第一章 冬の国

旅立ちの朝。
春の王国は、いつもと変わらず優しい風が吹いていた。
花畑を渡る風は甘い香りを運び、小鳥たちは私の背中を押すように歌っている。

春の王国を象徴する淡いクリーム色のワンピース。
裾へ向かうにつれて、若葉を思わせる優しい黄緑色へと色が移り変わり、その上には小さな花びらを模した刺繍が一つひとつ丁寧に施されている。
胸元には春の王国の紋章でもある一輪の花をかたどった金色のブローチ。
ふんわりとした袖口には白いレースがあしらわれ、歩くたびに風を受けて軽やかに揺れた。
腰には若草色の細いリボンが結ばれ、その先には小さな鈴と花のチャームが揺れている。走るたび、かすかな音色が春風のように優しく響く。
これから冬の国を訪れるため、その上からは純白のロングケープを羽織った。
 
 
「行ってきます。」

 
言葉にすると、花たちが揺れた。
まるで「いってらっしゃい」と言ってくれているようだった。

「気を付けろよ。危なくなったら無茶はしないように。」

もふくんが私の家の前で腕を組んだまま立っている。

「うん。」
「困ったらすぐ帰ってこい。」
「……うん。」

何度も念を押すもふくんに思わず笑ってしまう。

「もしかして、心配してる?」
「そりゃ、多少は……。」

即答だった。
それに耳だけ少し赤い。

「ふふっ。」
「笑うな。」

ぶっきらぼうなのに、昔から誰よりも優しい。眼鏡のガラスが太陽の光を反射しているのでどんな表情をしているのかは、はっきり見てとれないけどきっと照れているのを誤魔化そうとしているはずだ。
そんなもふくんに手を振って、私は歩き始めた。

春の風が背中を押してくれる。

「絶対に原因を見つけて帰ってくるから。」

そう誓いながら。



 

——旅は三日続いた。

歩くたび、景色が少しずつ変わっていく。
鮮やかな花畑は緑の草原になり、草原は背の高い針葉樹の森へと移り変わっていった。
空気も少しずつ冷たくなっていく。

そして四日目の朝。

「……寒い。」

吐いた息が白く染まるようになってきた。
春魔法で温もりをまとっていても、肌を刺すような冷気が伝わってくる。
目の前には、雪。
どこまでも続く白銀の世界。
これが、冬の王国。

思わず息を呑む。

「綺麗……。」

白い森。
凍った湖。
氷の結晶が朝日に照らされ、星屑みたいに輝いている。
春の国からこれまでほとんど出たことがなかったからこんな景色、初めて見た。

その時だった。
 
――ガキンッ!

金属がぶつかる音、誰かが戦ってるような音が聞こえた。
私は音のする方へ駆け出した。
雪を踏みしめ、木々を抜ける。
そこで目に飛び込んできたのは、大きな氷狼だった。
真っ白な毛並み、赤い瞳。
図鑑でしか見たことがないそれは体格も力も人間よりも大きく強くて危険とされている生物だった。

その前に立つ、一人の青年。

黒い髪を揺らしながら、長剣を握っている。
青年が剣を振るうと鋭い氷柱が飛び、氷狼を吹き飛ばした。

けれど。
倒したかと思った氷狼は一体だけではなかった。
群れを作って狩をする氷狼はその後ろから
二体、三体と次々と現れる。

「まずい……」

私は杖を掲げる。

「――ブルーム!」

足元から淡い緑の光が広がる。

雪の下から一斉に蔦が伸び、氷狼たちの足を絡め取った。

「なっ……!」

突然の出来事に青年が驚いたようにこちらを見る。

「今よ!」

私はとりあえず一言だけ叫ぶ。
青年はすぐに状況を理解したらしい。
剣を横薙ぎに振るうと白銀の風が吹き抜ける。
冬の魔法を纏ったその剣技を放った次の瞬間、氷狼たちは光の粒になって雪へ溶けていった。

静寂。
風だけが木々を揺らしている。
青年はゆっくりとこちらへ歩いてきた。
背が高い。そして黒い髪。冬の中で絶やすことのできない炎のように赤い瞳。

「……お前。」

低く落ち着いた声だった。

「春の魔法使いか。」

私は思わず目を丸くする。

「わかるの?」

「そりゃ、魔法を目の前でみれば……それに……。」

青年は少しだけ視線を落とす。
私の足元には、小さな花が咲いていた。
雪の中に。
オレンジ色の花。

「あっ……。」

しまった。無意識だった。
私の春の魔力が漏れていたんだ。
青年はその花をじっと見つめる。

「雪の上で花が咲くなんて……。」

その声には驚きだけじゃない。
どこか懐かしむような響きがあった。
私は少し安堵して笑って答える。

「あなたが寒そうだったから。」
「……え?」
「春はね、誰かが寒そうにしてると、つい花を咲かせたくなるの。」

青年はしばらく黙っていた。
それから、ほんの少しだけ口元が緩む。
その笑顔は雪解けのように儚くて、初めてあったはずなのにどこか懐かしさを感じた。

「変わった魔法使いだな。」
「よく言われる。」

青年は静かに名乗った。

「俺は、ゆあん。冬の魔法使いだ」
「私は、えと。春の魔法使い。よろしくね」


ーーーこれがゆあんくんと出会った時の出来事だった。




◇◇◇


 
雪は、音を消す。
そのことを、私は初めて知った。
春の王国では、風が吹けば花びらが踊り、小鳥たちが歌い、川は軽やかな音を立てて流れている。
けれど冬の国は違った。
降り積もる雪は、大地をやさしく包み込み、世界から余計な音をそっと消してしまう。
聞こえるのは、自分が雪を踏みしめる「きゅっ」という足音だけ。
私は白い息を吐きながら、その静けさに耳を澄ませていた。

「寒いか。」

隣を歩くゆあんくんが、小さく尋ねる。

「少しだけ。でも、大丈夫。」

そう答えると、ゆあんくんは私の歩幅に合わせるように歩みをゆるめた。
ゆあんくんは歩くのが速い。
けれどきっと、私に合わせてくれようとしているんだなとすぐにわかった。

「ありがとう。」

そう言うと、ゆあんは少しだけ首を傾げた。

「何が?」
「歩く速さ。」
「あぁ……。」

照れたように視線を逸らす。

「雪……慣れてないと思って。」

その何気ない一言が、胸の奥をじんわりと温めた。
初めて会った人なのに。
どうしてこんなに安心するんだろう。
まるで昔から知っている人と歩いているみたい。
そんな不思議な感覚に、私は自分でも戸惑っていた。


「どうした?」
「ううん、なんでもない。」


小さく笑ってごまかした。



 

森を抜けると、視界がぱっと開けた。

「わぁ……。」

思わず息をのむ。
雪原の向こうに広がるのは、美しい白銀の城下町だった。
屋根には真っ白な雪がふんわりと積もり、家々の窓からは橙色の灯りがこぼれている。
煙突から立ちのぼる煙は冬空へまっすぐ伸び、街路樹には無数の氷の結晶が飾られていた。
陽の光を受けた氷は七色にきらめき、まるで星を閉じ込めたように輝いている。

「綺麗……。」

思わず立ち止まる。
春の花畑とは違う。
色は少ないのに寂しくない。
白という色だけで、こんなにも豊かな景色が生まれるなんて。

「冬は苦手か?」

ゆあんくんが静かに聞く。
私は慌てて首を振った。

「ううん。むしろ……好きになりそう。」

その言葉に、ゆあんくんは目を少し丸くした。

「そうか。」

それだけしか言わなかった。
だけど、横顔がほんの少しだけ柔らかくなって
それ以上口にしていないのに喜んでいる気がした。





城門が見えてくる。
氷で造られた巨大な門には、美しい雪の結晶が彫られていた。
その門が、重々しい音を立ててゆっくり開く。
門の前には、一人の騎士が立っていた。

白銀の鎧に深い青の外套。
春の若葉のような黄緑色の髪をした青年は、私たちを見ると静かに一礼する。

「ゆあんくん。お帰り。」

穏やかで落ち着いた声。
その声音だけで、人柄が伝わってくる。

「シヴァさん。ただいま」

ゆあんくんが短く答えるとシヴァさんと呼ばれた騎士はゆっくりと顔を上げると、私へ視線を向けた。
その瞳には警戒ではなく、相手を知ろうとする優しさが宿っていた。

「春の王国のお客様だね。」
「は、はい。えとといいます。」

少し緊張しながら頭を下げる。
シヴァさんは微笑みを浮かべた。

「俺は冬の国、近衛隊長のシヴァ。
遠路はるばる、ようこそニヴェリアへ。」

その笑顔は雪景色によく似ていた。
静かで、穏やかで、安心できる笑顔。

「旅でお疲れでしょう。女王陛下も、お待ちです。」
「ありがとうございます。」

冬の国の人って、もっと冷たくて怖い人たちだと思っていた。
だけど、そんな思い込みは2人にあって早々に溶けていった。

 



城の中は、外の寒さが嘘のように暖かかった。
暖炉では薪が静かな音を立てて燃え、壁には青い結晶石の灯りがゆらゆらと揺れている。
廊下を歩く人たちは皆、ゆったりと微笑みながら挨拶を交わしていた。

どこか春の王国と似ている。

違うのは景色だけなのかもしれない。
案内された大広間の扉が開く。
そこには、一人の女性が立っていた。
月明かりに照らされた湖のような水色の髪。
澄んだ青い瞳。白銀のドレスをまとい、静かに微笑んでいる。

「ようこそ、春の魔法使いさん。」

その声は、雪がそっと降る音のように優しかった。

「私は、るな。冬の王国を預かっています。」

私は慌てて頭を下げる。

「春の王国の魔法使い、えとです。お招きいただき、ありがとうございます。」

挨拶すると女王のるなさんは柔らかく頷いた。

「長旅、お疲れさまでした。まずはこの国を、知って好きになってください。」

その一言に胸が温かくなる。
国を好きになってほしい。
そう言える女王様って、素敵だな——そう思った。



 

その夜。

案内された客室の窓から、私は雪が降る景色を眺めていた。
音もなく舞う雪。
遠くに見える城下町の灯り。

綺麗だ。本当に綺麗。

「……変なの。」

今日出会ったばかりの人たちなのに。
ゆあんくんも。
シヴァさんも。
るなさんも。

初めて訪れた国なのに。
まるで帰ってきた場所みたいに心が落ち着く。
私は窓に手を添え、小さく息を吐いた。

「どうして、初めてじゃない気がするんだろう……。」







その頃。

城の渡り廊下では、ゆあんくんが一人、夜空を見上げていた。
降り続く雪を眺めながら、えとのことを思い出す。

笑った顔。
鈴が鳴るような声。
雪の中で咲いたオレンジ色の花。
胸の奥が、不思議と懐かしくなる。

「どこかで……会ったこと、あったか?」

そんなはずはないのに、どうしても思う。
あの笑顔を、自分はずっと昔にも見たことがある気がしてならなかった。
夜空では、一片の雪と一枚の花びらが、風に乗って静かにすれ違っていた。




◇◇◇

 

朝、目を覚ますと、窓の外には真っ白な世界が広がっていた。
昨夜降っていた雪は静かに積もり、城の庭園はまるで絵本の中の景色みたいに輝いている。
朝日を浴びた雪は淡い金色に染まり、一面がきらきらと光を返していた。

「……きれい。」

思わず窓を開ける。
ひんやりとした空気が頬を撫でる。
冷たいはずなのに、不思議と嫌じゃない。
むしろ胸いっぱいに吸い込みたくなるような、澄んだ空気だった。

その時。コンコン、と控えめな音が響く。

「えとさん。起きてる?」

穏やかな声。

「はい!」

扉を開けると、そこにはシヴァさんが立っていた。
朝日に照らされた黄緑色の髪が、雪と溶け合うように輝いている。

「よく眠れた?」
「はい。とても。」
「それは良かった。」

シヴァさんは安心したように微笑んだ。

「女王陛下がお待ちです。」
「わかりました。」



朝食の席には、るなさんとゆあんくんが先に座っていた。

「おはようございます、えとさん。」

るなさんが柔らかく微笑む。

「お、おはようございます。」

温かなスープから湯気が立ち上る。
焼きたてのパンに、木の実や果物。
春の王国とは少し違う食卓だけど、どれも優しい香りがした。

「冬は食べ物を蓄える季節だから。」

私の視線に気づいたるなさんが静かに話し始める。

「雪の下で眠る野菜や木の実は、春を迎えるための大切な命なの。」

私はスープをひと口飲んだ。
体の芯まで温かくなる。

「おいしい……。」

思わずこぼれた言葉に、るなさんは嬉しそうに目を細めた。
その隣で、ゆあんくんもほんの少しだけ表情を和らげている。


朝食のあと。

「街を案内する。」

ゆあんくんが立ち上がった。

「ありがとう!」
「異変を調べるなら、まずこの国を知ってほしい。」

私は大きく頷いた。



 

城下町は朝から賑わっていた。
雪を掃く人。屋根から下ろす人。
店先に温かな料理を並べる人。
子どもたちは雪玉を投げ合いながら笑っている。

「こんにちは、ゆあんくん!」
「こんにちはお客様ですか?」

小さな子供から大人まで人々は皆、笑顔で声を掛けてくれる。

「ゆあんくんって、みんなに慕われてるんだね。」

私がそう言うと、ゆあんくんは少し困ったように笑った。

「普通だよ。」
「普通じゃないよ。」

私がそう言うと、近くにいたおばあさんが笑いながら口を開いた。

「この子は昔から優しいんですよ。」
「雪かきも真っ先に手伝ってくれるしねぇ。」
「そうそう。」
「困ってる人を放っておけないんだよ。」

ゆあんくんは耳まで少し赤くしていた。

「おばさんたち勘弁して……もういいだろ。」
「ふふっ。」

そんな表情もするんだ。
また一つ、ゆあんくんを知った。

 




街を歩いていると、小さな女の子が泣いていた。

「あれ?」

私は駆け寄る。

「どうしたの?」
「お花……。」

女の子が指差した先には、小さな植木鉢。
寒さで芽がしおれている。

「この子、大事なお花なの。」

私はそっと鉢を抱えた。

「少しだけ、力を貸してね。」

掌を添える。
淡い緑色の光が優しく溢れた。
すると、小さな芽がゆっくりと顔を上げる。

女の子は目を丸くした。

「咲いた……!」

実際には咲いてはいない。まだ小さな蕾。
でも確かに、生きようとしている蕾だった。

「ありがとう、お姉ちゃん!」

植木鉢を嬉しそうに抱きしめる女の子を見て、私も自然と笑顔になる。
その様子を、ゆあんくんは静かに見つめていた。

「……春の魔法。」
「え?」
「初めてちゃんと目の前でみた。命を育てる力なんだな。」

私は頷く。

「うん。花だけじゃないよ。
 誰かが笑ってくれると、私も嬉しくなるんだ。」

その言葉を聞いたゆあんくんは、小さく目を伏せた。

「そういうところ……。」
「?」
「いや、なんでもない。」

それ以上、ゆあんくんは何もいわなかった。







しばらく城下町を案内してもらい城へ帰ろうとしたときだった。
一面の雪原を歩いていると、ふわりと一枚の桜の花びらが舞った。
 
「え……?」

冬の空に春の花びら。
私は思わず立ち止まる。
ゆあんくんも同じ景色を見つめているようだった。

「まただ。」
「うん……。」

花びらは雪と一緒に風へ溶けていく。
その光景はあまりにも美しくて。
美しいのに、胸が少し苦しかった。

「ゆあんくん。」
「なに。」
「冬ってね。」

私は空を見上げる。

「命が眠る季節だと思ってた。」
「違うのか?」
「うん。冬は、命を守る季節なんだね。」

ゆあんくんは驚いたように私を見つめしばらくして、小さく笑った。

「……そう思ってくれたなら、嬉しい。」

その笑顔を見た瞬間。
胸の奥で、何かが静かにほどけた気がした。





 
その頃――。
城の書庫では、女王のるなが古びた一冊の本を開いていた。
ページには、色褪せた文字でこう記されている。

『春と冬が互いを理解するとき、境界は再び開かれる。』

るなは静かに本を閉じ、窓の外へ視線を向ける。
雪の向こうには、春を思わせる淡い風が吹いていた。

「どうか……。」

その願いは誰にも届かないほど小さかった。
「今回は、あの子たちが別れる未来になりませんように――。」






◇◇◇
 




朝の雪は静かだ。
城の窓を開けると、夜の間に降り積もった雪が庭を白く染めていた。
雪は何も語らない。
だから俺は、生まれた時からこの静けさが好きだった。

「……今日も冷えるな。」

小さく息を吐く。
白くなった息は、すぐに空へ溶けていった。

その時だった。
カラン、カラン――。
城下町に鐘の音が響く。

一度。二度。三度。

城の中まで聞こえるその音に、廊下を歩いていた侍女たちが嬉しそうに顔を見合わせる。

「風渡り様がいらっしゃったんですね。」
「今回は少し早いですね。」

風渡り。四季すべての国を巡る旅人。
冬の国では珍しい客人だ。
俺は上着を羽織ると、そのまま城門へ向かった。



 

城門の前には、いつもより多くの人が集まっていた。
子どもたちが雪の上を駆け回り、大人たちは笑顔で空を見上げている。
やがて一陣の風が吹いた冬の風とは違う少しだけ柔らかく、どこか花の香りを含んだ風。
その風が雪原を駆け抜けると、一人の青年が軽やかに地面へ降り立った。

栗色の髪を揺らし、風色のマントを翻す。
肩には大きな旅袋。
まるで風そのものが人の姿になったようだった。

「久しぶり!」

明るい声が城門に響く。
シヴァが穏やかに歩み寄る。

「うり!今回も無事で何より。」
「サンキュー!」

うりは笑いながら荷物を軽く持ち上げた。

「みんなに頼まれた荷物もちゃんと持ってきたよ。」
「ありがとうな。」

シヴァさんは優しく微笑んだ。

「ゆあんくん。」

俺にも気付いたらしい。

「久しぶり。」
「ああ。」

短く答える。

「元気そうじゃん。」
「お前も。」

俺たちの挨拶はそれだけで十分だった。


「そういえば。」

うりが辺りを見回す。

「春の魔法使いが来てるって聞いたんだけど。」

その言葉に、胸が少しだけ反応した。

「ああ。」
「どこ?」
「今は庭じゃないかな。」

シヴァさんがそう答えた時だった。

「うり!」

鈴の鳴るような声が響き、振り返ると雪を踏みしめながらえとさんが駆けてきた。
その顔は、出会った時から今まで見た中で1番嬉しそうだった。

「久しぶり!」
「よぉ!えとさん!」

うりも満面の笑みになる。
二人は迷いなく近づき、楽しそうに笑い合う。

「元気だった?」
「うん!」
「旅は?」
「大変だったけど楽しかった!」
「ははっ!そういう顔してる。」

そう言って、うりは自然な仕草でえとの頭をぽん、と軽く叩いた。

「頑張ったな。」
「えへへ。」

えとさんは照れたように笑う。
その笑顔は、春の花が一斉に咲くみたいに眩しかった。
……初めてみる笑顔だった。
俺と話す時とは少し違う。
昔から知っている相手だからだろうか、
久しぶりの再会だったのか二人は歩きながら思い出話を始める。

「覚えてる? 花畑で転んだこと。」
「もう! その話しないで!」
「泣いてたじゃん。」
「泣いてないもん!」

笑い声が雪原へ広がる。

俺は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。



「ゆあんくん。」

隣へ静かに立ったのはシヴァだった。

「あの2人、幼馴染みたいだよ。」
「ああ。」
「仲がいいみたいだね。」
「……そうだな。」

それだけ返した。
返した、はずだった。
なのに。

胸の奥が落ち着かない。

うりが笑う。
えとさんも笑う。

その光景を見ていると、何かが引っかかる。

どうしてだ。
えとさんが笑っている。
それは良いことのはずだ。

なのに。

その笑顔を向けられている相手が自分じゃないことに、胸の奥が少しだけ痛んだ。
俺は小さく息を吐く。

「どうしたんだ、俺……。」

理由が分からない。
魔物と戦う時とも違う。
雪嵐の中なかで過ごすのとも違う。
胸の奥だけが、ざわついていた。




 

夕暮れ。

うりは荷物を届け終え、城を後にしようとしていた。

「また来るよ。」
「うん! 気を付けてね!」

えとさんは大きく手を振る。
うりは風に乗る前に、ちらりと俺を見た。

「ゆあんくん。」
「なんだ。」
「えとさん。よろしく。」

それだけ言って笑う。
まるで何かを見透かしているような笑みだった。
なんで、うりに「おねがい」されるのか引っ掛かるものがあったが俺が返事をする前に、一陣の風が吹いた。

風は雪を巻き上げ、うりの姿を遠くへ運んでいった。

静けさが戻る。
隣を見ると、えとさんが空を見上げていた。

「うりって、昔からあんな感じなの。」

楽しそうに笑う、その横顔。
その笑顔を向けられた瞬間。
胸の奥が、不思議なくらい穏やかになった。

……さっきまでのざわめきが、嘘みたいに。

俺はその正体がなんなのか、まだわからなかった。
 
 
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