・ミゲル
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ミゲビル♀のビルダーとパブロの話
「だから僕は言ったんだ。君は服のセンスも最悪だけど男を見る目ははそれを上回るって」
サンドロックの憩いの場であるブルームーンで、ナナシは親友のパブロからのありがたい諫言を聞かされていた。
ナナシはこれまで数え切れないほどこのボックス席で街の住民たちと過ごしてきた。
その中でも彼女の恋人で、教会の牧師でもあったミゲルと過ごした時間が最も多いだろう。だが、今ナナシの目の前にいるのは親友のパブロで、そしてもうミゲルがこの席に座ることはないかもしれない。
「……そんなこと、あるかもだけど……」
パブロの容赦ない言葉にナナシは叱られた子供のように項垂れる。小さな声でした反論になってない反論も、パブロの次の言葉に呆気なくかき消されてしまう。
「もちろん別れたんだよね」
「……向こうはそう思ってるんじゃないかな」
「君はちがうっていいたいの?」
「ノーコメント!」
ナナシは見た目からは想像もできない手腕で、サンドロックのあらゆる問題に対処してきた。必要に迫られてのことだったが、彼女も、そして彼女の恋人であるミゲルもサンドロックのために奮闘していた。
だというのに、まさかその恋人がサンドロックの衰退に関わっていたなんて、ナナシは夢にも思わなかった。
この砂の街の下で渦巻いていた陰謀も、恋人の掲げる大義も、デュポスの思惑も、その全てがナナシにとってはまるで物語のように現実味のないまま、時に流され、時に立ち向かい、気がつけばひとまず終結を迎えていたのだ。
そして当然のようにミゲルとナナシの恋は終わってしまっていた。なんの別れの言葉もなく、恋の結び目は無常にも断ち切られてしまった。
それらをすべて飲み込んで受け入れろなんて言われても、今のナナシにはとてもできそうになかった。胸の内を吐き出し終わったナナシは、ヤクメルミルクの入ったグラスをじっと見つめる。目の前の親友の目が見れなかったのだ。
「──答えは一つ。飲み込めないほど不味いものは吐き出すしかないよ。例え誰を傷つけてもね。僕はグレースのオムレツを食べた時に迷いなくそうしたよ」
「それは、グレースが可哀想だよ」
「オムレツと偽って異物が混入した炒り卵を食べさせられた僕は可哀想じゃないって?」
「……」
パブロの言葉にナナシは何も言えなくなる。ここにグレースがいなくて良かったとナナシは思った。店内は二人の他には誰もいない。オーウェンが気を使ってキッチンの方に引っ込んでくれているのだ。
この街の誰もがナナシとミゲルの関係を知っていた。そして(目の前の親友を除いて)誰もが彼女にかける言葉を見つけられないでいた。ナナシは自身の胸の内に再び沸き上がる感情を飲み干すようにグラスを呷る。
「……やれやれ。どうやら君はまだあの裏切り者を愛してるらしいね。理解に苦しむよ」
「じゃあパブロは、私が明日牢屋に入れられたらもう友達じゃなくなるの?」
「君が? 一体なんの罪で?」
「あー……木を切ったの。それもたくさん。水も汚したし、街にゴミも捨てた! それで、犯罪者になった私はもう友達じゃない?」
ダンッ、と音を立ててグラスを置いたナナシは、まるで本物の犯罪者になった気分で凄んでいるが、パブロの目には、せいぜい子犬が牙をむいている程度にしか見えなかった。
「ははっ! その程度かわいいものだよ。もっと酷いことをしなくちゃ」
彼女の言葉を笑い飛ばすパブロに、ナナシは縋るような目を向ける。
「ああ、つまりあの元牧師のしたことは君にとっては大したことじゃないってこと? まあ、よそ者の君にとっては街の一大事よりも恋人の方が大事ってのは理解できるよ」
「ちがうよ! サンドロックも大切だよ! そうじゃなくて、パブロだって私がみんなから水を盗んだとしても、まずは理由を聞いてくれるでしょ?」
罪は罪として裁かれるべきだ。それはナナシも理解している。でもそれはそれとして、たとえ罪を犯したからといって今まで築き上げてきたものをなかったことにはできなかった。いつかのローガンの無実をエルシーが信じ続けたように、ナナシだってミゲルを信じたかった。
ナナシの気迫に押されて、パブロは降参というように両手を上げた。
「オーケーオーケー、とりあえずイエスにしておくよ。続けて?」
「もう、すぐ茶化すんだから」
「酷い言いがかりはよしてくれ。僕は真面目だよ。でなきゃとっくに君の前から姿を消してる」
パブロはすました顔をして自身の爪を眺める。彼が会話に興味をなくし始めてるサインだ。
「パブロ、私の知ってるミゲルはすごく繊細な人だったの。なんだかいつも、追い詰められてるみたいに世界に対峙してた」
「……」
「ミゲルが理由もなく誰かを傷つけるなんて考えられないの」
「なら話を聞きなよ。幸いなことにヤツは檻の中でどこにも逃げられないしね」
投げやりな態度のパブロに、ナナシが傷ついたような表情を浮かべる。それを見たパブロはハッと鼻で笑う。
「裏切った理由も目的も僕には関係ないよ。元牧師はサンドロックを裏切った。それが真実だ」
それはどこまでもパブロらしい言葉だった。
だが続く言葉にナナシは顔を上げる。
「──でもそれ以上に許せないのは、君の恋人になるなんて身の程知らずなことをしておいて、挙げ句の果てに君を傷つけたことだよ!」
なんで君はミゲルのことばかりで僕の気持ちには気づこうともしないの、とパブロの拗ねたような声を聞いてナナシはハッとする。
「ごめんなさい、私、自分のことばかりで……パブロは私を心配してくれているのに、友達失格だよね」
「勝手に失格にしないでくれる? それは君を選んだ僕の審美眼を損なうような発言だ」
「あー……ごめんなさい?」
「いいよ。君の素直さは美徳だからね」
ナナシはくすぐったい気持ちになった。
パブロから向けられる親愛は、どんな宝石よりも貴重で特別なものに思えた。その価値がわかるからこそ、こんな時でもナナシは心からの笑みを浮かべることができた。
「パブロはいつも私に綺麗なオムレツを食べさせてくれるのね」
「急になに」
「さっきのオムレツの例えだけど、私は出されたものはたとえどんなオムレツでも食べるよ。砂入りでも、カラ入りでもね」
「そう……君がそれでいいなら好きにしなよ」
「ありがとう、パブロ」
「君が食中毒になったらお見舞いに行くよ」
二人はもう多くを語らなかった。
パブロはナナシの望みを理解していたし、ナナシもまた自身の望みを再認識した。
だから後の言葉は、大切な親友を奪っていく男への腹いせのようなものだった。
「……賭けてもいいよ。あの男はまだ君を愛してる。わかるんだ」
「……」
だから君は堂々としていなよ、どうせ向こうのほうが立場は下なんだから、とパブロは笑う。
「だって言うだろ? 恋愛は惚れた方が負けなんだ」
「……パブロってわたしのこと大好きなのね」
「知らなかったの? 僕は君が僕のこと大好きだって知ってるけどね」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
もうナナシは何も恐れていなかった。
「じゃあ行ってくるね」
「行ってらっしゃい。お土産を期待してるよ」
パブロは片手を上げて彼女を見送った。全てを肯定したわけじゃない。ただ自分の主義主張以上にナナシを尊重した結果だった。
だけどパブロは彼女なら大丈夫だと確信していた。
なぜならナナシは、ビルダーになると決めて一人で故郷を飛び出し、何もない砂の街に次々と功績を打ち立てていったまさに伝説の女性なのだから──覚悟すべきなのはむしろミゲルの方だろう。
「さて、僕はオーウェンのオムレツでも食べながら待つとしようかな」
パブロが言い終わる前に目の前に料理が差し出される。いつの間にやってきたのか、美しいブロンドの女性がそこにいた。
終わり
「だから僕は言ったんだ。君は服のセンスも最悪だけど男を見る目ははそれを上回るって」
サンドロックの憩いの場であるブルームーンで、ナナシは親友のパブロからのありがたい諫言を聞かされていた。
ナナシはこれまで数え切れないほどこのボックス席で街の住民たちと過ごしてきた。
その中でも彼女の恋人で、教会の牧師でもあったミゲルと過ごした時間が最も多いだろう。だが、今ナナシの目の前にいるのは親友のパブロで、そしてもうミゲルがこの席に座ることはないかもしれない。
「……そんなこと、あるかもだけど……」
パブロの容赦ない言葉にナナシは叱られた子供のように項垂れる。小さな声でした反論になってない反論も、パブロの次の言葉に呆気なくかき消されてしまう。
「もちろん別れたんだよね」
「……向こうはそう思ってるんじゃないかな」
「君はちがうっていいたいの?」
「ノーコメント!」
ナナシは見た目からは想像もできない手腕で、サンドロックのあらゆる問題に対処してきた。必要に迫られてのことだったが、彼女も、そして彼女の恋人であるミゲルもサンドロックのために奮闘していた。
だというのに、まさかその恋人がサンドロックの衰退に関わっていたなんて、ナナシは夢にも思わなかった。
この砂の街の下で渦巻いていた陰謀も、恋人の掲げる大義も、デュポスの思惑も、その全てがナナシにとってはまるで物語のように現実味のないまま、時に流され、時に立ち向かい、気がつけばひとまず終結を迎えていたのだ。
そして当然のようにミゲルとナナシの恋は終わってしまっていた。なんの別れの言葉もなく、恋の結び目は無常にも断ち切られてしまった。
それらをすべて飲み込んで受け入れろなんて言われても、今のナナシにはとてもできそうになかった。胸の内を吐き出し終わったナナシは、ヤクメルミルクの入ったグラスをじっと見つめる。目の前の親友の目が見れなかったのだ。
「──答えは一つ。飲み込めないほど不味いものは吐き出すしかないよ。例え誰を傷つけてもね。僕はグレースのオムレツを食べた時に迷いなくそうしたよ」
「それは、グレースが可哀想だよ」
「オムレツと偽って異物が混入した炒り卵を食べさせられた僕は可哀想じゃないって?」
「……」
パブロの言葉にナナシは何も言えなくなる。ここにグレースがいなくて良かったとナナシは思った。店内は二人の他には誰もいない。オーウェンが気を使ってキッチンの方に引っ込んでくれているのだ。
この街の誰もがナナシとミゲルの関係を知っていた。そして(目の前の親友を除いて)誰もが彼女にかける言葉を見つけられないでいた。ナナシは自身の胸の内に再び沸き上がる感情を飲み干すようにグラスを呷る。
「……やれやれ。どうやら君はまだあの裏切り者を愛してるらしいね。理解に苦しむよ」
「じゃあパブロは、私が明日牢屋に入れられたらもう友達じゃなくなるの?」
「君が? 一体なんの罪で?」
「あー……木を切ったの。それもたくさん。水も汚したし、街にゴミも捨てた! それで、犯罪者になった私はもう友達じゃない?」
ダンッ、と音を立ててグラスを置いたナナシは、まるで本物の犯罪者になった気分で凄んでいるが、パブロの目には、せいぜい子犬が牙をむいている程度にしか見えなかった。
「ははっ! その程度かわいいものだよ。もっと酷いことをしなくちゃ」
彼女の言葉を笑い飛ばすパブロに、ナナシは縋るような目を向ける。
「ああ、つまりあの元牧師のしたことは君にとっては大したことじゃないってこと? まあ、よそ者の君にとっては街の一大事よりも恋人の方が大事ってのは理解できるよ」
「ちがうよ! サンドロックも大切だよ! そうじゃなくて、パブロだって私がみんなから水を盗んだとしても、まずは理由を聞いてくれるでしょ?」
罪は罪として裁かれるべきだ。それはナナシも理解している。でもそれはそれとして、たとえ罪を犯したからといって今まで築き上げてきたものをなかったことにはできなかった。いつかのローガンの無実をエルシーが信じ続けたように、ナナシだってミゲルを信じたかった。
ナナシの気迫に押されて、パブロは降参というように両手を上げた。
「オーケーオーケー、とりあえずイエスにしておくよ。続けて?」
「もう、すぐ茶化すんだから」
「酷い言いがかりはよしてくれ。僕は真面目だよ。でなきゃとっくに君の前から姿を消してる」
パブロはすました顔をして自身の爪を眺める。彼が会話に興味をなくし始めてるサインだ。
「パブロ、私の知ってるミゲルはすごく繊細な人だったの。なんだかいつも、追い詰められてるみたいに世界に対峙してた」
「……」
「ミゲルが理由もなく誰かを傷つけるなんて考えられないの」
「なら話を聞きなよ。幸いなことにヤツは檻の中でどこにも逃げられないしね」
投げやりな態度のパブロに、ナナシが傷ついたような表情を浮かべる。それを見たパブロはハッと鼻で笑う。
「裏切った理由も目的も僕には関係ないよ。元牧師はサンドロックを裏切った。それが真実だ」
それはどこまでもパブロらしい言葉だった。
だが続く言葉にナナシは顔を上げる。
「──でもそれ以上に許せないのは、君の恋人になるなんて身の程知らずなことをしておいて、挙げ句の果てに君を傷つけたことだよ!」
なんで君はミゲルのことばかりで僕の気持ちには気づこうともしないの、とパブロの拗ねたような声を聞いてナナシはハッとする。
「ごめんなさい、私、自分のことばかりで……パブロは私を心配してくれているのに、友達失格だよね」
「勝手に失格にしないでくれる? それは君を選んだ僕の審美眼を損なうような発言だ」
「あー……ごめんなさい?」
「いいよ。君の素直さは美徳だからね」
ナナシはくすぐったい気持ちになった。
パブロから向けられる親愛は、どんな宝石よりも貴重で特別なものに思えた。その価値がわかるからこそ、こんな時でもナナシは心からの笑みを浮かべることができた。
「パブロはいつも私に綺麗なオムレツを食べさせてくれるのね」
「急になに」
「さっきのオムレツの例えだけど、私は出されたものはたとえどんなオムレツでも食べるよ。砂入りでも、カラ入りでもね」
「そう……君がそれでいいなら好きにしなよ」
「ありがとう、パブロ」
「君が食中毒になったらお見舞いに行くよ」
二人はもう多くを語らなかった。
パブロはナナシの望みを理解していたし、ナナシもまた自身の望みを再認識した。
だから後の言葉は、大切な親友を奪っていく男への腹いせのようなものだった。
「……賭けてもいいよ。あの男はまだ君を愛してる。わかるんだ」
「……」
だから君は堂々としていなよ、どうせ向こうのほうが立場は下なんだから、とパブロは笑う。
「だって言うだろ? 恋愛は惚れた方が負けなんだ」
「……パブロってわたしのこと大好きなのね」
「知らなかったの? 僕は君が僕のこと大好きだって知ってるけどね」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
もうナナシは何も恐れていなかった。
「じゃあ行ってくるね」
「行ってらっしゃい。お土産を期待してるよ」
パブロは片手を上げて彼女を見送った。全てを肯定したわけじゃない。ただ自分の主義主張以上にナナシを尊重した結果だった。
だけどパブロは彼女なら大丈夫だと確信していた。
なぜならナナシは、ビルダーになると決めて一人で故郷を飛び出し、何もない砂の街に次々と功績を打ち立てていったまさに伝説の女性なのだから──覚悟すべきなのはむしろミゲルの方だろう。
「さて、僕はオーウェンのオムレツでも食べながら待つとしようかな」
パブロが言い終わる前に目の前に料理が差し出される。いつの間にやってきたのか、美しいブロンドの女性がそこにいた。
終わり
