エルデナ王国物語

無事に目的の魔法付与を終えて安堵していたとき、その光景は私の目に入ってきた



 ーーそれはまるで幼いころのあさんに寝る前に読み聞かせてもらった勇者とお姫様が出てくる『おとぎ話』のワンシーンのようだった。



 「えとさんにも、いつか好きな人と巡り合えて、その人と結ばれる日がくるかもしれませんね」



幼いころは『おとぎ話』に出てくるお姫様に自分を重ねてのあさんの話を聞いていたっけ。
そんな私の考えを汲み取ってか、のあさんが優しく、そしてどこか寂しそうに微笑みながら言った言葉。
 


まだ子供だった私は心躍らせ眠ったものだ。




少し時が経つと『魔法使い』の私には関係ない話だということがわかった。
『おとぎ話』に出てくる『魔法使い』は勇者とお姫様の恋を助ける役で私はその『魔法使い』だったからだ。



でも、この事実に落ち込んだわけではなかった。
早くに親を亡くし、天涯孤独になりそうだった私を救ってくれた師匠の『もふくん』や『のあさん』へ恩返しがしたかったし、兄弟みたいに一緒に育ってきたレッド・アイの『ゆあんくん』や『うり』と肩を並べて少しずつ難易度の高い討伐をこなしていけることに喜びと充実感があったからだ。





――勇者はドラゴン討伐を終えて帰ってくると、その帰りを待っていたお姫様と結婚して末長く幸せに暮らしましたとさ。





おとぎ話の最後のフレーズを思い出す。
先ほど見た2人の光景が私の頭から離れない。
涙を流しながらゆあんくんに訴えるるなと、
るなの傍に寄って宥めるゆあんくんの姿……。




幼いころはよく4人で遊んでいたけど最近はお互い忙しくてみんなが揃うところを見ていなかったからかな……
『兄妹』のように遊んでいた二人が、『男女』に見えたことが衝撃で、見てはいけないものをみてしまったような気持ちに襲われ慌てて気配を消してその場から去ってしまった。




ギルドでみたゆあんくんの大人びた笑顔を思い出す。
今頃、るなにも同じように笑いかけ、慰めているのだろうか…。









エルデナ王国は歴代の勇者達に守られてきた国だ、それはこの国であれば赤ん坊でも分かっている事実。子供たちは皆その勇者たちの冒険物語に心弾ませ、誰もが自分も勇者になれると信じて未来の自分の姿に重ねて心弾ませる時を経験する。



でもオレは違った。
エルデナ大国は豊かで安全な国その評価は間違いなかった。
けれどエルデナにも貧民街は存在していて、オレは貧民街の中で生まれ育った。
貧民街は生きることに必死で些細なことでも小競り合いが発生する治安の悪いところだった。
そんな中で生まれた子供たちは皆、常に飢えていて将来への夢や希望をもてない生活を送っていた。


貧しい生活の中でもオレの父さん・母さんはオレと妹のことを大事に育てようとしてくれたと思う。
おなかいっぱいになることは決してなかったけれどオレと妹は両親に愛され、守られて暮らしていた。


小さいころから器用だったオレは少しでも家族の助けになればと町へと小銭稼ぎにでていた。
自分の容姿が武器になることもこの頃からわかっていた。
情に訴えると大人たちは可哀想なオレに何か手伝いをさせ、小遣いをくれた。
靴磨き、ドブさらい、荷物持ち……子供のオレでもできることは何でもやった。
 

そして仕事が終わるとわずかな稼ぎでパンと小さな飴玉を一つずつ買って帰るがルーティーンだった。
パンは母さんに。飴玉は妹にやった。
母さんは「うり。ありがとね」といって受け取りそれを家族で分けて食べた。
妹は一生懸命飴を細かく砕いてオレの口にも入れた。



「お兄ちゃんと一緒に食べるの。そうすれば一緒にニコニコになるから」



口の中に甘さが広がる。オレンジ色のビー玉のような目をキラキラ光らせ喜ぶ妹の姿。
オレにとってそれは幸せと感じる時間だった。


 



ーー貧しくも幸せと感じれる生活はある時一変した。







エンダードラゴンの復活の前兆で魔物が増えてきたのだ。
貧民街の夜は街を照らす灯りなどほぼなく、夜になると皆、家の扉を締めて息を潜めて朝を待つ生活を過ごしている。


その日、オレは普段より仕事が多く、終わるのが遅くなり薄暗くなってからの帰宅となりそうだった。
子供1人で薄暗い帰り道を変えるのは非常に危険で
その日は街に来ると気にいつもオレのことを気にかけてくれたたっつんが営んでいるギルドで一晩世話になることになった。


カウンターの椅子に座らせ、お腹がすいている俺にたっつんは暖かいシチューとパンをおなか一杯食べさせてくれた。
家でお腹を空かせている家族には申し訳ない気持ちにもなったがオレは無我夢中で口いっぱいに入れて食べた。


その時、たっつんはオレの赤みがかったオレンジ色の目は世界の運命を背負う色だと教えてくれた。


「うり。俺のところに来るか?俺のすべてをお前に教えたる。
 冒険者になればうまい飯もたらふく食えるし、今よりも家族を助けることができるぞ。」



眼帯に隠れていないほうの目は真面目で、たっつんはガキの俺に向かって真剣に言った。



世界の運命とかは知らないけど
家族が今よりも幸せになれるなら…。



オレはスプーンをテーブルの上に置いてたっつんの目を見て黙ってうなずいた。



「よっしゃ!一緒にがんばろうな!」



ニカッと白い歯を見せてたっつんは笑った。




次の日、たっつんはオレの親にこれからの事を了承を得るため一緒にオレの住む街に行くとついてきた。
オレは昨日、普段より多くの仕事をしたから収入も普段より多く、家族の為のパンも、妹への飴も普段より多く買えることができたので家族の喜ぶ顔が早く見たかったのを覚えている。




「うり。そんなに急ぐと転ぶぞ。」




たっつんの呼びかけも気にせずにオレは小走りで帰った。
朝日がまぶしい、天気のいい日だった。




しばらくしてオレの住む街についた。
けれどなんだか様子がおかしい…。いくら貧民街といえど、朝なのに誰一人として外に人がいないのだ。
不思議に思いながらもオレは家のドアを開け「ただいま!!」と声をかけるが家の中からは何も返事がなかった。


昨日、帰ってこなかったから怒っている?
いやそんなことはない、これまで同じように帰りが遅くなる時はたっつんのギルドで世話になっった。
それは親も知っている。


 なんだろう…妙に嫌な予感がする。それにこの匂い…。
 
 

オレは部屋の奥へと向かった。
少し遅れてたっつんが到着する

 
 「うり。お父さん、お母さん…は....」


たっつんが息をのみ絶句する様子が背後で感じられた。

 




一晩でオレは家族を失なった…。






オレが帰れなかったあの晩、魔物の一種ピリジャーの襲撃にあい貧民街いた人々は全員殺されたのだ。 
家の奥には妹をかばう様に覆いかぶさる両親の姿があたり一面血の海の床に転がっていたのだった。













その後オレは、たっつんに引き取られた。
お腹を空かせることもない生活、ふかふかの布団、夜も安全な部屋を与えられたが
心が…感情が…空っぽになってしまった。


たっつんは何も言わず、表情も感情も言葉も失ってしまったオレの世話をしてくれた。
あの日の夜、俺に何かを教えるといっていたけど、何かを無理強いすることもなく数か月経った。



ある時、たっつんが王様に用事があるということで部屋から出ようとしないオレの手を引きアルデナ城へ向かった。
城へ着くとたっつんとオレは、王様がいるといわれる訓練場に通された。
するとそこにはオレと同い年くらいの男の子、ゆあんくんが剣の稽古をつけてもらっていた。


何の感情も沸くことはなかったががオレはじっとその様子を見ていたらしい。


「うり。お前もやってみるか?」


たっつんがオレの頭にやさしく手を置いて問う。


「・・・・・・。」


あの日から言葉も失ってしまったオレはたっつんの問いかけにも答えることはなかった。
たっつんはポンポンとオレの頭をなで、訓練場の入り口の木陰で待っているように言い、
小休憩にはいった王様のほうへと向かっていった。



オレは言われた通り木陰の地べたに座りたっつんを待つことにした。



数分後、漆黒のローブを身に纏い、黒縁の眼鏡をかけた男の人とオレンジ色の髪をなびかせた小さな女の子が訓練場に
入ってきた。
女の子はオレの存在に気が付くと自分の歳と同じくらいの子供がいることが珍しいからなのか、男の人に一言二言言葉をかけると
オレのほうへと駆け寄り顔を覗き込んできた。
オレと同じ赤みがかったオレンジ色の瞳、妹みたいに大きくてビー玉みたいなクリッとした目の中に俺の顔が映った。

 


「私はえと。あなた、お名前は?ここで何をしているの?」

「……。」

「……あなたの目、とっても綺麗ね。私の色ととても似ている。でもなんだか悲しそう……。そうだ……。」





初対面のオレに向かって、ぺちゃくちゃと話し出したその女の子はオレの前で小さな手を広げて
何やら呪文のような短い言葉を発した。


ーポンッ。


小さな手のひらの上には一つの飴。
 

「……。」

「あれ?嫌い? えーっと、えーっと…」




初めて見た魔法に少し驚いたが表情も変えず、何も言葉を発さないオレが飴が気に入らなかったのだと思った女の子は
クッキーに、スズラン、ポピー・・・ヒマワリと次から次へと何かを魔法で出し続けた。
きっと女の子が好きなものを思いついたものから出しているのだろう





その必死な様子が、オレが持ち帰ってきた飴玉を半分こにしようと
一生懸命飴を割っていた妹の様子と重なった。



 
 「……っ、はは。」





家族を失ってからいつぶりだろう。オレは声を出して笑った。
久しぶりに声帯を振るわせたからか、その声は小さく乾いた様な音だった。
そして目から温かい涙が零れ落ちてきた。
それは次から次へとオレの頬をつたい、首筋にまでその涙の跡は続いていった。



女の子は少し驚いた様子を見せたが、持っていたハンカチでオレの涙を拭きながらいった




「笑った!うれしいのね!あなたが笑うと私もなんだかうれしい!」




女の子は魔法で出したヒマワリみたいにその場をパッと明るく照らすような笑顔を俺に向けてくれた。
大切な家族を失ったオレはその時、久しぶりに体に暖かい血が通う感覚を取り戻したのだった。













王城での晩餐の後、部屋に通されたオレはどうやらベッドでうたた寝をしていたらしい。
懐かしい昔の記憶…えとさんと初めて出会った時の夢みた。


あれからオレはすぐに、たっつんに稽古をつけてもらうようになり、
同じように未来の運命を背負うことになるであろう子というこでゆあんくん えとさん オレは 一緒に過ごすことが多くなり、
技術も体も成長すると「レッド・アイ」というパーティを組んで冒険者として活動することになった。



明るく、しっかりものと思いきや、どこか抜けていて危なっかしいえとさん。
誰よりも他人のことを思いやる、えとさんの存在は
初めは失った妹と重ねていたが次第にオレの中でどんどんと膨れ上がり家族愛とは違うものへと形を変えていった。





変な時間に中途半端に寝てしまったからだろうか、
そのまま朝まで眠りに着けそうにないのでオレは王城の中を散策することにした。
自分のいる場所の間取りや、退路、警備の状況、周辺の情報など収集しようとしてしまうのはもはや職業病だ。






――神殿の裏の先にあるガセボには古びた木製のベンチが置かれ、その表面は年月を経た痕跡を残している。
月の光がベンチに当たり、淡い影を作り出し、誰かがここで静かに時を過ごした痕跡を感じさせる。
空気はひんやりとしていて、夜の香りの中に花や草の香りが混ざり合う。
各所に設置されているランタンが温かみある光を放ち、神秘的な雰囲気を一層引き立てていた。



そんななか月の光に照らされて呆然と立ち尽くすえとさんを見つけた。



「女の夜の1人行動は危ないぞー。」


「うり……大丈夫だって。えとさんの魔法にかかればどんな魔物だってぶっ飛ばすんだから」


細い腕で力こぶを作るような所作をするえとさんの表情は
明らかに元気がなくて、心ここにあらずといった状態だ。


「わかってるよ、えとさんが強いってことは。
 ……で?どうした?変な顔してるぞ。」

 
「変な顔って…。いや……さ。
 さっき、勇者様とお姫様のロマンスを見かけちゃってね…………ちょっとびっくりしちゃってさ。
 よくよく考えてみたら昔から勇者はエンダードラゴン討伐から帰還したら国の王様になるんだよね。
 エンドラ討伐が成功したら次の王様はゆあんくんなんだなーって。
 それに国を救った英雄の隣には綺麗なお姫様が絶対じゃん?ゆあんくんとるな…遠くで見たらお似合いだなぁって思ってさ。

 ははっ……。魔法使いえとさんの魔法でムードある演出でもすべきだったかな」




えとさんは右手を広げて意識を集中させ光の粒子を集めると、それを頭上めがけて振りまく動作をした。
えとさんの手からは微細な光の粒子が舞い上がり、オレとえとさんの周辺はまるで星屑が輝くような幻想的な空間になった。
 



「へへ…。どんなもんよ。」

「ばか、無理すんな」




今にも泣きそうな顔。でも泣かないえとさんに向かい合う様にオレは近づいた。
えとさんの耳にはゆあんくんから贈られたピアスがわずかに赤く光っている。
ピアスを通してゆあんくんに見られている様に感じたオレはえとさんの両耳を手で塞いだ。


そんなオレの行動に驚いたのか、えとさんの大きな瞳が揺れる・・・そしてその中に映る自分の姿をみて自然と笑みがこぼれた。


 
「いっそのこと泣いてくれれば、オレが…。」



えとさんの、涙をぬぐうのに。
その小さな体を抱きしめて甘やかすのに……。
オレじゃない誰かへの特別な想いに気づく前にオレが上書きするのに……。


「えっ?なに?うり、聞こえないんだけど」

 
オレはゆっくり手を離してイタズラっぽく笑った。
 
 
「えとさんの悪口言ってた」
 
「なにおぉ!!」

 
えとさんは全く痛くないパンチをオレの横腹に当てる。


「明日は早いしもう、寝ようぜ。 寂しかったら添い寝してやろうか?」

「何言ってんの。ばか。そういうのは彼女にいって!」



オレの本音を混ぜた言葉は一切きみに届かないけど
えとさんに少し笑顔が戻ってきたので安堵した夜だった。
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