種火(8月その2)
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「あのー、夏祭りに行きたいんですけど……」
自身が解いた問題集の採点を終え、珍しく正答率をほめてくれた家庭教師に、ツナは恐る恐る話し掛ける。
昨日、おつかいから帰ってきた従妹が、商店街で渡されたという夏祭りのチラシを持っていたのだ。「夏祭りって花火あるんだっけ?」という彼女の言葉を聞いてから、いかにリボーンに切り出すかを考えていた。
問題集を何とか解き切った今、この瞬間こそが絶好のタイミングではないか。
リボーンは手汗を握りしめるツナを一瞥して、あごに手をやった。
「理由」
「はいっ……、え?」
「理由を言え」
「えっと、みんなで花火を見に行きたいからです」
正座のまま素直に伝える。
一年前に見た花火をもう一度みんなで見る、それはツナと友人たちにとってはささやかながらも大事な約束になっていた。
山本や獄寺から誘われていることも後押ししている。約束は果たしたい。
もちろん、日本の花火を久々に見たいとこぼしたレイの希望だって叶えてやりたい。
珍しくはっきりと言い切ったからか、リボーンは満足げにうなづく。
「お前もだいぶボスの自覚ができてきたな。かてきょー冥利に尽きるぞ。じゃあ行くか」
「いやボスには……、って、いいの!?」
「いいぞ」
約束は大事だからな。
そういってリボーンはツナに近付き、その顔面に紙の束をたたきつけた。
「ぶべっ!」
「それはそれとして、次はこいつを死ぬ気で終わらせろ」
「はぁ!?まだあんの!?」
「受験生の夏は終わらねぇぞ」
「10代目ー!!」
レイとリボーンとランボ、イーピンを引き連れて家を出た瞬間、聞きなれた大声が鼓膜に飛び込んでくる。すっ飛んできた獄寺はツナの前で急ブレーキをかけ、そして綺麗なお辞儀を披露した。
「この度はお誘いいただきありがとうございました!!」
「ちょ、頭上げて!こっちも急に誘ったのに来てくれてありがとう」
「いえ、花火を……」
頭を下げたままの獄寺の声にかすかな震えが混じり、言葉が止まる。彼も約束をきちんと覚えていてくれたのだ。胸がいっぱいになる。
無傷ではなかったけれども無事に一年過ごせたことが、こんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
数秒後、勢いよく顔を上げた獄寺の顔は晴れやかで、それを見てツナも「じゃあ行こうか」と歩き始める。
並盛神社の喧騒が耳に入り始める。確かこの辺りのはずだと立ち止まる。
「あっ、こっちだよー!」
声に振り向くと、待ち合わせ場所に交差点では京子とクロームが手を振っていた。2人とも着物を着ており、どちらもよく似合っている。特に京子が非常にかわいい。
「3人ともこんばんは」
「こんばんは……」
「ハルちゃん、塾終わってもう少しで着くって。山本君は私達より先に来てたんだけど、さっき屋台の知り合いの人からちょっとお手伝い頼まれて、先に境内の方に行ってるの。もうすぐ戻ってくるんじゃないかな」
「うん、そ、そうなんだね……」
のぼせ上った声が出てしまう。リボーンとレイの呆れたような視線を感じるが、正直構っていられる余裕はない。
ぼんやりとその姿を見ていると京子の視線が下がり、そして相好を崩した。
「イーピンちゃんも浴衣着たの?」
「ユカタ!」
「うん、すごく似合ってる!かわいい!」
奈々に着付けをしてもらったイーピンは、はにかみながらも嬉しそうに笑う。京子はしゃがみ、辮髪の先に揺れる赤い布性の花に触れた。
その優しい手つきにすら惚れ直していると、レイにクロームが近付くのが見えた。
「クローム。浴衣、似合ってるね」
「ありがとう。M.M.が選んでくれたの。……レイは着てこなかったの?」
2人の会話に京子が顔を上げる。ツナもつられてそちらを見る。
「ああ、ボクは浴衣持ってないしさ」
「嘘吐け。ママンから逃げてきただろ」
「う……」
割って入ったリボーンの言葉に、レイが言葉を詰まらせる。
そう、確かにレイは浴衣を持ってはいなかったが、夏祭りに行くことを聞いた奈々がこっそり用意していたため、浴衣の選択肢は存在していた。
ちらりとしか見ていなかったが、ちゃんと女性ものだったと思う。
それを見たレイは静かに目をそらし、奈々がイーピンに着付けをしている間にそっと逃げ出したのだ。母はいつの間にか消えたレイに「帰ったら絶対着てもらうんだから!」と腹を立てていた。
まあ、かくいうツナ自身もTシャツに7分丈パンツで母の着付けから逃げた立場であり、Tシャツにチノパンで逃げてきたレイをかく言う資格はない。
「レイちゃんの浴衣姿、見たかったなぁ」
残念そうな京子の言葉に、クロームが静かに槍の穂先を取り出した。ふわりと淡い紫色の火の粉が舞い始める。
「ボス、レイの浴衣ってどんなのだった?」
「え?うーん、黒っぽくて、少し黄色?白?みたいな丸がたくさん」
「……うん。髪飾りは?」
「それは見てないや」
「じゃあ、そこは好きにするね」
霧のような炎がゆっくりとレイの体をまとい、みるみるうちに装いが変わっていく。
魔法のようなそれに、皆の口から感嘆の声がこぼれる。
気付けばレイは浴衣をまとい、京子たちと並んでも遜色ない姿になっていた。
ほぼ黒に近い紺の地に、なるほど白い丸は蛍か。淡い黄色の帯も巻かれて、名前も知らない水色の花が横髪を留めるように咲いている。
「わぁ!」
「おー。すごい」
「何?何してる?」
1人だけ幻術を感知できず置いて行かれているレイのために、携帯で写真を撮って見せてやる。
「はい、これ」
「……は!?」
画面を見たレイは素っ頓狂な声を上げてフリーズしてしまった。彼女にデータを消すという発想が生まれる前に携帯を回収する。後で山本やハルにも見せてやらないと。
「カメラにも映るのに、こいつの目には映らないってのも不思議なもんすね」
「目の仕組みがカメラとも違うんだろうな」
「なるほど。それにしても、この格好ならさすがに女子に見えなくもねぇか……」
斜め後ろで情緒のない会話をしている獄寺とリボーンに苦笑いがこぼれる。最初のうち獄寺はレイの性別を完全に間違えていたなぁ、と思い出した。
今のように女の子らしい装いになるか、あるいは髪を伸ばせば間違えられることもなくなるのだろうが、日常的にそうしている従妹の姿はあまり上手に思い描けない。なんとなく大人になってもこの調子な気がする。
「ツナさーん!!」
パーンとはじけるような声が離れたところから飛んできた。浴衣を着たハルが小走りでやってきた。ツナの前で立ち止まったハルは、少し上がった息を整えて笑う。
浴衣のせいか、あるいは静かにツナを見つめているからか、普段よりも大人びて見えて少しだけドキリとした。
「どうですか?似合ってますか?」
「あ、うん、似合ってるぞ」
「きゃー!」
褒めればいつものハルに戻った。霧散した大人っぽさに説明のできない安心を覚える。
その後、すぐにハルの目が京子達を捉えた。ハルが笑顔で彼女達に駆け寄るのと、とうとうしびれを切らしたレイがその場を飛びのいたのはほぼ同時だった。
「も、もう終わり!」
「あっ」
我に返ったレイがその場を飛び退いたことで霧の炎はその体を離れ、文字通り霧散した。
誰かが「あーあ」と呟けば、ハルは「あーっ!」と大きな声を上げる。
「レイちゃん浴衣じゃないんですか!?」
「は、ハル」
下駄のまま器用に走りながらハルに詰め寄られ、レイはその勢いに後ずさる。
「オレっちもやって!」とクロームにねだるランボ、幻術でお面をつけてやるクローム、イーピンのおめかしに気付いてそちらに意識をやるハル、褒められてうれしそうなイーピン、矛先が外れて安堵するレイ、そんなレイを見てほほ笑む京子。
なんかいいね、と呟けば、そっすね、と獄寺が返してくれた。
ふと慣れた気配を感じて振り返ると、山本が片手を上げて立っている。
「よ」
「山本、お疲れ様」
「遅ぇ」
「悪い悪い、長引いちまってさ」
そこで言葉を区切り、山本はちらりとレイを見た。レイはいつもの装いで、頬を膨らませるハルと、可能なら幻術で浴衣を着せたいクローム相手にたじたじになっている。
「なんか面白いことになってんな」
「そうそう。これ見てよ」
来たばかりで状況が分からないであろう友人に、先ほど撮った写真を見せる。
改めて見て、我ながらうまく撮れたものだと感心する。視線は外れているし、笑顔ではなく困惑の表情を浮かべているが、浴衣の柄も小さな髪飾りも上手いこと画面に納まっていた。
ちらりと視線をあげれば、山本は目を丸くしてツナの携帯の画面を見たまま硬直している。言葉もないようだ。
「どう?」
声をかけると山本は大きく肩を跳ねさせた。薄暗い上に肌が日に焼けていてよく分からないが、顔が少し赤いかもしれない。
横から獄寺が呆れ顔で山本を見ている。その視線に気付いたのか、山本は慌てて取り繕うように笑った。
ちょっと面白くなって、あとで写真を送ることにした。
リボーンが女子や子どもたちに近付き、「そろったぞ」と声を掛ける。
皆が山本に気付き、駆け寄ったり笑みを浮かべる中、レイだけはその姿を見て何やらぼーっとしている。
おや、と思ったのも束の間。クロームに声を掛けられたのか、レイはハッとしてその表情を引き締めた。
どうしたのだろうかと眺めていると、京子に「いこ」と言われてこちらもハッとする。
連れだって目指すは、灯りと人混みだ。
境内は昨年にも増して賑わっている。屋台のエリアも広がっており、境内の外にも多くの出店が軒を連ねていた。
屋台の手伝いでほとんどの時間がつぶれたあの日に比べて、今日は時間に追われることはない。屋台にいないので、我が校の風紀委員によるみかじめ料の徴収被害に遭うこともない。最高だ。
穏やかな心でチョコバナナを頬張った。ああ、なんておいしい。
今はリボーンが射的で、山本は的当てで大暴れをしている。屋台の店主は諦めきったのか、いっそ悟りを開いたような穏やかな顔をしている。
ちなみにその前にはレイが水風船釣りを荒らしていた。たったひとつのこよりで全員分をあっさりと釣り上げたのだ。おかげでツナの左手にも水風船が揺れていた。
現在、当の本人はランボが食べきれなかったりんご飴にかぶりつきながら、クローム達と談笑している。その頭には、リボーンと山本が量産している土産からとってきたであろう有名なパンのお面が乗っている。なぜそのチョイスなのか。
「楽しいね」
「うぇっ!?あ、う、うん!」
いつの間にか横にいた京子に声を掛けられ、思い切り体が跳ねた。
恥ずかしさに身を縮こませれば、京子はくすくすとかわいらしく笑う。何の花だかは分からないが、小さい花がたくさんついた髪飾りが揺れた。
各々が自由に過ごす今、もしかしたら京子と二人で祭りを回れるかもしれない。
降ってわいたチャンスに、さりげなく友人たちの様子をうかがう。リボーンの応援をしている獄寺と目が合った。彼は瞬時に状況を理解したのか、笑顔を浮かべてサムズアップしてきた。
少なくとも、これで二人が場を離れても必要以上に探されることはないだろう。
意を決して、京子に向き直る。
「京子ちゃん」
「なに?」
「い、一緒に回らない?」
「いいよ!」
「いいの!?」
あっさりと承諾されて声が裏返る。そんなツナを笑うことなく、京子は「何見に行く?」と訊いてくれた。
花火まで80分、浮足立つ心と皆へのほんの少しの後ろめたさを抱えて、人ごみの中に紛れていった。
自身が解いた問題集の採点を終え、珍しく正答率をほめてくれた家庭教師に、ツナは恐る恐る話し掛ける。
昨日、おつかいから帰ってきた従妹が、商店街で渡されたという夏祭りのチラシを持っていたのだ。「夏祭りって花火あるんだっけ?」という彼女の言葉を聞いてから、いかにリボーンに切り出すかを考えていた。
問題集を何とか解き切った今、この瞬間こそが絶好のタイミングではないか。
リボーンは手汗を握りしめるツナを一瞥して、あごに手をやった。
「理由」
「はいっ……、え?」
「理由を言え」
「えっと、みんなで花火を見に行きたいからです」
正座のまま素直に伝える。
一年前に見た花火をもう一度みんなで見る、それはツナと友人たちにとってはささやかながらも大事な約束になっていた。
山本や獄寺から誘われていることも後押ししている。約束は果たしたい。
もちろん、日本の花火を久々に見たいとこぼしたレイの希望だって叶えてやりたい。
珍しくはっきりと言い切ったからか、リボーンは満足げにうなづく。
「お前もだいぶボスの自覚ができてきたな。かてきょー冥利に尽きるぞ。じゃあ行くか」
「いやボスには……、って、いいの!?」
「いいぞ」
約束は大事だからな。
そういってリボーンはツナに近付き、その顔面に紙の束をたたきつけた。
「ぶべっ!」
「それはそれとして、次はこいつを死ぬ気で終わらせろ」
「はぁ!?まだあんの!?」
「受験生の夏は終わらねぇぞ」
「10代目ー!!」
レイとリボーンとランボ、イーピンを引き連れて家を出た瞬間、聞きなれた大声が鼓膜に飛び込んでくる。すっ飛んできた獄寺はツナの前で急ブレーキをかけ、そして綺麗なお辞儀を披露した。
「この度はお誘いいただきありがとうございました!!」
「ちょ、頭上げて!こっちも急に誘ったのに来てくれてありがとう」
「いえ、花火を……」
頭を下げたままの獄寺の声にかすかな震えが混じり、言葉が止まる。彼も約束をきちんと覚えていてくれたのだ。胸がいっぱいになる。
無傷ではなかったけれども無事に一年過ごせたことが、こんなにも嬉しいことだなんて知らなかった。
数秒後、勢いよく顔を上げた獄寺の顔は晴れやかで、それを見てツナも「じゃあ行こうか」と歩き始める。
並盛神社の喧騒が耳に入り始める。確かこの辺りのはずだと立ち止まる。
「あっ、こっちだよー!」
声に振り向くと、待ち合わせ場所に交差点では京子とクロームが手を振っていた。2人とも着物を着ており、どちらもよく似合っている。特に京子が非常にかわいい。
「3人ともこんばんは」
「こんばんは……」
「ハルちゃん、塾終わってもう少しで着くって。山本君は私達より先に来てたんだけど、さっき屋台の知り合いの人からちょっとお手伝い頼まれて、先に境内の方に行ってるの。もうすぐ戻ってくるんじゃないかな」
「うん、そ、そうなんだね……」
のぼせ上った声が出てしまう。リボーンとレイの呆れたような視線を感じるが、正直構っていられる余裕はない。
ぼんやりとその姿を見ていると京子の視線が下がり、そして相好を崩した。
「イーピンちゃんも浴衣着たの?」
「ユカタ!」
「うん、すごく似合ってる!かわいい!」
奈々に着付けをしてもらったイーピンは、はにかみながらも嬉しそうに笑う。京子はしゃがみ、辮髪の先に揺れる赤い布性の花に触れた。
その優しい手つきにすら惚れ直していると、レイにクロームが近付くのが見えた。
「クローム。浴衣、似合ってるね」
「ありがとう。M.M.が選んでくれたの。……レイは着てこなかったの?」
2人の会話に京子が顔を上げる。ツナもつられてそちらを見る。
「ああ、ボクは浴衣持ってないしさ」
「嘘吐け。ママンから逃げてきただろ」
「う……」
割って入ったリボーンの言葉に、レイが言葉を詰まらせる。
そう、確かにレイは浴衣を持ってはいなかったが、夏祭りに行くことを聞いた奈々がこっそり用意していたため、浴衣の選択肢は存在していた。
ちらりとしか見ていなかったが、ちゃんと女性ものだったと思う。
それを見たレイは静かに目をそらし、奈々がイーピンに着付けをしている間にそっと逃げ出したのだ。母はいつの間にか消えたレイに「帰ったら絶対着てもらうんだから!」と腹を立てていた。
まあ、かくいうツナ自身もTシャツに7分丈パンツで母の着付けから逃げた立場であり、Tシャツにチノパンで逃げてきたレイをかく言う資格はない。
「レイちゃんの浴衣姿、見たかったなぁ」
残念そうな京子の言葉に、クロームが静かに槍の穂先を取り出した。ふわりと淡い紫色の火の粉が舞い始める。
「ボス、レイの浴衣ってどんなのだった?」
「え?うーん、黒っぽくて、少し黄色?白?みたいな丸がたくさん」
「……うん。髪飾りは?」
「それは見てないや」
「じゃあ、そこは好きにするね」
霧のような炎がゆっくりとレイの体をまとい、みるみるうちに装いが変わっていく。
魔法のようなそれに、皆の口から感嘆の声がこぼれる。
気付けばレイは浴衣をまとい、京子たちと並んでも遜色ない姿になっていた。
ほぼ黒に近い紺の地に、なるほど白い丸は蛍か。淡い黄色の帯も巻かれて、名前も知らない水色の花が横髪を留めるように咲いている。
「わぁ!」
「おー。すごい」
「何?何してる?」
1人だけ幻術を感知できず置いて行かれているレイのために、携帯で写真を撮って見せてやる。
「はい、これ」
「……は!?」
画面を見たレイは素っ頓狂な声を上げてフリーズしてしまった。彼女にデータを消すという発想が生まれる前に携帯を回収する。後で山本やハルにも見せてやらないと。
「カメラにも映るのに、こいつの目には映らないってのも不思議なもんすね」
「目の仕組みがカメラとも違うんだろうな」
「なるほど。それにしても、この格好ならさすがに女子に見えなくもねぇか……」
斜め後ろで情緒のない会話をしている獄寺とリボーンに苦笑いがこぼれる。最初のうち獄寺はレイの性別を完全に間違えていたなぁ、と思い出した。
今のように女の子らしい装いになるか、あるいは髪を伸ばせば間違えられることもなくなるのだろうが、日常的にそうしている従妹の姿はあまり上手に思い描けない。なんとなく大人になってもこの調子な気がする。
「ツナさーん!!」
パーンとはじけるような声が離れたところから飛んできた。浴衣を着たハルが小走りでやってきた。ツナの前で立ち止まったハルは、少し上がった息を整えて笑う。
浴衣のせいか、あるいは静かにツナを見つめているからか、普段よりも大人びて見えて少しだけドキリとした。
「どうですか?似合ってますか?」
「あ、うん、似合ってるぞ」
「きゃー!」
褒めればいつものハルに戻った。霧散した大人っぽさに説明のできない安心を覚える。
その後、すぐにハルの目が京子達を捉えた。ハルが笑顔で彼女達に駆け寄るのと、とうとうしびれを切らしたレイがその場を飛びのいたのはほぼ同時だった。
「も、もう終わり!」
「あっ」
我に返ったレイがその場を飛び退いたことで霧の炎はその体を離れ、文字通り霧散した。
誰かが「あーあ」と呟けば、ハルは「あーっ!」と大きな声を上げる。
「レイちゃん浴衣じゃないんですか!?」
「は、ハル」
下駄のまま器用に走りながらハルに詰め寄られ、レイはその勢いに後ずさる。
「オレっちもやって!」とクロームにねだるランボ、幻術でお面をつけてやるクローム、イーピンのおめかしに気付いてそちらに意識をやるハル、褒められてうれしそうなイーピン、矛先が外れて安堵するレイ、そんなレイを見てほほ笑む京子。
なんかいいね、と呟けば、そっすね、と獄寺が返してくれた。
ふと慣れた気配を感じて振り返ると、山本が片手を上げて立っている。
「よ」
「山本、お疲れ様」
「遅ぇ」
「悪い悪い、長引いちまってさ」
そこで言葉を区切り、山本はちらりとレイを見た。レイはいつもの装いで、頬を膨らませるハルと、可能なら幻術で浴衣を着せたいクローム相手にたじたじになっている。
「なんか面白いことになってんな」
「そうそう。これ見てよ」
来たばかりで状況が分からないであろう友人に、先ほど撮った写真を見せる。
改めて見て、我ながらうまく撮れたものだと感心する。視線は外れているし、笑顔ではなく困惑の表情を浮かべているが、浴衣の柄も小さな髪飾りも上手いこと画面に納まっていた。
ちらりと視線をあげれば、山本は目を丸くしてツナの携帯の画面を見たまま硬直している。言葉もないようだ。
「どう?」
声をかけると山本は大きく肩を跳ねさせた。薄暗い上に肌が日に焼けていてよく分からないが、顔が少し赤いかもしれない。
横から獄寺が呆れ顔で山本を見ている。その視線に気付いたのか、山本は慌てて取り繕うように笑った。
ちょっと面白くなって、あとで写真を送ることにした。
リボーンが女子や子どもたちに近付き、「そろったぞ」と声を掛ける。
皆が山本に気付き、駆け寄ったり笑みを浮かべる中、レイだけはその姿を見て何やらぼーっとしている。
おや、と思ったのも束の間。クロームに声を掛けられたのか、レイはハッとしてその表情を引き締めた。
どうしたのだろうかと眺めていると、京子に「いこ」と言われてこちらもハッとする。
連れだって目指すは、灯りと人混みだ。
境内は昨年にも増して賑わっている。屋台のエリアも広がっており、境内の外にも多くの出店が軒を連ねていた。
屋台の手伝いでほとんどの時間がつぶれたあの日に比べて、今日は時間に追われることはない。屋台にいないので、我が校の風紀委員によるみかじめ料の徴収被害に遭うこともない。最高だ。
穏やかな心でチョコバナナを頬張った。ああ、なんておいしい。
今はリボーンが射的で、山本は的当てで大暴れをしている。屋台の店主は諦めきったのか、いっそ悟りを開いたような穏やかな顔をしている。
ちなみにその前にはレイが水風船釣りを荒らしていた。たったひとつのこよりで全員分をあっさりと釣り上げたのだ。おかげでツナの左手にも水風船が揺れていた。
現在、当の本人はランボが食べきれなかったりんご飴にかぶりつきながら、クローム達と談笑している。その頭には、リボーンと山本が量産している土産からとってきたであろう有名なパンのお面が乗っている。なぜそのチョイスなのか。
「楽しいね」
「うぇっ!?あ、う、うん!」
いつの間にか横にいた京子に声を掛けられ、思い切り体が跳ねた。
恥ずかしさに身を縮こませれば、京子はくすくすとかわいらしく笑う。何の花だかは分からないが、小さい花がたくさんついた髪飾りが揺れた。
各々が自由に過ごす今、もしかしたら京子と二人で祭りを回れるかもしれない。
降ってわいたチャンスに、さりげなく友人たちの様子をうかがう。リボーンの応援をしている獄寺と目が合った。彼は瞬時に状況を理解したのか、笑顔を浮かべてサムズアップしてきた。
少なくとも、これで二人が場を離れても必要以上に探されることはないだろう。
意を決して、京子に向き直る。
「京子ちゃん」
「なに?」
「い、一緒に回らない?」
「いいよ!」
「いいの!?」
あっさりと承諾されて声が裏返る。そんなツナを笑うことなく、京子は「何見に行く?」と訊いてくれた。
花火まで80分、浮足立つ心と皆へのほんの少しの後ろめたさを抱えて、人ごみの中に紛れていった。