盟友(11月)
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奈々に挨拶を済ませて、ビアンキと顔を合わせないよう一段飛ばしで上った沢田家の廊下、そこで見慣れた姿がしゃがみ込んでいる。
こんなところで蹲っているのを見れば、きっと獄寺が敬愛する人は心配するに違いない。
「おい、何してんだテメェ」
雑に掛けた声で、その影がもぞと動いて顔を上げた。
近くに立つ獄寺の顔を見たレイは声を発することなく、しかし返答するように少し体をずらした。
彼女の陰に隠れていたものを見て、獄寺の喉から「ああ」と納得の音が漏れる。
レイの手は、廊下で陽に当たりながら気持ちよさそうに寝そべっているナッツの腹を往復していた。
しかし、肝心の主がいない。
「10代目は?」
「小テストの成績が悪過ぎて、部屋でリボーンが教え込んでる」
今度は悲壮感に満ちたで「ああ……」と呟いてしまう。ツナの顔を見れない悲しさと、リボーンに詰められているであろうことへの同情。
さすがの獄寺も、相手がリボーンである以上はツナの助太刀に入ることはできない。
不意に腹のあたりがもぞりと動く。
嫌な予感がして視線を向ければ、赤い炎を飛ばす猫がいた。にょおん、と独特な鳴き声を発している。
「あ、瓜」
「おまっ、また勝手に出やがって」
いつの間にかバックルから飛び出した猫を獄寺が捕まえようとするも、瓜はあざ笑うかのようにするんと腕を抜ける。
一切悪びれる様子なく、白昼堂々人様のお宅の窓台で日向ぼっこを始めてしまった。
ため息を吐く獄寺に、レイはふっ、と笑いの息を漏らす。
瓜の耳や尾から漏れる嵐の火の粉が、いくつかレイの顔に当たり、炎が消える前にじわりと肌に染み込んだ。普通であれば火の粉が眼前に飛んでくれば驚いて身を引くものだ。
これを完全に受け入れているのは、これが彼女にとってただのエネルギー源でしかないこと、そして人でないことの証左だろうか。
ちらとレイの顔を覗き見れば、少し眠たげな顔をしていた。手のひらからナッツの、窓から瓜の嵐の炎を浴びて心地いいのだろうか。
そもそも死ぬ気の炎を外部から取り込んで心地いいものなのか、獄寺には分かるはずもない。
「獄寺」
低い位置に目を向ければ、ツナより少し勝気そうな目がこちらを向いていた。
「未来のことって難しいな」
レイは廊下に腰を下ろしたまま、改めてナッツのたてがみに指を突っ込む。ぐるぐると心地よさそうな音が廊下に流れた。
獄寺もその隣にしゃがむ。
「……ボンゴレの継承のことか」
ボリュームを落として問えば、レイは頷いて小さく溜息を吐いた。
「ディーノさんと話してるの、少しだけ盗み聞きしちゃったんだ」
ナッツが体を震わせると、オレンジ色の火の粉がふわりと廊下に舞う。
「ツナはリングが自分達専用になったことを気にしてた。あと、本来、こっちの世界と関係のない人だって巻き込んだのに、それを今更覆していいのかって」
相変わらず優しい人だ。
ツナが特に気を病んでいるのは特に山本と了平のことだろう。
初めこそ理解せずに巻き込まれていたのだろうが、今となっては2人とも理解をした上で腹を括っている。そして、ツナの選択に異を唱えることはきっとない。
他の面々も、骸以外がツナの選択に反対するとは思えない。骸だってツナがボスにならないと選択すれば、裏社会の中枢に入り込めないことを残念がりこそすれ、どうせ別のルートを活き活きと探し始めるに決まっている。
「大丈夫だとお伝えしても、10代目はきっと悩まれるだろうな」
どこまでも争いに向かない精神だ。
だからこそ肥大化しすぎたボンゴレを託したいという9代目の想いがあり。さらに言えば初代からも先のボンゴレを託されている。
ツナの中ではボスになる覚悟が静かに育っていることくらい、共にいればある程度察しはつく。
しかし、本人が強く自覚するには至っていない。
故に9代目からのあの手紙がツナをかき乱したのだろう。
「返事、本当に3年も待ってくれるかな」
身を捩って手にじゃれつくナッツをあしらいながらも、レイの横顔には憂いが滲んでいる。
あの手紙の通り、9代目の年齢を考えれば後継者問題をあまり先延ばしにはできない。
大きい組織であるが故、後継者が確定していない状態で「我こそは」と目論むものも少なくない。
リミットを設けたのはボンゴレの存続だけに留まらず、何よりもツナやその周辺を守るための措置でもあることくらい、きっとツナも理解をしている。
9代目の目が黒いうちに継がないことを明言できれば、可能な限り安全な逃げ道を用意してくれることだろう。人畜無害な好々爺に見えるが、あれで数十年間ボンゴレを統治したのだ。
しかし、本人の気力だけではどうしようもないこともある。
9代目自身が約束を反故にする気がなくとも、数年後を楽観視できない程度に高齢であることは間違いはない。
重篤な病に侵されないか、思考や記憶力に異常が出ていないか、何より存命であるか。
9代目の守護者達はボスの意向を汲んで動くことだろうが、それ以外の者たちがどう動くかなど予想もつかなかった。
極東の島から突然生えたような次代ボスに、いい感情を抱くものばかりではない。
あからさまに反発する者も、ボスだけでなく守護者全体が若く経験が浅いのをいいことに、傀儡にしようと画策する者も出てくるだろう。
できればツナがボスとなってから数年、先代が後ろにいてくれるのが望ましい。
「獄寺」
「んだよ」
「先に言っておくんだけどさ」
ナッツを抱き上げ、たてがみに顔を埋めながら彼女はくぐもった声で言葉を続けた。
「もしも、ツナがボスになってから『やっぱり辞めたい』って言ったら、ボクは何が何でもツナを逃がすから」
たてがみから顔を離したレイが、覚悟を決めたかのように獄寺の目を見て、薄い唇をはっきりと動かした。
「ツナがオーナーだからとかじゃない。ボクは従妹として、家族としてツナに幸せであってほしい。そのためなら、きっとキミ達にだって剣を向けられる」
獄寺を見据える底のないような真っ黒な目の奥に、彼女がヒトでないことの証を見たような気がした。
生きているはずの、ヒトではない何かが瀬切レイだ。
しかし恐怖は一切ない。害意がないだけではない、彼女が自分と同じものを見ているのだという確信があったからだった。
口端を持ち上げ、逆に見詰め返す。
「オレは10代目の右腕だ」
「ああ」
「呼び方なんてただの癖でしかねぇ。オレは、最初から最後まで沢田綱吉さんのために生きる」
命を救われたあの日から変わることなく、むしろ日に日に盤石になっていく覚悟の核だった。
「あの方の願いのために動く覚悟なんてのはな、テメェが決めるよりも前から決まってんだよ」
躊躇いのない獄寺の言葉に、レイの目元が柔く緩む。
「なら、よかった」
どこか嬉しそうにレイがそういったタイミングで、瓜が獄寺の頭めがけて飛び乗ってくる。首に衝撃を感じてから、逃げられないように即座に瓜の首根っこを引っ掴めば、ふぎゃふぎゃと抗議の声が上がった。
こんなところで蹲っているのを見れば、きっと獄寺が敬愛する人は心配するに違いない。
「おい、何してんだテメェ」
雑に掛けた声で、その影がもぞと動いて顔を上げた。
近くに立つ獄寺の顔を見たレイは声を発することなく、しかし返答するように少し体をずらした。
彼女の陰に隠れていたものを見て、獄寺の喉から「ああ」と納得の音が漏れる。
レイの手は、廊下で陽に当たりながら気持ちよさそうに寝そべっているナッツの腹を往復していた。
しかし、肝心の主がいない。
「10代目は?」
「小テストの成績が悪過ぎて、部屋でリボーンが教え込んでる」
今度は悲壮感に満ちたで「ああ……」と呟いてしまう。ツナの顔を見れない悲しさと、リボーンに詰められているであろうことへの同情。
さすがの獄寺も、相手がリボーンである以上はツナの助太刀に入ることはできない。
不意に腹のあたりがもぞりと動く。
嫌な予感がして視線を向ければ、赤い炎を飛ばす猫がいた。にょおん、と独特な鳴き声を発している。
「あ、瓜」
「おまっ、また勝手に出やがって」
いつの間にかバックルから飛び出した猫を獄寺が捕まえようとするも、瓜はあざ笑うかのようにするんと腕を抜ける。
一切悪びれる様子なく、白昼堂々人様のお宅の窓台で日向ぼっこを始めてしまった。
ため息を吐く獄寺に、レイはふっ、と笑いの息を漏らす。
瓜の耳や尾から漏れる嵐の火の粉が、いくつかレイの顔に当たり、炎が消える前にじわりと肌に染み込んだ。普通であれば火の粉が眼前に飛んでくれば驚いて身を引くものだ。
これを完全に受け入れているのは、これが彼女にとってただのエネルギー源でしかないこと、そして人でないことの証左だろうか。
ちらとレイの顔を覗き見れば、少し眠たげな顔をしていた。手のひらからナッツの、窓から瓜の嵐の炎を浴びて心地いいのだろうか。
そもそも死ぬ気の炎を外部から取り込んで心地いいものなのか、獄寺には分かるはずもない。
「獄寺」
低い位置に目を向ければ、ツナより少し勝気そうな目がこちらを向いていた。
「未来のことって難しいな」
レイは廊下に腰を下ろしたまま、改めてナッツのたてがみに指を突っ込む。ぐるぐると心地よさそうな音が廊下に流れた。
獄寺もその隣にしゃがむ。
「……ボンゴレの継承のことか」
ボリュームを落として問えば、レイは頷いて小さく溜息を吐いた。
「ディーノさんと話してるの、少しだけ盗み聞きしちゃったんだ」
ナッツが体を震わせると、オレンジ色の火の粉がふわりと廊下に舞う。
「ツナはリングが自分達専用になったことを気にしてた。あと、本来、こっちの世界と関係のない人だって巻き込んだのに、それを今更覆していいのかって」
相変わらず優しい人だ。
ツナが特に気を病んでいるのは特に山本と了平のことだろう。
初めこそ理解せずに巻き込まれていたのだろうが、今となっては2人とも理解をした上で腹を括っている。そして、ツナの選択に異を唱えることはきっとない。
他の面々も、骸以外がツナの選択に反対するとは思えない。骸だってツナがボスにならないと選択すれば、裏社会の中枢に入り込めないことを残念がりこそすれ、どうせ別のルートを活き活きと探し始めるに決まっている。
「大丈夫だとお伝えしても、10代目はきっと悩まれるだろうな」
どこまでも争いに向かない精神だ。
だからこそ肥大化しすぎたボンゴレを託したいという9代目の想いがあり。さらに言えば初代からも先のボンゴレを託されている。
ツナの中ではボスになる覚悟が静かに育っていることくらい、共にいればある程度察しはつく。
しかし、本人が強く自覚するには至っていない。
故に9代目からのあの手紙がツナをかき乱したのだろう。
「返事、本当に3年も待ってくれるかな」
身を捩って手にじゃれつくナッツをあしらいながらも、レイの横顔には憂いが滲んでいる。
あの手紙の通り、9代目の年齢を考えれば後継者問題をあまり先延ばしにはできない。
大きい組織であるが故、後継者が確定していない状態で「我こそは」と目論むものも少なくない。
リミットを設けたのはボンゴレの存続だけに留まらず、何よりもツナやその周辺を守るための措置でもあることくらい、きっとツナも理解をしている。
9代目の目が黒いうちに継がないことを明言できれば、可能な限り安全な逃げ道を用意してくれることだろう。人畜無害な好々爺に見えるが、あれで数十年間ボンゴレを統治したのだ。
しかし、本人の気力だけではどうしようもないこともある。
9代目自身が約束を反故にする気がなくとも、数年後を楽観視できない程度に高齢であることは間違いはない。
重篤な病に侵されないか、思考や記憶力に異常が出ていないか、何より存命であるか。
9代目の守護者達はボスの意向を汲んで動くことだろうが、それ以外の者たちがどう動くかなど予想もつかなかった。
極東の島から突然生えたような次代ボスに、いい感情を抱くものばかりではない。
あからさまに反発する者も、ボスだけでなく守護者全体が若く経験が浅いのをいいことに、傀儡にしようと画策する者も出てくるだろう。
できればツナがボスとなってから数年、先代が後ろにいてくれるのが望ましい。
「獄寺」
「んだよ」
「先に言っておくんだけどさ」
ナッツを抱き上げ、たてがみに顔を埋めながら彼女はくぐもった声で言葉を続けた。
「もしも、ツナがボスになってから『やっぱり辞めたい』って言ったら、ボクは何が何でもツナを逃がすから」
たてがみから顔を離したレイが、覚悟を決めたかのように獄寺の目を見て、薄い唇をはっきりと動かした。
「ツナがオーナーだからとかじゃない。ボクは従妹として、家族としてツナに幸せであってほしい。そのためなら、きっとキミ達にだって剣を向けられる」
獄寺を見据える底のないような真っ黒な目の奥に、彼女がヒトでないことの証を見たような気がした。
生きているはずの、ヒトではない何かが瀬切レイだ。
しかし恐怖は一切ない。害意がないだけではない、彼女が自分と同じものを見ているのだという確信があったからだった。
口端を持ち上げ、逆に見詰め返す。
「オレは10代目の右腕だ」
「ああ」
「呼び方なんてただの癖でしかねぇ。オレは、最初から最後まで沢田綱吉さんのために生きる」
命を救われたあの日から変わることなく、むしろ日に日に盤石になっていく覚悟の核だった。
「あの方の願いのために動く覚悟なんてのはな、テメェが決めるよりも前から決まってんだよ」
躊躇いのない獄寺の言葉に、レイの目元が柔く緩む。
「なら、よかった」
どこか嬉しそうにレイがそういったタイミングで、瓜が獄寺の頭めがけて飛び乗ってくる。首に衝撃を感じてから、逃げられないように即座に瓜の首根っこを引っ掴めば、ふぎゃふぎゃと抗議の声が上がった。