接触(12月)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
週末、山本は道場の前で軽く体を動かしながらレイを待っていた。受験勉強の息抜きを兼ねて手合わせを行う約束をしているのだ。
道場周りの雑木林がある程度風を遮るとはいえ、顔にひたひたと冷たい空気がぶつかってくる。
ボディバッグの中には先日買ったレイへの誕生日プレゼントが入っている。京子達が行ったのとは別の雑貨店で購入した。
別に彼女達と同じ店の包装だからといって妙に勘繰られたりすることはないのだろうが、山本の気分の問題だった。
遠くから聞こえたかすかな足音に顔を上げれば、レイが小走りで近づいてくる。ここ数日ですっかり板についたマフラーが、彼女の動きに合わせて揺れていた。
「おまたせ」
本人は寒くないからか、マフラーはゆるく隙間だらけでまかれており、そのせいでただでさえ白くて柔らかそうなマフラーが余計にボリューミーに見えた。その上に強風でかき回された黒髪が乗っている。
「風すごかった」
「髪もすごいことになってるぜ」
「この後また動き回ってぼさぼさになるし、別にいいや」
プレゼントを渡そうと、ボディバッグのジッパーに指をかける。
そんな山本をよそに、レイはそわそわとマフラーを取る。そして、少しぎらついた目で山本を射抜いた。心臓が跳ねる。
だめだ、プレゼントは後回しだ。こんな目で見られてしまってはこちらだって。
「早くやろう。最近全然体動かせてなくてうずうずしてる」
「いいぜ!」
2人で道場の掃除を終え、扉の鍵をかける。
「ありがとう、楽しかった」
「オレも!」
レイが機嫌よく荷物を肩にかけ、ゆるくマフラーを巻く。
まだまだ負ける気はしないが、レイは飛躍した身体能力も、ツナから与えられる大空の波動もかなり使いこなせるようになってきている。今日だって何度ひやりとさせられたことか。
首だけ動かしてレイの方を見れば、彼女はリングに炎を灯す練習をしていた。普通の人間と違い、ドールの場合はコアではなくリングにだけ死ぬ気の炎を出力するのにはコツがいるのだそうだ。
すでにだいぶ慣れただろうに、レイはストイックにコツを体に叩き込んでいる。見るたびに純度が上がる炎は、ツナのそれには劣るが十分に鮮やかなオレンジをしていた。時折火花のように白い炎が弾けては消える。
ふ、とリングの炎が消えて、レイが山本の方を向いた。目が合う。先ほどまでの苛烈な色はなく、穏やかで好意的な色をしている。
その目に背中を押されるようにボディバッグのジッパーを開けて、白地に淡いグレーのラインが入った袋を手に取る。
柄にもない緊張に、苦笑しながら深呼吸をして、そしてレイに近付く。簡単に熱くなりそうな顔を、北風が冷ましてくれる。
一切の警戒もなくきょとんと山本を見る姿は無防備で、また静かに心を掴まれた。
「瀬切。手貸して」
不思議そうな顔をしながらも、疑うことなく手を出してくれる。その手を取って、小さな包みを乗せた。
「これ何?」
「遅れちまったけど、誕生日おめでとう!それプレゼントな」
「たん……、えっ!?」
丸くなった目が、山本と手のひらの上の包みを何度も往復する。
心底驚いているその様子に、喜びと照れが入り混じって声を上げて笑ってしまいそうだ。
「開けてくれよ。オレが勝手に選んだものだから、瀬切の好みじゃないかもしんねぇけど」
まだ驚いた顔をしたままレイは頷いて、封になっている金色のシールをそっとはがし始めた。包み紙が破れないように、その指はゆっくりと動く。
シールは剥がれ、その口から小さな青い塊が滑り落ちた。
「……アジサイ?」
そう、青いアジサイを模した小さなブローチだ。
京子たちと別れた後に入った店の中、その少し奥まった場所。何故かアクセサリーの棚ではなく衣類のエリアに、それはポツンと置かれていた。
木とも金属とも違うとろりとした不思議な光沢に目を引かれてまじまじと見ていると、店主であろう50代ほどの女性が近付いてきて「それね、焼き物よ」と教えてくれた。
潤いのある青色の中に、よく見ると白い花がいくつか描き込まれている。その小さな白い花々はレイに似合う気がして、気付けば「これください」と口に出していたのだった。
ブローチなんてどう使うのか、そもそもレイの好みの花なのかなんて全く考えずに買ってしまった。
果たして迷惑にならないだろうか。今更不安が顔を出して、隣の顔をちらりと盗み見た。
レイは、山本が初めて見るような笑顔を浮かべてブローチを見ていた。滅多なことでは色を変えない頬は薄く染まり、口角は感情を押し殺しきれずに上がっている。そして細められた目は、薄暗い中でもきらきらと揺れていた。
「ありがとう、すごく嬉しいよ」
「そっか、よかった」
喜んで暮れている。その事実に体のこわばりがゆっくりと消えていく。
レイは手のひらに乗せたブローチを、大事そうに指先で撫でる。
「この青色、キミの炎みたいな色ですごくきれいだ」
全く予想だにしていなかった言葉に、今度は山本が目を丸くする番だった。
そういえば雨の炎のせいか、山本のカラーはなんとなく青系統という空気が出来上がっている。そして、アジサイといえば雨の花。
全くそんなつもりはなかったが、これはあまりにもアレだ。
今更ながら、顔が熱くなって仕方ない。どうか気付かないでくれと願いながら、話を逸らす。
「こういうの、どんな時に付けるのか分かんねぇけど買っちまってさ。付けられなさそうなら家に置いといてくれよ」
「んー……」
体に付けると何かあったとき壊しそうだし、学校のカバン?さすがに風紀委員に怒られるかな。どうしよう。
ぶつぶつ言いながらレイが首をひねる。
ツナは「何かあげたら喜ぶと思うよ」と言っていたが、ここまでとは。
どうやって持ち歩くか真剣に悩む姿に、喜びと同時に普段抑え込んでいる恋心が胸の内で暴れる。
「今はここにする」
レイの指が動き、マフラーに青いブローチが付けられた。決して大きくはないのに、真っ白な土台に乗せられたせいか、その青がとても映えて見えた。
満足げに笑うその顔がとてもかわいくて、そして魔が差した。
「山本、本当にありが」
レイの声が耳元で途切れる。
それはそうだろう。レイの体は山本の腕に抱きしめられているのだから。
付き合っているわけでもない異性相手に、褒められた行為ではないことは分かっている。レイが困ってしまうことも分かっている。現に、レイは息を詰めたまま硬直してしまった。
それでも、今だけは許してほしかった。どうしても今だけは、この人を抱きしめたかったのだ。
全力疾走した後のような自身の拍動が、レイに伝わっているかもしれない。それでも構わなかった。
いつの間にか呼吸を再開したレイの息が、山本の肩を温め始めた。同時にレイの体の力が抜けていく。
もぞ、と動いたレイの体に、腕の力を少しだけ緩めた瞬間、今度は山本の息が止まった。
背中に誰かの腕が、手が、回されている。そして肩に誰かが緩く頭を預けている。
何も言わずにもう少しだけ強く抱きしめると、やり返すかのようにレイも腕に力をこめた。体がさらに密着する。
自分より小さいことはわかっていたが、こうしてみるとさらに小さく感じられた。動き回ってさらにぼさぼさになった髪が山本の頬をくすぐった。
防寒着の厚みが邪魔だな、と山本は思う。もっと近付きたい。
「なあ」
「うん?」
「これってイタリアでは当たり前だったりすんのか?」
「……どうだろうね」
「んだよそれ」
レイがクスクスと体を震わせるので、山本もつられて笑う。
心地よい空気の中で少し体を離せば、目が合った。レイははにかんだような笑みを浮かべている。
黒く、しかし光の反射が人間のものと少し異なる瞳が間近にある。
火に寄せられる蛾のように、山本はレイの顔に吸い寄せられていく。
鼻と鼻が触れ、まんまるに見開かれたレイの目を間近に見た。互いの呼気がぶつかっている。温かい。
ようやく気付いた。
無意識に、恐ろしいほど近付いていたことに気付いた。ばくん、と心臓が暴れる。
硬直している山本に、レイの目が和らいだ。
「続き、しないのか?」
「していいのか?」
「うーん、わからない」
「本当になんだよそれ……。とにかくごめん」
謝りながらゆっくりと体を離した。
今度こそ2人の間に冷たい空気が入り込む。俯いてしまったレイの表情はわからない。
胴が離れ、腕が離れ。最後に手が離れていくと思っていた。
「え」
山本の左手は、何故かレイの右手と結ばれている。いや、山本の手は脱力しているので、結んでいるのはレイの手だ。
「その、もう少しだけ……」
小さく、懇願するような声が鼓膜を打つ。
そんな風に言われたらどうしようもないじゃないか。
その手を握り返す。
そして、ゆっくりと家路を歩き始めた。
道場周りの雑木林がある程度風を遮るとはいえ、顔にひたひたと冷たい空気がぶつかってくる。
ボディバッグの中には先日買ったレイへの誕生日プレゼントが入っている。京子達が行ったのとは別の雑貨店で購入した。
別に彼女達と同じ店の包装だからといって妙に勘繰られたりすることはないのだろうが、山本の気分の問題だった。
遠くから聞こえたかすかな足音に顔を上げれば、レイが小走りで近づいてくる。ここ数日ですっかり板についたマフラーが、彼女の動きに合わせて揺れていた。
「おまたせ」
本人は寒くないからか、マフラーはゆるく隙間だらけでまかれており、そのせいでただでさえ白くて柔らかそうなマフラーが余計にボリューミーに見えた。その上に強風でかき回された黒髪が乗っている。
「風すごかった」
「髪もすごいことになってるぜ」
「この後また動き回ってぼさぼさになるし、別にいいや」
プレゼントを渡そうと、ボディバッグのジッパーに指をかける。
そんな山本をよそに、レイはそわそわとマフラーを取る。そして、少しぎらついた目で山本を射抜いた。心臓が跳ねる。
だめだ、プレゼントは後回しだ。こんな目で見られてしまってはこちらだって。
「早くやろう。最近全然体動かせてなくてうずうずしてる」
「いいぜ!」
2人で道場の掃除を終え、扉の鍵をかける。
「ありがとう、楽しかった」
「オレも!」
レイが機嫌よく荷物を肩にかけ、ゆるくマフラーを巻く。
まだまだ負ける気はしないが、レイは飛躍した身体能力も、ツナから与えられる大空の波動もかなり使いこなせるようになってきている。今日だって何度ひやりとさせられたことか。
首だけ動かしてレイの方を見れば、彼女はリングに炎を灯す練習をしていた。普通の人間と違い、ドールの場合はコアではなくリングにだけ死ぬ気の炎を出力するのにはコツがいるのだそうだ。
すでにだいぶ慣れただろうに、レイはストイックにコツを体に叩き込んでいる。見るたびに純度が上がる炎は、ツナのそれには劣るが十分に鮮やかなオレンジをしていた。時折火花のように白い炎が弾けては消える。
ふ、とリングの炎が消えて、レイが山本の方を向いた。目が合う。先ほどまでの苛烈な色はなく、穏やかで好意的な色をしている。
その目に背中を押されるようにボディバッグのジッパーを開けて、白地に淡いグレーのラインが入った袋を手に取る。
柄にもない緊張に、苦笑しながら深呼吸をして、そしてレイに近付く。簡単に熱くなりそうな顔を、北風が冷ましてくれる。
一切の警戒もなくきょとんと山本を見る姿は無防備で、また静かに心を掴まれた。
「瀬切。手貸して」
不思議そうな顔をしながらも、疑うことなく手を出してくれる。その手を取って、小さな包みを乗せた。
「これ何?」
「遅れちまったけど、誕生日おめでとう!それプレゼントな」
「たん……、えっ!?」
丸くなった目が、山本と手のひらの上の包みを何度も往復する。
心底驚いているその様子に、喜びと照れが入り混じって声を上げて笑ってしまいそうだ。
「開けてくれよ。オレが勝手に選んだものだから、瀬切の好みじゃないかもしんねぇけど」
まだ驚いた顔をしたままレイは頷いて、封になっている金色のシールをそっとはがし始めた。包み紙が破れないように、その指はゆっくりと動く。
シールは剥がれ、その口から小さな青い塊が滑り落ちた。
「……アジサイ?」
そう、青いアジサイを模した小さなブローチだ。
京子たちと別れた後に入った店の中、その少し奥まった場所。何故かアクセサリーの棚ではなく衣類のエリアに、それはポツンと置かれていた。
木とも金属とも違うとろりとした不思議な光沢に目を引かれてまじまじと見ていると、店主であろう50代ほどの女性が近付いてきて「それね、焼き物よ」と教えてくれた。
潤いのある青色の中に、よく見ると白い花がいくつか描き込まれている。その小さな白い花々はレイに似合う気がして、気付けば「これください」と口に出していたのだった。
ブローチなんてどう使うのか、そもそもレイの好みの花なのかなんて全く考えずに買ってしまった。
果たして迷惑にならないだろうか。今更不安が顔を出して、隣の顔をちらりと盗み見た。
レイは、山本が初めて見るような笑顔を浮かべてブローチを見ていた。滅多なことでは色を変えない頬は薄く染まり、口角は感情を押し殺しきれずに上がっている。そして細められた目は、薄暗い中でもきらきらと揺れていた。
「ありがとう、すごく嬉しいよ」
「そっか、よかった」
喜んで暮れている。その事実に体のこわばりがゆっくりと消えていく。
レイは手のひらに乗せたブローチを、大事そうに指先で撫でる。
「この青色、キミの炎みたいな色ですごくきれいだ」
全く予想だにしていなかった言葉に、今度は山本が目を丸くする番だった。
そういえば雨の炎のせいか、山本のカラーはなんとなく青系統という空気が出来上がっている。そして、アジサイといえば雨の花。
全くそんなつもりはなかったが、これはあまりにもアレだ。
今更ながら、顔が熱くなって仕方ない。どうか気付かないでくれと願いながら、話を逸らす。
「こういうの、どんな時に付けるのか分かんねぇけど買っちまってさ。付けられなさそうなら家に置いといてくれよ」
「んー……」
体に付けると何かあったとき壊しそうだし、学校のカバン?さすがに風紀委員に怒られるかな。どうしよう。
ぶつぶつ言いながらレイが首をひねる。
ツナは「何かあげたら喜ぶと思うよ」と言っていたが、ここまでとは。
どうやって持ち歩くか真剣に悩む姿に、喜びと同時に普段抑え込んでいる恋心が胸の内で暴れる。
「今はここにする」
レイの指が動き、マフラーに青いブローチが付けられた。決して大きくはないのに、真っ白な土台に乗せられたせいか、その青がとても映えて見えた。
満足げに笑うその顔がとてもかわいくて、そして魔が差した。
「山本、本当にありが」
レイの声が耳元で途切れる。
それはそうだろう。レイの体は山本の腕に抱きしめられているのだから。
付き合っているわけでもない異性相手に、褒められた行為ではないことは分かっている。レイが困ってしまうことも分かっている。現に、レイは息を詰めたまま硬直してしまった。
それでも、今だけは許してほしかった。どうしても今だけは、この人を抱きしめたかったのだ。
全力疾走した後のような自身の拍動が、レイに伝わっているかもしれない。それでも構わなかった。
いつの間にか呼吸を再開したレイの息が、山本の肩を温め始めた。同時にレイの体の力が抜けていく。
もぞ、と動いたレイの体に、腕の力を少しだけ緩めた瞬間、今度は山本の息が止まった。
背中に誰かの腕が、手が、回されている。そして肩に誰かが緩く頭を預けている。
何も言わずにもう少しだけ強く抱きしめると、やり返すかのようにレイも腕に力をこめた。体がさらに密着する。
自分より小さいことはわかっていたが、こうしてみるとさらに小さく感じられた。動き回ってさらにぼさぼさになった髪が山本の頬をくすぐった。
防寒着の厚みが邪魔だな、と山本は思う。もっと近付きたい。
「なあ」
「うん?」
「これってイタリアでは当たり前だったりすんのか?」
「……どうだろうね」
「んだよそれ」
レイがクスクスと体を震わせるので、山本もつられて笑う。
心地よい空気の中で少し体を離せば、目が合った。レイははにかんだような笑みを浮かべている。
黒く、しかし光の反射が人間のものと少し異なる瞳が間近にある。
火に寄せられる蛾のように、山本はレイの顔に吸い寄せられていく。
鼻と鼻が触れ、まんまるに見開かれたレイの目を間近に見た。互いの呼気がぶつかっている。温かい。
ようやく気付いた。
無意識に、恐ろしいほど近付いていたことに気付いた。ばくん、と心臓が暴れる。
硬直している山本に、レイの目が和らいだ。
「続き、しないのか?」
「していいのか?」
「うーん、わからない」
「本当になんだよそれ……。とにかくごめん」
謝りながらゆっくりと体を離した。
今度こそ2人の間に冷たい空気が入り込む。俯いてしまったレイの表情はわからない。
胴が離れ、腕が離れ。最後に手が離れていくと思っていた。
「え」
山本の左手は、何故かレイの右手と結ばれている。いや、山本の手は脱力しているので、結んでいるのはレイの手だ。
「その、もう少しだけ……」
小さく、懇願するような声が鼓膜を打つ。
そんな風に言われたらどうしようもないじゃないか。
その手を握り返す。
そして、ゆっくりと家路を歩き始めた。