エルデナ王国物語
エルデナ城内、夜明け前の木や花は、まだ夢の続きを見ていた。
白く透き通る霧が木々の根元を漂い、夜露をまとった花々は、朝日を待つように静かに蕾を揺らしている。
魔法の塔の窓からその景色を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。
……静かだ。
昨日、あれほど騒がしかった時間が嘘みたいだった。
⸻
昨日。
過労で混々と眠り続けていたゆあんくんが目を覚まし、
音信不通だったえとさんがその知らせを聞いて不安を色濃くしたこの世の終わりみたいな顔をして帰ってきた。
えとさんの帰還がわかったのかゆあんくんは目を覚まし
長い時間、互いを守ろうとして、すれ違った思いは重なったようだ。ようやく辿り着いた答え。
「……ほんと、遠回りしやがって。」
誰にも聞こえないように呟いた。
白い吐息が夜明けの朝の空気に溶けていった。
俺はえとさんが今よりずっと幼いころから魔法を教えた。
魔法だけじゃない。
心を閉ざしていた頃も、魔法に失敗して落ち込んだ日も、全部知っている。
あいつは俺の弟子で。
……妹……家族みたいなもんだった。
だから。
「気に入らねぇ。」
ぽつりと漏れた本音に、自分で苦笑する。
普段はじゃぱぱに揶揄われても否定するのに周囲に誰もいないから素直な気持ちが漏れ出した。
取られた気分。
……いや。
正確には。
もう俺があの子を1番側で守る理由がなくなった。
それだけだ。
⸻
庭園へ降りる。
朝露を踏むたび、小さな光が足元で弾ける。
幸福の象徴と言われているアレイがフワリ、フワリと宙を舞っていた。
この国からエンダードラゴンという脅威がなくなり平和になった。
エルデナ城のシンボルツリーから零れる魔力が、朝の空気を淡く虹色に染めている。
その光の向こうに二人を見つけた。
オレンジ色の髪を朝日に照らされたえとさんと黒髪のゆあんくん。
えとさんは笑っていた。
昨日見た絶望の顔じゃない。
子どもの頃みたいに、無邪気に笑っていた。
その笑顔を見つめるゆあんくんの表情は、見たことがないような驚くほど優しかった。
何も話さない。
ただ隣にいるだけ。
その距離が自然で。
まるで昔から2人はそうだったみたいだった。
ゆあんくんが何気なくえとさんの肩へ自分の上着を掛ける。
少し冷える朝だからだろう。
えとさんは照れくさそうに笑い、ゆあんくんの表情が柔らかくなる。
……なんだ。
言わなくてもちゃんと分かってるんだな。
守るってこと。
そばにいるってこと。
「もふくーん!」
えとさんが俺を見つけて大きく手を振る。
昔と変わらない。その様子に少し安心する。
「朝から騒ぐな。」
「ひどっ!」
「ご機嫌じゃないか。」
「えへへ。」
笑う。
本当に幸せそうだ。
ゆあんくんもそんな俺たちのやり取りをみて軽く頭を下げた。
「昨日はありがとうございました。」
「別に。」
短く返す。
気の利いたことなんか言えない。
目を覚ましたゆあんくんに魔法のヒールをかけてやったことに対するお礼なんだろうけど、社交辞令とかそういう性格じゃない。
しばらく沈黙が流れる。
朝風だけが三人の間を抜けていく。
樹の葉が揺れ、光の粒が雪のように舞い落ちた。
幻想的な光景の中で。
俺は二人を見比べる。
えとさんは自然とゆあんくんの隣に立っている。
ゆあんくんも当たり前みたいに半歩だけ距離を詰めてえとさんの肩をそっと抱き寄せる。
少し前までなら、照れて離れていたはずなのに。
今日は違う。
離れない。
……あぁ。
そうか。
そういうことか。
胸の奥が少しだけ寂しくなる。
初めて魔法が成功して飛び跳ねた日。
泣きながら「もふくん!」って抱きついてきた日。
寝込めば看病して。
危ない魔法を覚えて使えば怒って。
そんな思い出が頭をよぎる。
「……娘を嫁に出す親って、こんな気分なのか。」
誰にも聞こえないくらい小さく笑った。
えとさんが俺の前まで歩いてくる。
「もふくん。」
「ん?」
「……ありがとう。」
「何が。」
「いっぱい。」
その一言だけで十分、全部伝わった。
俺は照れ隠しに頭を掻く。
「泣くなよ。」
「泣いてないし!」
もう目が潤んでるくせに。
昔から変わらない。
その隣でゆあんくんが少し困ったように笑っている。
俺はゆあんくんを見る。
赤い瞳。運命の色。
真っ直ぐな目だった。
迷いはない。
俺も視線を返すけど何も言わない。
男同士なんて、それで十分だ。
やがて俺は一歩だけ近付いて。
ゆあんくんの肩を軽く叩いた。
「……泣かせるなよ。」
それだけ。
ゆあんくんは少し驚いた様子だったけどすぐ真剣な顔で頷いた。
「はい。」
その返事を聞いて。
俺はようやく肩の力を抜いた。
「ならいい。」
⸻風が吹く。
シンボルツリーから光の葉が舞い落ちる。
一枚。
また一枚。
金色の光は二人の肩へ降り、祝福するように優しく輝いていた。
えとさんはその光を両手で受け止める。
「きれい……。」
子どものように笑う。
その横顔を見つめるゆあんくんの眼差しは、まるで宝物を見つけた冒険者みたいだった。
その姿を見ていると。
少しだけ悔しくて。
だけどそれ以上に嬉しかった。
俺が育てた大切な女の子は。
こんなにも綺麗に笑えるようになった。
そして。
その笑顔を一生守りたいと願う誰かに出会えた。
とりあえず、それで十分だ。
俺は二人に背を向ける。
「行くぞ。」
「えっ? もう?」
「邪魔者は退散だ。」
「もふくん!」
えとさんの笑い声が森へ響く。
その声を聞きながら、俺は振り返らず片手だけひらりと上げた。
「……幸せになれ。」
小さな呟きは風に溶け、葉擦れとともに空へ昇っていく。
言葉は少ない。照れくさいから、それ以上は言わない。
その代わりにアレイがどこから摘んできたのかわからない
ヒマワリを一本えとさんに運んできた。
白く透き通る霧が木々の根元を漂い、夜露をまとった花々は、朝日を待つように静かに蕾を揺らしている。
魔法の塔の窓からその景色を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。
……静かだ。
昨日、あれほど騒がしかった時間が嘘みたいだった。
⸻
昨日。
過労で混々と眠り続けていたゆあんくんが目を覚まし、
音信不通だったえとさんがその知らせを聞いて不安を色濃くしたこの世の終わりみたいな顔をして帰ってきた。
えとさんの帰還がわかったのかゆあんくんは目を覚まし
長い時間、互いを守ろうとして、すれ違った思いは重なったようだ。ようやく辿り着いた答え。
「……ほんと、遠回りしやがって。」
誰にも聞こえないように呟いた。
白い吐息が夜明けの朝の空気に溶けていった。
俺はえとさんが今よりずっと幼いころから魔法を教えた。
魔法だけじゃない。
心を閉ざしていた頃も、魔法に失敗して落ち込んだ日も、全部知っている。
あいつは俺の弟子で。
……妹……家族みたいなもんだった。
だから。
「気に入らねぇ。」
ぽつりと漏れた本音に、自分で苦笑する。
普段はじゃぱぱに揶揄われても否定するのに周囲に誰もいないから素直な気持ちが漏れ出した。
取られた気分。
……いや。
正確には。
もう俺があの子を1番側で守る理由がなくなった。
それだけだ。
⸻
庭園へ降りる。
朝露を踏むたび、小さな光が足元で弾ける。
幸福の象徴と言われているアレイがフワリ、フワリと宙を舞っていた。
この国からエンダードラゴンという脅威がなくなり平和になった。
エルデナ城のシンボルツリーから零れる魔力が、朝の空気を淡く虹色に染めている。
その光の向こうに二人を見つけた。
オレンジ色の髪を朝日に照らされたえとさんと黒髪のゆあんくん。
えとさんは笑っていた。
昨日見た絶望の顔じゃない。
子どもの頃みたいに、無邪気に笑っていた。
その笑顔を見つめるゆあんくんの表情は、見たことがないような驚くほど優しかった。
何も話さない。
ただ隣にいるだけ。
その距離が自然で。
まるで昔から2人はそうだったみたいだった。
ゆあんくんが何気なくえとさんの肩へ自分の上着を掛ける。
少し冷える朝だからだろう。
えとさんは照れくさそうに笑い、ゆあんくんの表情が柔らかくなる。
……なんだ。
言わなくてもちゃんと分かってるんだな。
守るってこと。
そばにいるってこと。
「もふくーん!」
えとさんが俺を見つけて大きく手を振る。
昔と変わらない。その様子に少し安心する。
「朝から騒ぐな。」
「ひどっ!」
「ご機嫌じゃないか。」
「えへへ。」
笑う。
本当に幸せそうだ。
ゆあんくんもそんな俺たちのやり取りをみて軽く頭を下げた。
「昨日はありがとうございました。」
「別に。」
短く返す。
気の利いたことなんか言えない。
目を覚ましたゆあんくんに魔法のヒールをかけてやったことに対するお礼なんだろうけど、社交辞令とかそういう性格じゃない。
しばらく沈黙が流れる。
朝風だけが三人の間を抜けていく。
樹の葉が揺れ、光の粒が雪のように舞い落ちた。
幻想的な光景の中で。
俺は二人を見比べる。
えとさんは自然とゆあんくんの隣に立っている。
ゆあんくんも当たり前みたいに半歩だけ距離を詰めてえとさんの肩をそっと抱き寄せる。
少し前までなら、照れて離れていたはずなのに。
今日は違う。
離れない。
……あぁ。
そうか。
そういうことか。
胸の奥が少しだけ寂しくなる。
初めて魔法が成功して飛び跳ねた日。
泣きながら「もふくん!」って抱きついてきた日。
寝込めば看病して。
危ない魔法を覚えて使えば怒って。
そんな思い出が頭をよぎる。
「……娘を嫁に出す親って、こんな気分なのか。」
誰にも聞こえないくらい小さく笑った。
えとさんが俺の前まで歩いてくる。
「もふくん。」
「ん?」
「……ありがとう。」
「何が。」
「いっぱい。」
その一言だけで十分、全部伝わった。
俺は照れ隠しに頭を掻く。
「泣くなよ。」
「泣いてないし!」
もう目が潤んでるくせに。
昔から変わらない。
その隣でゆあんくんが少し困ったように笑っている。
俺はゆあんくんを見る。
赤い瞳。運命の色。
真っ直ぐな目だった。
迷いはない。
俺も視線を返すけど何も言わない。
男同士なんて、それで十分だ。
やがて俺は一歩だけ近付いて。
ゆあんくんの肩を軽く叩いた。
「……泣かせるなよ。」
それだけ。
ゆあんくんは少し驚いた様子だったけどすぐ真剣な顔で頷いた。
「はい。」
その返事を聞いて。
俺はようやく肩の力を抜いた。
「ならいい。」
⸻風が吹く。
シンボルツリーから光の葉が舞い落ちる。
一枚。
また一枚。
金色の光は二人の肩へ降り、祝福するように優しく輝いていた。
えとさんはその光を両手で受け止める。
「きれい……。」
子どものように笑う。
その横顔を見つめるゆあんくんの眼差しは、まるで宝物を見つけた冒険者みたいだった。
その姿を見ていると。
少しだけ悔しくて。
だけどそれ以上に嬉しかった。
俺が育てた大切な女の子は。
こんなにも綺麗に笑えるようになった。
そして。
その笑顔を一生守りたいと願う誰かに出会えた。
とりあえず、それで十分だ。
俺は二人に背を向ける。
「行くぞ。」
「えっ? もう?」
「邪魔者は退散だ。」
「もふくん!」
えとさんの笑い声が森へ響く。
その声を聞きながら、俺は振り返らず片手だけひらりと上げた。
「……幸せになれ。」
小さな呟きは風に溶け、葉擦れとともに空へ昇っていく。
言葉は少ない。照れくさいから、それ以上は言わない。
その代わりにアレイがどこから摘んできたのかわからない
ヒマワリを一本えとさんに運んできた。
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