学生編
ねぇ、覚えてる?
私と出会った時のことーー
私は、覚えてないの。
アナタと出会った時のこと――
本当に、なにも思い出せないのに。
気づけば胸の奥が、ひりつくみたいに疼く。
アナタに名前を呼ばれるたびに、
その声を昔、どこかで聞いた気がして、
アナタに手を伸ばされるたびに、
その手に触れたことがあるような気がして、
でも、どれも思い出の形をしていない。
私の名を呼ぶアナタは、
まるで大切なものを扱うみたいな目で私を見る。
どうして、そんな優しい顔をするの?
どうして、泣きそうな顔になるの?
わからない。
なにも知らないはずなのに、
アナタの悲しそうな表情
影を落とす横顔、後ろ姿を見ると、胸が苦しくなる。
ねぇ、教えて。
私は……何を忘れているのか――
この空白はなんなのか――
――――3年前―― ……
高校1年4月の終わり、ようやく新生活に慣れてきたころ。
私は、校内でも地味に人気と噂される ゲーム同好会の部屋の前で立ち止まっていた。
扉越しに内側から漏れてくる複数の笑い声。
「……絶対、陽キャがいる……」
そう小さくつぶやき、引き返そうとしたら、部室の扉が開いた。
「ん? あれ、新入生?」
軽やかな声に振り向くと、びっくりするほど顔が整って長身の明らかに
鮮やかな茶色の髪を揺らす男の先輩がこちらを覗き込んでくる。
至近距離で見れば見るほど、華やかさがわかる。
背は高くて、目元は穏やかなのに、どこか綺麗すぎる。
”舞台に立つ人”という空気をまとっている。
「見学? よかったら入ってってよ」
「あ……はい……」
引き返す勇気はなく、私はそのまま部室に入った。
中では数人の部員がゲーム機を囲んで笑っている。
それらの人たちから、私の少し前を歩く人は「うり」と呼ばれていた。
輪の中にすっと自然に戻っていく様子を見て、私は胸の奥がきゅっと縮む。
──やっぱり、苦手だ。
自分とは違う世界の“輝いてる人”。
誰からも慕われて、どこにいてもムードメーカー、
みんなの中心にいる――
私はそんな人に近づくのが、ずっと苦手だった。
ゲームは好きだ。
でも、その好きがこの輪の中で通じるのか、自信がなかった。
「好きなジャンルとかある? RPG? アクション?」
いつの間にかうり先輩が隣にいた。
「えっ……あ……今はサンドボックスゲームが……」
「お、いいね! じゃあさ、今みんなで協力プレイしてるやつあるんだけど、一緒にやってみる?
マイクラ…しってる?」
「はい、知ってます…で、でも迷惑……」
「迷惑なんかないよ。ゲームって、みんなでやるともっと楽しいし」
にっと笑うその顔が、ひどくまぶしい。
苦手かも──そう思っていたはずなのに、不思議と嫌という感情が薄れていくのを感じた。
――――
その日をきっかけに、私はゲーム同好会へ入会した。
うり先輩とよく話すようになったのは、放課後の協力プレイがきっかけだった。
「えとさん、反応が素直すぎるんだよな」
「それ、ってバカにしてます?!」
「いや、悪い意味じゃなくてさ。見ていて飽きないっていうか…」
そんなふうに軽く言われるたび、私は反応に困りながらも、このやり取りが嫌ではなくなっていた。
そして、少しずつ自分の素を出して言い返せるようにもなっていた。
うり先輩は華やかな見た目に反して、驚くほど気さくで、優しかった。
学年はひとつ上の2年生。どの部活にも在籍していないけど
ゲーム同好会以外にもいくつかの同好会を掛け持ちをしているようで、
有名なところでは軽音同好会。
校内の友人とバンドを組み、イベントがあれば参加しているようだ。
いつかの放課後、
その弦をはじく音色はとても澄んでいて、温かみのある男性ボーカルが聞こえてきた。
高すぎず低すぎない音域が、まっすぐ天井へ伸び、夕焼け色の光と溶け合う。
ビブラートは控えめなのに、はっきりと伝わる声。
まるで誰か一人に語りかけるようでいて、同時にこの空間すべてを包み込むような声だ。
廊下を歩いていた生徒たちも、思わず足を止める。
音楽室の前でそっと耳を澄ます者、ドアの小窓からのぞく者。
誰もが言葉を失い、その歌声の余韻に浸っている。
私もその一人だった。
そしてその音色の主は”うり先輩”であることを友人に教えてもらった。
うり先輩はゲーム同好会には毎日は来ないが一緒になる日があれば必ずと言っていいほど
同じワールドへログインして「マイクラ」をやる。
最近はダンジョンコンテンツを追加して、RPGさながらの冒険を楽しんでいた。
「このダンジョンのギミック最高なんだよ。ほら、隠し通路があってさ──」
「うり先輩、ほんと好きなんですね、これ系のギミック」
「好きに決まってんじゃん! むしろ誰より語れる自信ある」
無邪気に好きなことを好きだと語る
そんなところが、私にとってまぶしくもあり「好きだな」と思った。
けれど、「好きかも」と思うたびに冷静になるように努め、気づかないふりをした。
うり先輩に関するうわさはよく耳にする。
あの容姿にあの性格だ、性別問わず先輩の周りにはいつも友人がいた。
一言二言、言葉を交わすだけで、女子生徒はみんな好きになる
そして告白しては玉砕する女子生徒が後を絶えないという噂がある。
だからまだこの時点では、胸の奥に芽生えた感情を、名前で呼ぶのが怖かった。
――
11月
その日はゲーム同好会の日だった。
うり先輩もいて、いつものようにマイクラをして、バカ騒ぎをしたいつもと変わらない日だった。
あまりにも熱中しすぎて他のメンバーが帰ったことにも気づかず下校時刻ギリギリになってしまっていた。
日が短くなり外は薄暗い帰り道。
校門を出て少し歩いたところで、うり先輩が立ち止まった。
「えとさん。ちょっと寄り道していかん?」
「えっ?…いいですよ」
さっきまでふざけていた様子から一転して真剣な表情だったから
何だろう…とは思いながらも私は了承した。
うり先輩に連れられて向かったところは街の中心をまっすぐに貫く、長い勾配の坂。
昼間は人や車でにぎわうその道も、11月の夕方はその影もまばらで、
吐く息が白くにじむほどに冷えている。
街灯がぽつり、ぽつりと灯り始めるころ。
二人は並んで坂を上っていた。
アスファルトは緩やかに、しかし確かに足に重みを与える角度で続いている。
ローファーの靴底が地面を踏むたび、小さな音が静かに響く。
遠くからは、電車の走る低い音。風が吹くと、街路樹の葉が乾いた音を立てて揺れた。
隣を歩くうり先輩の横顔を盗み見るように見上げると、夕焼けの橙色にやわらかく染まっている。
「寒いな。ごめんな。急につれだして」
坂の終わりが近づくと、視界がひらける。
最後の数歩を上りきった先には、街を見渡せる広場があった。
「うわぁ!!」
連れてきてもらった場所は始めてくるところだった。
手すりに駆け寄るとその先には夕暮れの街並みが広がっていた。
ビルの窓が金色に光り、その向こうに通っている高校の校舎も小さく見える。
空は群青へと変わりかけ、地平線のあたりだけがまだ赤い。
広場にはほかに誰もいない。
風だけが、二人の間を通り抜ける。
うり先輩が背後で、深く息を吸う音が聞こえた。
「えとさん……。」
呼ばれて顔を向けると、真剣な目がこちらを見つめてくる。
「あのさ、俺……えとさんが好きだ。」
「え……」
「急にすまん。ゲームの話になると夢中で喋るとことか、びっくりしたときの目が丸くなるとことか……全部好きなんだ。」
言葉を失って固まる。
まさか、そんなことを言ってもらえるとは思わなかった。
「迷惑だったらすまん。」
「迷惑だなんて…」
この感情をどう伝えたらいいだろう。
率直に言うと嬉しい。
でも私にはそれを受け入れた後の未来が怖かった。
うり先輩のように目立つ人と、平凡な自分が並んで歩いていいのか。
釣り合わないのではないか。
「……わたしなんかで、いいんですか……?」
絞り出した声は震えていた。
「えとさんがいい。」
まっすぐと射抜くような視線
その言葉に、胸がぎゅっと熱くなる。
不安はある。
けれど私はゆっくりと頷いた。
「……はい。よろしくお願いします」
まっすぐに向けられる視線に応えられず、うつむきがちになってしまったが
私ははっきりと、うり先輩に届くように口にした。
その瞬間、うり先輩の表情がふわりとほどけた。
冬になる前の夕暮れの風が、2人の間を優しく通り過ぎていった。
私と出会った時のことーー
私は、覚えてないの。
アナタと出会った時のこと――
本当に、なにも思い出せないのに。
気づけば胸の奥が、ひりつくみたいに疼く。
アナタに名前を呼ばれるたびに、
その声を昔、どこかで聞いた気がして、
アナタに手を伸ばされるたびに、
その手に触れたことがあるような気がして、
でも、どれも思い出の形をしていない。
私の名を呼ぶアナタは、
まるで大切なものを扱うみたいな目で私を見る。
どうして、そんな優しい顔をするの?
どうして、泣きそうな顔になるの?
わからない。
なにも知らないはずなのに、
アナタの悲しそうな表情
影を落とす横顔、後ろ姿を見ると、胸が苦しくなる。
ねぇ、教えて。
私は……何を忘れているのか――
この空白はなんなのか――
――――3年前―― ……
高校1年4月の終わり、ようやく新生活に慣れてきたころ。
私は、校内でも地味に人気と噂される ゲーム同好会の部屋の前で立ち止まっていた。
扉越しに内側から漏れてくる複数の笑い声。
「……絶対、陽キャがいる……」
そう小さくつぶやき、引き返そうとしたら、部室の扉が開いた。
「ん? あれ、新入生?」
軽やかな声に振り向くと、びっくりするほど顔が整って長身の明らかに
鮮やかな茶色の髪を揺らす男の先輩がこちらを覗き込んでくる。
至近距離で見れば見るほど、華やかさがわかる。
背は高くて、目元は穏やかなのに、どこか綺麗すぎる。
”舞台に立つ人”という空気をまとっている。
「見学? よかったら入ってってよ」
「あ……はい……」
引き返す勇気はなく、私はそのまま部室に入った。
中では数人の部員がゲーム機を囲んで笑っている。
それらの人たちから、私の少し前を歩く人は「うり」と呼ばれていた。
輪の中にすっと自然に戻っていく様子を見て、私は胸の奥がきゅっと縮む。
──やっぱり、苦手だ。
自分とは違う世界の“輝いてる人”。
誰からも慕われて、どこにいてもムードメーカー、
みんなの中心にいる――
私はそんな人に近づくのが、ずっと苦手だった。
ゲームは好きだ。
でも、その好きがこの輪の中で通じるのか、自信がなかった。
「好きなジャンルとかある? RPG? アクション?」
いつの間にかうり先輩が隣にいた。
「えっ……あ……今はサンドボックスゲームが……」
「お、いいね! じゃあさ、今みんなで協力プレイしてるやつあるんだけど、一緒にやってみる?
マイクラ…しってる?」
「はい、知ってます…で、でも迷惑……」
「迷惑なんかないよ。ゲームって、みんなでやるともっと楽しいし」
にっと笑うその顔が、ひどくまぶしい。
苦手かも──そう思っていたはずなのに、不思議と嫌という感情が薄れていくのを感じた。
――――
その日をきっかけに、私はゲーム同好会へ入会した。
うり先輩とよく話すようになったのは、放課後の協力プレイがきっかけだった。
「えとさん、反応が素直すぎるんだよな」
「それ、ってバカにしてます?!」
「いや、悪い意味じゃなくてさ。見ていて飽きないっていうか…」
そんなふうに軽く言われるたび、私は反応に困りながらも、このやり取りが嫌ではなくなっていた。
そして、少しずつ自分の素を出して言い返せるようにもなっていた。
うり先輩は華やかな見た目に反して、驚くほど気さくで、優しかった。
学年はひとつ上の2年生。どの部活にも在籍していないけど
ゲーム同好会以外にもいくつかの同好会を掛け持ちをしているようで、
有名なところでは軽音同好会。
校内の友人とバンドを組み、イベントがあれば参加しているようだ。
いつかの放課後、
その弦をはじく音色はとても澄んでいて、温かみのある男性ボーカルが聞こえてきた。
高すぎず低すぎない音域が、まっすぐ天井へ伸び、夕焼け色の光と溶け合う。
ビブラートは控えめなのに、はっきりと伝わる声。
まるで誰か一人に語りかけるようでいて、同時にこの空間すべてを包み込むような声だ。
廊下を歩いていた生徒たちも、思わず足を止める。
音楽室の前でそっと耳を澄ます者、ドアの小窓からのぞく者。
誰もが言葉を失い、その歌声の余韻に浸っている。
私もその一人だった。
そしてその音色の主は”うり先輩”であることを友人に教えてもらった。
うり先輩はゲーム同好会には毎日は来ないが一緒になる日があれば必ずと言っていいほど
同じワールドへログインして「マイクラ」をやる。
最近はダンジョンコンテンツを追加して、RPGさながらの冒険を楽しんでいた。
「このダンジョンのギミック最高なんだよ。ほら、隠し通路があってさ──」
「うり先輩、ほんと好きなんですね、これ系のギミック」
「好きに決まってんじゃん! むしろ誰より語れる自信ある」
無邪気に好きなことを好きだと語る
そんなところが、私にとってまぶしくもあり「好きだな」と思った。
けれど、「好きかも」と思うたびに冷静になるように努め、気づかないふりをした。
うり先輩に関するうわさはよく耳にする。
あの容姿にあの性格だ、性別問わず先輩の周りにはいつも友人がいた。
一言二言、言葉を交わすだけで、女子生徒はみんな好きになる
そして告白しては玉砕する女子生徒が後を絶えないという噂がある。
だからまだこの時点では、胸の奥に芽生えた感情を、名前で呼ぶのが怖かった。
――
11月
その日はゲーム同好会の日だった。
うり先輩もいて、いつものようにマイクラをして、バカ騒ぎをしたいつもと変わらない日だった。
あまりにも熱中しすぎて他のメンバーが帰ったことにも気づかず下校時刻ギリギリになってしまっていた。
日が短くなり外は薄暗い帰り道。
校門を出て少し歩いたところで、うり先輩が立ち止まった。
「えとさん。ちょっと寄り道していかん?」
「えっ?…いいですよ」
さっきまでふざけていた様子から一転して真剣な表情だったから
何だろう…とは思いながらも私は了承した。
うり先輩に連れられて向かったところは街の中心をまっすぐに貫く、長い勾配の坂。
昼間は人や車でにぎわうその道も、11月の夕方はその影もまばらで、
吐く息が白くにじむほどに冷えている。
街灯がぽつり、ぽつりと灯り始めるころ。
二人は並んで坂を上っていた。
アスファルトは緩やかに、しかし確かに足に重みを与える角度で続いている。
ローファーの靴底が地面を踏むたび、小さな音が静かに響く。
遠くからは、電車の走る低い音。風が吹くと、街路樹の葉が乾いた音を立てて揺れた。
隣を歩くうり先輩の横顔を盗み見るように見上げると、夕焼けの橙色にやわらかく染まっている。
「寒いな。ごめんな。急につれだして」
坂の終わりが近づくと、視界がひらける。
最後の数歩を上りきった先には、街を見渡せる広場があった。
「うわぁ!!」
連れてきてもらった場所は始めてくるところだった。
手すりに駆け寄るとその先には夕暮れの街並みが広がっていた。
ビルの窓が金色に光り、その向こうに通っている高校の校舎も小さく見える。
空は群青へと変わりかけ、地平線のあたりだけがまだ赤い。
広場にはほかに誰もいない。
風だけが、二人の間を通り抜ける。
うり先輩が背後で、深く息を吸う音が聞こえた。
「えとさん……。」
呼ばれて顔を向けると、真剣な目がこちらを見つめてくる。
「あのさ、俺……えとさんが好きだ。」
「え……」
「急にすまん。ゲームの話になると夢中で喋るとことか、びっくりしたときの目が丸くなるとことか……全部好きなんだ。」
言葉を失って固まる。
まさか、そんなことを言ってもらえるとは思わなかった。
「迷惑だったらすまん。」
「迷惑だなんて…」
この感情をどう伝えたらいいだろう。
率直に言うと嬉しい。
でも私にはそれを受け入れた後の未来が怖かった。
うり先輩のように目立つ人と、平凡な自分が並んで歩いていいのか。
釣り合わないのではないか。
「……わたしなんかで、いいんですか……?」
絞り出した声は震えていた。
「えとさんがいい。」
まっすぐと射抜くような視線
その言葉に、胸がぎゅっと熱くなる。
不安はある。
けれど私はゆっくりと頷いた。
「……はい。よろしくお願いします」
まっすぐに向けられる視線に応えられず、うつむきがちになってしまったが
私ははっきりと、うり先輩に届くように口にした。
その瞬間、うり先輩の表情がふわりとほどけた。
冬になる前の夕暮れの風が、2人の間を優しく通り過ぎていった。
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