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「どこだよここー!?」
沢田綱吉、14歳。
中学入学後、様々なトラブルに見舞われつつも死闘を乗り越え、無事に中学三年生に進級するはずだった。
それがどうして、ポカンとした6歳児を抱えたまま、言葉も地理も分からぬ異国の地をさまよう羽目になったのか。
自分もいよいよここで終わりだ。
始まりは拉致だった。
春休みを迎えた瞬間にリボーンによってイタリアに拉致されたのだった。
守護者や守護者代理と共に、どんな違法手段を使ったのか勝手に作られたパスポートが手元にあり、気付けば空の上、イタリア行の便。
目にも止まらぬ速さで行われた犯罪行為に逃げ出すどころか震える間すら与えられない。12時間以上のフライトを終える頃には諦めしか残らなかった。
現地空港に降り立ち外へ出ると立派なリムジンがロータリーの正面を陣取っていた。
それに乗せて連れていかれたボンゴレの本部は紛うことなき豪邸、もはや城の域に達している。さらに何桁万円かも分からぬような高そうな調度品や、強面の大男に囲まれた応接室は庶民生活しか知らぬツナの体には毒でしかなかった。
やっと体の力を抜くことができたのは、九代目の穏やかな笑みを見てからだった。
「綱吉君をここにお招きしたかっただけだ、ボンゴレのこれからの話も今はする気はないよ。驚かせて悪かったね。折角の春休みだから、ここを宿代わりにイタリア観光でもしてきなさい。」
九代目の好意を受け、少しお茶をしてからツナと獄寺と山本、そしてランボは外出することにした。
イタリアの街並みを堪能するついでに、ディーノに会いに行くことにしたのだ。
ちなみにリボーンはいつの間にか不在、他の面々も好きに行きたいところに行っているようだ。
道中、ふと興味本位で覗いた路地裏は、治安こそ悪そうなもののイメージ通りの『ヨーロッパの路地裏』。くすんだ土色の家々に囲まれ、壁を這う蔦や窓辺に置かれた花壇が彩を添える。
日本の路地裏とはまた異なる雰囲気に、少しずつ気分が浮上していた時だった。
「ツナー、ランボさんおしっこしたい」
「もうすぐだけど我慢できないか?」
少し広い通りを歩いていたら最年少守護者の一言。最後にトイレを利用してから1時間半が経過していた。
「ったく、10代目にご迷惑かけんじゃねえ。オレがついてってやるから便所探すぞ」
出会った頃に比べてだいぶ丸くなった獄寺がランボに声をかける。しかし。
「ランボさん、ツナと行くんだもんね!お前なんかと一緒にお便所行ってやんないもんねー!」
ランボは小さい手で獄寺渾身の善意を振り払い、路地裏に走り出してしまった。青筋を立てダイナマイトを投げようとする獄寺を山本が抑える。こうなるとランボもツナがついていかないと納得しないだろう。
「オレが行ってくるよ!2人はここで待ってて!」
「えっ!?しかし……」
「1人は危ないんじゃないか?」
心配する獄寺と山本に、ツナは「何かあったら電話するから」と伝えてランボを追ったのだった。
そう、今思えばこれの選択こそ間違いだった。
少なくとも獄寺は頼るべきだったのだ。
地元ではないにせよ、生まれ育った国なのだからツナより色々と詳しいに決まっている。そして何よりイタリア語のネイティブなのだ。
山本も頼るべきだった。身長も高く年齢の割に体がしっかりしているので、易々とチンピラに絡まれることもなかったはずだった。
幸いトイレ自体は路地に少し入った場所にあるカフェで借りることができた。ランボを待つ間、ディーノから聞いたこちらの礼儀に習うべく、エスプレッソコーヒーを一杯購入。
リボーンがよく飲んでいるのため香りには慣れているが、予想以上に苦味が深い。無糖のカフェオレすらろくに飲めないのに背伸びをしてしまった。香りを楽しむ余裕もなく必死にカップを空けようと奮闘している間にランボがトイレを終えて出てきた。
ランボを呼んでコーヒーを喉に流し込む。あとは無事に友人達の待つ通りへ向かうだけだった。
そうしたら、明らかにオラついてそうなイタリア人男性の一人にランボが衝突した。
転んで泣きそうなランボを抱き寄せながら、覚えたてのイタリア語で謝罪してその場を離れようとした。しかし囲まれた。
三対二、ランボは戦力外なので実質三対一。
何を喋っているか分からないが、下卑た笑みを浮かべているのでこれから始まるのはおそらくカツアゲだろう。
マフィアや明らかにやばい相手なら手持ちの死ぬ気丸で強行突破も選択肢に入った。だが相手はあくまでも一般人、ただのチンピラだ。彼ら相手にそこまでするのは気が引けるし、何よりこの手は可能な限り選びたくない。
何とか切り抜けようと考えているとき、ランボが一言「メルダ」と言った。ツナにはその意味が分からない。分からないが、チンピラの顔が一瞬で怒りに染まったので十中八九暴言か下品な言葉だろう。
バカヤロウと叫びたい気持ちを抑えて、さらに距離を詰めてくるチンピラを観察する。
こうなったら選択肢は逃げの一択。わずかな隙をついてチンピラの輪を突破して走った。後ろから追ってくる足音と怒鳴り声が聞こえるが、ランボを抱えている以上振り向く余裕もない。
皮肉だが、こんな場面でリボーンに鍛えられた体が役に立つ。
必死に路地裏を走り回る。細い道を何度か曲がっているうちに段々と足音は小さくなっていった。
そして一息ついて周囲を見渡して、冒頭に至る。
「ツナー、なにしてんの?」
「誰のせいだと思ってんだよ……」
頭を抱えて座り込んだ。携帯もタイミングで充電切れを起こしたため電話すらできない。しかし、また先ほどのチンピラ共と鉢合わせる可能性もある。着ているパーカーのフードを深くかぶり、自分の髪と顔を可能な限り隠した。
ランボの手を引きながら当てもなく歩く。10分ほど歩いたらランボの口数が激減した。疲れたのだろう、おんぶを申し出ると素直に応じてくれた。
場所が全くわからない。元いた場所に近づいているのか遠ざかっているのかすら不明だ。
「心細すぎる……、こういうときに限って何でリボーンはいないんだよ……」
ため息を吐きながら道を曲がると、その先に人影があった。
しゃがみ込んで野良猫の喉を掻いているその人は、こちらに気付くと首を傾げて立ち上がった。野良猫はするりと家と家の隙間に入っていく。
背格好はツナと変わらないくらいだろうか、顔はキャップを深くかぶっているせいで分からない。
「えっと……」
道を教えてください、はどうイタリア語でいうのだったか。飛行機の中でリボーンに叩き込まれたはずの言葉は完全に忘れてしまった。
必死に記憶を探っていると、目の前の人が口を先に開いた。
「日本人?こんなところに観光気分で入ってきたら危ないですよ」
自分より少し高い、しかし中性的な声だ。
「に、日本語分かるんですか!?」
「ああ。ボクも日本人だから」
相手の口元が笑みの形を取った。ふーっと肩の力が抜ける。
「よ、よかったぁ……。実は、道に迷っちゃって」
「どこに行きたいんですか?」
獄寺達と別れた通りの特徴を可能な限り伝えると、目の前の人は少し考えた後に頷いた。
「分かりました、一緒に行きましょう」
「ボクは14歳で今年15になるけど、キミは?」
「オレも。同い年だったんだ」
「なら敬語使わなくていいかな?」
「いいよ、オレもいい?」
「もちろん」
「イタリアには観光できたの?」
「えっ……と、観光みたいなもの……かな?」
「観光だとしても、こんなところに入るのはよくない。柄の悪いやつがいっぱいいるんだ」
「実はその柄の悪いやつに追っかけられちゃって……」
「ああ、ぶつかったとか?」
「こいつがぶつかってさ……」
「フード被ってるのは逃げるため?」
「その場しのぎにしかならないけど、顔隠せるかなって思って。アハハ……」
「ボクもだよ。日本人ってバレると面倒なこともあるから、なるべく帽子被ってるんだ」
たわいもない話が続く。
出会って5分足らずだ。互いに帽子とフードを被ったままなので顔すら知らないのに、何故か警戒心を抱かずに済む。それにどこか懐かしい。
出会ってすぐここまで打ち解けられたのは炎真以来だろうか。嬉しくなってくる。
ランボは相当ぐっすり眠っているのか、今も静かなものだ。
「そういえば、名前聞いてなかったな。何て呼べばいい?」
「あっ、そうだった!オレの名前は……」
名前を告げようとした瞬間、後ろから複数の足音が聞こえて思わず振り向いた。
最悪だ、さっき撒いたはずのチンピラ達がそこには立っていた。何か言いながら近付いてくるが、何を言っているかやはり分からない。
ひっ、と小さく悲鳴を上げたツナに、恩人が声をかける。
「さっき言ってたのはあの人達?」
ゆっくり頷く。
チンピラはツナをきちんと認識しているようだ。当然だろう、フードを被っただけで服装は変わっていない。何より負ぶっているランボは何の変装も施されていないのだ。
すっ、と隣に立っていた少年が前に出た。そして何やらチンピラ達に淡々と話しかけ始めた。ランボを背中から体の前に持ってきて、いざとなったら庇える体制を取りながら様子を眺める。
次第ににやにやしていたはずのチンピラの顔が歪み、怒りの表情を形作り始めた。そして一人が懐から取り出したのはポケットナイフ。
チンピラはそのまま一回りも二回りも小さい体にナイフを突き立てようとした。
「危ない!」
地面を蹴って近づこうとした瞬間、少年がポケットから何かをチンピラの額目がけて投げつけた。
チンピラは反射的にのけぞる。その隙に少年は勢いをつけて地面を蹴り、そして壁を蹴って宙に浮く。そして体の捻りを腰に乗せ、勢いを殺すことなく足を振りぬいた。
綺麗な三角飛びからの跳び回し蹴り、その足先は無防備にさらされた男の顎に直撃した。そのままチンピラは仰向けに倒れていき、動かなくなる。
ツナも、残りの二人のチンピラもぽかんとしたまま少年を見る。
「走って!」
動かぬチンピラを横目にツナの腕を軽く引き、少年は走り出した。はっとしたツナもランボを抱えなおして後を追う。
背中からは罵倒も追ってくる足音も聞こえなかった。
顎への直撃は脳に響く。あれはしばらく立たないだろう。
「はっ……もう大丈夫……だと思う」
「あ、ありがとう……。さっき、投げたの、何だったの?」
「さっき食べてたチョコの包み紙。ただの小細工だよ」
数分間、さっきの場所に戻れと言われても戻れないくらいには路地裏をあっちこっちと駆け回った。
上がってしまった息を整える。あれだけ走ってもまだ寝ているランボの胆力に脱力する。
「こいつほんとに……」
「肝が据わってていいんじゃない?」
二人で笑いの息を漏らした次の瞬間、路地裏に風が吹き抜けた。狭い道の中で密度と速度を上げた風は、走るうちに浅くなっていた二人の被り物を吹き飛ばした。
とっさにつむった目を開けて、正面の顔を見て、息を飲んだ。
目の前の少年、いや、少女は短い髪を風に遊ばれながら、黒い瞳を見開いている。
知っている顔だった。10年前を最後に、そこから一度も見ることのなかった顔だった。
こんなところにいたのか。ずっとどこにいるか心配していた、自分も、母さんも。今までどうして連絡一つ寄越さなかったんだ。
言いたいことはたくさんあるはずなのに喉の奥がつっかえて話すことができない。
でもそれは相手も同じのようだった。
感極まったように瞳を揺らして、唇を震わせていた。
しばらく何も言えずに見つめあっていた。
やっとのことで発した言葉は、とても懐かしい名前だった。
「……レイ。」
「……うん。久しぶり、ツナ。」
少し困ったように笑うその人は、8年近く行方不明になっていた従妹だった。
沢田綱吉、14歳。
中学入学後、様々なトラブルに見舞われつつも死闘を乗り越え、無事に中学三年生に進級するはずだった。
それがどうして、ポカンとした6歳児を抱えたまま、言葉も地理も分からぬ異国の地をさまよう羽目になったのか。
自分もいよいよここで終わりだ。
始まりは拉致だった。
春休みを迎えた瞬間にリボーンによってイタリアに拉致されたのだった。
守護者や守護者代理と共に、どんな違法手段を使ったのか勝手に作られたパスポートが手元にあり、気付けば空の上、イタリア行の便。
目にも止まらぬ速さで行われた犯罪行為に逃げ出すどころか震える間すら与えられない。12時間以上のフライトを終える頃には諦めしか残らなかった。
現地空港に降り立ち外へ出ると立派なリムジンがロータリーの正面を陣取っていた。
それに乗せて連れていかれたボンゴレの本部は紛うことなき豪邸、もはや城の域に達している。さらに何桁万円かも分からぬような高そうな調度品や、強面の大男に囲まれた応接室は庶民生活しか知らぬツナの体には毒でしかなかった。
やっと体の力を抜くことができたのは、九代目の穏やかな笑みを見てからだった。
「綱吉君をここにお招きしたかっただけだ、ボンゴレのこれからの話も今はする気はないよ。驚かせて悪かったね。折角の春休みだから、ここを宿代わりにイタリア観光でもしてきなさい。」
九代目の好意を受け、少しお茶をしてからツナと獄寺と山本、そしてランボは外出することにした。
イタリアの街並みを堪能するついでに、ディーノに会いに行くことにしたのだ。
ちなみにリボーンはいつの間にか不在、他の面々も好きに行きたいところに行っているようだ。
道中、ふと興味本位で覗いた路地裏は、治安こそ悪そうなもののイメージ通りの『ヨーロッパの路地裏』。くすんだ土色の家々に囲まれ、壁を這う蔦や窓辺に置かれた花壇が彩を添える。
日本の路地裏とはまた異なる雰囲気に、少しずつ気分が浮上していた時だった。
「ツナー、ランボさんおしっこしたい」
「もうすぐだけど我慢できないか?」
少し広い通りを歩いていたら最年少守護者の一言。最後にトイレを利用してから1時間半が経過していた。
「ったく、10代目にご迷惑かけんじゃねえ。オレがついてってやるから便所探すぞ」
出会った頃に比べてだいぶ丸くなった獄寺がランボに声をかける。しかし。
「ランボさん、ツナと行くんだもんね!お前なんかと一緒にお便所行ってやんないもんねー!」
ランボは小さい手で獄寺渾身の善意を振り払い、路地裏に走り出してしまった。青筋を立てダイナマイトを投げようとする獄寺を山本が抑える。こうなるとランボもツナがついていかないと納得しないだろう。
「オレが行ってくるよ!2人はここで待ってて!」
「えっ!?しかし……」
「1人は危ないんじゃないか?」
心配する獄寺と山本に、ツナは「何かあったら電話するから」と伝えてランボを追ったのだった。
そう、今思えばこれの選択こそ間違いだった。
少なくとも獄寺は頼るべきだったのだ。
地元ではないにせよ、生まれ育った国なのだからツナより色々と詳しいに決まっている。そして何よりイタリア語のネイティブなのだ。
山本も頼るべきだった。身長も高く年齢の割に体がしっかりしているので、易々とチンピラに絡まれることもなかったはずだった。
幸いトイレ自体は路地に少し入った場所にあるカフェで借りることができた。ランボを待つ間、ディーノから聞いたこちらの礼儀に習うべく、エスプレッソコーヒーを一杯購入。
リボーンがよく飲んでいるのため香りには慣れているが、予想以上に苦味が深い。無糖のカフェオレすらろくに飲めないのに背伸びをしてしまった。香りを楽しむ余裕もなく必死にカップを空けようと奮闘している間にランボがトイレを終えて出てきた。
ランボを呼んでコーヒーを喉に流し込む。あとは無事に友人達の待つ通りへ向かうだけだった。
そうしたら、明らかにオラついてそうなイタリア人男性の一人にランボが衝突した。
転んで泣きそうなランボを抱き寄せながら、覚えたてのイタリア語で謝罪してその場を離れようとした。しかし囲まれた。
三対二、ランボは戦力外なので実質三対一。
何を喋っているか分からないが、下卑た笑みを浮かべているのでこれから始まるのはおそらくカツアゲだろう。
マフィアや明らかにやばい相手なら手持ちの死ぬ気丸で強行突破も選択肢に入った。だが相手はあくまでも一般人、ただのチンピラだ。彼ら相手にそこまでするのは気が引けるし、何よりこの手は可能な限り選びたくない。
何とか切り抜けようと考えているとき、ランボが一言「メルダ」と言った。ツナにはその意味が分からない。分からないが、チンピラの顔が一瞬で怒りに染まったので十中八九暴言か下品な言葉だろう。
バカヤロウと叫びたい気持ちを抑えて、さらに距離を詰めてくるチンピラを観察する。
こうなったら選択肢は逃げの一択。わずかな隙をついてチンピラの輪を突破して走った。後ろから追ってくる足音と怒鳴り声が聞こえるが、ランボを抱えている以上振り向く余裕もない。
皮肉だが、こんな場面でリボーンに鍛えられた体が役に立つ。
必死に路地裏を走り回る。細い道を何度か曲がっているうちに段々と足音は小さくなっていった。
そして一息ついて周囲を見渡して、冒頭に至る。
「ツナー、なにしてんの?」
「誰のせいだと思ってんだよ……」
頭を抱えて座り込んだ。携帯もタイミングで充電切れを起こしたため電話すらできない。しかし、また先ほどのチンピラ共と鉢合わせる可能性もある。着ているパーカーのフードを深くかぶり、自分の髪と顔を可能な限り隠した。
ランボの手を引きながら当てもなく歩く。10分ほど歩いたらランボの口数が激減した。疲れたのだろう、おんぶを申し出ると素直に応じてくれた。
場所が全くわからない。元いた場所に近づいているのか遠ざかっているのかすら不明だ。
「心細すぎる……、こういうときに限って何でリボーンはいないんだよ……」
ため息を吐きながら道を曲がると、その先に人影があった。
しゃがみ込んで野良猫の喉を掻いているその人は、こちらに気付くと首を傾げて立ち上がった。野良猫はするりと家と家の隙間に入っていく。
背格好はツナと変わらないくらいだろうか、顔はキャップを深くかぶっているせいで分からない。
「えっと……」
道を教えてください、はどうイタリア語でいうのだったか。飛行機の中でリボーンに叩き込まれたはずの言葉は完全に忘れてしまった。
必死に記憶を探っていると、目の前の人が口を先に開いた。
「日本人?こんなところに観光気分で入ってきたら危ないですよ」
自分より少し高い、しかし中性的な声だ。
「に、日本語分かるんですか!?」
「ああ。ボクも日本人だから」
相手の口元が笑みの形を取った。ふーっと肩の力が抜ける。
「よ、よかったぁ……。実は、道に迷っちゃって」
「どこに行きたいんですか?」
獄寺達と別れた通りの特徴を可能な限り伝えると、目の前の人は少し考えた後に頷いた。
「分かりました、一緒に行きましょう」
「ボクは14歳で今年15になるけど、キミは?」
「オレも。同い年だったんだ」
「なら敬語使わなくていいかな?」
「いいよ、オレもいい?」
「もちろん」
「イタリアには観光できたの?」
「えっ……と、観光みたいなもの……かな?」
「観光だとしても、こんなところに入るのはよくない。柄の悪いやつがいっぱいいるんだ」
「実はその柄の悪いやつに追っかけられちゃって……」
「ああ、ぶつかったとか?」
「こいつがぶつかってさ……」
「フード被ってるのは逃げるため?」
「その場しのぎにしかならないけど、顔隠せるかなって思って。アハハ……」
「ボクもだよ。日本人ってバレると面倒なこともあるから、なるべく帽子被ってるんだ」
たわいもない話が続く。
出会って5分足らずだ。互いに帽子とフードを被ったままなので顔すら知らないのに、何故か警戒心を抱かずに済む。それにどこか懐かしい。
出会ってすぐここまで打ち解けられたのは炎真以来だろうか。嬉しくなってくる。
ランボは相当ぐっすり眠っているのか、今も静かなものだ。
「そういえば、名前聞いてなかったな。何て呼べばいい?」
「あっ、そうだった!オレの名前は……」
名前を告げようとした瞬間、後ろから複数の足音が聞こえて思わず振り向いた。
最悪だ、さっき撒いたはずのチンピラ達がそこには立っていた。何か言いながら近付いてくるが、何を言っているかやはり分からない。
ひっ、と小さく悲鳴を上げたツナに、恩人が声をかける。
「さっき言ってたのはあの人達?」
ゆっくり頷く。
チンピラはツナをきちんと認識しているようだ。当然だろう、フードを被っただけで服装は変わっていない。何より負ぶっているランボは何の変装も施されていないのだ。
すっ、と隣に立っていた少年が前に出た。そして何やらチンピラ達に淡々と話しかけ始めた。ランボを背中から体の前に持ってきて、いざとなったら庇える体制を取りながら様子を眺める。
次第ににやにやしていたはずのチンピラの顔が歪み、怒りの表情を形作り始めた。そして一人が懐から取り出したのはポケットナイフ。
チンピラはそのまま一回りも二回りも小さい体にナイフを突き立てようとした。
「危ない!」
地面を蹴って近づこうとした瞬間、少年がポケットから何かをチンピラの額目がけて投げつけた。
チンピラは反射的にのけぞる。その隙に少年は勢いをつけて地面を蹴り、そして壁を蹴って宙に浮く。そして体の捻りを腰に乗せ、勢いを殺すことなく足を振りぬいた。
綺麗な三角飛びからの跳び回し蹴り、その足先は無防備にさらされた男の顎に直撃した。そのままチンピラは仰向けに倒れていき、動かなくなる。
ツナも、残りの二人のチンピラもぽかんとしたまま少年を見る。
「走って!」
動かぬチンピラを横目にツナの腕を軽く引き、少年は走り出した。はっとしたツナもランボを抱えなおして後を追う。
背中からは罵倒も追ってくる足音も聞こえなかった。
顎への直撃は脳に響く。あれはしばらく立たないだろう。
「はっ……もう大丈夫……だと思う」
「あ、ありがとう……。さっき、投げたの、何だったの?」
「さっき食べてたチョコの包み紙。ただの小細工だよ」
数分間、さっきの場所に戻れと言われても戻れないくらいには路地裏をあっちこっちと駆け回った。
上がってしまった息を整える。あれだけ走ってもまだ寝ているランボの胆力に脱力する。
「こいつほんとに……」
「肝が据わってていいんじゃない?」
二人で笑いの息を漏らした次の瞬間、路地裏に風が吹き抜けた。狭い道の中で密度と速度を上げた風は、走るうちに浅くなっていた二人の被り物を吹き飛ばした。
とっさにつむった目を開けて、正面の顔を見て、息を飲んだ。
目の前の少年、いや、少女は短い髪を風に遊ばれながら、黒い瞳を見開いている。
知っている顔だった。10年前を最後に、そこから一度も見ることのなかった顔だった。
こんなところにいたのか。ずっとどこにいるか心配していた、自分も、母さんも。今までどうして連絡一つ寄越さなかったんだ。
言いたいことはたくさんあるはずなのに喉の奥がつっかえて話すことができない。
でもそれは相手も同じのようだった。
感極まったように瞳を揺らして、唇を震わせていた。
しばらく何も言えずに見つめあっていた。
やっとのことで発した言葉は、とても懐かしい名前だった。
「……レイ。」
「……うん。久しぶり、ツナ。」
少し困ったように笑うその人は、8年近く行方不明になっていた従妹だった。