有痛
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「もしもし、どうしたの?」
ツナが電話に出るのを横目に、獄寺は缶コーヒーに口を付けた。
ツナの手前、だらだらと飲むのは格好がつかない気がして、缶に角度を付ける。速度を保ったコーヒーが喉の奥へと流れて、体を内側から冷やしていく。
缶の中が空になったところで、ツナが「えっ!?」と声を上げたので、獄寺は慌てて缶を併設のゴミ箱に入れた。
「な、なんで……、うん……」
炎真との会話が進むごとに、ツナの顔色が悪くなっていく。
「ゲーセンの裏の……、うん、分かった。すぐに行く」
通話を切ったツナはもう一度電話を掛けた。
「もしもし、フゥ太?」
自宅で留守番をしているであろう子どもに遅くなると声をかけてから、ようやくツナが顔を上げて獄寺を見た。その瞳は動揺で揺れている。彼のこんな顔は久しぶりに見た。
ツナは何も言わずに沢田家とは真逆の方に足を進め、獄寺もそれに何も言わずについていく
「クロームが、倒れたって」
「なっ!?し、しかし瀬切も一緒にいるはずじゃあ……」
「エンマもあまりちゃんとは見てないみたいだったけど」
小走りで繁華街の方に向かいながら訊けば、ツナの歯切れが一気に悪くなる。
「炎真達には、まるでレイがクロームを倒したように見えた……って」
与えられた情報に言葉を失う。
獄寺から見てもあの2人はかなり仲が良い。それが何をどう間違えばそんなことをするというのか。
今一番この情報を信じたくないのはツナのはずだ。だから、獄寺はこれ以上何も言わずに足を動かすことに注力した。
走っていった先は、繁華街から外れたところにある、少し古いゲームセンターの裏手だった。
ゲームセンターやパチンコ店が立ち並ぶそこは、音こそ騒がしいが人通りはほぼないに等しく、獄寺も何度かチンピラに絡まれたことがある程度には、あまり治安が悪い。
建物の影の中、見知ったシルエットを見て速度を上げる。
「エンマ!クローム!!」
ツナの声に、影のうちの1つが素早くこちらを振り返った。
「ツナ君!」
膝を着いてこちらに手を振る炎真と、地面にぐったりと座り込むクローム、そして彼女の体を支えるアーデルハイトが見えた。
クロームは意識がもうろうとしているのか、その体をアーデルハイトに任せた状態で動かない。呼吸はしているし、いつかのように酷く体調を害しているようには見えないのが救いだった。
ツナが何度か呼びかけると、クロームは怠そうにゆっくりと瞼を押し上げて、ツナを見た。
「クローム!大丈夫!?」
「……ボ、ス?」
意識を取り戻したクロームに一安心して、獄寺は炎真に問い掛けた。
「10代目から少し聞いた。本当に瀬切だったのか?」
「う、うん。僕達も直前に何があったかはほとんど分からないし、遠目だったけど……」
炎真、アーデルハイト、そしてジュリーの3人で買い出しに向かったところ、ちょうど今いる場所からクロームの声が聞こえた。
あまりに切羽詰まった声だったため走って向えば、ちょうどクロームがレイに幻覚を放ったところだった。
しかしレイはそれを一切意に介することなく、クロームに手を伸ばし、その掌がクロームの首に触れて数秒後、クロームは膝から崩れ落ちたという。
クロームの体を受け止めたレイは、クロームの体をそっと壁にもたれかかるようにして座らせた。そして呆然とする炎真達を一瞥して、その場を去っていったという。
「僕も『大地の重力』を早く使えばよかったんだけど、すぐに視界から外れちゃって……」
ごめん、と項垂れる炎真を庇うように、アーデルハイトも続けた。
「炎真だけの責任ではないわ。私も反応が遅れてしまった。ごめんなさい。今、一応ジュリーが追っているけど……」
「話題に出してくれたとこワリィけど、見失っちまったわ」
背後からヌッと出てきた男に、獄寺の肩が跳ねた。ジュリー、と炎真が呼べば、彼は困ったように頬を掻く。
「撒かれた」
「ジュリー……」
「いやホントに!手を抜いたとかじゃねーって!」
じっとりとアーデルハイトに睨まれて、ジュリーは慌てて両手を振る。
「言い訳っぽくなっちまうけど、瀬切ちゃんとオレは相性悪いみてぇなのよ。生半可な幻覚とか無意味っぽいわ」
「ツナ君みたいに見破っちゃうってこと?」
「いや、沢田とは違う。見破るんじゃなくて、そもそも幻覚を認識してないって感じ」
幻覚を認識していない。その言葉の意味が理解できず、全員が首を傾げる。あごひげをいじりながら、ジュリーは言葉を選ぶように目を閉じて思案する。
「あーっと……、沢田は幻覚が幻覚であることを見破ることはできる。でも幻覚を見たり感じたりもできるし、あまりに強力な術だと区別がつかないこともある。だよな?」
「は、はい」
「オレもだし、どれだけ強い術師でも五感が生きてる限り、他人の作った幻覚の影響を一切受けないようにするなんてのは基本無理。でも瀬切ちゃんは多分違う。幻覚が精神に一切作用できない。見破るんじゃなくて、そもそも見えてない、そこにあることが分かってない。そんな感じ」
「幻術は幻覚で五感に影響を与える術でしょう?逆に言えば五感での認識ができなければ、幻術の影響を受けることがない、ということ?」
アーデルハイトの言葉に「そゆこと」と軽く返しつつ、ジュリーは話を続けた。
「髑髏ちゃんの幻覚に対して、躊躇いなく真っすぐに突っ込めたのもそのせいだろうな」
「ゆ、有幻覚は?」
「1個だけとっさに作っちまったのか、有幻覚は混ざってた。ただ、髑髏ちゃんの方が躊躇ったのか、瀬切ちゃんの行動に対して支障のないところに行っちまったからそこは何とも」
ま、あくまでもオレの仮説だけど、とジュリーは肩をすくめる。
辻褄こそあっていると感じる仮説だが、果たして本当にそんな人間が存在するのだろうか。
ジュリーの言う通り、骸をはじめとする強力な術師ですら、他人の術を裏返すことはできても認識しない、できない、なんてことはできないはずだ。
考え込んでいると「大丈夫!?」とツナが声を上げる。目を向ければ、意識が戻ったらしいクロームが額を抑えている。獄寺もすぐさま2人のところに駆け寄って膝を着く。
頭がゆらゆらと揺れ、今にも意識を失う寸前に見えて肝が冷える。
「ク、クローム!頭痛いの!?」
「ボス、獄寺君……」
クロームの顔色は悪かった。それでもその目がツナを捉えると、ツナの腕を掴んで必死に訴えた。
「お願いボス、レイを、レイを1人にしないで……」
「クローム……?」
「何をしようとしてるのか、分からないけど、でも……っ!」
急に声を上げたせいか、クロームの体がぐらつく。咄嗟にツナとアーデルハイトが支える。
息を整えるように細い肩が上下する。
「何があったんだ?」
「知らない男の人が……、マントみたいなのを被った、男の人がいたの」
「『灰の手』……!」
「それで、何かされた?」
ゆっくりとクロームは首を横に振る。
「私は何も。その人はすぐどこかに走って行っちゃった。でも、レイはその人を見て」
クロームの大きな右目から、ぼろりと大粒の涙が零れた。
「『行かなきゃ』って言ってたの。酷い顔をしてたから、だから行ってほしくなくて。でも、ダメ、だった。何もできなかった……。ごめん、なさい……」
「あっ、クローム!?」
謝罪の言葉と涙をこぼして、またその体が力を失って倒れ込んだ。それを見て、炎真がツナの肩を叩いた。
「ツナ君、瀬切君を探しに行きなよ」
「エンマ……」
「体調が落ち着くまでうちで様子見るよ。いいよね?アーデル」
炎真に目を向けられたアーデルハイトも、クロームの体を再度自分にもたれさせながら、ツナに対して頷いて見せた。ツナは少し考えて口を開いた。
「ありがとう、でも大丈夫。だよな?骸」
不意に獄寺の背筋に悪寒が走る。
ツナを背中に庇うように立ち上がれば、鳥肌が立つのに合わせ、霧が辺りを覆い尽くし、音もなく骸が現れた。
口元にうっすらと笑みを浮かべながら、ツナに歩み寄っていく。今更何をするとも思えないが、警戒は解かずに問い掛ける。
「骸、てめぇ何でここに」
「私用でふらついていたら見知った気配がしたので、少し様子を見に来ただけです」
相も変わらず食えない表情ではあるが、その視線は獄寺の後ろ、クロームに向けられている。その目に敵意や害意は見受けられず、獄寺はゆっくりと骸に道を譲った。自分の近くに膝を着いた骸に、ツナは特に警戒を滲ませることなく問い掛けた。
「クローム、大丈夫なのか?」
ツナからの質問を受けながら、骸はアーデルハイトからクロームを受け取る。
「無事ですよ。強いて言えば活力が少し減っている」
「活力って?」
「死ぬ気の炎の大本、つまり生命エネルギー。多少失ったところで大きな影響はありません。一時的に貧血のような症状が出るだけです」
クロームを横抱きにして立ち上がり、ツナを見下ろしながら骸は言い放った。
「ああ、『奪われた』という方が正確かもしれませんね。瀬切レイに」
「てめぇ!」
明らかに非難を込めた言葉だった。最も敬愛する人のの顔が引き攣るのを見て、獄寺の頭に血が上る。
ここにいる誰もがその可能性を考えているのは理解している。
しかし明言する必要などなかったはずだ。よりによって従兄であり、今レイのことを最も案じているツナの前で言う必要など。
骸の胸倉を掴もうと手を伸ばし、クロームを抱えていることを思い出した。爪を手のひらに食い込ませながら伸ばしかけた腕を下ろす。
その程度のことでクロームを落とすような男だとは思わないが、万が一クロームが怪我をしたら、ツナはさらに悲しむことだろう。
やり場のない怒りを持て余していると、肩に温かいものが触れた。振り返れば、ツナが獄寺の肩に手を置いている。
「獄寺君、大丈夫」
先ほどまでの曇った顔はもうなかった。琥珀色の瞳がこちらを向くだけで、怒りが霧散するのだから本当に不思議なものだ。
獄寺の荒波が収まったのを分かってか、今度はその目を骸に向けた。
「骸、何か知ってたら教えてくれ」
「今回の一件について僕が知っている情報は、君達と大差ありません。瀬切レイの行方も含めてね」
骸の回答は素っ気ないが、そこに嘘が含まれているようには思えなかった。
これ以上得られる情報はないかと諦めかけたとき、「ただし」と彼は言葉を続けた。
「この子の面倒を見てくれたお礼に、僕の知っていることを少しだけお伝えしましょう」
数秒、言葉を選ぶように黙り、骸はゆっくりと口を開く。
「まず、加藤ジュリーの予想は、抜けこそあるがおおよそ正しい。そしてもう一つ。今回の一件は『灰の手』が関わっており、『灰の手』と瀬切レイには少なからぬ因縁がある」
因縁、とツナの口がなぞるように動く。
「これ以上は僕の口から話すことではない。知りたければ本人か、君のところの家庭教師にでも訊きいてください」
では、と言い残し、骸とクロームは溶けるように消えてしまった。
「レイ、探さなきゃ」
ツナの呟く声に背中を叩かれた気がした。時間を確認すれば、午後3時30分。
携帯の履歴から山本の名前を探し、獄寺は通話ボタンを押した。探すのであれば人手が多い方がいい。時間からして今日の練習は終わっているはずだし、レイの名前を出せば嫌とは言わないことは分かっている。
しかし、電話口からは無機質な女性のアナウンスボイスが流れるだけだった。
「くっそ、あんのバカ!」
電源を切ることはないと言っていたので、恐らく充電が切れたのだろう。この肝心な時に、と苛立ちを隠せない獄寺に、炎真が「ちょっと待ってね」と言いながら自身の携帯電話を取り出す。
「もしもし、薫?急にごめん。山本君、隣にいる?……うん、獄寺君が。ありがとう。……獄寺君、このまま喋っていいよ」
「悪ぃ、助かる」
携帯電話を受け取り、スピーカーに耳を当てる。ガサガサという音がした後、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。
「獄寺?おーい、聞こえるか?」
「聞こえるにきまってんだろ!携帯の充電くらいしとけ、野球バカ!」
「悪ぃ悪ぃ。で、何かあったのか?」
能天気な声に頭が痛くなってくる。しかし今はくだらない話をしている場合ではなかった。
自分の中で膨らむ焦りや不安を押し込めるように、一度息を吸ってから山本に伝える。
「瀬切がいなくなった」
短く息を吸い込む音が耳に届いた。
「……なんで」
「アイツが自発的にどっか行った。誘拐じゃねぇ。ただ、『灰の手』絡みだ。今からオレと10代目で探す」
「分かった、オレもすぐに行く。場所は?」
二言三言交わし、炎真に携帯を返す。彼も電話口の薫と少し話し、通話を切った。そしてツナに一歩近づいた。
「ツナ君。僕達も瀬切君を探すの、手伝ってもいいかな」
「炎真……」
「ほら、人探しは多い方がいいでしょ?人混みの方は任せて」
少し照れ臭そうに頬を搔きながら言う炎真に、ツナは少しだけ目を潤ませて「ありがとう」と伝えた。
ツナが電話に出るのを横目に、獄寺は缶コーヒーに口を付けた。
ツナの手前、だらだらと飲むのは格好がつかない気がして、缶に角度を付ける。速度を保ったコーヒーが喉の奥へと流れて、体を内側から冷やしていく。
缶の中が空になったところで、ツナが「えっ!?」と声を上げたので、獄寺は慌てて缶を併設のゴミ箱に入れた。
「な、なんで……、うん……」
炎真との会話が進むごとに、ツナの顔色が悪くなっていく。
「ゲーセンの裏の……、うん、分かった。すぐに行く」
通話を切ったツナはもう一度電話を掛けた。
「もしもし、フゥ太?」
自宅で留守番をしているであろう子どもに遅くなると声をかけてから、ようやくツナが顔を上げて獄寺を見た。その瞳は動揺で揺れている。彼のこんな顔は久しぶりに見た。
ツナは何も言わずに沢田家とは真逆の方に足を進め、獄寺もそれに何も言わずについていく
「クロームが、倒れたって」
「なっ!?し、しかし瀬切も一緒にいるはずじゃあ……」
「エンマもあまりちゃんとは見てないみたいだったけど」
小走りで繁華街の方に向かいながら訊けば、ツナの歯切れが一気に悪くなる。
「炎真達には、まるでレイがクロームを倒したように見えた……って」
与えられた情報に言葉を失う。
獄寺から見てもあの2人はかなり仲が良い。それが何をどう間違えばそんなことをするというのか。
今一番この情報を信じたくないのはツナのはずだ。だから、獄寺はこれ以上何も言わずに足を動かすことに注力した。
走っていった先は、繁華街から外れたところにある、少し古いゲームセンターの裏手だった。
ゲームセンターやパチンコ店が立ち並ぶそこは、音こそ騒がしいが人通りはほぼないに等しく、獄寺も何度かチンピラに絡まれたことがある程度には、あまり治安が悪い。
建物の影の中、見知ったシルエットを見て速度を上げる。
「エンマ!クローム!!」
ツナの声に、影のうちの1つが素早くこちらを振り返った。
「ツナ君!」
膝を着いてこちらに手を振る炎真と、地面にぐったりと座り込むクローム、そして彼女の体を支えるアーデルハイトが見えた。
クロームは意識がもうろうとしているのか、その体をアーデルハイトに任せた状態で動かない。呼吸はしているし、いつかのように酷く体調を害しているようには見えないのが救いだった。
ツナが何度か呼びかけると、クロームは怠そうにゆっくりと瞼を押し上げて、ツナを見た。
「クローム!大丈夫!?」
「……ボ、ス?」
意識を取り戻したクロームに一安心して、獄寺は炎真に問い掛けた。
「10代目から少し聞いた。本当に瀬切だったのか?」
「う、うん。僕達も直前に何があったかはほとんど分からないし、遠目だったけど……」
炎真、アーデルハイト、そしてジュリーの3人で買い出しに向かったところ、ちょうど今いる場所からクロームの声が聞こえた。
あまりに切羽詰まった声だったため走って向えば、ちょうどクロームがレイに幻覚を放ったところだった。
しかしレイはそれを一切意に介することなく、クロームに手を伸ばし、その掌がクロームの首に触れて数秒後、クロームは膝から崩れ落ちたという。
クロームの体を受け止めたレイは、クロームの体をそっと壁にもたれかかるようにして座らせた。そして呆然とする炎真達を一瞥して、その場を去っていったという。
「僕も『大地の重力』を早く使えばよかったんだけど、すぐに視界から外れちゃって……」
ごめん、と項垂れる炎真を庇うように、アーデルハイトも続けた。
「炎真だけの責任ではないわ。私も反応が遅れてしまった。ごめんなさい。今、一応ジュリーが追っているけど……」
「話題に出してくれたとこワリィけど、見失っちまったわ」
背後からヌッと出てきた男に、獄寺の肩が跳ねた。ジュリー、と炎真が呼べば、彼は困ったように頬を掻く。
「撒かれた」
「ジュリー……」
「いやホントに!手を抜いたとかじゃねーって!」
じっとりとアーデルハイトに睨まれて、ジュリーは慌てて両手を振る。
「言い訳っぽくなっちまうけど、瀬切ちゃんとオレは相性悪いみてぇなのよ。生半可な幻覚とか無意味っぽいわ」
「ツナ君みたいに見破っちゃうってこと?」
「いや、沢田とは違う。見破るんじゃなくて、そもそも幻覚を認識してないって感じ」
幻覚を認識していない。その言葉の意味が理解できず、全員が首を傾げる。あごひげをいじりながら、ジュリーは言葉を選ぶように目を閉じて思案する。
「あーっと……、沢田は幻覚が幻覚であることを見破ることはできる。でも幻覚を見たり感じたりもできるし、あまりに強力な術だと区別がつかないこともある。だよな?」
「は、はい」
「オレもだし、どれだけ強い術師でも五感が生きてる限り、他人の作った幻覚の影響を一切受けないようにするなんてのは基本無理。でも瀬切ちゃんは多分違う。幻覚が精神に一切作用できない。見破るんじゃなくて、そもそも見えてない、そこにあることが分かってない。そんな感じ」
「幻術は幻覚で五感に影響を与える術でしょう?逆に言えば五感での認識ができなければ、幻術の影響を受けることがない、ということ?」
アーデルハイトの言葉に「そゆこと」と軽く返しつつ、ジュリーは話を続けた。
「髑髏ちゃんの幻覚に対して、躊躇いなく真っすぐに突っ込めたのもそのせいだろうな」
「ゆ、有幻覚は?」
「1個だけとっさに作っちまったのか、有幻覚は混ざってた。ただ、髑髏ちゃんの方が躊躇ったのか、瀬切ちゃんの行動に対して支障のないところに行っちまったからそこは何とも」
ま、あくまでもオレの仮説だけど、とジュリーは肩をすくめる。
辻褄こそあっていると感じる仮説だが、果たして本当にそんな人間が存在するのだろうか。
ジュリーの言う通り、骸をはじめとする強力な術師ですら、他人の術を裏返すことはできても認識しない、できない、なんてことはできないはずだ。
考え込んでいると「大丈夫!?」とツナが声を上げる。目を向ければ、意識が戻ったらしいクロームが額を抑えている。獄寺もすぐさま2人のところに駆け寄って膝を着く。
頭がゆらゆらと揺れ、今にも意識を失う寸前に見えて肝が冷える。
「ク、クローム!頭痛いの!?」
「ボス、獄寺君……」
クロームの顔色は悪かった。それでもその目がツナを捉えると、ツナの腕を掴んで必死に訴えた。
「お願いボス、レイを、レイを1人にしないで……」
「クローム……?」
「何をしようとしてるのか、分からないけど、でも……っ!」
急に声を上げたせいか、クロームの体がぐらつく。咄嗟にツナとアーデルハイトが支える。
息を整えるように細い肩が上下する。
「何があったんだ?」
「知らない男の人が……、マントみたいなのを被った、男の人がいたの」
「『灰の手』……!」
「それで、何かされた?」
ゆっくりとクロームは首を横に振る。
「私は何も。その人はすぐどこかに走って行っちゃった。でも、レイはその人を見て」
クロームの大きな右目から、ぼろりと大粒の涙が零れた。
「『行かなきゃ』って言ってたの。酷い顔をしてたから、だから行ってほしくなくて。でも、ダメ、だった。何もできなかった……。ごめん、なさい……」
「あっ、クローム!?」
謝罪の言葉と涙をこぼして、またその体が力を失って倒れ込んだ。それを見て、炎真がツナの肩を叩いた。
「ツナ君、瀬切君を探しに行きなよ」
「エンマ……」
「体調が落ち着くまでうちで様子見るよ。いいよね?アーデル」
炎真に目を向けられたアーデルハイトも、クロームの体を再度自分にもたれさせながら、ツナに対して頷いて見せた。ツナは少し考えて口を開いた。
「ありがとう、でも大丈夫。だよな?骸」
不意に獄寺の背筋に悪寒が走る。
ツナを背中に庇うように立ち上がれば、鳥肌が立つのに合わせ、霧が辺りを覆い尽くし、音もなく骸が現れた。
口元にうっすらと笑みを浮かべながら、ツナに歩み寄っていく。今更何をするとも思えないが、警戒は解かずに問い掛ける。
「骸、てめぇ何でここに」
「私用でふらついていたら見知った気配がしたので、少し様子を見に来ただけです」
相も変わらず食えない表情ではあるが、その視線は獄寺の後ろ、クロームに向けられている。その目に敵意や害意は見受けられず、獄寺はゆっくりと骸に道を譲った。自分の近くに膝を着いた骸に、ツナは特に警戒を滲ませることなく問い掛けた。
「クローム、大丈夫なのか?」
ツナからの質問を受けながら、骸はアーデルハイトからクロームを受け取る。
「無事ですよ。強いて言えば活力が少し減っている」
「活力って?」
「死ぬ気の炎の大本、つまり生命エネルギー。多少失ったところで大きな影響はありません。一時的に貧血のような症状が出るだけです」
クロームを横抱きにして立ち上がり、ツナを見下ろしながら骸は言い放った。
「ああ、『奪われた』という方が正確かもしれませんね。瀬切レイに」
「てめぇ!」
明らかに非難を込めた言葉だった。最も敬愛する人のの顔が引き攣るのを見て、獄寺の頭に血が上る。
ここにいる誰もがその可能性を考えているのは理解している。
しかし明言する必要などなかったはずだ。よりによって従兄であり、今レイのことを最も案じているツナの前で言う必要など。
骸の胸倉を掴もうと手を伸ばし、クロームを抱えていることを思い出した。爪を手のひらに食い込ませながら伸ばしかけた腕を下ろす。
その程度のことでクロームを落とすような男だとは思わないが、万が一クロームが怪我をしたら、ツナはさらに悲しむことだろう。
やり場のない怒りを持て余していると、肩に温かいものが触れた。振り返れば、ツナが獄寺の肩に手を置いている。
「獄寺君、大丈夫」
先ほどまでの曇った顔はもうなかった。琥珀色の瞳がこちらを向くだけで、怒りが霧散するのだから本当に不思議なものだ。
獄寺の荒波が収まったのを分かってか、今度はその目を骸に向けた。
「骸、何か知ってたら教えてくれ」
「今回の一件について僕が知っている情報は、君達と大差ありません。瀬切レイの行方も含めてね」
骸の回答は素っ気ないが、そこに嘘が含まれているようには思えなかった。
これ以上得られる情報はないかと諦めかけたとき、「ただし」と彼は言葉を続けた。
「この子の面倒を見てくれたお礼に、僕の知っていることを少しだけお伝えしましょう」
数秒、言葉を選ぶように黙り、骸はゆっくりと口を開く。
「まず、加藤ジュリーの予想は、抜けこそあるがおおよそ正しい。そしてもう一つ。今回の一件は『灰の手』が関わっており、『灰の手』と瀬切レイには少なからぬ因縁がある」
因縁、とツナの口がなぞるように動く。
「これ以上は僕の口から話すことではない。知りたければ本人か、君のところの家庭教師にでも訊きいてください」
では、と言い残し、骸とクロームは溶けるように消えてしまった。
「レイ、探さなきゃ」
ツナの呟く声に背中を叩かれた気がした。時間を確認すれば、午後3時30分。
携帯の履歴から山本の名前を探し、獄寺は通話ボタンを押した。探すのであれば人手が多い方がいい。時間からして今日の練習は終わっているはずだし、レイの名前を出せば嫌とは言わないことは分かっている。
しかし、電話口からは無機質な女性のアナウンスボイスが流れるだけだった。
「くっそ、あんのバカ!」
電源を切ることはないと言っていたので、恐らく充電が切れたのだろう。この肝心な時に、と苛立ちを隠せない獄寺に、炎真が「ちょっと待ってね」と言いながら自身の携帯電話を取り出す。
「もしもし、薫?急にごめん。山本君、隣にいる?……うん、獄寺君が。ありがとう。……獄寺君、このまま喋っていいよ」
「悪ぃ、助かる」
携帯電話を受け取り、スピーカーに耳を当てる。ガサガサという音がした後、聞きなれた声が耳に飛び込んできた。
「獄寺?おーい、聞こえるか?」
「聞こえるにきまってんだろ!携帯の充電くらいしとけ、野球バカ!」
「悪ぃ悪ぃ。で、何かあったのか?」
能天気な声に頭が痛くなってくる。しかし今はくだらない話をしている場合ではなかった。
自分の中で膨らむ焦りや不安を押し込めるように、一度息を吸ってから山本に伝える。
「瀬切がいなくなった」
短く息を吸い込む音が耳に届いた。
「……なんで」
「アイツが自発的にどっか行った。誘拐じゃねぇ。ただ、『灰の手』絡みだ。今からオレと10代目で探す」
「分かった、オレもすぐに行く。場所は?」
二言三言交わし、炎真に携帯を返す。彼も電話口の薫と少し話し、通話を切った。そしてツナに一歩近づいた。
「ツナ君。僕達も瀬切君を探すの、手伝ってもいいかな」
「炎真……」
「ほら、人探しは多い方がいいでしょ?人混みの方は任せて」
少し照れ臭そうに頬を搔きながら言う炎真に、ツナは少しだけ目を潤ませて「ありがとう」と伝えた。