・アンスール
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アンビルのビルダーが死を前にして思いを残す話
サンドロックの雄大な風景を文章にしようと思ったが、何から書けばいいのか、筆が止まってしまった。
こういったことはアーネストのような作家の領分で、私のようなビルダーのすることではないのかもしれないけど、いてもたってもいられずに筆をとってしまった。今は少し後悔している。だがそれではあんまりなので、拙くても書くとしよう。
───サンドロックにはなにもないとみんな言うが、私が初めてサンドロックの駅に足を下ろした時に思ったことは、案外空気が砂っぽくないな、だった。もちろんある程度は砂混じりで、ハイウィンドの風とは全く違うものだっだが、これはこれで悪くないと思っていた。
私に与えられた家は、街から離れた線路の向こう側にあった。前任のビルダーである、メイソンが使っていたワークショップを譲り受ける形だった。
家の裏は、小高い岩場がいくつもある砂地だった。近くにはバンブルアントの巣があって、ヤクメルも群れていた。もう少し奥に行けば、ロケットルースターたちが我が物顔でのさばっていて、奴らは私を見つけると問答無用で襲ってくるのだ。
家の正面から見て左手側の道を上った先には、ロッキーの経営するサルベージショップがあった。その横にあるスクラップヤードは、心無い人間はゴミ捨て場と呼ぶが、私には宝の山だった。クレーンリフトを降りた先にある遺跡も相まって、私の仕事に欠かせない場所の一つだ。
夜になるとこの辺りはほとんど暗闇になる。
郊外から離れた場所ゆえに街灯もなく、私のワークショップだけが場違いなほど煌々と浮き出て見えるほどだった。
だがその分、夜空を見上げれば満天の星空が広がっていた。夜は空気が冷えるからか、いっそ怖いほどの輝きがそこにはあった。
研究所の屋上に建てた望遠鏡を覗き込むと、そこから多様な星座を観測することができた。今まで星に興味を持ったことはなかったが、サンドロックで暮らすうちに随分詳しくなったものだ。
よく並んで星座を探しあったことを覚えている。
そういえばなぜ私がサンドロックのことを文章にしようと思ったのか、なぜ人任せにせず自分でやろうとしているのか、その理由を書いておこうと思う。
この文章はたった一人に宛てたものだ。
私がいなくなった後も、彼が寂しくならないように書き残すことにしたのだ。
私はもう長くはない。自分の体のことだから分かる、と言うわけではなく、医者からそう言われたのだ。私自身は全く実感がないので、もう長くはないと言いつつ、もしかしたら私が旅立つのは彼より後で、これが日の目を見ることはないかもしれない。それならそれでいいと思った。
彼のためと言いつつ、実はほとんど自分のためでもあったからだ。なぜならこのまま私がいなくなったら、きっとあることないこと書かれるに決まってる。それなら自分で書いた方がいいと思ったのだ。(残念だったねアーネスト、でもこればかりは譲らないよ。)
サンドロックでは悲しいこともあったが、それはここには書かないことにする。彼も私も、思い出すならポジティブなことがいいだろうから、悲しい話は生きてるうちに、互いに慰め合える間に済ませてしまおうと思う。
だから、これを読む間は、私との愉快な日々だけ思い出して欲しい。
サンドロックでの輝かしい冒険譚や、二人で積み上げた石のこと、永遠に朽ちていかないと誓ったあの日の全てを、私はここに書き残す───
文章の構成はもしかしたらアーネストに直してもらうかもしれない。とりあえず今は思うままに書いていくことにする。
こうしていると、君がどんな思いであの手紙を書いていたのか思いを馳せてしまうな。きっと今の私のように、書きたいことがまとまらず筆が止まったり、逆に筆が乗って書きすぎたり、言葉の意味を辞書で引いて合っているか確認したりしただろう。
自分のありのままを晒すことに、恐怖はなかっただろうか。きっとあったんだろう。君は私に見つかった時、ひどく狼狽していた。でもそれは書かないことにする。あの日の君は、私だけのものだ。
だからここには私が見てきたサンドロックのことだけ書くとしよう。
まだまだ先は長い。全部書き終わるまで、どうかこの命が保ちますように……願うばかりだ。
❇︎ ❇︎ ❇︎
「愛しい人、あなたが私に隠れて何かをしているのは気づいていました。気にはなりましたが、秘密を持つ権利は誰にでもあるからと、見ないふりをしてきました」
アンスールは昔に積み上げた石が、今もそのままであることに安堵した。定期的に様子は見にきているが、それでもなにがあるか分からないからだ。
「ここには私の知らないあなたがいました。もちろん私がよく知るあなたもいました。あなたが見てきたあらゆる美しいものを知りました。私もサンドロックを愛していたつもりでしたが、あなたにはとても敵いません」
アンスールは、サンドロックで親しまれるようになった花束を、丁寧に、そして慎重に石の横に供えると、傍に見知った気配を感じて柔らかく微笑んだ。
「ナナシ、あなたの望み通り、私はあなたとの日々を忘れません。自分の人生を悲観したりしない。あなたは、私に、全てを残してくれました」
だから別れは言いません。これからも、愛しています───アンスールはそれだけ言い終えると前を向いた。
現実に、アンスールの側には誰もいなかった。だけどそこから見える風景の一つ一つに、アンスールの愛しい人がいた。それは紛れもない、真実だった。
終わり
サンドロックの雄大な風景を文章にしようと思ったが、何から書けばいいのか、筆が止まってしまった。
こういったことはアーネストのような作家の領分で、私のようなビルダーのすることではないのかもしれないけど、いてもたってもいられずに筆をとってしまった。今は少し後悔している。だがそれではあんまりなので、拙くても書くとしよう。
───サンドロックにはなにもないとみんな言うが、私が初めてサンドロックの駅に足を下ろした時に思ったことは、案外空気が砂っぽくないな、だった。もちろんある程度は砂混じりで、ハイウィンドの風とは全く違うものだっだが、これはこれで悪くないと思っていた。
私に与えられた家は、街から離れた線路の向こう側にあった。前任のビルダーである、メイソンが使っていたワークショップを譲り受ける形だった。
家の裏は、小高い岩場がいくつもある砂地だった。近くにはバンブルアントの巣があって、ヤクメルも群れていた。もう少し奥に行けば、ロケットルースターたちが我が物顔でのさばっていて、奴らは私を見つけると問答無用で襲ってくるのだ。
家の正面から見て左手側の道を上った先には、ロッキーの経営するサルベージショップがあった。その横にあるスクラップヤードは、心無い人間はゴミ捨て場と呼ぶが、私には宝の山だった。クレーンリフトを降りた先にある遺跡も相まって、私の仕事に欠かせない場所の一つだ。
夜になるとこの辺りはほとんど暗闇になる。
郊外から離れた場所ゆえに街灯もなく、私のワークショップだけが場違いなほど煌々と浮き出て見えるほどだった。
だがその分、夜空を見上げれば満天の星空が広がっていた。夜は空気が冷えるからか、いっそ怖いほどの輝きがそこにはあった。
研究所の屋上に建てた望遠鏡を覗き込むと、そこから多様な星座を観測することができた。今まで星に興味を持ったことはなかったが、サンドロックで暮らすうちに随分詳しくなったものだ。
よく並んで星座を探しあったことを覚えている。
そういえばなぜ私がサンドロックのことを文章にしようと思ったのか、なぜ人任せにせず自分でやろうとしているのか、その理由を書いておこうと思う。
この文章はたった一人に宛てたものだ。
私がいなくなった後も、彼が寂しくならないように書き残すことにしたのだ。
私はもう長くはない。自分の体のことだから分かる、と言うわけではなく、医者からそう言われたのだ。私自身は全く実感がないので、もう長くはないと言いつつ、もしかしたら私が旅立つのは彼より後で、これが日の目を見ることはないかもしれない。それならそれでいいと思った。
彼のためと言いつつ、実はほとんど自分のためでもあったからだ。なぜならこのまま私がいなくなったら、きっとあることないこと書かれるに決まってる。それなら自分で書いた方がいいと思ったのだ。(残念だったねアーネスト、でもこればかりは譲らないよ。)
サンドロックでは悲しいこともあったが、それはここには書かないことにする。彼も私も、思い出すならポジティブなことがいいだろうから、悲しい話は生きてるうちに、互いに慰め合える間に済ませてしまおうと思う。
だから、これを読む間は、私との愉快な日々だけ思い出して欲しい。
サンドロックでの輝かしい冒険譚や、二人で積み上げた石のこと、永遠に朽ちていかないと誓ったあの日の全てを、私はここに書き残す───
文章の構成はもしかしたらアーネストに直してもらうかもしれない。とりあえず今は思うままに書いていくことにする。
こうしていると、君がどんな思いであの手紙を書いていたのか思いを馳せてしまうな。きっと今の私のように、書きたいことがまとまらず筆が止まったり、逆に筆が乗って書きすぎたり、言葉の意味を辞書で引いて合っているか確認したりしただろう。
自分のありのままを晒すことに、恐怖はなかっただろうか。きっとあったんだろう。君は私に見つかった時、ひどく狼狽していた。でもそれは書かないことにする。あの日の君は、私だけのものだ。
だからここには私が見てきたサンドロックのことだけ書くとしよう。
まだまだ先は長い。全部書き終わるまで、どうかこの命が保ちますように……願うばかりだ。
❇︎ ❇︎ ❇︎
「愛しい人、あなたが私に隠れて何かをしているのは気づいていました。気にはなりましたが、秘密を持つ権利は誰にでもあるからと、見ないふりをしてきました」
アンスールは昔に積み上げた石が、今もそのままであることに安堵した。定期的に様子は見にきているが、それでもなにがあるか分からないからだ。
「ここには私の知らないあなたがいました。もちろん私がよく知るあなたもいました。あなたが見てきたあらゆる美しいものを知りました。私もサンドロックを愛していたつもりでしたが、あなたにはとても敵いません」
アンスールは、サンドロックで親しまれるようになった花束を、丁寧に、そして慎重に石の横に供えると、傍に見知った気配を感じて柔らかく微笑んだ。
「ナナシ、あなたの望み通り、私はあなたとの日々を忘れません。自分の人生を悲観したりしない。あなたは、私に、全てを残してくれました」
だから別れは言いません。これからも、愛しています───アンスールはそれだけ言い終えると前を向いた。
現実に、アンスールの側には誰もいなかった。だけどそこから見える風景の一つ一つに、アンスールの愛しい人がいた。それは紛れもない、真実だった。
終わり
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