査したら陽性だった。
幸い、今のところ沢田家で他に感染者はいなさそうだ。とにかくツナと遊びたがるランボを意地で隔離すれば、感染者は1人で済むだろう。
家を出て少し進むと、獄寺と山本、クロームがいた。
おはよう、と声を掛けると3人とも首を傾げる。
「おい、10代目はどうした」
「インフルエンザにかかっちゃった」
「んな……」
ガーンという音が聞こえそうなほど、獄寺はショックを受けた顔をしている。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「熱、高いの?」
山本とクロームも心配そうだった。
「昨日39℃くらい出たみたいだけど、今朝は37度台だって。でもちょっと辛そうだったな……」
感染症や発熱の苦しみは、人間ではないレイには分からない。わからないが、苦しそうなのを見るのは悲しくなる。
昨日からの苦しそうなツナを思い出して少し沈んでいると、クロームが「レイは大丈夫?」と訊いてきた。
「え?ボク?」
「確かに、家族でかかっちまったりするよな。オレも小学生の時に親父にうつしたことあるし」
山本の言葉で、レイはクロームの言わんとしたことを理解できた。なるほど、心配してくれてるのか。
「大丈夫。ドールだから感染も保菌もしないんだ」
そう返すと、クロームは「どういうこと?」と傾げる。
レイは昔のことを思い出しながら足を進めた。
「ボクはオートマタ・ドールだ。だから人間には影響があってもボクは平気なものがあったりするんだ」
キャバッローネにいた頃、ファミリー内で風邪が流行ってもレイとヒロヤの2人だけ掛からなかった、なんてことはしょっちゅうあった。
食中毒も同じで、みんながトイレやビニール袋にしがみつく中、同じものを食べたはずのヒロヤだけがあれこれ奔走していたのも覚えている。
「毒とかも一緒だな」
8歳の時だったはずだ。
ディーノの部屋にあったというクッキー缶。もらったはいいが、食べる余裕がなさそうだからということで受け取ってきたものだった。
先に一口食べたヒロヤは食べた瞬間に顔を顰め、レイに「これ、多分レイの好きな味じゃないよ」と言った。
そして幼いレイの背が届かない戸棚にしまったのだ。
どうしても諦められなかったレイは、ファミリーの誰かに理由を話して戸棚を開けてもらった。
そして一口食べて「にがい」と吐き出した。
「後で調べたら毒だったみたいでさ」
「ど、毒って……」
「神経毒って言ってたかな?すごく苦かったんだよな」
「……瀬切と兄貴の体は大丈夫だったのかよ?」
「うん、なんとも。戸棚開けてくれた人にその場で指突っ込まれて吐かされたけど、その時の方がきつかった。兄さんも後で胃洗浄だっけ?……されてたかな。必要ないけど」
ボクと兄さんだけが食べたから苦いで済んだけど、ディーノさんとか他の人が食べなくてよかったよ。
何の気なしに話していたが、相槌がないことに気付いて友人達の顔を見る。
3人が3人とも、なんとも言えない顔をしていた。
あ、話さない方がよかったかもしれない。
少し後悔するも、時すでに遅し。人間ではあり得ないエピソードの披露は終わってしまった。
ロマーリオから「そういう話をするときは相手の反応を見ながらゆっくり話せ」と言われたことを、今更ながら思い出す。
絶妙に気まずい空気のまま校門を抜け、昇降口へと向かった。
不安と後悔を抱えたまま午前中の授業を終える。
昼食をクロームと食べているときに「レイの体、不思議だね。私も人のこと言えないけど」と笑ってくれたので、少し気が楽になった。
レイ自身は、己の体や存在を誇りに思っている。
人形作家である父が、愛と希望を込めて命を吹き込んでくれたのだ。どうして負の感情など抱けようか。
でも、だからといって人と違うことに不安がないわけではない。それを周りの大切な人たちにどう思われるかが怖くないわけではない。
獄寺は、そして、山本は、この体のことを、存在を、どう思っただろう。
放課後、クロームは花と何か約束していたようで、手を振って帰っていった。
そのあとに獄寺が近付いてきて「10代目のお見舞いに行くから」と宣言をしてきた。
「ツナ、部屋に入れてくれないと思うけど」
「いや、護衛だから関係ねぇ!」
だからどこで護衛するんだ、とレイが訊く間もなく、獄寺はさっさと教室を出てしまった。
獄寺の背中と、呆れているレイの顔を見て、山本は「んじゃ、オレらも帰ろうぜ」と苦笑した。
山本と2人で人気のない道を歩きながら、他愛のない話をする。
横でゆらゆらと揺れている山本の手で、先月のことを思い出す。全身がムズムズとするが、レイから蒸し返す勇気はまだない。
それでももう一度手くらい繋げないだろうか。
そう思った瞬間、朝の山本の顔を思い出す。
風邪もひかない、毒も効かない。その話をした時のポカンとした顔は、あれはどういう心境だったのだろう。
不安が腹の底から湧き上がってきたと同時に、背筋に何かが駆け上った。即座に山本と目を合わせてその場から飛びのく。
ガツ、という重めの音を立てながら、何かが2人が立っていたコンクリートに突き刺さった。鉄の杭だろうか。
山本と背中を合わせるように立ち、周囲の気配を探る。
「どこだ?」
「わからない。でもそれより色々いる感じがする」
山本が「それ以上?」と首をかしげる。
「なんていうんだっけ。ナッツとか次郎とかの……」
「匣アニマルか?」
「それだ。そういうのが10くらい近くにいる」
死ぬ気の炎の塊のような、そんなものが周囲に浮いているような感じがするのだ。
これを感じ取れるのは、きっとレイ自身が彼らと近い存在だからだろう。
そういえば、山本が静かに竹刀を構える。
レイも首から下げたリングを右手の中指に通し、短剣に左手の指をかける。
ブン、と空気を震わせる音と共に何かが飛んできた。
迷わず短剣を振り抜く。ぶちゅ、と気持ちの悪い感触が手に伝わった。
「……蜂?」
レイの短剣に動きを止められたのは、人間の頭ほどの大きさの蜂だった。
短剣は蜂の胸の中心部に刺さっているが、それでもなお尻の針を刺そうとしている。ダガーを右手で引き抜き、最も炎を濃く感じる針の根本へと突き立てた。
しかしそれだけでは刃が通らない。
リングに炎を灯す。ダガーが燃え上がり、同時に刃が進む。
ピキ、と硬いものが割れる感触が手に伝わった。兄を殺した時と同じだ。
そして2秒後、蜂は動きを止めた。短剣とダガーが引き抜かれた蜂の死骸は、そのまま崩れることなく黄色い体液をこぼながらアスファルトに落ちる。
同時に上空からまた羽音が落ちてきた。
改めて見ると、その体は緑色の雷電を纏っている。雷の炎か。
「山本。さっきボクが2回目に刺した場所、そこだ」
「わかった」
竹刀の刃部が潰れて美しい炎を纏いながら鋼に変形した。そして陽の光を反射しながら振り上がる。
見惚れるような剣技で、2体の蜂の動きを止めた
相手の狙いは分からないが、少なくとも山本がボンゴレの次代雨の守護者だということは知れているはず。
蜂はともかく、人間の人数は分からない。しかし、多くはないだろう。山本の戦い方は大人数を一気に制圧するものではない。人数的に有利であれば正面から押してくる可能性が高いのだ。つまりレイが戦える存在だとは知らなかった可能性が高い。
おそらく相手は1人か多くても2人、さらに言えばジリ貧だ。
レイは4体目を仕留めながら民家の塀、そして屋根に上がって周囲を探る。
ビ、という音が聞こえて咄嗟に体を捻る。共に頬が少し熱くなり、遅れて痛みを感じる。
もう一度向かってくるそれを蹴り上げ、軽く跳躍しながら短剣を突き立てた。
その蜂には、なぜか尻の針がなかった。
下を見ると、山本の周囲にも何体か蜂が落ちており、処理が順調に進んでいることがわかる。
頬の血を拭う。
羽音とともに、新しい蜂が飛んでいく。その出所はすぐ近くの雑木林だ。そのまま山本に向かって飛んでいく蜂を、屋根から飛び降りついでに仕留めていく。
「雑木林にいると思う」
「んじゃ、行くか」
山本は更に1体を斬り捨てる。そして2人で雑木林へと駆けていく。
雑木林の中、一人の男が立っているのが見える。こちらを見て踵を返して逃げるが、同時にまた蜂を放ったのか、羽音が聞こえる
「ヤケクソかよ」
山本の呟きの通り、敵は追い込まれたのか一気に7体の蜂を放ってきた。
動きはどれも直線的なので苦労はしない。
雑木林の入り口ですぐにそれぞれ1体ずつを地面に落とす。もう1体、後ろに回られたことを察知して左手を振りぬいた瞬間だった。
「ぐっ……!」
レイは自身の右腕に突如走った激痛に息を詰める。
腕にはコンクリートに刺さっていたものと同様の、鉄の杭のようなものが刺さっている。
正しくは、二の腕を貫通して突き刺さっていた。
振り向けば、少し離れたとこをで浮遊する蜂の1匹、その尻に針がない。
そうか、針を飛ばすこともできるのか。
なるほど、屋根の上で遭遇した尻の針がなかった蜂は、最初に自分達を狙った個体だ。
野球をする山本の腕に当たらなくてよかった。
レイは歯を食いしばりながら、それを左手で引き抜く。制服が吸いきれない血が、バタバタと地面に落ちた。
「瀬切!!」
山本から咎めるような声が聞こえる。チラリと見たその顔は、傷口を見て引き攣っていた。
確かに本来人間であれば出血量を抑えるため、突き刺さったものは抜かないのが鉄則だろう。
人間だと思ってくれてるのかな、と場違いな暖かさと虚しさを感じながら、レイは軽く目を閉じる。
そしてまだ残る蜂を見据えながら口を開いた。
「山本、ボクはドールだって言っただろ?」
敵に聞かれない程度の声で、近くに駆け寄ってきた山本にだけ聞こえる声で話す。
「ボクはキミたちより痛覚も鈍い」
右腕を動かして見せる。痛いが、耐えられないほどではない。また血が落ちる。
「それだけじゃない」
それでもその出血量は、先ほどより少なくなっている。
「人間ならこういう時は抜かないほうがいい。でもボクは違う。さっさと抜いて、傷口を閉じさせた方が早い」
茫然としているのか山本は何も言わない。レイは薄く笑みを浮かべる。大丈夫だと、伝えたかった。
そしてもう一つ、覚えていてほしかった。
「忘れるなよ?ボクは人間じゃない」
視界の端で山本の目が丸くなり、そして息を呑む音が聞こえた。
朝の時の顔がレイの中でチラつく。
それを振り切るように短剣を握り直した瞬間。
「邪魔だよ」
並盛の住民であれば、誰もが反射的に背筋を伸ばす声が耳を掠めていく。
トンファーの一振りで蜂の半分が死に、もう一振りで全滅した。
「雲雀!?」
「こっちかい?」
山本の声は無視して、その眼は雑木林の奥を見ている。捕食者の目だ。
「並中の生徒への攻撃、道路の損傷、大きい蜂の羽音による風紀の乱れ。見逃す理由がない」
雲雀はレイたちが見ていた林に突っ込んでいく。悲鳴の1秒後、骨が砕かれるような音がここまで聞こえてきた。
「うわぁ……」
思わず同情のこもった声になってしまう。
十数秒後、雲雀が男を引きずって雑木林から出てきた。死んではいない。
雲雀から何かが投げ渡され、山本がキャッチした。男のカフスボタンだろうか、そこに刻印されているのは、おそらくファミリーの紋章だ。
雲雀はこちらに目もくれず、白昼堂々と意識のない男を引きずって歩いていく。
強さはもとより、後処理も全部やれそうな男だ。敵のことは雲雀に任せて、自分は帰宅したらリボーンにこれを見せないといけない。
キャバッローネにいたときにも見たことがある紋章なので、単純にボンゴレともキャバッローネとも敵対しているファミリーなのだろう。
「帰ろうか」
そう言って振り返って山本の顔を見て、レイは苦笑してしまった。
「……なんて顔してるんだよ」
痛みに耐えるような顔で、彼はまだレイの腕を見ている。
安心させたくて、レイは山本に自分の腕を見せた。
「大丈夫だ。ほら、もう血が止まってきた」
治癒力の高い体だ。血はもうじわりと滲むだけになっている。
それでも山本は眉間に皺を寄せ、口を真一文字に結んだままだ。
その顔を見て湧き上がってくるのは、寂しさだった。
嫌われてはいないだろう。しかし、レイの体のことは『気持ち悪い』と思われたかもしれない。
見せなければよかっただろうか。
でもいずれきっと、どうせ彼の前でこうなった。遅かれ早かれというやつだ。
せっかく気持ちが同じかなと思えたのにな。
でも、好きで居続けるだけなら許されるだろうか。
言葉には出さず、小さな落胆を1人で抱えようとした時だった。
山本は放り投げられた自身のスクールバッグに向かって歩き、その中に手を入れた。
そして、タオルを取り出してレイのところにズカズカと戻ってきた。
その表情は変わらない。
レイがどうしようかと迷っているうちに、山本はそのタオルを、もうほとんど血の止まっている傷口に巻き付けた。痛みに息が詰まる。
レイの右腕をタオルで覆った山本は、道に放り投げられていたレイのバックを左手で拾い、残った右手でレイの怪我をしてない方の手を握って歩き始めた。
何も考えられないまま、レイの体は手を引かれて動く。
何が起きているのかよく分からない。
しかし、山本がしっかりと手を握ってくれていることだけは分かる。
その手の温度に、まだ好きでいていいかもしれないと、少しだけ安心した。
ツナの部屋を開けて声を掛ける。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん……、うつるから早く閉めろって……」
怠そうな声に苦笑しながら、レイは言う。
「言ってるだろ、ボクは風邪引かないって」
ツナが体調を崩した。いわゆる季節性のインフルエンザだ。
一昨日に喉が痛いと言い出し、昨日発熱して検査したら陽性だった。
幸い、今のところ沢田家で他に感染者はいなさそうだ。とにかくツナと遊びたがるランボを意地で隔離すれば、感染者は1人で済むだろう。
家を出て少し進むと、獄寺と山本、クロームがいた。
おはよう、と声を掛けると3人とも首を傾げる。
「おい、10代目はどうした」
「インフルエンザにかかっちゃった」
「んな……」
ガーンという音が聞こえそうなほど、獄寺はショックを受けた顔をしている。
「おいおい、大丈夫かよ?」
「熱、高いの?」
山本とクロームも心配そうだった。
「昨日39℃くらい出たみたいだけど、今朝は37度台だって。でもちょっと辛そうだったな……」
感染症や発熱の苦しみは、人間ではないレイには分からない。わからないが、苦しそうなのを見るのは悲しくなる。
昨日からの苦しそうなツナを思い出して少し沈んでいると、クロームが「レイは大丈夫?」と訊いてきた。
「え?ボク?」
「確かに、家族でかかっちまったりするよな。オレも小学生の時に親父にうつしたことあるし」
山本の言葉で、レイはクロームの言わんとしたことを理解できた。なるほど、心配してくれてるのか。
「大丈夫。ドールだから感染も保菌もしないんだ」
そう返すと、クロームは「どういうこと?」と傾げる。
レイは昔のことを思い出しながら足を進めた。
「ボクはオートマタ・ドールだ。だから人間には影響があってもボクは平気なものがあったりするんだ」
キャバッローネにいた頃、ファミリー内で風邪が流行ってもレイとヒロヤの2人だけ掛からなかった、なんてことはしょっちゅうあった。
食中毒も同じで、みんながトイレやビニール袋にしがみつく中、同じものを食べたはずのヒロヤだけがあれこれ奔走していたのも覚えている。
「毒とかも一緒だな」
8歳の時だったはずだ。
ディーノの部屋にあったというクッキー缶。もらったはいいが、食べる余裕がなさそうだからということで受け取ってきたものだった。
先に一口食べたヒロヤは食べた瞬間に顔を顰め、レイに「これ、多分レイの好きな味じゃないよ」と言った。
そして幼いレイの背が届かない戸棚にしまったのだ。
どうしても諦められなかったレイは、ファミリーの誰かに理由を話して戸棚を開けてもらった。
そして一口食べて「にがい」と吐き出した。
「後で調べたら毒だったみたいでさ」
「ど、毒って……」
「神経毒って言ってたかな?すごく苦かったんだよな」
「……瀬切と兄貴の体は大丈夫だったのかよ?」
「うん、なんとも。戸棚開けてくれた人にその場で指突っ込まれて吐かされたけど、その時の方がきつかった。兄さんも後で胃洗浄だっけ?……されてたかな。必要ないけど」
ボクと兄さんだけが食べたから苦いで済んだけど、ディーノさんとか他の人が食べなくてよかったよ。
何の気なしに話していたが、相槌がないことに気付いて友人達の顔を見る。
3人が3人とも、なんとも言えない顔をしていた。
あ、話さない方がよかったかもしれない。
少し後悔するも、時すでに遅し。人間ではあり得ないエピソードの披露は終わってしまった。
ロマーリオから「そういう話をするときは相手の反応を見ながらゆっくり話せ」と言われたことを、今更ながら思い出す。
絶妙に気まずい空気のまま校門を抜け、昇降口へと向かった。
不安と後悔を抱えたまま午前中の授業を終える。
昼食をクロームと食べているときに「レイの体、不思議だね。私も人のこと言えないけど」と笑ってくれたので、少し気が楽になった。
レイ自身は、己の体や存在を誇りに思っている。
人形作家である父が、愛と希望を込めて命を吹き込んでくれたのだ。どうして負の感情など抱けようか。
でも、だからといって人と違うことに不安がないわけではない。それを周りの大切な人たちにどう思われるかが怖くないわけではない。
獄寺は、そして、山本は、この体のことを、存在を、どう思っただろう。
放課後、クロームは花と何か約束していたようで、手を振って帰っていった。
そのあとに獄寺が近付いてきて「10代目のお見舞いに行くから」と宣言をしてきた。
「ツナ、部屋に入れてくれないと思うけど」
「いや、護衛だから関係ねぇ!」
だからどこで護衛するんだ、とレイが訊く間もなく、獄寺はさっさと教室を出てしまった。
獄寺の背中と、呆れているレイの顔を見て、山本は「んじゃ、オレらも帰ろうぜ」と苦笑した。
山本と2人で人気のない道を歩きながら、他愛のない話をする。
横でゆらゆらと揺れている山本の手で、先月のことを思い出す。全身がムズムズとするが、レイから蒸し返す勇気はまだない。
それでももう一度手くらい繋げないだろうか。
そう思った瞬間、朝の山本の顔を思い出す。
風邪もひかない、毒も効かない。その話をした時のポカンとした顔は、あれはどういう心境だったのだろう。
不安が腹の底から湧き上がってきたと同時に、背筋に何かが駆け上った。即座に山本と目を合わせてその場から飛びのく。
ガツ、という重めの音を立てながら、何かが2人が立っていたコンクリートに突き刺さった。鉄の杭だろうか。
山本と背中を合わせるように立ち、周囲の気配を探る。
「どこだ?」
「わからない。でもそれより色々いる感じがする」
山本が「それ以上?」と首をかしげる。
「なんていうんだっけ。ナッツとか次郎とかの……」
「匣アニマルか?」
「それだ。そういうのが10くらい近くにいる」
死ぬ気の炎の塊のような、そんなものが周囲に浮いているような感じがするのだ。
これを感じ取れるのは、きっとレイ自身が彼らと近い存在だからだろう。
そういえば、山本が静かに竹刀を構える。
レイも首から下げたリングを右手の中指に通し、短剣に左手の指をかける。
ブン、と空気を震わせる音と共に何かが飛んできた。
迷わず短剣を振り抜く。ぶちゅ、と気持ちの悪い感触が手に伝わった。
「……蜂?」
レイの短剣に動きを止められたのは、人間の頭ほどの大きさの蜂だった。
短剣は蜂の胸の中心部に刺さっているが、それでもなお尻の針を刺そうとしている。ダガーを右手で引き抜き、最も炎を濃く感じる針の根本へと突き立てた。
しかしそれだけでは刃が通らない。
リングに炎を灯す。ダガーが燃え上がり、同時に刃が進む。
ピキ、と硬いものが割れる感触が手に伝わった。兄を殺した時と同じだ。
そして2秒後、蜂は動きを止めた。短剣とダガーが引き抜かれた蜂の死骸は、そのまま崩れることなく黄色い体液をこぼながらアスファルトに落ちる。
同時に上空からまた羽音が落ちてきた。
改めて見ると、その体は緑色の雷電を纏っている。雷の炎か。
「山本。さっきボクが2回目に刺した場所、そこだ」
「わかった」
竹刀の刃部が潰れて美しい炎を纏いながら鋼に変形した。そして陽の光を反射しながら振り上がる。
見惚れるような剣技で、2体の蜂の動きを止めた
相手の狙いは分からないが、少なくとも山本がボンゴレの次代雨の守護者だということは知れているはず。
蜂はともかく、人間の人数は分からない。しかし、多くはないだろう。山本の戦い方は大人数を一気に制圧するものではない。人数的に有利であれば正面から押してくる可能性が高いのだ。つまりレイが戦える存在だとは知らなかった可能性が高い。
おそらく相手は1人か多くても2人、さらに言えばジリ貧だ。
レイは4体目を仕留めながら民家の塀、そして屋根に上がって周囲を探る。
ビ、という音が聞こえて咄嗟に体を捻る。共に頬が少し熱くなり、遅れて痛みを感じる。
もう一度向かってくるそれを蹴り上げ、軽く跳躍しながら短剣を突き立てた。
その蜂には、なぜか尻の針がなかった。
下を見ると、山本の周囲にも何体か蜂が落ちており、処理が順調に進んでいることがわかる。
頬の血を拭う。
羽音とともに、新しい蜂が飛んでいく。その出所はすぐ近くの雑木林だ。そのまま山本に向かって飛んでいく蜂を、屋根から飛び降りついでに仕留めていく。
「雑木林にいると思う」
「んじゃ、行くか」
山本は更に1体を斬り捨てる。そして2人で雑木林へと駆けていく。
雑木林の中、一人の男が立っているのが見える。こちらを見て踵を返して逃げるが、同時にまた蜂を放ったのか、羽音が聞こえる
「ヤケクソかよ」
山本の呟きの通り、敵は追い込まれたのか一気に7体の蜂を放ってきた。
動きはどれも直線的なので苦労はしない。
雑木林の入り口ですぐにそれぞれ1体ずつを地面に落とす。もう1体、後ろに回られたことを察知して左手を振りぬいた瞬間だった。
「ぐっ……!」
レイは自身の右腕に突如走った激痛に息を詰める。
腕にはコンクリートに刺さっていたものと同様の、鉄の杭のようなものが刺さっている。
正しくは、二の腕を貫通して突き刺さっていた。
振り向けば、少し離れたとこをで浮遊する蜂の1匹、その尻に針がない。
そうか、針を飛ばすこともできるのか。
なるほど、屋根の上で遭遇した尻の針がなかった蜂は、最初に自分達を狙った個体だ。
野球をする山本の腕に当たらなくてよかった。
レイは歯を食いしばりながら、それを左手で引き抜く。制服が吸いきれない血が、バタバタと地面に落ちた。
「瀬切!!」
山本から咎めるような声が聞こえる。チラリと見たその顔は、傷口を見て引き攣っていた。
確かに本来人間であれば出血量を抑えるため、突き刺さったものは抜かないのが鉄則だろう。
人間だと思ってくれてるのかな、と場違いな暖かさと虚しさを感じながら、レイは軽く目を閉じる。
そしてまだ残る蜂を見据えながら口を開いた。
「山本、ボクはドールだって言っただろ?」
敵に聞かれない程度の声で、近くに駆け寄ってきた山本にだけ聞こえる声で話す。
「ボクはキミたちより痛覚も鈍い」
右腕を動かして見せる。痛いが、耐えられないほどではない。また血が落ちる。
「それだけじゃない」
それでもその出血量は、先ほどより少なくなっている。
「人間ならこういう時は抜かないほうがいい。でもボクは違う。さっさと抜いて、傷口を閉じさせた方が早い」
茫然としているのか山本は何も言わない。レイは薄く笑みを浮かべる。大丈夫だと、伝えたかった。
そしてもう一つ、覚えていてほしかった。
「忘れるなよ?ボクは人間じゃない」
視界の端で山本の目が丸くなり、そして息を呑む音が聞こえた。
朝の時の顔がレイの中でチラつく。
それを振り切るように短剣を握り直した瞬間。
「邪魔だよ」
並盛の住民であれば、誰もが反射的に背筋を伸ばす声が耳を掠めていく。
トンファーの一振りで蜂の半分が死に、もう一振りで全滅した。
「雲雀!?」
「こっちかい?」
山本の声は無視して、その眼は雑木林の奥を見ている。捕食者の目だ。
「並中の生徒への攻撃、道路の損傷、大きい蜂の羽音による風紀の乱れ。見逃す理由がない」
雲雀はレイたちが見ていた林に突っ込んでいく。悲鳴の1秒後、骨が砕かれるような音がここまで聞こえてきた。
「うわぁ……」
思わず同情のこもった声になってしまう。
十数秒後、雲雀が男を引きずって雑木林から出てきた。死んではいない。
雲雀から何かが投げ渡され、山本がキャッチした。男のカフスボタンだろうか、そこに刻印されているのは、おそらくファミリーの紋章だ。
雲雀はこちらに目もくれず、白昼堂々と意識のない男を引きずって歩いていく。
強さはもとより、後処理も全部やれそうな男だ。敵のことは雲雀に任せて、自分は帰宅したらリボーンにこれを見せないといけない。
キャバッローネにいたときにも見たことがある紋章なので、単純にボンゴレともキャバッローネとも敵対しているファミリーなのだろう。
「帰ろうか」
そう言って振り返って山本の顔を見て、レイは苦笑してしまった。
「……なんて顔してるんだよ」
痛みに耐えるような顔で、彼はまだレイの腕を見ている。
安心させたくて、レイは山本に自分の腕を見せた。
「大丈夫だ。ほら、もう血が止まってきた」
治癒力の高い体だ。血はもうじわりと滲むだけになっている。
それでも山本は眉間に皺を寄せ、口を真一文字に結んだままだ。
その顔を見て湧き上がってくるのは、寂しさだった。
嫌われてはいないだろう。しかし、レイの体のことは『気持ち悪い』と思われたかもしれない。
見せなければよかっただろうか。
でもいずれきっと、どうせ彼の前でこうなった。遅かれ早かれというやつだ。
せっかく気持ちが同じかなと思えたのにな。
でも、好きで居続けるだけなら許されるだろうか。
言葉には出さず、小さな落胆を1人で抱えようとした時だった。
山本は放り投げられた自身のスクールバッグに向かって歩き、その中に手を入れた。
そして、タオルを取り出してレイのところにズカズカと戻ってきた。
その表情は変わらない。
レイがどうしようかと迷っているうちに、山本はそのタオルを、もうほとんど血の止まっている傷口に巻き付けた。痛みに息が詰まる。
レイの右腕をタオルで覆った山本は、道に放り投げられていたレイのバックを左手で拾い、残った右手でレイの怪我をしてない方の手を握って歩き始めた。
何も考えられないまま、レイの体は手を引かれて動く。
何が起きているのかよく分からない。
しかし、山本がしっかりと手を握ってくれていることだけは分かる。
その手の温度に、まだ好きでいていいかもしれないと、少しだけ安心した。