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「……っ。降参する」
左耳にピタリと当てられた木刀に、レイが詰めていた息を吐きだす。
早々に手持ちの武器を2つとも弾かれ、丸腰にされた。隙を突いて拳か膝を入れようともしたが、それも通らない。
ならばと決定打を打たせないようにひたすら躱すことに集中、疲れてくれることを期待したが、山本の体力を見誤っていた。
先に息を上げかけたのはレイで、それに気付いた山本は容赦なく追撃をし、足を掬われて転倒したレイに向けて木刀を振った。そしてこの有り様だ。
ゆっくり息を吐きながら木刀を下ろす山本の目は、じわじわといつもの柔和な温かさを取り戻していく。
それに合わせて体の力を抜けば、とん、と肩が壁に当たる。気付いていなかったが、ここまで壁際に追い込まれていたとは。
集中しすぎて視野が狭まっていた。反省しながら顔を上げる。
目の前に差し出された手に自分の手を重ねれば、ぐっと引っ張り上げられる。一緒に、自分のものか山本のものか分からない汗の粒が、手の甲に当たって弾けた。
立ち上がって見回せば、2人のものと思われる白い足跡が床一面に散らばっている。道場全体を走り回っていたのがよく分かる。
「終わらないかと思ったぜ。逃げに徹すると強いよなぁ」
「最後まで追い回したくせに」
「そりゃあ引き分けよりは勝ちたいからな!」
床に落ちた2本の剣を拾い、ホルダーに引っ掛ける。その間に山本が大きなモップを持ってきた。いつの間にか靴下も履いている。レイも慌てて靴下を履き、床の清掃を始めた。
一通りの軽い清掃を終え、縁側に並び座って風を浴びる。
いつの間にか次郎も小次郎も出てきていて、それぞれ自由に過ごしている。次郎に至っては縁側に寝そべっており、山本に撫でてもらいながら嬉しそうな表情を浮かべていた。
レイの膝にも小次郎が乗っている。そっと手で包むように撫でれば、こちらも目を細めて大人しくしている。
小次郎のまとう雨の炎が、ジワリと手のひらを通して体の中に流れてきた。痛みも不快感もない。初めて会った時は不思議な生き物だと思ったが、説明を受ければ簡単な話だった。
意思を持った、作られた生命。別に、特別なものでも、恐れるものでもなんでもないのだ。
顔を上げれば、空の半分くらいが橙色に染まっていた。そろそろ日も暮れてくるだろう。同時に雲も増えてきた。
天気予報ではあと一週間程度で梅雨入りすると言っていた。梅雨になれば雨が続いて、それが終わればクロームが言ったようにもっと暑くなるのだろうか。
「もうすぐ梅雨始まるな」
同じことを思ったのだろうか。山本も空を眺めている。
「梅雨になると屋内練習ばっかになるんだよなぁ」
「雨、好きじゃないのか?雨の守護者なのに」
「え、あれって好きな天気関係すんの?」
「しないと思う」
「だよな?」
山本が『心底びっくりした』という顔をしているので、思わず笑ってしまった。山本も笑う。
「お前って結構雑なこと言うよな」
「そうかな」
「今の獄寺に言ってみようぜ、面白いから」
「絶対に怒られるだろ」
「いいじゃねーか、一緒に怒られようぜ」
「嫌だよ、キミ一人でやれよ」
からからと笑う山本からは、手合わせをしていた間に見せた冷ややかさなど想像もつかない。
山本と京子の兄に関しては、裏社会とは一切関係なく生きてきた、完全な一般人だと聞いている。
才能を見出したリボーンによって、この世界に足を踏み入れただけ。ある意味騙し討ちの被害者だろう。
しかし、リボーンの人を見る目は相変わらず間違いがなかった。特に山本は、表の世界と裏の世界を器用に渡り歩けるタイプだろう。
表では陽の光を浴びて純真で暖かい匂いを、裏では暗闇の中で血の臭いをまとい、それをもう片方の世界で欠片も感じさせない。
そんな生き方ができる、稀有な人間だ。
何より、必要があれば人の命を躊躇いなく奪える人でもあるだろう。罪悪感を覚えはするだろうが、それによって自身も深い傷を負うことはない。
本意ではない殺人は別として、自ら選んだことならきちんと折り合いをつけられる、そんな強さのある人だ。
ファミリーの幹部としては喉から手が出るほどに欲しい人材だろう。天賦の才と言っても過言ではない。
「ん?どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
じっと横顔を眺めていたからか、不思議そうに山本がこちらを向く。誤魔化すように軽く答えれば、「そっか」とだけ言い、ぐっと背伸びをした。次郎が山本の真似をするように、きゅう、と高い声を出しながら伸びをしている。
こちらが望まなければ踏み込もうとしないところは好ましく、彼の隣が居心地のいい理由の一つだろう。
「そろそろ帰ろうぜ」
その言葉に促されるように、荷物を持って立ち上がる。
「あっ、やっぱ腕に痣できちまってる……。大丈夫か?」
並び歩くレイの腕を見て、山本が眉を下げる。
山本の目線を追えば、確かにレイの左手首の近くに紫色の痣が見えた。一回だけ無理矢理腕で木刀を払った時にできた傷だろう。
もちろん側面を打ったのだが、やはり素手で長物を相手取るべきではない。
「大丈夫。前に言っただろ、怪我の治りは早いって」
「そうだけどさ」
「これは自分で怪我をしにいったようなものだから気にしなくていい」
触れば鈍い痛みがあるが、逆に言えばその程度の傷だ。このくらいの傷なら、今日中にほとんど治っているだろう。
山本はまだ何か言いたげにしているが、昨晩のツナの話でわざと話を逸らせば、それ以上は何も言ってこなかった。
「夕飯、うちで食ってく?」
「おばさんには夕飯食べるって言ってるから……」
「そっか。親父がさ、『旨そうに玉子食ってくれて嬉しいんだよなぁ、また来てくれねぇかな』ってちょいちょい言ってんだ。ツナ達も誘って、また来いよ」
「ありがとう」
いつの間にか山本の家の前まで来ており、のれんの奥からは客の笑い声が聞こえる。
沢田家まではここを過ぎてもう少し先だ。もう街並みはだいぶ赤くなっており、夕方を強く演出している。
「今日もありがとう。また明日」
「家まで送るか?」
「大丈夫、ありがとう」
「ん、分かった。じゃ、またな」
手を振って背を向ける。
少し歩いてから、引き戸の音がしないことに気付いた。気になって振り返ると、まだ山本は道端に立ってこちらを見ていた。
目が合う。数秒後、山本が小さく手を上げて、家の中に入っていった。
少しだけ、喉の奥が詰まるような感覚がした。
左耳にピタリと当てられた木刀に、レイが詰めていた息を吐きだす。
早々に手持ちの武器を2つとも弾かれ、丸腰にされた。隙を突いて拳か膝を入れようともしたが、それも通らない。
ならばと決定打を打たせないようにひたすら躱すことに集中、疲れてくれることを期待したが、山本の体力を見誤っていた。
先に息を上げかけたのはレイで、それに気付いた山本は容赦なく追撃をし、足を掬われて転倒したレイに向けて木刀を振った。そしてこの有り様だ。
ゆっくり息を吐きながら木刀を下ろす山本の目は、じわじわといつもの柔和な温かさを取り戻していく。
それに合わせて体の力を抜けば、とん、と肩が壁に当たる。気付いていなかったが、ここまで壁際に追い込まれていたとは。
集中しすぎて視野が狭まっていた。反省しながら顔を上げる。
目の前に差し出された手に自分の手を重ねれば、ぐっと引っ張り上げられる。一緒に、自分のものか山本のものか分からない汗の粒が、手の甲に当たって弾けた。
立ち上がって見回せば、2人のものと思われる白い足跡が床一面に散らばっている。道場全体を走り回っていたのがよく分かる。
「終わらないかと思ったぜ。逃げに徹すると強いよなぁ」
「最後まで追い回したくせに」
「そりゃあ引き分けよりは勝ちたいからな!」
床に落ちた2本の剣を拾い、ホルダーに引っ掛ける。その間に山本が大きなモップを持ってきた。いつの間にか靴下も履いている。レイも慌てて靴下を履き、床の清掃を始めた。
一通りの軽い清掃を終え、縁側に並び座って風を浴びる。
いつの間にか次郎も小次郎も出てきていて、それぞれ自由に過ごしている。次郎に至っては縁側に寝そべっており、山本に撫でてもらいながら嬉しそうな表情を浮かべていた。
レイの膝にも小次郎が乗っている。そっと手で包むように撫でれば、こちらも目を細めて大人しくしている。
小次郎のまとう雨の炎が、ジワリと手のひらを通して体の中に流れてきた。痛みも不快感もない。初めて会った時は不思議な生き物だと思ったが、説明を受ければ簡単な話だった。
意思を持った、作られた生命。別に、特別なものでも、恐れるものでもなんでもないのだ。
顔を上げれば、空の半分くらいが橙色に染まっていた。そろそろ日も暮れてくるだろう。同時に雲も増えてきた。
天気予報ではあと一週間程度で梅雨入りすると言っていた。梅雨になれば雨が続いて、それが終わればクロームが言ったようにもっと暑くなるのだろうか。
「もうすぐ梅雨始まるな」
同じことを思ったのだろうか。山本も空を眺めている。
「梅雨になると屋内練習ばっかになるんだよなぁ」
「雨、好きじゃないのか?雨の守護者なのに」
「え、あれって好きな天気関係すんの?」
「しないと思う」
「だよな?」
山本が『心底びっくりした』という顔をしているので、思わず笑ってしまった。山本も笑う。
「お前って結構雑なこと言うよな」
「そうかな」
「今の獄寺に言ってみようぜ、面白いから」
「絶対に怒られるだろ」
「いいじゃねーか、一緒に怒られようぜ」
「嫌だよ、キミ一人でやれよ」
からからと笑う山本からは、手合わせをしていた間に見せた冷ややかさなど想像もつかない。
山本と京子の兄に関しては、裏社会とは一切関係なく生きてきた、完全な一般人だと聞いている。
才能を見出したリボーンによって、この世界に足を踏み入れただけ。ある意味騙し討ちの被害者だろう。
しかし、リボーンの人を見る目は相変わらず間違いがなかった。特に山本は、表の世界と裏の世界を器用に渡り歩けるタイプだろう。
表では陽の光を浴びて純真で暖かい匂いを、裏では暗闇の中で血の臭いをまとい、それをもう片方の世界で欠片も感じさせない。
そんな生き方ができる、稀有な人間だ。
何より、必要があれば人の命を躊躇いなく奪える人でもあるだろう。罪悪感を覚えはするだろうが、それによって自身も深い傷を負うことはない。
本意ではない殺人は別として、自ら選んだことならきちんと折り合いをつけられる、そんな強さのある人だ。
ファミリーの幹部としては喉から手が出るほどに欲しい人材だろう。天賦の才と言っても過言ではない。
「ん?どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
じっと横顔を眺めていたからか、不思議そうに山本がこちらを向く。誤魔化すように軽く答えれば、「そっか」とだけ言い、ぐっと背伸びをした。次郎が山本の真似をするように、きゅう、と高い声を出しながら伸びをしている。
こちらが望まなければ踏み込もうとしないところは好ましく、彼の隣が居心地のいい理由の一つだろう。
「そろそろ帰ろうぜ」
その言葉に促されるように、荷物を持って立ち上がる。
「あっ、やっぱ腕に痣できちまってる……。大丈夫か?」
並び歩くレイの腕を見て、山本が眉を下げる。
山本の目線を追えば、確かにレイの左手首の近くに紫色の痣が見えた。一回だけ無理矢理腕で木刀を払った時にできた傷だろう。
もちろん側面を打ったのだが、やはり素手で長物を相手取るべきではない。
「大丈夫。前に言っただろ、怪我の治りは早いって」
「そうだけどさ」
「これは自分で怪我をしにいったようなものだから気にしなくていい」
触れば鈍い痛みがあるが、逆に言えばその程度の傷だ。このくらいの傷なら、今日中にほとんど治っているだろう。
山本はまだ何か言いたげにしているが、昨晩のツナの話でわざと話を逸らせば、それ以上は何も言ってこなかった。
「夕飯、うちで食ってく?」
「おばさんには夕飯食べるって言ってるから……」
「そっか。親父がさ、『旨そうに玉子食ってくれて嬉しいんだよなぁ、また来てくれねぇかな』ってちょいちょい言ってんだ。ツナ達も誘って、また来いよ」
「ありがとう」
いつの間にか山本の家の前まで来ており、のれんの奥からは客の笑い声が聞こえる。
沢田家まではここを過ぎてもう少し先だ。もう街並みはだいぶ赤くなっており、夕方を強く演出している。
「今日もありがとう。また明日」
「家まで送るか?」
「大丈夫、ありがとう」
「ん、分かった。じゃ、またな」
手を振って背を向ける。
少し歩いてから、引き戸の音がしないことに気付いた。気になって振り返ると、まだ山本は道端に立ってこちらを見ていた。
目が合う。数秒後、山本が小さく手を上げて、家の中に入っていった。
少しだけ、喉の奥が詰まるような感覚がした。