エルデナ王国物語

side U

漆黒の空間に、ようやく静寂が戻ってきた。
黒い鱗のかけらが風に舞い、黒曜石の塔が暗闇に溶けてゆく。
エンダーマンは主を失ったことを理解していないのか、
いつも通りブロックを抱えてジ・エンドを徘徊していた。
エンダードラゴンとの戦いは終わった。
けれど、勝利の余韻を味わう余裕など、誰の胸にもなかった。


「……のあさん、オレたちより先にえとさんを治癒してくれ」


壮絶な戦いの中で傷を負ってはいるが、目の先に意識を失い倒れたままの
えとさんの姿を見つけたオレは息を整えながら言った。


一度は命を落としたかと思ったのに、戦いの前の状態まで完全回復していたのは
ゆあんくんとオレだけではなく、のあさんもだった。
3人は回復しているのにえとさんだけが、その恩恵を受けなかったのか倒れたままだ。

のあさんがえとさんの元へと駆け寄る。



「えとさん…こんなに傷だらけになって……。ヒール…」



えとさんが使う治癒魔法と違ってエルフののあさんが使うヒールは
自然色の薄い緑色をを帯びた光を放つ。
えとさんを包み込む治癒の光が消失すると傷は癒えたが目を覚ますことなく眠り続けていた。



「さぁ、次はふたりの番です。」



のあさんはエンダードラゴンとの戦いで至るところに傷を負ったゆあんくんとオレを癒しの力で治療してくれた。
治療を終えても、えとさんが目を覚ますことはなかった。





エンダードラゴンの台座の下には、エンドポータルのような黒曜石の湖面が生成されていた。




ゆあんくんは、目を覚まさないえとさんを背負っていた。
オレとゆあんくんが意識を失う瞬間に感じた強い光はきっとえとさんの魔法であろうと推測した。
えとさんの魔力を限界まで削ったために体の傷は癒えても意識まで戻っていないのだろう。

それを示すかのようにゆあんくんから贈られたレッドストーンのピアスは
これまでえとさんの魔力に反応していた赤い灯が消えていた。


オレとのあさん、えとさんを背負ったゆあんくんは湖面の中に飛び込んだ
時空の歪みに酔いそうになったが目を開けたらジ・エンドの入り口だったエンドポータルの祭壇の前に立っていた。


元居た世界、オーバーワールドに戻ってきたのだという安堵も早々に
オレ達は足早にエルデナ王国へと帰還することを選んだ。
元来た道を辿るように、そして来た道よりも安全確保に留意しながら
オレはゆあんくんとのあさんを先導した。


「交代しようか?」


ジ・エンドからずっと意識を失ったままのえとさんを背負うゆあんくんに申し出るが、
ゆあんくんは首を振った。


「大丈夫。俺が運ぶ」


ゆあんくんの額には汗が伝い、両腕は震えている。
それでも、目は真っすぐ前を向いていた。

少し後ろを、のあさんが歩いていた。
彼女は無言のまま、時折えとさんの顔を見つめる。
そして祈るように、そっと手を組んだ。


「……エルデナまで帰れば、もふくんやなおきりさんが助けてくれるはず」


その言葉は、自分達を安心させるためのものだった。



――一誰も眠ることなく、休むこともほとんどしないまま3日歩き続けた
3日目の沈みゆく太陽が森の梢を赤く染めるころ、オレ達はエルデナ王国の境へと辿り着いた。
遠くに見える白い城壁が、まるで幻のように霞んでいる。


「見えた……帰ってこれたんだね」


のあさんの声が震える。
ゆあんくんはえとさんの体を支え直しながら小さく頷いた。



「もう少しだよ、えとさん。戦いは終わった。ゆっくり休もう」





side N



白いカーテンが、朝の風にそよいでいた。
鳥の声が遠くから響き、懐かしい香りのするオークの木の匂いが部屋に満ちている。

エルデナ王国でえとさんとわたしがふたりで暮らす家のえとさんの部屋。
辛い戦いの果てに、辿り着いた安息の場所だった。

わたしは窓辺の椅子に座り、えとさんの手を握っていた。
その手はまだ少し冷たいが、確かに脈を打っている。


「……えとさん、もう大丈夫だから。ね、起きて」


その声はかすれ、涙で震えていた。
そんなわたしの肩をじゃぱぱさんがそばで支え、時折さすってくれていた。

エンダードラゴンの討伐、レッド・アイの帰還、そして意識不明のえとさんの報告を受けた
じゃぱぱ王と、もふくん、なおきりさんはすぐにここまで駆け付けてくれた。

もふくんとなおきりさんは肉体的外傷はないのに意識がもどらないえとさんの様子をみて
すぐにあることに気づいた。


――あれだけ底なしに満ち溢れていたえとさんの魔力を一切感じることができなくなったことに


もふくんの魔法でも、なおきりさんが作った薬でも、無くなってしまった魔法を作り出すことはできないようだった。
きっと、生きていく中で彼女の半分以上を埋めていた魔力がなくなってしまったことで
体がうまく適応できていないのだろうと教えてくれた。


ゆあんくんは部屋の隅でうつむき、うりさんは静かに壁にもたれていた。


えとさんが滾々と眠りについて数日が過ぎたころ…
――ようやくここにいる全員が待ち望んでいた、えとさんのまつげが微かに動いた。


「……ぁ……」


その小さな声に、わたしの肩がびくりと揺れる。


「えとさん! えとさん、気が付いたの!?」


目を開けたえとさんの瞳は、どこか遠くを見ていた。
けれどすぐに焦点が合い、目の前にいるわたしを認めると、ゆっくりと微笑んだ。


「……のあさん、泣いてる……?」
「泣くよ……ずっと怖かったんだから……」


わたしは声を詰まらせながら、えとさんの手をぎゅっと握りしめた。


「よかった……ほんとによかった……」


その涙に釣られるように、ゆあんくんもうりさんもわたしたちの傍まで歩み寄ってきた。


「目を覚ましてくれて、ありがとう」
うりさんの低い声が震える。


「いっただろ、えとさんは他人の事ばかりで自分のことを大事にしなさすぎる…」
ゆあんくんはそう言いながらも、目の奥が赤い。


えとさんは小さく笑って、「ごめんね」と呟いた。


次の瞬間、彼女の表情がわずかに曇った。
手を持ち上げ、魔法の詠唱を唱えようとしたが――何も起こらない。
空気は静まるが、光の粒一つさえ現れなかった。


「……あれ……?」


もう一度、指先を見つめる。
何度繰り返しても、魔法が発動する感触がないようだ。


「……魔法が……ない」


その言葉は、誰にも届かないほど小さかった。
わたしは顔を上げ、えとさんの目を見つめた。
ゆあんくんと、うりさんも息を呑む。


沈黙が落ちる。


ゆあんくんとうりさんが傍に来たことで
少し離れたところにいたじゃぱぱさんやもふくん、なおきりさんと目が合ったけれど、
首を横に振り、涙で視界がぼやけながらも精一杯微笑んだ。


「いいんだよ。えとさんが生きていてくれた、それだけで」


横たわったままのえとさんが唇を震わせ、涙をこぼした。
何を思っての涙なのかはここにいるだれにもわからない。
でも長い戦いの終わりを告げるように、その涙は静かに伝って落ちていった。






side E


私が目覚めて、普通の生活ができるようになったころ…
青空の下、王都エルデナは祝福の鐘で満ちていた。
白い大理石の階段には、花びらが風に舞い、人々の歓声が波のように響く。



「レッド・アイの冒険者たちに、永遠の栄誉を!」
じゃぱぱ王の宣言とともに、黄金の旗が掲げられた。



壇上には、ゆあんくん、うり、のあさん、そして私が立っていた。
長い歴史の中で人類の敵であったエンダードラゴンを完全討伐し、
エルデナ王国を救った英雄たちということで国中を上げてお祝いムードだった。


けれど、私の胸の中には、静かな寂しさがあった。
エンダードラゴンとの戦いの中で失ってしまった魔法使いのローブの代わりに
もふくんが贈ってくれた魔法使いのローブの袖口は以前より重く、相変わらず指先には魔法の光が宿らなかった。
儀式のために渡された杖も、ただの飾りにすぎなかった。


それでも――エンダードラゴンの討伐は喜ばしいことなので笑った。
人々の歓声に手を振りながら、隣に立つ仲間達を見つめる。


ゆあんくんのまっすぐな眼差し。
うりの落ち着いた横顔。
のあさんの、涙をこらえるような微笑み。


この三人と共に歩いたレッド・アイとしての日々が、鮮やかに甦る。
炎を囲みながら叫び合った夜も、旅路で笑い合った朝も。もう、二度と戻らない時間。


儀式が終わると、じゃぱぱ王は一人ひとりに勲章を授けた。
その重みが胸に触れた瞬間、深く頭を下げた。


そして、壇上を降りた後。
私はレッド・アイの仲間の前に立ち、静かに口を開いた。


「ゆあんくん、うり、のあさん……ありがとう。
 私、みんながいたから、生きて帰ってこれた。みんなと仲間でよかった!」


一歩踏み出し、
のあさんを抱きしめ 親愛を込めたキスを頬にした。
長身のうりには飛びつく勢いで抱擁し、右の頬に慈愛を込めたキスをした。
頭一つ分背の高いゆあんくんには背伸びをしながらハグをして、左の頬に深愛を込めたキスをした。


三者三様に感謝の気持ちを示したあと
私は2歩3歩とみんなのいるところから後退りする。


のあさんはうっすらと涙目になりながらほほ笑んでいる
うりと、ゆあんくんは突然の出来事に驚いたようで頬を抑えたまま耳まで赤くしていた。


「みんなごめん!まだ体調も完全じゃないから今日は先に家に帰って休ませてもらうね!
 この後のことはよろしく!」


この場にこのままみんなと一緒にいることも、
顔を直視することもできない私は距離を置いたまま言った。


すると、ゆあんくんが真っ赤な顔をしながら一歩踏み出して私に言った。


「えとさん!明日、えとさんに伝えたいことがあるからここで会えない?」


泣くな。笑え――


「あした?うん、いいよ!じゃあね!!」


手を空高くあげてみんなに背を向ける
そして振り返えらないように前を向いて駆けだした。
風がローブを揺らし、太陽の光がその背を包む。









しばらく歩くと背後でエルデナ大国の人々たちの勇者一行に向けた大歓声が聞こえる。
大聖堂の鐘の音だけが私の旅立ちを見送ってくれているようだった。



荷物は小さな布袋ひとつだけ。
魔法が使えなくなってしまったのでなんでも持っていけるわけではないので必要最低限なものだけを袋に詰めた。



ーーー顔、拭かないとな


きっと、今の私の顔を見る人がいたらきっと驚くに違いない
でもハンカチを出す気も、服の袖でこの止まらない涙を拭う気にもなれなかった。


門番のいない裏門を抜けると、東の森が見えた。
太陽が一番高い位置まで昇っているため城の尖塔が、白く光を受けている。



遠くに聞こえるあの大歓声の場所に、ゆあんくんたちがいる。



のあさんには昨夜話したから気づいていただろう。



「ごめんね、みんな。ちゃんとお別れしたら、きっと行けなくなっちゃうから。」



そう呟いた。
鳥が囀る声が聞こえる。その音に背中を押されるように、森の中へと消えていった。






side Y



朝日が昇り太陽が昼を示す位置まで昇ったところで俺は目を覚ました。
昨日、国を挙げての凱旋祝いは夜通し続き、俺とうりはそのままエルデナ城に泊まらせてもらうことになった。


えとさんから貰った頬へのキスの場所に手を当てる。
今日は約束の日、えとさんへの想いを伝える日だ。
伝えると決めてからこれまでのことを思い出していた。
いつもそばで笑っていたえとさんの顔、
少しはえとさんも自分に対して気持ちがあるのではと思う仕草

これまでの長い付き合いの出来事を思い返してみるといろいろと出てきたのだ。


素早く身支度を整えて、約束の場所に到着する。
道行く人たちに声をかけられたけど、
プライベートだからと丁寧に断りを入れてえとさんを待っていた。


あったらまずなんと声をかけようか...
やっばりエンドラ討伐お疲れ様?
体調は平気?だろうか



色々と思い巡らせながらではあったが
1時間以上まってもえとさんは約束の場所に来なかった。
太陽の日が傾き始めてきた


まだ、体調が不完全だと言っていたので
もしかしたら体調が悪くてこれないのかもしれないと思い
俺はのあさんとえとさんが暮らす家に向かうことにした。
道中、目に留まった花屋でえとさんが好きなひまわりの花を
花束にしてもらった。


のあさんたちの家に到着すると俺は一つ深呼吸をして扉をノックした。
少しの沈黙あと、ゆっくりと扉が開いた。


「ゆあんくん……。」


のあさんは入口にたち、俺を出迎えてくれた
だけどその頬には、涙の跡のようなものが見えた。
なんだろう、嫌な予感がする…


「あの…のあさん、えとさんはいる?
今日約束していたんだけど待ち合わせの場所に来なかったから
もしかして具合が悪くなったのかな?って思ってお見舞いにきたよ」


のあさんは俺が手にしていた花束を目にすると
一つ深く細く息を吐いた後にぽそりといった。



「えとさんね、家を出て行ったの。
 家を出て、知らないところで生きたみたいって
 行先は私もまだしらないんだ――。」


そこにはいつも通りの笑顔の、のあさんがいた。



えっ―――。



のあさんの言葉に理解が追い付くと
えとさんに贈ろうと思っていたヒマワリの花束を落としたのだった。
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