学生編
あの告白から一週間。
朝の校舎は、秋の入り口らしい澄んだ空気に包まれていた。
窓から差し込む光は夏よりもやわらかく、冷えた廊下を淡く照らしている。
教室へ向かう生徒たちの笑い声が響き、その中を私はゆっくり歩いていた。
制服のスカートを揺らす風が少し冷たくなってきた。
その冷たさとは反対に、胸の奥には小さな温もりが残っている。
――あのとき
「学校では秘密にしませんか。」
うり先輩から告白されて
両思いだと知り、夢みたいだと思う反面、襲ってきた不安
——正直、この人の隣に立つ自信が私にはない
勇気を出してそう伝えた私に、
うり先輩は少しも困った顔をしなかった。
『えとさんがそうしたいなら、それでいい。』
その言葉が、何度も心の中で繰り返される。
あんなに優しい人だからこそ、私はもっと不安になる。
本当に私なんかでいいんだろうか。
昇降口の鏡に映った自分を見て、思わず立ち止まる。
肩よりも長く伸びたオレンジ色の髪。
特別おしゃれなわけでもない制服姿。
「……普通だなぁ。」
小さくつぶやく。
うり先輩は栗色の髪を風になびかせながら歩くだけで目を引く人だ。
同じ学生服なのにかっこよくきまって見えて、みんなの輪の中心にいて、笑えば自然と周りも笑う。
そんな人の隣にいられるのか私。
そう思うだけで、胸の奥が苦しくなる。
「えとさん?」
ふわりと優しい声が聞こえた。
振り向くと、ピンク色の髪を肩のあたりで揺らしたのあさんが立っていた。
朝日に透ける髪と穏やかな笑顔がよく似合う。
「おはようございます。」
「おはよう。のあさん」
のあさんは私の隣へ並ぶと、不思議そうに首をかしげた。
「悩み事ですか?最近、少し考え込んでること多くないですか?」
「えっ。」
「なんとなくですけど。」
図星だった。
でもまだ恋人ができたなんて言えるわけもなく、私は曖昧に笑う。
「ちょっと考え事がね……。」
「そっか。」
のあさんはそれ以上聞かなかった。
その代わり、小さく微笑む。
「でもね。」
「ん?」
「えとさん、自分のことを悪く考えすぎちゃだめですよ。」
思わず息が止まりそうになった。
心の中を見透かされたみたいだった。
「えとさんって、自分では気付いてないけど、笑うとすごく可愛いんだから。」
「そ、そんなこと……。」
「あるよ。」
優しく言い切るその声に、胸の中の張りつめた不安の糸が少しだけほどけた気がした。
⸻
昼休み。
窓際の席にはやわらかい日差しがやさしく降り注いでいた。
教室にはお弁当の匂いと笑い声が広がり、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
私はゲーム雑誌をめくりながら、新しく発売されるタイトルの記事を読んでいた。
「えとさん。」
静かで落ち着いた声。
顔を上げると、同じクラスのヒロくんが立っていた。
さらりと揺れる白髪は窓から差す光を受けて銀色にも見える。
整った顔立ちに穏やかな笑み。
廊下を歩けば女子たちが「王子様みたい」とひそひそ話すのも納得できるくらい、どこか品のある雰囲気をまとっている。
けれど本人は気取ることもなく、ゲームの話になると少しだけ子どもみたいに目を輝かせる。
ヒロくんは運動部に入っているからゲーム同好会には入っていないけど無類のゲーム好きらしい
普段は女の子からキャーキャー騒がれていて少し女の子が苦手みたいだけど、
昼休みになると、ヒロくんは時々こうして私の席へやってくる。
ゲームの新作が出た日。
攻略情報を見つけた日。
おすすめしたタイトルをクリアした日。
気が付けば、ゲームの話をするのが当たり前になっていた。
「この前、えとさんがおすすめしてくれたゲーム。初めてみたよ。」
ヒロくんがスマホを取り出して画面を見せてくれる。
「えっ、本当?」
思わず身を乗り出してしまう。
「どうだった?」
「まだ序盤だけど面白い。」
「でしょ!」
自然と笑顔になる。
「滝のマップ行った?」
「昨日そこまでいったよ。」
「さすが!早いねーじゃあ隠し洞窟まだ知らない?!」
「隠し洞窟?」
「あるの!」
私はノートを引き寄せ、簡単なマップを書き始めた。
「ここに川が流れてて、その先の滝の裏がね――」
「そんなところ入れるんだ。」
ヒロくんも興味津々で身を乗り出す。
「えとさん、本当にゲーム好きなんだね。」
「好き。」
思わず笑ってしまう。
「好きなゲームの話してる時が、一番楽しいかも。」
「分かる。」
ヒロくんも穏やかに笑った。
教室の喧騒の中で、ゲーム好き同士だからこそ分かり合える話題に夢中になる。
攻略法やストーリー。流れるBGMのこと
好きなものを語る時間はあっという間だった。
⸻
その頃。
二年生の教室へ向かう途中。
廊下を歩いていたうりは、何気なく一年生の教室へ視線を向けた。
窓際で笑う、見慣れたオレンジ色の長い髪。
――えとさん。
思わず目が留まる。
向かいには、机を挟んで男子生徒が座っていた。
二人は机を挟み、ノートを広げながら何かを楽しそうに話している。
時折、えとさんが男をみて笑う。
その笑顔を見て男子も、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
(……友達、かな。)
同じクラスなのだろうか。
見覚えはある気がする。女子たちが騒いでいた一つ下の学年の『王子様』だろう。
でも名前までは知らない。
ただ。
あんなふうに笑うえとさんを見るのは、少しだけ新鮮で同時に複雑な気持ちだった。
「うり!」
後ろから友達に肩を叩かれる。
「あ、ごめん。」
歩き出しながら、もう一度だけ教室を振り返る。
——また笑ってる。
すぐに視線を逸らした。
何でもない。
ただ、少し気になっただけ。
そう自分に言い聞かせた。
————————
教室を出ると、西日に染まった廊下がオレンジ色に輝いていた。
窓の外では、少し冷たくなった風が校庭の木々を揺らしている。
今日はゲーム同好会の活動はない。うり先輩は文化祭の打ち合わせがあって遅くなるから先に帰るように言っていた。
私はいつもより少しだけゆっくりと駅まで歩き、そのまま近くのドラッグストアへ足を向けた。
自動ドアが開くと、ふわりと石けんやシャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。
普段なら目的の物だけ買って帰る場所。
だけど今日は違った。
スキンケア用品の棚の前で立ち止まり、スマホで見かけた化粧水を手に取る。
隣にはヘアオイルやリップクリーム。
「……どれがいいんだろう。」
小さく呟きながら、一つひとつ裏面を読んでみる。
美容なんて今までほとんど気にしたことがなかった。
でも少しでも、うり先輩に似合う彼女になりたい。
そんな気持ちがきっかけだった。
のあさんの言葉が頭をよぎる。
『えとさん、自分のことを悪く考えすぎちゃだめだよ。』
私は手に取ったヘアオイルを買い物かごへ入れた。
「……少しずつで、いいよね。」
誰かになるためじゃない。
うり先輩の隣で胸を張って笑えるように。
いつか自分自身のことも好きになれるように。
小さな紙袋を手に店を出ると、夕暮れの空には一番星が静かに輝き始めていた。
朝の校舎は、秋の入り口らしい澄んだ空気に包まれていた。
窓から差し込む光は夏よりもやわらかく、冷えた廊下を淡く照らしている。
教室へ向かう生徒たちの笑い声が響き、その中を私はゆっくり歩いていた。
制服のスカートを揺らす風が少し冷たくなってきた。
その冷たさとは反対に、胸の奥には小さな温もりが残っている。
――あのとき
「学校では秘密にしませんか。」
うり先輩から告白されて
両思いだと知り、夢みたいだと思う反面、襲ってきた不安
——正直、この人の隣に立つ自信が私にはない
勇気を出してそう伝えた私に、
うり先輩は少しも困った顔をしなかった。
『えとさんがそうしたいなら、それでいい。』
その言葉が、何度も心の中で繰り返される。
あんなに優しい人だからこそ、私はもっと不安になる。
本当に私なんかでいいんだろうか。
昇降口の鏡に映った自分を見て、思わず立ち止まる。
肩よりも長く伸びたオレンジ色の髪。
特別おしゃれなわけでもない制服姿。
「……普通だなぁ。」
小さくつぶやく。
うり先輩は栗色の髪を風になびかせながら歩くだけで目を引く人だ。
同じ学生服なのにかっこよくきまって見えて、みんなの輪の中心にいて、笑えば自然と周りも笑う。
そんな人の隣にいられるのか私。
そう思うだけで、胸の奥が苦しくなる。
「えとさん?」
ふわりと優しい声が聞こえた。
振り向くと、ピンク色の髪を肩のあたりで揺らしたのあさんが立っていた。
朝日に透ける髪と穏やかな笑顔がよく似合う。
「おはようございます。」
「おはよう。のあさん」
のあさんは私の隣へ並ぶと、不思議そうに首をかしげた。
「悩み事ですか?最近、少し考え込んでること多くないですか?」
「えっ。」
「なんとなくですけど。」
図星だった。
でもまだ恋人ができたなんて言えるわけもなく、私は曖昧に笑う。
「ちょっと考え事がね……。」
「そっか。」
のあさんはそれ以上聞かなかった。
その代わり、小さく微笑む。
「でもね。」
「ん?」
「えとさん、自分のことを悪く考えすぎちゃだめですよ。」
思わず息が止まりそうになった。
心の中を見透かされたみたいだった。
「えとさんって、自分では気付いてないけど、笑うとすごく可愛いんだから。」
「そ、そんなこと……。」
「あるよ。」
優しく言い切るその声に、胸の中の張りつめた不安の糸が少しだけほどけた気がした。
⸻
昼休み。
窓際の席にはやわらかい日差しがやさしく降り注いでいた。
教室にはお弁当の匂いと笑い声が広がり、それぞれが思い思いの時間を過ごしている。
私はゲーム雑誌をめくりながら、新しく発売されるタイトルの記事を読んでいた。
「えとさん。」
静かで落ち着いた声。
顔を上げると、同じクラスのヒロくんが立っていた。
さらりと揺れる白髪は窓から差す光を受けて銀色にも見える。
整った顔立ちに穏やかな笑み。
廊下を歩けば女子たちが「王子様みたい」とひそひそ話すのも納得できるくらい、どこか品のある雰囲気をまとっている。
けれど本人は気取ることもなく、ゲームの話になると少しだけ子どもみたいに目を輝かせる。
ヒロくんは運動部に入っているからゲーム同好会には入っていないけど無類のゲーム好きらしい
普段は女の子からキャーキャー騒がれていて少し女の子が苦手みたいだけど、
昼休みになると、ヒロくんは時々こうして私の席へやってくる。
ゲームの新作が出た日。
攻略情報を見つけた日。
おすすめしたタイトルをクリアした日。
気が付けば、ゲームの話をするのが当たり前になっていた。
「この前、えとさんがおすすめしてくれたゲーム。初めてみたよ。」
ヒロくんがスマホを取り出して画面を見せてくれる。
「えっ、本当?」
思わず身を乗り出してしまう。
「どうだった?」
「まだ序盤だけど面白い。」
「でしょ!」
自然と笑顔になる。
「滝のマップ行った?」
「昨日そこまでいったよ。」
「さすが!早いねーじゃあ隠し洞窟まだ知らない?!」
「隠し洞窟?」
「あるの!」
私はノートを引き寄せ、簡単なマップを書き始めた。
「ここに川が流れてて、その先の滝の裏がね――」
「そんなところ入れるんだ。」
ヒロくんも興味津々で身を乗り出す。
「えとさん、本当にゲーム好きなんだね。」
「好き。」
思わず笑ってしまう。
「好きなゲームの話してる時が、一番楽しいかも。」
「分かる。」
ヒロくんも穏やかに笑った。
教室の喧騒の中で、ゲーム好き同士だからこそ分かり合える話題に夢中になる。
攻略法やストーリー。流れるBGMのこと
好きなものを語る時間はあっという間だった。
⸻
その頃。
二年生の教室へ向かう途中。
廊下を歩いていたうりは、何気なく一年生の教室へ視線を向けた。
窓際で笑う、見慣れたオレンジ色の長い髪。
――えとさん。
思わず目が留まる。
向かいには、机を挟んで男子生徒が座っていた。
二人は机を挟み、ノートを広げながら何かを楽しそうに話している。
時折、えとさんが男をみて笑う。
その笑顔を見て男子も、どこか嬉しそうに微笑んでいた。
(……友達、かな。)
同じクラスなのだろうか。
見覚えはある気がする。女子たちが騒いでいた一つ下の学年の『王子様』だろう。
でも名前までは知らない。
ただ。
あんなふうに笑うえとさんを見るのは、少しだけ新鮮で同時に複雑な気持ちだった。
「うり!」
後ろから友達に肩を叩かれる。
「あ、ごめん。」
歩き出しながら、もう一度だけ教室を振り返る。
——また笑ってる。
すぐに視線を逸らした。
何でもない。
ただ、少し気になっただけ。
そう自分に言い聞かせた。
————————
教室を出ると、西日に染まった廊下がオレンジ色に輝いていた。
窓の外では、少し冷たくなった風が校庭の木々を揺らしている。
今日はゲーム同好会の活動はない。うり先輩は文化祭の打ち合わせがあって遅くなるから先に帰るように言っていた。
私はいつもより少しだけゆっくりと駅まで歩き、そのまま近くのドラッグストアへ足を向けた。
自動ドアが開くと、ふわりと石けんやシャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。
普段なら目的の物だけ買って帰る場所。
だけど今日は違った。
スキンケア用品の棚の前で立ち止まり、スマホで見かけた化粧水を手に取る。
隣にはヘアオイルやリップクリーム。
「……どれがいいんだろう。」
小さく呟きながら、一つひとつ裏面を読んでみる。
美容なんて今までほとんど気にしたことがなかった。
でも少しでも、うり先輩に似合う彼女になりたい。
そんな気持ちがきっかけだった。
のあさんの言葉が頭をよぎる。
『えとさん、自分のことを悪く考えすぎちゃだめだよ。』
私は手に取ったヘアオイルを買い物かごへ入れた。
「……少しずつで、いいよね。」
誰かになるためじゃない。
うり先輩の隣で胸を張って笑えるように。
いつか自分自身のことも好きになれるように。
小さな紙袋を手に店を出ると、夕暮れの空には一番星が静かに輝き始めていた。