有痛
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そこに立っていたのは、20代前半と思しき若い男だった。
マントに隠れていた右腕は、右手こそあったが指がない。まるで中途半端に再生しているようで、不気味に見えた。
髪色はツナのものとよく似ていて、しかしツナよりは柔らかそうに跳ねている。顔は東アジア系、身長も獄寺と山本の中間程度で、日本人の平均と大きく乖離しているようには見えない。
日本において特段に目立つような容姿ではない。しかし、その眉間には怒りと悲しみが混ざったような深いしわが刻まれて、目は何かを酷く憂いているように仄暗かった。
その顔は少し、誰かに似ていた。
「え……?」
ツナの声が、音の止まった工場の中に零れ落ちる。
それを聞いて、獄寺は確信した。一番ありえないと、一番起きてほしくないと思っていたことが、事実であったことを理解してしまった。
男は顔が露わになったことすら気にする様子もなく、表情ひとつ動かさずにツナの顔を見ている。
対するツナも動かない。違う、動けていない。
愕然とした顔で『灰の手』の顔を見つめ、額の炎はどんどんと小さくなっていく。震える口から言葉は出ず、浅い呼吸を繰り返していた。
かすれるような音を立てて、とうとうツナの額の炎は消えてしまう。それでもまだその目は大きく見開かれたまま、目の前の男に向けられ続けている。
男が一歩、ツナに近付いた。そして剣を握る左手を引き、そのまま突き出さんとした。それに一瞬遅れてツナが反応するが、動揺が酷いのか体の動きが間に合っていない。
「10代目!!」
「ツナ!!」
叫んで手を伸ばしても間に合わない。ボンゴレギアを発動させるにも、不安がある距離だ。リボーンと対峙することを躊躇うべきではなかった、と後悔が頭をよぎる。
次の瞬間、レイがダガーを手放し、空になった手でツナの腕を掴み、獄寺達の方へ投げ飛ばした。山本と共に咄嗟にツナの体を受け止めるも、勢いを殺し切れずにそのまま3人で床に転がる。回る視界で一瞬、男の剣がレイに迫るのが見えた。
「っ、瀬切!!」
いち早く体を起こした山本の、悲鳴のような声が鼓膜を突き刺した。後を追うように顔を上げ、獄寺は目を見開いた。
『灰の手』の剣がレイの脇腹を貫いていた。背中側に抜けた剣先から、赤い雫が垂れている。ぽたりぽたりと滴り落ちて、レイの背後のコンクリートにしみを作っていく。
ツナが体を起こし「あ、ああ……」と泣きそうな声を漏らした。
山本が竹刀を手に駆け寄ろうとすると。
「来るな!!」
体を貫かれているはずのレイの声が、酷くハッキリと響いた。
痛みのせいか表情を歪めているが、その目は真っすぐに『灰の手』に向けられている。
『灰の手』は、立ったまま動かない。表情は、相変わらず変わらない。
レイは自身に突き刺さる剣を掴み、傷口を広げないように真っすぐ後ろに下がった。血と共にずるりと剣は抜け、レイと『灰の手』の間にまた距離が生まれる。刺し傷自体は小さいのか、そこまで出血量は多くない。しかしレイの足元に新しい血溜まりが生まれていく。
「山本、獄寺。ツナをこっちに来させないでくれ」
そう言い放って、レイは短剣を握る手に力を込めた。短剣の剣身がまた白く輝く。仄かに炎のようなものが立ちのぼって見えるのは、気のせいだろうか。
『灰の手』に向かってレイの体が駆けた。体の動きに合わせて、レイのいた場所で赤い雫が舞う。また剣戟の音が建屋の中に響き始めた。
「ダメだ、あんなの……。止めなきゃ……」
ゆらりとツナが立ち上がる。その肩にリボーンが飛び乗り、ツナの髪をぐいと引っ張った。
「今お前が行っても足手纏いになるだけだ。ここにいろ。見たくなきゃここから出ろ」
リボーンの言葉に、再度ツナがその場にへたり込み、リボーンはその肩から降りた。とうとう、ツナの目に涙が溜まってゆらゆらと揺れ始める。
古里一家を家光が惨殺したと聞いた時とはまた別の、困惑と悲痛に満ちた表情だ。
「ツナ、あれが誰か知ってんのか?」
山本がツナの背を支えながら問う。視線は戦う2人から外さず、ツナは口を開いた。
「……ヒロヤ兄ちゃん」
ぼそりと呟かれた言葉に、山本が息を呑んだ。
その名前は、春にイタリアで聞いたものだ。レイの兄、ツナのもう1人の従兄の名前だ。
獄寺の予想が当たってしまった。『灰の手』の正体が、レイの兄かもしれないという予想が当たってしまった。
「で、でも、あいつの兄貴は……」
山本の声は動揺していた。無理もない。彼はすでに死んでいると聞いていたのだ。
だから、獄寺もこの仮説を打ち立てた時は、キャバッローネに強い恨みを持つものによる、幻覚の類を使った死者の冒涜ではないかとも考えたらした。
しかし実際は幻覚ではなかった。もし幻覚であればツナが気付かないはずがないのだ。
であれば、あれは本物のレイの兄である、瀬切ヒロヤだということになる。
死んだというのは嘘であり、『灰の手』の正体が自身の兄であることをレイが、そしてリボーンやディーノが知っていたのだとすれば。それをあえて黙っていたとするのなら。それは偏にツナのために他ならなかったのではないか。
勝手に不信感を募らせ、衝動的に追ってしまった自分達の行動は、もしかしたらとてつもなく浅はかで、獄寺が一番守りたい人の心に深傷を残してしまうものだったのではないか。
「こんなの、お前は見たくなかっただろ。レイもディーノも、オレも、見せたくはなかった」
リボーンの平坦な声が、剣戟と共に鼓膜を打つ。ツナは、首を縦にも横にも振ることなく、ただ従兄妹の戦いを見つめていた。
『灰の手』、否、ヒロヤの剣先がレイの腿をかすめて布を裂き、レイのダガーがヒロヤの頬をかすめて数本の髪を切り落とす。
リーチだけでいえば圧倒的にレイの方が不利だろう。しかし、実際には追い込まれ方に差を感じない。そして、レイの短剣が相手の体の中心を突こうとしていることに、確実に命を奪おうとしていることに、獄寺はやっと気付いた。
恐らく、剣の使い手である山本は、もっと前から気付いていたことだろう。横目で見た山本も、レイから目を逸らさず、眉を寄せ、唇を嚙んでいた。
彼も同じように無力感に襲われている。ここに来るべきではなかったのではないか。ツナにこの光景を見せるべきではなかったのではないか、と。
2人がほぼ同時に構え、その剣先を互いに向かって躊躇いなく向ける。
「あ」
ツナの足が地面を蹴り上げる音と同時に、自分の間抜けた声が響く。
駆け寄ってしまう。あの兄妹のところに、従兄妹のところに、ツナが割って入ってしまう。止めなければ。しかし、止めたなら、一番悲惨な光景が彼の目に飛び込んでしまう。
一瞬躊躇った獄寺より少し早く、山本が前のめりになりながら立ち上がった。獄寺も考えることをやめて、とにかくツナの無事のために、足裏で地面を踏みしめた。
しかし、誰一人として間に合わなかった。
ツナの向こう側で、男の剣が、レイの左肩を裂く。赤い液体が爆ぜて、キラキラと場違いなほど綺麗に輝いて散る。
そしてレイは、傷や痛みに一切怯むことなく男の胸の中に飛び込んで、そして、一瞬だけ白く燃え上がった剣を、男のみぞおちに深く突き刺した。
マントに隠れていた右腕は、右手こそあったが指がない。まるで中途半端に再生しているようで、不気味に見えた。
髪色はツナのものとよく似ていて、しかしツナよりは柔らかそうに跳ねている。顔は東アジア系、身長も獄寺と山本の中間程度で、日本人の平均と大きく乖離しているようには見えない。
日本において特段に目立つような容姿ではない。しかし、その眉間には怒りと悲しみが混ざったような深いしわが刻まれて、目は何かを酷く憂いているように仄暗かった。
その顔は少し、誰かに似ていた。
「え……?」
ツナの声が、音の止まった工場の中に零れ落ちる。
それを聞いて、獄寺は確信した。一番ありえないと、一番起きてほしくないと思っていたことが、事実であったことを理解してしまった。
男は顔が露わになったことすら気にする様子もなく、表情ひとつ動かさずにツナの顔を見ている。
対するツナも動かない。違う、動けていない。
愕然とした顔で『灰の手』の顔を見つめ、額の炎はどんどんと小さくなっていく。震える口から言葉は出ず、浅い呼吸を繰り返していた。
かすれるような音を立てて、とうとうツナの額の炎は消えてしまう。それでもまだその目は大きく見開かれたまま、目の前の男に向けられ続けている。
男が一歩、ツナに近付いた。そして剣を握る左手を引き、そのまま突き出さんとした。それに一瞬遅れてツナが反応するが、動揺が酷いのか体の動きが間に合っていない。
「10代目!!」
「ツナ!!」
叫んで手を伸ばしても間に合わない。ボンゴレギアを発動させるにも、不安がある距離だ。リボーンと対峙することを躊躇うべきではなかった、と後悔が頭をよぎる。
次の瞬間、レイがダガーを手放し、空になった手でツナの腕を掴み、獄寺達の方へ投げ飛ばした。山本と共に咄嗟にツナの体を受け止めるも、勢いを殺し切れずにそのまま3人で床に転がる。回る視界で一瞬、男の剣がレイに迫るのが見えた。
「っ、瀬切!!」
いち早く体を起こした山本の、悲鳴のような声が鼓膜を突き刺した。後を追うように顔を上げ、獄寺は目を見開いた。
『灰の手』の剣がレイの脇腹を貫いていた。背中側に抜けた剣先から、赤い雫が垂れている。ぽたりぽたりと滴り落ちて、レイの背後のコンクリートにしみを作っていく。
ツナが体を起こし「あ、ああ……」と泣きそうな声を漏らした。
山本が竹刀を手に駆け寄ろうとすると。
「来るな!!」
体を貫かれているはずのレイの声が、酷くハッキリと響いた。
痛みのせいか表情を歪めているが、その目は真っすぐに『灰の手』に向けられている。
『灰の手』は、立ったまま動かない。表情は、相変わらず変わらない。
レイは自身に突き刺さる剣を掴み、傷口を広げないように真っすぐ後ろに下がった。血と共にずるりと剣は抜け、レイと『灰の手』の間にまた距離が生まれる。刺し傷自体は小さいのか、そこまで出血量は多くない。しかしレイの足元に新しい血溜まりが生まれていく。
「山本、獄寺。ツナをこっちに来させないでくれ」
そう言い放って、レイは短剣を握る手に力を込めた。短剣の剣身がまた白く輝く。仄かに炎のようなものが立ちのぼって見えるのは、気のせいだろうか。
『灰の手』に向かってレイの体が駆けた。体の動きに合わせて、レイのいた場所で赤い雫が舞う。また剣戟の音が建屋の中に響き始めた。
「ダメだ、あんなの……。止めなきゃ……」
ゆらりとツナが立ち上がる。その肩にリボーンが飛び乗り、ツナの髪をぐいと引っ張った。
「今お前が行っても足手纏いになるだけだ。ここにいろ。見たくなきゃここから出ろ」
リボーンの言葉に、再度ツナがその場にへたり込み、リボーンはその肩から降りた。とうとう、ツナの目に涙が溜まってゆらゆらと揺れ始める。
古里一家を家光が惨殺したと聞いた時とはまた別の、困惑と悲痛に満ちた表情だ。
「ツナ、あれが誰か知ってんのか?」
山本がツナの背を支えながら問う。視線は戦う2人から外さず、ツナは口を開いた。
「……ヒロヤ兄ちゃん」
ぼそりと呟かれた言葉に、山本が息を呑んだ。
その名前は、春にイタリアで聞いたものだ。レイの兄、ツナのもう1人の従兄の名前だ。
獄寺の予想が当たってしまった。『灰の手』の正体が、レイの兄かもしれないという予想が当たってしまった。
「で、でも、あいつの兄貴は……」
山本の声は動揺していた。無理もない。彼はすでに死んでいると聞いていたのだ。
だから、獄寺もこの仮説を打ち立てた時は、キャバッローネに強い恨みを持つものによる、幻覚の類を使った死者の冒涜ではないかとも考えたらした。
しかし実際は幻覚ではなかった。もし幻覚であればツナが気付かないはずがないのだ。
であれば、あれは本物のレイの兄である、瀬切ヒロヤだということになる。
死んだというのは嘘であり、『灰の手』の正体が自身の兄であることをレイが、そしてリボーンやディーノが知っていたのだとすれば。それをあえて黙っていたとするのなら。それは偏にツナのために他ならなかったのではないか。
勝手に不信感を募らせ、衝動的に追ってしまった自分達の行動は、もしかしたらとてつもなく浅はかで、獄寺が一番守りたい人の心に深傷を残してしまうものだったのではないか。
「こんなの、お前は見たくなかっただろ。レイもディーノも、オレも、見せたくはなかった」
リボーンの平坦な声が、剣戟と共に鼓膜を打つ。ツナは、首を縦にも横にも振ることなく、ただ従兄妹の戦いを見つめていた。
『灰の手』、否、ヒロヤの剣先がレイの腿をかすめて布を裂き、レイのダガーがヒロヤの頬をかすめて数本の髪を切り落とす。
リーチだけでいえば圧倒的にレイの方が不利だろう。しかし、実際には追い込まれ方に差を感じない。そして、レイの短剣が相手の体の中心を突こうとしていることに、確実に命を奪おうとしていることに、獄寺はやっと気付いた。
恐らく、剣の使い手である山本は、もっと前から気付いていたことだろう。横目で見た山本も、レイから目を逸らさず、眉を寄せ、唇を嚙んでいた。
彼も同じように無力感に襲われている。ここに来るべきではなかったのではないか。ツナにこの光景を見せるべきではなかったのではないか、と。
2人がほぼ同時に構え、その剣先を互いに向かって躊躇いなく向ける。
「あ」
ツナの足が地面を蹴り上げる音と同時に、自分の間抜けた声が響く。
駆け寄ってしまう。あの兄妹のところに、従兄妹のところに、ツナが割って入ってしまう。止めなければ。しかし、止めたなら、一番悲惨な光景が彼の目に飛び込んでしまう。
一瞬躊躇った獄寺より少し早く、山本が前のめりになりながら立ち上がった。獄寺も考えることをやめて、とにかくツナの無事のために、足裏で地面を踏みしめた。
しかし、誰一人として間に合わなかった。
ツナの向こう側で、男の剣が、レイの左肩を裂く。赤い液体が爆ぜて、キラキラと場違いなほど綺麗に輝いて散る。
そしてレイは、傷や痛みに一切怯むことなく男の胸の中に飛び込んで、そして、一瞬だけ白く燃え上がった剣を、男のみぞおちに深く突き刺した。