・アルビオ
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アルビル♀のアルビオがビルダーの浮気を疑う話
「お願いだから彼女と別れて欲しいんだ!」
アルビオは必死だった。この願いが聞き入れられるならなんだってできると本気で思っていた。
「少し落ち着いてください」
「いいや、落ち着いてられないよ! 彼女が君に恋の結び目を渡したのは知ってるんだ!」
なんならその恋の結び目を売ったのはアルビオだ。愛しの彼女がにこにこ顔で買うのを止めなかったのもアルビオだし、誰に渡すのかも聞けずに後をつけたのも、こうして惨めに懇願しているのもアルビオだ。
姉であるアミラの店とローガンの家に挟まれた路地でアルビオはアンスールにほとんど縋り付くようにしていた。アンスールは無表情のまま、事態を収めようとその肩に手を置いた。
「確認しますが、彼女というのはナナシのことですか?」
「そうだよ! ぼくの愛しのダーリンさ!」
「そうですか。なら私の答えはいいえです」
「どうして?!」
「付き合ってない私が彼女と別れることはできないからです」
「……へ?」
アンスールの言葉にアルビオが間抜けな声をあげる。そんなまさか、だってこの目で彼女がアンスールに何かを渡すところを見たのに、とアルビオは思考の渦に飲まれかけていた。
そこにアンスールが助け舟を出す。
「私がナナシからもらったのは依頼していたキャンバスです。もちろん恋の結び目でも受け取りましたが、残念です」
「最後の言葉はいらないんだよ、アンスール!」
「ふむ、でも彼女が恋の結び目を持ってることは確かなんですよね? もしかしたらまだチャンスがあるかもしれません」
「ないよ! 絶対ない!」
その船は泥舟だったようだ。アルビオは己の悲劇を嘆いた。
彼女が恋の結び目を買っていく時、アルビオはどうしても聞けなかった。自分という恋人がいるにも関わらずそんなものを買っていく彼女を咎めることができなかった。それを今更悔やんだって遅いことをアルビオは理解していたが、到底受け入れることはできなかった。
「ナナシはぼくの女神なんだ! ぼくは彼女のためならなんだってできる! でも、彼女はもうぼくに飽きちゃったのかな……」
とうとう地面に膝をついて別れたくないと泣き出すアルビオに、アンスールはしゃがみ込んで目線を合わせる。
「では、調査しますか」
「えっ、どういうこと? 民兵団がまさかの浮気調査でもしてくれるの?」
「そうですね。我々は市民の安全のための存在ですから、おそらく業務の範囲内だと思います」
「ありがとうアンスール! 君って変わり者だけどいいやつだ!」
「ありがとう。その評価は私がよくもらうものです」
他にも思ったよりも話せるやつ、という評価ももらってます、と、アンスールは自慢するように言った。
「ならそこに意外とギャグのセンスもあるも追加しておいてよ」
「高評価いただきありがとうございます」
「はは! そういえばぼくたちあんまり話したことなかったよね」
お互いよそ者同士だが、今までは店主と客という関係を越えることはなかった。アルビオはそれを惜しむ。だが今から関係を変えていけばいい、と、アルビオは熱くそう思うのだった。
こうして二人の協力関係は結ばれた。
まず真っ先にアルビオが向かったのはローガンの常駐する前哨基地だった。最近彼女が頻繁にここを訪れている情報を手に入れたからだ。きっと依頼の終わった今、手の空いた彼女はそこに向かったに違いないとアルビオは推察する。
本当はずっと前からそのことを知っていたアルビオだが、もし本当にその現場を見てしまったらもう見ないふりはできないと勇気が出なかったのだ。
だが今はアンスールという仲間ができた。アルビオは勇気を振り絞り、基地に備え付けられた窓から中を覗き込む。
「いた……っ」
本当はいてほしくなかったというようなか細い声だった。
アンスールも続いて室内を除く「大丈夫です。キスもハグもしてません」とアルビオに伝える。
「どうもありがとう。それで、彼女はどうやらローガンに差し入れを渡してるみたいだね」
「彼女は料理も最高なので、正直ローガンが羨ましいです。なぜ民兵団には差し入れてもらえないのでしょうか」
「知らないよ」
小声で話す二人だが、残念ながら室内の声までは聞こえなかった。だからローガンと彼女がなんの話で笑っているのかもアルビオにはわからなかった。
少なくともアルビオの目に映る二人はお似合いだった。サンドロックを陰からずっと支えてくれていたローガンと、サンドロックを救った英雄である彼女は、まるでオーウェンの物語に出てくるヒーローとヒロインのようだった。
「……ありがとう、アンスール。もういいよ」
「そうですね。彼女は浮気などしていないことが証明されました」
アンスールが見たものは、ローガンに差し入れを持ってきた心優しいナナシの姿だけで、そこにどんなやましさも感じなかった。ただ、今回の件を踏まえてビルダーへの依頼に好きな料理を追加しようとは考えたようだが、それだけだった。
「そんなことはもういいんだ。もういいんだよ……」
「アルビオ?」
たまらず涙を流したアルビオがアンスールの胸に顔を埋める。とめどなく流れる涙がアンスールの団服を濡らしていく。
「こういう時の作法をもう少し学んでおくべきでした」
アンスールがぎこちない動きでアルビオの背に手を回し、宥めるようにさすってやると、アルビオはますますおいおいと泣き出してしまった。
「え! アルビオ!? どうして泣いてるの?!」
外の騒ぎを聞きつけたナナシが真っ先にアルビオに気付いて駆け寄ってくる。その後ろにはローガンがいたが、なにがなんだかわからないと言った表情で立ち尽くしたままだ。
「こんにちは、ナナシ」
「待って、なんでアンスールとアルビオが抱き合ってるの?」
アンスールに声をかけられてやっと二人の状態に気づいたナナシが、事態を理解しようと問いかける。彼女の頭の中では奇しくも【浮気】の二文字が浮かぶのだが、不貞を働くにしてももう少し場所を選ぶだろうとその考えをかき消した。
そこでナナシはアルビオの涙の理由を察した。
「もしかして、アルビオが泣いてるのって私とローガンのせいだったりする……?」
「おそらくそうです」
「嘘でしょアルビオ。私とローガンは友達よ。これだってオーウェンに頼まれた差し入れを配達してるだけだし」
「あなたの手料理ではない?」
「ええ」
「だそうですよ、アルビオ。よかったですね」
アンスールの言葉にアルビオは答えずに、ただすんすんと鼻を鳴らしている。今更どんな顔をして彼女の前に立てばいいのか、アルビオは途方に暮れていた。
ほとんど部外者のローガンが「なんだったら中に入れよ。俺はその辺を回ってくるからさ」なんて気まで回してくれちゃうもんだから、アルビオは完敗だった。
ローガンの好意に甘えて三人は基地の中に移動する。アンスールは正直もう帰ってもらっても構わないのだが、ローガンのように気を回すつもりはないらしい。
「確認するけど、私が恋の結び目を買ったから疑ってるの? あなた何も言わないから知ってるもんだとばかり思ってた」
「知ってるってなにを?」
目を赤く腫らしたアルビオが聞き返すと、ナナシはポケットから恋の結び目を取り出す。
「……あのね、これはおまじないのために買ったものなの」
自由都市で密かにブームになっているそのおまじないの話をオーウェンから聞いたナナシは、さっそく恋人であるアルビオの店で恋の結び目を買った。
商売人であるアルビオならとっくに知ってると思っていたから、ちょっぴり恥ずかしくて逃げるように店から出て行ったのが事の発端だった。
「じゃあ、君はぼく以外に好きな人ができたんじゃないの? ローガンと君はすごくお似合いだったし、本当のことを言ってよ」
「アルビオ……私が愛してるのはあなただけよ。このおまじないだって、あなたともっと愛を深められたらいいなと思って買ったのよ?」
「でも、だって……ああ! ぼくって本当にバカだ! 自分に自信がないからって君に対して酷いことをした!」
アンスールもごめん、とアルビオは謝罪する。
思い返せばナナシが恋の結び目を買う時見せた熱っぽい眼差は、アルビオ以外の誰かに向けたものじゃなく、アルビオに向けられていたのだ。
「私こそ恥ずかしがらずにちゃんと言えばよかった。ごめんなさい、アルビオ。それと、アルビオの側にいてくれてありがとうアンスール」
「どういたしまして」
「それで、ちょっと申し訳ないんだけど……」
「……おっと、流石の私もわかりました。ローガンを見習って、私は街のパトロールに戻ります」
ごゆっくりどうぞ、私の基地ではないですが、と言い残してアンスールも出ていく。これで残されたのは二人だけだ。
「ねえ、アルビオ。こっちを向いて。あなたをすごく抱きしめたいの」
「ナナシ……こんなぼくに呆れちゃったよね?」
「どうして? 嫉妬するくらい私のことを好きでいてくれたんでしょ? 驚きはしたけど、悪い気なんてしてないわ」
「ほんとうに?」
「ほんとうに」
ナナシはゆっくりとアルビオを抱きしめる。腕の中の愛しい恋人を慈しむようにその頭を撫でてやると、アルビオの体から力が抜けていく。
「ぼく、怖かったんだ。君のいない世界なんてもう1秒だって耐えられない。ダーリン、ぼくの全て、お願いだからぼくを離さないで、離れていかないで」
「アルビオ……」
かわいそうになるくらい必死なアルビオの姿に、ナナシは心を痛める。どうして恋人の不安に気づいてあげられなかったのか。二人の間に必要なのはおまじないなんかじゃなかったのだ。
最近依頼にかまけてアルビオと過ごす時間を疎かにしていたのかもしれない。アルビオによく「仕事と僕どっちが大切なの?」と責められたのをナナシは思い出した。
「うーん、どうしたらアルビオに信じてもらえるのかしら」
「……だったらひとつお願いしてもいいかな?」
「なあに? なんでも言って?」
可愛い恋人の願いの一つや二つ、ナナシにとってはお安い御用だった。
「き、きみと、キスしたい……いますぐに」
アルビオの口が全てを言い終わる前にナナシの唇で塞がれる。
「んぅ……はっ、ナナシ……」
「愛してる、アルビオ。あなたがいるから私はこの街を愛せるし、守ろうと思ったの。あなたが幸せに生きれる世界を必ず作ってみせるから、私をずっとあなたの側にいさせて」
「ナナシ……まるで夢みたいだよ」
「もう、そんなこと言って、まだ私のことが信じられないの?」
少しムッとした表情のナナシを前にして、アルビオは慌てて首を横に振る。
「こんなに君に愛されて、僕はこの世界でいちばんの幸せ者だよ。今まで自分のことを不幸だと思ってたなんて信じられない!」
互いの愛を確かめ合った二人は、相手の瞳に自分の姿が映るほど距離を縮め、そして再び唇を触れ合わせる。
それは、とっくに戻ってきたローガンが二人の空気を邪魔しないように再び砂漠に足を向けるのと同時だった。
「しまった。オーウェンの差し入れを持ってくるんだった」
基地に残してきたものを思い出してローガンは後ろを振り返るが、あの空気の中に飛び込む勇気はなかった。
まさかベッドまで使ったりしないよな、とローガンはお熱い二人にやれやれと肩をすくめるのだった。
終わり
「お願いだから彼女と別れて欲しいんだ!」
アルビオは必死だった。この願いが聞き入れられるならなんだってできると本気で思っていた。
「少し落ち着いてください」
「いいや、落ち着いてられないよ! 彼女が君に恋の結び目を渡したのは知ってるんだ!」
なんならその恋の結び目を売ったのはアルビオだ。愛しの彼女がにこにこ顔で買うのを止めなかったのもアルビオだし、誰に渡すのかも聞けずに後をつけたのも、こうして惨めに懇願しているのもアルビオだ。
姉であるアミラの店とローガンの家に挟まれた路地でアルビオはアンスールにほとんど縋り付くようにしていた。アンスールは無表情のまま、事態を収めようとその肩に手を置いた。
「確認しますが、彼女というのはナナシのことですか?」
「そうだよ! ぼくの愛しのダーリンさ!」
「そうですか。なら私の答えはいいえです」
「どうして?!」
「付き合ってない私が彼女と別れることはできないからです」
「……へ?」
アンスールの言葉にアルビオが間抜けな声をあげる。そんなまさか、だってこの目で彼女がアンスールに何かを渡すところを見たのに、とアルビオは思考の渦に飲まれかけていた。
そこにアンスールが助け舟を出す。
「私がナナシからもらったのは依頼していたキャンバスです。もちろん恋の結び目でも受け取りましたが、残念です」
「最後の言葉はいらないんだよ、アンスール!」
「ふむ、でも彼女が恋の結び目を持ってることは確かなんですよね? もしかしたらまだチャンスがあるかもしれません」
「ないよ! 絶対ない!」
その船は泥舟だったようだ。アルビオは己の悲劇を嘆いた。
彼女が恋の結び目を買っていく時、アルビオはどうしても聞けなかった。自分という恋人がいるにも関わらずそんなものを買っていく彼女を咎めることができなかった。それを今更悔やんだって遅いことをアルビオは理解していたが、到底受け入れることはできなかった。
「ナナシはぼくの女神なんだ! ぼくは彼女のためならなんだってできる! でも、彼女はもうぼくに飽きちゃったのかな……」
とうとう地面に膝をついて別れたくないと泣き出すアルビオに、アンスールはしゃがみ込んで目線を合わせる。
「では、調査しますか」
「えっ、どういうこと? 民兵団がまさかの浮気調査でもしてくれるの?」
「そうですね。我々は市民の安全のための存在ですから、おそらく業務の範囲内だと思います」
「ありがとうアンスール! 君って変わり者だけどいいやつだ!」
「ありがとう。その評価は私がよくもらうものです」
他にも思ったよりも話せるやつ、という評価ももらってます、と、アンスールは自慢するように言った。
「ならそこに意外とギャグのセンスもあるも追加しておいてよ」
「高評価いただきありがとうございます」
「はは! そういえばぼくたちあんまり話したことなかったよね」
お互いよそ者同士だが、今までは店主と客という関係を越えることはなかった。アルビオはそれを惜しむ。だが今から関係を変えていけばいい、と、アルビオは熱くそう思うのだった。
こうして二人の協力関係は結ばれた。
まず真っ先にアルビオが向かったのはローガンの常駐する前哨基地だった。最近彼女が頻繁にここを訪れている情報を手に入れたからだ。きっと依頼の終わった今、手の空いた彼女はそこに向かったに違いないとアルビオは推察する。
本当はずっと前からそのことを知っていたアルビオだが、もし本当にその現場を見てしまったらもう見ないふりはできないと勇気が出なかったのだ。
だが今はアンスールという仲間ができた。アルビオは勇気を振り絞り、基地に備え付けられた窓から中を覗き込む。
「いた……っ」
本当はいてほしくなかったというようなか細い声だった。
アンスールも続いて室内を除く「大丈夫です。キスもハグもしてません」とアルビオに伝える。
「どうもありがとう。それで、彼女はどうやらローガンに差し入れを渡してるみたいだね」
「彼女は料理も最高なので、正直ローガンが羨ましいです。なぜ民兵団には差し入れてもらえないのでしょうか」
「知らないよ」
小声で話す二人だが、残念ながら室内の声までは聞こえなかった。だからローガンと彼女がなんの話で笑っているのかもアルビオにはわからなかった。
少なくともアルビオの目に映る二人はお似合いだった。サンドロックを陰からずっと支えてくれていたローガンと、サンドロックを救った英雄である彼女は、まるでオーウェンの物語に出てくるヒーローとヒロインのようだった。
「……ありがとう、アンスール。もういいよ」
「そうですね。彼女は浮気などしていないことが証明されました」
アンスールが見たものは、ローガンに差し入れを持ってきた心優しいナナシの姿だけで、そこにどんなやましさも感じなかった。ただ、今回の件を踏まえてビルダーへの依頼に好きな料理を追加しようとは考えたようだが、それだけだった。
「そんなことはもういいんだ。もういいんだよ……」
「アルビオ?」
たまらず涙を流したアルビオがアンスールの胸に顔を埋める。とめどなく流れる涙がアンスールの団服を濡らしていく。
「こういう時の作法をもう少し学んでおくべきでした」
アンスールがぎこちない動きでアルビオの背に手を回し、宥めるようにさすってやると、アルビオはますますおいおいと泣き出してしまった。
「え! アルビオ!? どうして泣いてるの?!」
外の騒ぎを聞きつけたナナシが真っ先にアルビオに気付いて駆け寄ってくる。その後ろにはローガンがいたが、なにがなんだかわからないと言った表情で立ち尽くしたままだ。
「こんにちは、ナナシ」
「待って、なんでアンスールとアルビオが抱き合ってるの?」
アンスールに声をかけられてやっと二人の状態に気づいたナナシが、事態を理解しようと問いかける。彼女の頭の中では奇しくも【浮気】の二文字が浮かぶのだが、不貞を働くにしてももう少し場所を選ぶだろうとその考えをかき消した。
そこでナナシはアルビオの涙の理由を察した。
「もしかして、アルビオが泣いてるのって私とローガンのせいだったりする……?」
「おそらくそうです」
「嘘でしょアルビオ。私とローガンは友達よ。これだってオーウェンに頼まれた差し入れを配達してるだけだし」
「あなたの手料理ではない?」
「ええ」
「だそうですよ、アルビオ。よかったですね」
アンスールの言葉にアルビオは答えずに、ただすんすんと鼻を鳴らしている。今更どんな顔をして彼女の前に立てばいいのか、アルビオは途方に暮れていた。
ほとんど部外者のローガンが「なんだったら中に入れよ。俺はその辺を回ってくるからさ」なんて気まで回してくれちゃうもんだから、アルビオは完敗だった。
ローガンの好意に甘えて三人は基地の中に移動する。アンスールは正直もう帰ってもらっても構わないのだが、ローガンのように気を回すつもりはないらしい。
「確認するけど、私が恋の結び目を買ったから疑ってるの? あなた何も言わないから知ってるもんだとばかり思ってた」
「知ってるってなにを?」
目を赤く腫らしたアルビオが聞き返すと、ナナシはポケットから恋の結び目を取り出す。
「……あのね、これはおまじないのために買ったものなの」
自由都市で密かにブームになっているそのおまじないの話をオーウェンから聞いたナナシは、さっそく恋人であるアルビオの店で恋の結び目を買った。
商売人であるアルビオならとっくに知ってると思っていたから、ちょっぴり恥ずかしくて逃げるように店から出て行ったのが事の発端だった。
「じゃあ、君はぼく以外に好きな人ができたんじゃないの? ローガンと君はすごくお似合いだったし、本当のことを言ってよ」
「アルビオ……私が愛してるのはあなただけよ。このおまじないだって、あなたともっと愛を深められたらいいなと思って買ったのよ?」
「でも、だって……ああ! ぼくって本当にバカだ! 自分に自信がないからって君に対して酷いことをした!」
アンスールもごめん、とアルビオは謝罪する。
思い返せばナナシが恋の結び目を買う時見せた熱っぽい眼差は、アルビオ以外の誰かに向けたものじゃなく、アルビオに向けられていたのだ。
「私こそ恥ずかしがらずにちゃんと言えばよかった。ごめんなさい、アルビオ。それと、アルビオの側にいてくれてありがとうアンスール」
「どういたしまして」
「それで、ちょっと申し訳ないんだけど……」
「……おっと、流石の私もわかりました。ローガンを見習って、私は街のパトロールに戻ります」
ごゆっくりどうぞ、私の基地ではないですが、と言い残してアンスールも出ていく。これで残されたのは二人だけだ。
「ねえ、アルビオ。こっちを向いて。あなたをすごく抱きしめたいの」
「ナナシ……こんなぼくに呆れちゃったよね?」
「どうして? 嫉妬するくらい私のことを好きでいてくれたんでしょ? 驚きはしたけど、悪い気なんてしてないわ」
「ほんとうに?」
「ほんとうに」
ナナシはゆっくりとアルビオを抱きしめる。腕の中の愛しい恋人を慈しむようにその頭を撫でてやると、アルビオの体から力が抜けていく。
「ぼく、怖かったんだ。君のいない世界なんてもう1秒だって耐えられない。ダーリン、ぼくの全て、お願いだからぼくを離さないで、離れていかないで」
「アルビオ……」
かわいそうになるくらい必死なアルビオの姿に、ナナシは心を痛める。どうして恋人の不安に気づいてあげられなかったのか。二人の間に必要なのはおまじないなんかじゃなかったのだ。
最近依頼にかまけてアルビオと過ごす時間を疎かにしていたのかもしれない。アルビオによく「仕事と僕どっちが大切なの?」と責められたのをナナシは思い出した。
「うーん、どうしたらアルビオに信じてもらえるのかしら」
「……だったらひとつお願いしてもいいかな?」
「なあに? なんでも言って?」
可愛い恋人の願いの一つや二つ、ナナシにとってはお安い御用だった。
「き、きみと、キスしたい……いますぐに」
アルビオの口が全てを言い終わる前にナナシの唇で塞がれる。
「んぅ……はっ、ナナシ……」
「愛してる、アルビオ。あなたがいるから私はこの街を愛せるし、守ろうと思ったの。あなたが幸せに生きれる世界を必ず作ってみせるから、私をずっとあなたの側にいさせて」
「ナナシ……まるで夢みたいだよ」
「もう、そんなこと言って、まだ私のことが信じられないの?」
少しムッとした表情のナナシを前にして、アルビオは慌てて首を横に振る。
「こんなに君に愛されて、僕はこの世界でいちばんの幸せ者だよ。今まで自分のことを不幸だと思ってたなんて信じられない!」
互いの愛を確かめ合った二人は、相手の瞳に自分の姿が映るほど距離を縮め、そして再び唇を触れ合わせる。
それは、とっくに戻ってきたローガンが二人の空気を邪魔しないように再び砂漠に足を向けるのと同時だった。
「しまった。オーウェンの差し入れを持ってくるんだった」
基地に残してきたものを思い出してローガンは後ろを振り返るが、あの空気の中に飛び込む勇気はなかった。
まさかベッドまで使ったりしないよな、とローガンはお熱い二人にやれやれと肩をすくめるのだった。
終わり
