暗雲
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4限目が終わり、共に皆がバラバラと席を立つ。
クロームが立ち上がってレイの席に駆け寄っていく。一緒にお昼を食べるのだろう。
ざわつく教室では会話までは分からない。しかしクロームが何度か口を開いているのに、レイは雨の滴る窓の外を眺めている。クロームの手が肩に触れてから、ようやくレイは窓から視線を外した。ごめん、と言ったのだろうか。少し眉を下げて、レイも弁当箱を持って席を立った。
「レイ、今日おかしくない?」
「うん、なんだがずっとぼーっとしてるよね」
黒川と京子の会話が聞こえて、思わずそちらに目を向けてしまう。
京子は今日も元気に登校をしていた。しかし影響が全くないわけではないようで、授業中珍しく船を漕いでいた。
パチリと黒川と視線が合う。彼女の三白眼はまるで「何があったの」と問い掛けるように、じっとりとツナを見つめた。
獄寺は購買に走っていて、今はいない。目をそらす理由を探していると、山本が近寄ってきた。
「ツナ、先に屋上いこーぜ」
渡りに船とばかりに頷いて立ち上がる。頬に刺さる黒川の視線から逃げるように、ツナは教室を出た。
「なぁ、瀬切って昨日何かあったのか?今日ずっとおかしいよな、アイツ」
3人で屋上に腰を下ろし、弁当箱の蓋を開けたところで山本が問い掛けてきた。
座席の離れている京子や黒川すら気付くのだ、前席の山本がレイの不調に気付かないわけがない。
獄寺を見れば、彼もあの手のことを思い出したのか、パンの袋に手を置いたまま、少し難しい顔をしていた。
ツナは意を決して、山本に昨日の出来事を話した。倒れていた京子、そのベンチの下に転がっていたのに跡形もなく消えた謎の手、それを見たレイの反応。
「よく分かんねぇけど、そんなことがあったんだな」
一通り聞いた山本の反応は無理もないものだった。実際に目の当たりにしたツナ達ですら、いまだに処理が追い付いていない。
今でも幻覚を見せられたのではないかと疑いたいくらいだ。
そして何よりも、リボーンの反応も気になっていた。
「実はさ、夜にリボーンにも相談したんだ。こんなことがあったって」
いつも通り、「んじゃあ調査開始だな」と巻き込まれる恐れはあったが、レイの様子を見るにいっそ巻き込まれた方がよいのではないか、そう考えたツナは自らリボーンにこのことを伝えた。
しかし当のリボーンは少し考え込んだ後、「そうか、まあお前も登下校は気を付けろよ」と言うだけだった。
「おかしいよ。いつもだったら絶対オレに首突っ込ませるのに」
勝ち目がない、と思われているわけではないと信じたい。
あの時のリボーンの反応は、初めてバミューダと会った時に見せたものとは違っていた。代理戦争では諦めのようなものだったが、今回はどこか配慮の方が強くにじみ出ていた。
何か、ツナに見せたくないものでもあるのだろうか。リボーンも、レイも。
悔しさと寂しさがない交ぜになって、ツナは黙り込む。
そんなツナを見て、獄寺が口を開いた。
「……10代目。イタリアのマフィアの間で『灰の手』という噂がありました」
獄寺がまだ日本に来る前の噂だという。
マフィアの関係者や一般人が切りかかられて負傷したり、怪我はないものの意識を失って倒れるという事件が、一時期連続して発生した。
被害者は1人でいるときに限り、何より現場付近には、度々切り落としたと思われる右手が落ちていたという。
被害者の数こそ多くない上に、傷は浅く死者もいない。しかし連続性のある事件として、特に管轄内での被害が多かったボンゴレ・キャバッローネ両ファミリーによる調査が行われた。
しかし、今でもその真相解明には至っていない。
理由は、犯人が必ず現場から早急に去ること。そして何より手掛かりになるはずの手が短時間で崩壊し、灰のように吹き飛んで消えてしまうことにあった。
崩壊前に回収し、密閉して保存しようが、粒子すら残らずに消失をしてしまう。現場の血痕も、被害者のものを残して消える。当然ながらDNA鑑定などはできていない。
調査は進まず、しかしその後度々類似の事件を起こしながら、『灰の手』の話は薄気味悪い都市伝説のように、イタリアの路地裏を這っている。
獄寺の語りに、ツナも山本も言葉を失った。あまりにも今回の件と類似しすぎている。
獄寺はガバリと土下座をした。
「すみません!家に帰ってから思い出して……」
「い、いいよ、顔上げて!」
「言い訳にすぎませんが、最近では半ばマイナーな都市伝説化していた上に、Dの一件があって……、これもアイツの仕業だと決めつけていました」
「しょうがないよ、オレだってきっと同じこと考えるし」
ツナが慌てて肩を掴んで顔を上げさせれば、顔を悔しそうに歪めている。
「今回、本当に『灰の手』が関係しているなら、キャバッローネに身を置いていた瀬切を伝って10代目に接近をしている可能性もあります。気を付けるに越したことはないかと」
昼夜問わず護衛します、と言いかねない獄寺をなだめていると、山本は焼き鮭を口に入れながら首を傾げる。
「じゃあ瀬切はこれにツナや笹川を巻き込んじまったかもって、って感じで落ち込んでるってことか?」
「……それは、違うと思う」
ツナはぽつりと否定する。
「その……、後悔とかもあるかもしれないけど、それだけであんな顔はしないと思う」
言葉を遮られた山本は小さな声で「そっか」とだけ返して、少しだけ考え込むような顔をした。
一日の授業が終わりざわつく教室の中、近寄ってきたレイに「今日、山本と手合わせしてから帰る」と言われた。
ちらりと窓の方を見やれば、目の合った山本が笑顔を返してくる。今日の話を受けて誘ったようだ。
朝から降り続く雨に、流石の野球部も部活はやらないようだ。
数時間ぶりに真正面から見たレイの顔は、まだ少し沈んでいる。直接的な解決に結びつかなかったとしても、思い切り体を動かすことで少しはレイの気分も晴れるかもしれない。ならば友人の厚意に甘えるべきだろう。
「わかった。夕飯どうする?」
「暗くなる前には帰るし、家で食べる」
「母さんに言っとくよ」
「うん、ありがとう」
「しかし、山本もよく瀬切に構いますね」
ツナの部屋で月間ユーだかヌーだかを捲りながら獄寺が言う。その声は棘もなく、どちらかと言えば少々楽しんでいるような節がうかがえた。
「あの野球バカにも、そういうのがあるとは思わなかったっスよ!」
明言こそしていないが、獄寺の言わんとすることは理解できた。
恐らく山本はレイに対して少しばかり特別な感情を向けている。
あからさまに様子が変わる訳でもないし、その距離感は十分友人の範囲に収まっているが、たまにほんの少しだけ、おや、と思うことがあるのだ。
例えば、授業中に当てられたレイが黒板に何かを書く後ろ姿を見て、小さく笑みを浮かべてる山本を目にしたとき。レイと目が合うと、どこか嬉しそうに山本の目が輝いたのを見たとき。
ツナが向けられる友愛や信頼とは、少しだけ瞳の温度が違うことにツナが気付いたのは割と最近のことだ。
恋の萌芽とでもいうのだろうか。友人のそれを目の当たりにするのは嬉しいような楽しいような、それが自分の従妹に向けられていることが妙にむず痒いような、そんな複雑な思いを抱いている。
一方で、レイが山本をどう思っているかは分からない。
山本に対して好意と信頼を寄せているのは確かだろう。ただそれがツナや獄寺、クローム達に向けるものと、離れているようには今のところ見えない。
レイは決して表情に乏しいわけではないので、単純になんとも思っていないのか、自覚に至っていないだけなのか。そこまではツナのあずかり知るところではない。
何にせよ、当人達が自覚しているか定かでない以上、静かに見守っておこうというのがツナの考えだ。元より他人の色恋沙汰に首を突っ込める神経はしていない。
「オレは2人が仲悪くなったりしなければ別になんでもいいや」
友達のままだろうと、恋人のような関係になろうと。これからも2人が自分の近くで笑い合ってくれていたら、それだけで自分は満足することだろう。
そういえば「さすが10代目!お心が広い!」なんて獄寺が持ち上げてくるので苦笑してしまう。
なんだかんだ言いながら、恋路になったら君も応援しそうだね、なんて返せば彼はどんな顔をするだろうか。
不意に卓上に置かれたツナの携帯が鳴った。中学3年生になって買い与えられたそれの扱いにもだいぶ慣れた。
画面にはここにいない友人の名前が表示されていた。
「噂をすれば……。もしもし、山本?」
「ツナ!悪ぃんだけど、今からこっち来れるか?」
「いいけど、何かあったの?」
妙に歯切れの悪い山本の言葉に、胸がざわつく。様子がおかしいことを察したのか、獄寺も雑誌を閉じて真剣な顔でこちらを見ている。
「今日の昼に聞いた話、あれと関係あるかもっつーか……、とにかく来てくれ」
クロームが立ち上がってレイの席に駆け寄っていく。一緒にお昼を食べるのだろう。
ざわつく教室では会話までは分からない。しかしクロームが何度か口を開いているのに、レイは雨の滴る窓の外を眺めている。クロームの手が肩に触れてから、ようやくレイは窓から視線を外した。ごめん、と言ったのだろうか。少し眉を下げて、レイも弁当箱を持って席を立った。
「レイ、今日おかしくない?」
「うん、なんだがずっとぼーっとしてるよね」
黒川と京子の会話が聞こえて、思わずそちらに目を向けてしまう。
京子は今日も元気に登校をしていた。しかし影響が全くないわけではないようで、授業中珍しく船を漕いでいた。
パチリと黒川と視線が合う。彼女の三白眼はまるで「何があったの」と問い掛けるように、じっとりとツナを見つめた。
獄寺は購買に走っていて、今はいない。目をそらす理由を探していると、山本が近寄ってきた。
「ツナ、先に屋上いこーぜ」
渡りに船とばかりに頷いて立ち上がる。頬に刺さる黒川の視線から逃げるように、ツナは教室を出た。
「なぁ、瀬切って昨日何かあったのか?今日ずっとおかしいよな、アイツ」
3人で屋上に腰を下ろし、弁当箱の蓋を開けたところで山本が問い掛けてきた。
座席の離れている京子や黒川すら気付くのだ、前席の山本がレイの不調に気付かないわけがない。
獄寺を見れば、彼もあの手のことを思い出したのか、パンの袋に手を置いたまま、少し難しい顔をしていた。
ツナは意を決して、山本に昨日の出来事を話した。倒れていた京子、そのベンチの下に転がっていたのに跡形もなく消えた謎の手、それを見たレイの反応。
「よく分かんねぇけど、そんなことがあったんだな」
一通り聞いた山本の反応は無理もないものだった。実際に目の当たりにしたツナ達ですら、いまだに処理が追い付いていない。
今でも幻覚を見せられたのではないかと疑いたいくらいだ。
そして何よりも、リボーンの反応も気になっていた。
「実はさ、夜にリボーンにも相談したんだ。こんなことがあったって」
いつも通り、「んじゃあ調査開始だな」と巻き込まれる恐れはあったが、レイの様子を見るにいっそ巻き込まれた方がよいのではないか、そう考えたツナは自らリボーンにこのことを伝えた。
しかし当のリボーンは少し考え込んだ後、「そうか、まあお前も登下校は気を付けろよ」と言うだけだった。
「おかしいよ。いつもだったら絶対オレに首突っ込ませるのに」
勝ち目がない、と思われているわけではないと信じたい。
あの時のリボーンの反応は、初めてバミューダと会った時に見せたものとは違っていた。代理戦争では諦めのようなものだったが、今回はどこか配慮の方が強くにじみ出ていた。
何か、ツナに見せたくないものでもあるのだろうか。リボーンも、レイも。
悔しさと寂しさがない交ぜになって、ツナは黙り込む。
そんなツナを見て、獄寺が口を開いた。
「……10代目。イタリアのマフィアの間で『灰の手』という噂がありました」
獄寺がまだ日本に来る前の噂だという。
マフィアの関係者や一般人が切りかかられて負傷したり、怪我はないものの意識を失って倒れるという事件が、一時期連続して発生した。
被害者は1人でいるときに限り、何より現場付近には、度々切り落としたと思われる右手が落ちていたという。
被害者の数こそ多くない上に、傷は浅く死者もいない。しかし連続性のある事件として、特に管轄内での被害が多かったボンゴレ・キャバッローネ両ファミリーによる調査が行われた。
しかし、今でもその真相解明には至っていない。
理由は、犯人が必ず現場から早急に去ること。そして何より手掛かりになるはずの手が短時間で崩壊し、灰のように吹き飛んで消えてしまうことにあった。
崩壊前に回収し、密閉して保存しようが、粒子すら残らずに消失をしてしまう。現場の血痕も、被害者のものを残して消える。当然ながらDNA鑑定などはできていない。
調査は進まず、しかしその後度々類似の事件を起こしながら、『灰の手』の話は薄気味悪い都市伝説のように、イタリアの路地裏を這っている。
獄寺の語りに、ツナも山本も言葉を失った。あまりにも今回の件と類似しすぎている。
獄寺はガバリと土下座をした。
「すみません!家に帰ってから思い出して……」
「い、いいよ、顔上げて!」
「言い訳にすぎませんが、最近では半ばマイナーな都市伝説化していた上に、Dの一件があって……、これもアイツの仕業だと決めつけていました」
「しょうがないよ、オレだってきっと同じこと考えるし」
ツナが慌てて肩を掴んで顔を上げさせれば、顔を悔しそうに歪めている。
「今回、本当に『灰の手』が関係しているなら、キャバッローネに身を置いていた瀬切を伝って10代目に接近をしている可能性もあります。気を付けるに越したことはないかと」
昼夜問わず護衛します、と言いかねない獄寺をなだめていると、山本は焼き鮭を口に入れながら首を傾げる。
「じゃあ瀬切はこれにツナや笹川を巻き込んじまったかもって、って感じで落ち込んでるってことか?」
「……それは、違うと思う」
ツナはぽつりと否定する。
「その……、後悔とかもあるかもしれないけど、それだけであんな顔はしないと思う」
言葉を遮られた山本は小さな声で「そっか」とだけ返して、少しだけ考え込むような顔をした。
一日の授業が終わりざわつく教室の中、近寄ってきたレイに「今日、山本と手合わせしてから帰る」と言われた。
ちらりと窓の方を見やれば、目の合った山本が笑顔を返してくる。今日の話を受けて誘ったようだ。
朝から降り続く雨に、流石の野球部も部活はやらないようだ。
数時間ぶりに真正面から見たレイの顔は、まだ少し沈んでいる。直接的な解決に結びつかなかったとしても、思い切り体を動かすことで少しはレイの気分も晴れるかもしれない。ならば友人の厚意に甘えるべきだろう。
「わかった。夕飯どうする?」
「暗くなる前には帰るし、家で食べる」
「母さんに言っとくよ」
「うん、ありがとう」
「しかし、山本もよく瀬切に構いますね」
ツナの部屋で月間ユーだかヌーだかを捲りながら獄寺が言う。その声は棘もなく、どちらかと言えば少々楽しんでいるような節がうかがえた。
「あの野球バカにも、そういうのがあるとは思わなかったっスよ!」
明言こそしていないが、獄寺の言わんとすることは理解できた。
恐らく山本はレイに対して少しばかり特別な感情を向けている。
あからさまに様子が変わる訳でもないし、その距離感は十分友人の範囲に収まっているが、たまにほんの少しだけ、おや、と思うことがあるのだ。
例えば、授業中に当てられたレイが黒板に何かを書く後ろ姿を見て、小さく笑みを浮かべてる山本を目にしたとき。レイと目が合うと、どこか嬉しそうに山本の目が輝いたのを見たとき。
ツナが向けられる友愛や信頼とは、少しだけ瞳の温度が違うことにツナが気付いたのは割と最近のことだ。
恋の萌芽とでもいうのだろうか。友人のそれを目の当たりにするのは嬉しいような楽しいような、それが自分の従妹に向けられていることが妙にむず痒いような、そんな複雑な思いを抱いている。
一方で、レイが山本をどう思っているかは分からない。
山本に対して好意と信頼を寄せているのは確かだろう。ただそれがツナや獄寺、クローム達に向けるものと、離れているようには今のところ見えない。
レイは決して表情に乏しいわけではないので、単純になんとも思っていないのか、自覚に至っていないだけなのか。そこまではツナのあずかり知るところではない。
何にせよ、当人達が自覚しているか定かでない以上、静かに見守っておこうというのがツナの考えだ。元より他人の色恋沙汰に首を突っ込める神経はしていない。
「オレは2人が仲悪くなったりしなければ別になんでもいいや」
友達のままだろうと、恋人のような関係になろうと。これからも2人が自分の近くで笑い合ってくれていたら、それだけで自分は満足することだろう。
そういえば「さすが10代目!お心が広い!」なんて獄寺が持ち上げてくるので苦笑してしまう。
なんだかんだ言いながら、恋路になったら君も応援しそうだね、なんて返せば彼はどんな顔をするだろうか。
不意に卓上に置かれたツナの携帯が鳴った。中学3年生になって買い与えられたそれの扱いにもだいぶ慣れた。
画面にはここにいない友人の名前が表示されていた。
「噂をすれば……。もしもし、山本?」
「ツナ!悪ぃんだけど、今からこっち来れるか?」
「いいけど、何かあったの?」
妙に歯切れの悪い山本の言葉に、胸がざわつく。様子がおかしいことを察したのか、獄寺も雑誌を閉じて真剣な顔でこちらを見ている。
「今日の昼に聞いた話、あれと関係あるかもっつーか……、とにかく来てくれ」