真相
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
先ほどまで降っていた雨は止んでしまった。
あまり人に会わないよう、調子がいい時でも出歩くのは夜か雨の日にしている。日本がちょうど梅雨時だから油断をしていた。
人が外を歩き始める前に、身を隠せるところに行かなければ。
できれば人の寄り付かない雑木林や廃墟などが望ましい。
ここ最近は調子がいい。今までで一番、体が思うように動かせる気がする。
しかし、油断はできない。
そろそろ限界が近いことも何となく察している。
ここを超えたら、きっともうこんな風に動くことも叶わない。最後のチャンス、最後の猶予。
さて、誰が終わらせてくれるだろうか。
一般市民を盾に腕に何かを撃ち込まれ、仇討ちも、自害も叶わず。そんな状態のヒロヤは、キャバッローネの町の路地裏に捨て置かれた。
実験だ。
嘲笑うことすらせず、そのまま去っていく彼らを追うこともできず。
ただ自身の体に異常が起きていることだけを自覚して、立ちすくむことしかできなかった。
だというのに、よりによってディーノはヒロヤを見つけてしまった。
それを嬉しいと感じてしまった。
親友でありオーナー。その存在に安堵と喜びを覚えるなという方が無理だったのだ。
彼の顔を見た瞬間、鳩尾の奥できしむ音がした。
狂った笑い声のような耳鳴りが響いて、気付けば右腕は剣を抜いていた。
それからはもう、散々だった。意識をすればするほど、体は勝手に動く。
傷付けたくないと願うほど、体は悲鳴と血を求めるように闊歩した。
こんなことなら戦う力なんで身につけなければよかった。
コアがおかしいということだけは分かる。
自身の願いとは明後日の方向に体が動くとき、コアのある場所がひどく痛むのだ。
しかし、体のどこかに激痛が走れば、瞬間的であれコアの異常が落ち着くのか、あるいは指示系統が狂うのか、融通が利くことが分かっている。
足はダメだ。
体が正気のうちにその場から離れなければ、また相手を傷付けてしまう。
その点、腕はいい。体の一部、特に左腕は、不思議と思うとおりに動くことが多かった。
だから誰かに切りかかりそうになったら、その時はいつも左腕で右腕を切り落としていた。
それに、常に体の自由が利かないというわけではないのは幸運だった。調子が良ければ数日間はうまいこと体が動く。
そういう時に人気のない場所に体を押し込んで、動けないように足を突き刺すなり切り落とすなどした。
誰かに助けを求めることもできず、愛着のある町から離れることもできず、自害もかなわない。
切っても生えてくる四肢にウンザリしながら、そうやって何度も時間を過ごした。
そんな日常を送る中、妹が日本に行ったと知ってしまったのは、本当に不幸だとしか言いようがない。
古びた納屋の中で、じわじわと生えてくる足をぼんやり眺めているときだった。外を歩く男の声が、割れた窓から耳に飛び込んできた。
それはヒロヤもよく世話になった、キャバッローネファミリーの構成員2人の声だった。
「そういやレイが日本に帰ってから、ボスも忙しくなっちまったな。日本に行かないのがこんなに続くなんて久しぶりだぜ」
「しょうがねえ、表の事業が軌道に乗ってんだ。まああいつはしっかりしてるから大丈夫だろ」
その言葉を最後まで聞いてしまったこと、そしてその意味を理解をしてしまったことに、全身が恐怖で粟立った。
妹が、日本に。行先は高確率で並盛だ。
何かに強い愛着を抱いている場合、それを想起してしまうと衝動を抑え込むのは非常に困難だった。
この数年で嫌というほど思い知ったはずなのに。
案の定、脅迫まがいのヒッチハイク、何もなければ自身の足で歩くを繰り返し、アジアの東端までやってきてしまった。
そしてフェリーに潜り込んで日本に密入国して、そこからさらに歩いて。
気付けば幼少期を過ごした並盛町にたどり着いていた。
ある程度人のいる場所さえ選べば、飲食も休養も必要がない体は、人間よりも早く目的地へとついてしまう。
残された唯一の家族といえど、執着度合いがおかしいだろ、シスコンじゃあるまいし。
そう自嘲するも結果は何も変わらない。
「そこまで変わってないな……」
視界が記憶と合致してくる。もちろん10年も経てば増える建物、消える建物があるわけだが、それでも街並みが記憶とたいして変わらなかった。
郷愁を覚えてはいけない。強い感情は体を支配してしまう。
不意に人の気配がした。
記憶よりだいぶ寂れた呉服店、その陰に身を潜めて様子を伺う。
女子中学生2人のようだ。
変わっていなければこの辺りは並盛中の学区だが、制服が記憶と異なる。確か自身が日本にいたころは学ランとセーラー服だったが、いつブレザーに変わったのだろうか。
「……でね、今度一緒にケーキバイキングに行こうって。花は?」
「元取れるほど食べられないからなぁ。普通にお茶するとき誘ってよ」
「そっかぁ……、分かった!」
楽し気に会話に花を咲かせている彼女達は、ヒロヤの存在に全く気付いていない。隙を見てここから離れなければ。
「そういえば、レイちゃんはタルトが好きだって言ってたんだよね」
突如聞こえた名前に、コアが狂ったようにケタケタ笑い始める。
ああ、そうだ、あの子はタルトが好きだった。タルト台の、あのサクサクとした触感が小さい頃から大好きだったのだ。
昔、従弟が間違って妹用のタルトを食べた時、それはそれは盛大に喧嘩をして、2人そろって大泣きをした。
叔母が困りながら、母が大笑いをしながら仲裁をしていた。
いけない、懐かしんではいけない。
あの少女が口にした名前の子は、自分の妹ではないかもしれない。偶然にも名前が一緒なだけで、好きなケーキも一緒なだけかもしれない。
「じゃあ誘ってみたら?」
「ケーキバイキング、好きかなぁ」
「好き嫌いとかなさそうだし大丈夫でしょ。昼ご飯見てると沢田と同じくらい食べてるから小食でもないし」
「じゃあ誘ってみる!」
沢田、という懐かしい響きで、指が震える。
珍しい苗字ではない、どこにだってある苗字だろう。
そう必死に言い聞かせても意味がない。
熱された炭酸のような不快感が全身を駆け巡り、呼吸が浅くなる。いつもの、嫌な衝動が全身を襲う。
やってしまった、何かを強く想ってしまった。
いつだってこれで台無しになるのに、どうしていつまで経っても学習しないんだ。少女達を狙うように、じり、と爪先が狙う。
いくつかさらに言葉を交わした後、三差路で少女達は手を振りあって別の道を歩いていく。
ヒロヤの足は、明るい髪色の少女の方に向かって進む。
まだ衝動に抗うな。まだ体を委ねろ。
これはこの数年間で思えた手法だ。決定的な行動をする前に抵抗をすると、本当に大事なところで制御が利かなくなるのだ。
自分を殺しに来た男を返り討ちにしてしまい、その際に奪ったフード付きマントが、湿り気を含んだ風で重たく揺れる。
真後ろに立ち、手が細い首へと伸びていく。どくん、と少女の肩と血流が跳ねるのを指で感じた。
今だ。
もうおおよそダメになっているであろうコア、その中に残されたわずかな理性が衝動へと抗い始める。
気を失う程度、少女の生きるための活力を奪った。
恐怖を覚える時間すら与えないように、なるべく急いで、しかし奪いすぎず。
指先から体内に温かいものが流れ込んで、力の抜けた少女の体を抱き留める。
震え始めた右手を左手で掴み、自身の口元へ運んで思い切り噛み付いた。
まあまあ痛い。
少なくともこの子を安全な所に置くまで、体に好きに動いてもらっては困る。
ほんの30メートルの距離に公園があった。人の気配はない。公園ならベンチがあるはずだ。少女を左腕だけで担ぎ上げ、カバンも何とか指にかけ。
右手の皮膚が破れる音と、流れる生ぬるい血を口の中に感じながら、足を動かす。
公園に入るころには、歯は肉を潰し終えて直に骨を噛んでいた。
ベンチがまだ湿っていることに気付くが、もう時間がない。申し訳ないと思いつつも、その体をそっとベンチに置いた。
背もたれにもたれかかるように、無理な体勢にならないように。
カバンも汚れないようにベンチに置いて。
一歩離れた瞬間、右手が口から飛び出して、腰に下がった剣に伸びる。
それよりも先に左手で剣を抜き、右手首から下を切り落とした。
何度やっても慣れない激痛に、喉から無様にもうめき声が漏れる。
しかしこの痛みでまた、凶行を先延ばしにできる。
鳩尾が邪魔をするなと叫んでいるのか、熱くて仕方ない。
いずれ消えると分かっていても、目覚めた少女が驚かないように落ちた腕をベンチの下へと蹴り入れ、砂地を足で荒らすことで血の跡を隠す。
そして足を引きずるようにして公園を出た。
公園からほど近い場所で、雑木林に囲まれた小さな小山を見つけた。
石段がある。神社だろうか。
今日はここでいい。
石段のある場所を避け、何の整備もされていない、獣道すらない藪の中を進んでいく。
小山の中腹、風と雨の音だけに包まれた場所で、太ももに何度か剣を突き立てた。
肩で息をしながら、体が動かせなくなったことに安堵する。
誰か、親切な人があの子を見つけてくれますように。
あの子の中に恐怖が残っていませんように。妹があの子と友達ではありませんように。
誰でもいいから、この悪夢のような日々を終わらせてくれますように。
叶う宛のない願いをぶら下げたまま、こめかみをクヌギに押し付けて目を閉じる。
太ももの傷口が1つ、じくりと音を立てて塞がっていった。
あまり人に会わないよう、調子がいい時でも出歩くのは夜か雨の日にしている。日本がちょうど梅雨時だから油断をしていた。
人が外を歩き始める前に、身を隠せるところに行かなければ。
できれば人の寄り付かない雑木林や廃墟などが望ましい。
ここ最近は調子がいい。今までで一番、体が思うように動かせる気がする。
しかし、油断はできない。
そろそろ限界が近いことも何となく察している。
ここを超えたら、きっともうこんな風に動くことも叶わない。最後のチャンス、最後の猶予。
さて、誰が終わらせてくれるだろうか。
一般市民を盾に腕に何かを撃ち込まれ、仇討ちも、自害も叶わず。そんな状態のヒロヤは、キャバッローネの町の路地裏に捨て置かれた。
実験だ。
嘲笑うことすらせず、そのまま去っていく彼らを追うこともできず。
ただ自身の体に異常が起きていることだけを自覚して、立ちすくむことしかできなかった。
だというのに、よりによってディーノはヒロヤを見つけてしまった。
それを嬉しいと感じてしまった。
親友でありオーナー。その存在に安堵と喜びを覚えるなという方が無理だったのだ。
彼の顔を見た瞬間、鳩尾の奥できしむ音がした。
狂った笑い声のような耳鳴りが響いて、気付けば右腕は剣を抜いていた。
それからはもう、散々だった。意識をすればするほど、体は勝手に動く。
傷付けたくないと願うほど、体は悲鳴と血を求めるように闊歩した。
こんなことなら戦う力なんで身につけなければよかった。
コアがおかしいということだけは分かる。
自身の願いとは明後日の方向に体が動くとき、コアのある場所がひどく痛むのだ。
しかし、体のどこかに激痛が走れば、瞬間的であれコアの異常が落ち着くのか、あるいは指示系統が狂うのか、融通が利くことが分かっている。
足はダメだ。
体が正気のうちにその場から離れなければ、また相手を傷付けてしまう。
その点、腕はいい。体の一部、特に左腕は、不思議と思うとおりに動くことが多かった。
だから誰かに切りかかりそうになったら、その時はいつも左腕で右腕を切り落としていた。
それに、常に体の自由が利かないというわけではないのは幸運だった。調子が良ければ数日間はうまいこと体が動く。
そういう時に人気のない場所に体を押し込んで、動けないように足を突き刺すなり切り落とすなどした。
誰かに助けを求めることもできず、愛着のある町から離れることもできず、自害もかなわない。
切っても生えてくる四肢にウンザリしながら、そうやって何度も時間を過ごした。
そんな日常を送る中、妹が日本に行ったと知ってしまったのは、本当に不幸だとしか言いようがない。
古びた納屋の中で、じわじわと生えてくる足をぼんやり眺めているときだった。外を歩く男の声が、割れた窓から耳に飛び込んできた。
それはヒロヤもよく世話になった、キャバッローネファミリーの構成員2人の声だった。
「そういやレイが日本に帰ってから、ボスも忙しくなっちまったな。日本に行かないのがこんなに続くなんて久しぶりだぜ」
「しょうがねえ、表の事業が軌道に乗ってんだ。まああいつはしっかりしてるから大丈夫だろ」
その言葉を最後まで聞いてしまったこと、そしてその意味を理解をしてしまったことに、全身が恐怖で粟立った。
妹が、日本に。行先は高確率で並盛だ。
何かに強い愛着を抱いている場合、それを想起してしまうと衝動を抑え込むのは非常に困難だった。
この数年で嫌というほど思い知ったはずなのに。
案の定、脅迫まがいのヒッチハイク、何もなければ自身の足で歩くを繰り返し、アジアの東端までやってきてしまった。
そしてフェリーに潜り込んで日本に密入国して、そこからさらに歩いて。
気付けば幼少期を過ごした並盛町にたどり着いていた。
ある程度人のいる場所さえ選べば、飲食も休養も必要がない体は、人間よりも早く目的地へとついてしまう。
残された唯一の家族といえど、執着度合いがおかしいだろ、シスコンじゃあるまいし。
そう自嘲するも結果は何も変わらない。
「そこまで変わってないな……」
視界が記憶と合致してくる。もちろん10年も経てば増える建物、消える建物があるわけだが、それでも街並みが記憶とたいして変わらなかった。
郷愁を覚えてはいけない。強い感情は体を支配してしまう。
不意に人の気配がした。
記憶よりだいぶ寂れた呉服店、その陰に身を潜めて様子を伺う。
女子中学生2人のようだ。
変わっていなければこの辺りは並盛中の学区だが、制服が記憶と異なる。確か自身が日本にいたころは学ランとセーラー服だったが、いつブレザーに変わったのだろうか。
「……でね、今度一緒にケーキバイキングに行こうって。花は?」
「元取れるほど食べられないからなぁ。普通にお茶するとき誘ってよ」
「そっかぁ……、分かった!」
楽し気に会話に花を咲かせている彼女達は、ヒロヤの存在に全く気付いていない。隙を見てここから離れなければ。
「そういえば、レイちゃんはタルトが好きだって言ってたんだよね」
突如聞こえた名前に、コアが狂ったようにケタケタ笑い始める。
ああ、そうだ、あの子はタルトが好きだった。タルト台の、あのサクサクとした触感が小さい頃から大好きだったのだ。
昔、従弟が間違って妹用のタルトを食べた時、それはそれは盛大に喧嘩をして、2人そろって大泣きをした。
叔母が困りながら、母が大笑いをしながら仲裁をしていた。
いけない、懐かしんではいけない。
あの少女が口にした名前の子は、自分の妹ではないかもしれない。偶然にも名前が一緒なだけで、好きなケーキも一緒なだけかもしれない。
「じゃあ誘ってみたら?」
「ケーキバイキング、好きかなぁ」
「好き嫌いとかなさそうだし大丈夫でしょ。昼ご飯見てると沢田と同じくらい食べてるから小食でもないし」
「じゃあ誘ってみる!」
沢田、という懐かしい響きで、指が震える。
珍しい苗字ではない、どこにだってある苗字だろう。
そう必死に言い聞かせても意味がない。
熱された炭酸のような不快感が全身を駆け巡り、呼吸が浅くなる。いつもの、嫌な衝動が全身を襲う。
やってしまった、何かを強く想ってしまった。
いつだってこれで台無しになるのに、どうしていつまで経っても学習しないんだ。少女達を狙うように、じり、と爪先が狙う。
いくつかさらに言葉を交わした後、三差路で少女達は手を振りあって別の道を歩いていく。
ヒロヤの足は、明るい髪色の少女の方に向かって進む。
まだ衝動に抗うな。まだ体を委ねろ。
これはこの数年間で思えた手法だ。決定的な行動をする前に抵抗をすると、本当に大事なところで制御が利かなくなるのだ。
自分を殺しに来た男を返り討ちにしてしまい、その際に奪ったフード付きマントが、湿り気を含んだ風で重たく揺れる。
真後ろに立ち、手が細い首へと伸びていく。どくん、と少女の肩と血流が跳ねるのを指で感じた。
今だ。
もうおおよそダメになっているであろうコア、その中に残されたわずかな理性が衝動へと抗い始める。
気を失う程度、少女の生きるための活力を奪った。
恐怖を覚える時間すら与えないように、なるべく急いで、しかし奪いすぎず。
指先から体内に温かいものが流れ込んで、力の抜けた少女の体を抱き留める。
震え始めた右手を左手で掴み、自身の口元へ運んで思い切り噛み付いた。
まあまあ痛い。
少なくともこの子を安全な所に置くまで、体に好きに動いてもらっては困る。
ほんの30メートルの距離に公園があった。人の気配はない。公園ならベンチがあるはずだ。少女を左腕だけで担ぎ上げ、カバンも何とか指にかけ。
右手の皮膚が破れる音と、流れる生ぬるい血を口の中に感じながら、足を動かす。
公園に入るころには、歯は肉を潰し終えて直に骨を噛んでいた。
ベンチがまだ湿っていることに気付くが、もう時間がない。申し訳ないと思いつつも、その体をそっとベンチに置いた。
背もたれにもたれかかるように、無理な体勢にならないように。
カバンも汚れないようにベンチに置いて。
一歩離れた瞬間、右手が口から飛び出して、腰に下がった剣に伸びる。
それよりも先に左手で剣を抜き、右手首から下を切り落とした。
何度やっても慣れない激痛に、喉から無様にもうめき声が漏れる。
しかしこの痛みでまた、凶行を先延ばしにできる。
鳩尾が邪魔をするなと叫んでいるのか、熱くて仕方ない。
いずれ消えると分かっていても、目覚めた少女が驚かないように落ちた腕をベンチの下へと蹴り入れ、砂地を足で荒らすことで血の跡を隠す。
そして足を引きずるようにして公園を出た。
公園からほど近い場所で、雑木林に囲まれた小さな小山を見つけた。
石段がある。神社だろうか。
今日はここでいい。
石段のある場所を避け、何の整備もされていない、獣道すらない藪の中を進んでいく。
小山の中腹、風と雨の音だけに包まれた場所で、太ももに何度か剣を突き立てた。
肩で息をしながら、体が動かせなくなったことに安堵する。
誰か、親切な人があの子を見つけてくれますように。
あの子の中に恐怖が残っていませんように。妹があの子と友達ではありませんように。
誰でもいいから、この悪夢のような日々を終わらせてくれますように。
叶う宛のない願いをぶら下げたまま、こめかみをクヌギに押し付けて目を閉じる。
太ももの傷口が1つ、じくりと音を立てて塞がっていった。
6/6ページ