エルデナ王国物語

side E


漆黒の空が紫色に燃えていた。
黒曜石の塔が立ち並ぶ向こうで、自身(エンダードラゴン)を討伐しに来た冒険者たちに向けた威嚇の炎だ。

 ゆあんくんは、その方角をただまっすぐに見つめていた。
腰に下げている剣は黒銀に鈍く光り、身に着けたチェストプレートやレギンスはエンダーブレスを受けて所々腐敗している。
これまで幾度もエンダードラゴンの爪や炎を潜り抜けてきた証だ。


「……行かなくちゃな」


 そう言ってエンダードラゴンを振り返ったゆあんくんの声は、なにかを決意したような低く…落ち着いた声だった。


 ――行かないで。



 本当は、その言葉を真っ先にぶつけるつもりだった。袖を掴んで、泣き叫んででも止めたかった。
それなのに、喉の奥で言葉が固まって動かない。



「すぐには戻れないかもしれない。でも……」



 ゆあんくんの声は優しく、それでいて、あまりにも遠かった。
 言葉を探すように一瞬だけ視線を落とし、それからそっと右手を伸ばして、私の頭に触れた。


「もし――生きて帰れたら。そのときは、伝えたいことがある……
 でも――もし戻らなかったら、俺のことは忘れて幸せになってね」


 胸が締めつけられる。何を言おうとしているのか、さすがの私でもわかってしまう。
でも、それを聞いてしまえば、今度こそ私は引き止めてしまう。
なんでそんなこと言うの…。これが最後になるかもしれないみたいな別れの言葉…。


「ゆあ…んく…。」


 こぼれる。
 そう思った瞬間にはもう、涙は頬を伝っていた。


 ぽたり、と落ちたその一粒が、ゆあんくんの足元に小さな跡を残した。
ゆあんくんはそれを見つめ、ほんの少しだけ目を細めた。
けれど何も言わないまま、そっと手を離し、背を向ける。



喉が焼けたように熱く、目からこぼれる涙がエンドサンドに3、4粒と染み込む


私の前に黒い影が落ちた。顔を上げると、身をかがめたうりとの視線があって頬を伝った涙の跡を指でなぞる。
ローブからのぞく栗色の髪が風になびく。
赤みがかったオレンジ色の瞳がほんの少しだけ目を細めた。



何も言わないまま、うりは頬から手を離し、涙の跡に唇を落としたーー


頬にキスをされたと思った瞬間に体が震えた。


「えとさん、死ぬなよ。生きろ。」



うりの言葉が震えている……。



「うり――。」

「オレは、えとさんまで失ったら、きっと生きていけない。」


そう言って私の頭を軽くポンポンと叩くと、うりは立ち上がりゆあんくんと肩を並べてエンダードラゴンへと向かった。


ーーな、んで…いま、ここで2人の気持ちに、想いに、はっきりと気付くの...


いや、どこかで気づいていたーー
ーーでも、気づかないように気持ちの箱に蓋をして鍵をかけていたんだ



 2人の重い足取りがエンドサンドを鳴らす…
 胸の奥が裂けるように痛む。

 

「私のことはいいから2人とものあさんを連れて逃げて!」


声にならない叫びが喉を焼くのに、唇は震えるばかりでようやく発した一言。
――エンダードラゴンの炎に照らされた2人の背中が、だんだんと遠ざかっていく。


私はただ、その影が見えなくなるまで、泣き声すらあげられず、立ち上がることもできずにただ、見送ることとしかできなかった。



 




 燃え盛る炎、竜胆色の霧、漆黒の人ならざるものの集団。
 

「私のことはいいから2人とものあさんを連れて逃げて!」
 

 必死に叫んでも戦う2人の男はその場から離れようとはしない。


 鉄の甲冑に身を包む黒髪の剣士ゆあんくんと
 黒のローブから栗色の髪をなびかせるアサシンのうり


 ヒーラーの、のあさんはドラゴンからの攻撃を真っ先に受けて頭から血を流して瀕死の状態だ。
私も次から次へと沸いて出てくる敵に対して休む間もなく攻撃魔法を打ち込んでいたからMPもHPもギリギリ、
倒れたのあさんをドラゴンブレスから守る際にできた足の怪我で動けることができなくなってしまった。


 回復の手段となるポーションと食料も底を尽きてしまった、
仲間に回復魔法をかけることも、攻撃することも出来ない私はこの場ではただのお荷物だ。
 こんな時に仲間を救う魔法も発動できなくて、なにが大魔法使いの生まれ変わりだ。
不甲斐ない自分への怒りと仲間を助けたい焦りが襲う。


何度もみた夢の中の景色が、今まさに現実となって目の前に広がっている。
こうならないように必死でやってきたことが無意味だったかのように
水の泡のようにはじけていく…


 こちらの焦る気持ちにもお構いなく無常にもエンダードラゴンが何度目かわからないエンダーブレスを吐く。
竜胆色の霧の中でついに2人が倒れた。


「ちょ、大丈夫!?しっかりして!!」


 声が届かないのか2人はピクリとも動かない。。
 嘘でしょ、嘘、うそだ。。


 体から一気に血の気が引くのを感じ、考えたくもない最悪のシナリオが頭を過ぎる


「嘘だ、うそ、、イヤ、、、いやぁ――――――!!」



私の叫び声と共に黄金の発光色があたり一面を覆う。
目の前で倒れてしまった2人のことも、のあさんのことも見えない。。。








――空気がふるえた。
淡い光の粒子が、吸い寄せられるように宙へと舞い上がる。
光は螺旋を描き――足元に複雑な紋章が浮かび上がった。
古い言語が揺らめく光の帯となる。


――ゴウッ
風が反転し、長い髪を激しくなびかせる。
私の心臓の鼓動が空間そのものを震わせるかのように、光は鼓動に合わせて脈動を始めた。


「命よ、時の流れよ…我の祈りに応えよ――リスポーン」


世界そのものが息を呑むような感覚。一瞬、すべての音が消えた。


そして――まばゆい閃光が爆ぜる。
白金色の羽根のような光が周囲へと散り、倒れた仲間たちの胸元に静かに灯が戻る。


倒れた2人がゆっくりと起き上がる。
顔を見合わせ、自身の手足がちゃんと稼働するか確認している。


私は震える声で呟いた。
「……よかった」


よかった。ちゃんと発動した。。。
涙が溢れ、こぼれる。
2人の無事を確認すると光の魔法陣はゆっくりと消え去っていった。
そして生まれてからずっと私の中にあった魔力が枯渇したような感覚に見舞われた。
ぽっかりと穴が空いたような貧血にも似た感覚の後、私は気を失ったのであった。




side Y


命を落としたと思ったのに、まるでこの戦いが始まる直前のような状態で目を覚ました。
それは、傍にいたうりも同じようだった。
あんなにも重かった腕も足も動く。そしてエンダーブレスを受けてできたダメージが一切消えていた。


いったいなぜ…

 
 エンダードラゴンの爪が振り下ろされた。
岩を裂く轟音が洞窟にこだまし、破片が雨のように降り注ぐ。
俺は身を翻して刃を滑らせ、かすめた爪を切り返す。
火花が散り、エンダードラゴンの黒鱗が一枚、鋭い音を立てて剥がれ落ちた。


「グゥオォォォォ!」
竜は怒りの咆哮を上げ、口腔の奥に紅蓮の光を宿す。


直感で走り出していた。
その場からいったん距離が取れる場所まで。


次の瞬間、ドラゴンブレスが放たれる。炎は湖面を作るように地面をはっていた。
エンダードラゴンが宙を舞う。
これまでのダメージが蓄積しているようで、機敏さはなくなっていた。


あんなにも瀕死だったはずの俺とうりが何故、こんなにも回復したのかなんて今は考えないことにした。


「うり!次にドラゴンの台座に降りてきたときに畳みかけるぞ!」
「おぅ!!」


俺とは真逆に走ったうりから返事が返ってくる。
エンダードラゴンは浮遊と着陸を繰り返すことが、これまでの戦いで分かってきた。
俺達は空襲を交わしながら、エンダードラゴンが台座に着陸するその時を待った…


うりの放った矢が、エンダードラゴンの尾に刺さる。



そして、その時はきた――



台座にエンダードラゴンが着陸する。



「うおおおおおッ!」



俺は、渾身の叫びと共に剣を突き立てる。
刃が黒鱗を割り、竜の血が噴き出した。
熱く、鉄の匂いを帯びた液体が頬を濡らす。
エンダードラゴンは身を震わせ、巨体を振るった。
俺は宙へと投げ出され、岩に叩きつけられそうになる瞬間で水バケツで衝撃を無効化した。


「ゆあんくん!」


遠くでうりの声がする。
震える足を無理やり立たせ、俺は剣を握り直す。
渦巻くエンドの粒子が視界を惑わせ、足元の黒曜石が震えた。
耳を引き裂くような咆哮。エンダードラゴンが、最後の突進を仕掛けてくる。


「ここで……終わらせる!」


 喉が焼けるほど叫び、剣を握る手に全身の力を込めた。
盾は砕け、残された武器はただ、この剣だけ。


突っ込む瞬間、エンダードラゴンの紫の吐息が肩を焼いた。
視界が赤く滲む。
それでも前へ。
怯まず前へ。
倒れればすべてが無になる世界だ。
みんなが見ている。
遠くから信じてくれている人たちもいる。
だから、負けられない。


「おおおっ!」


 跳躍。吹き荒れる風を正面から切り裂く。
 振り上げた剣が、エンダードラゴンの額に深々と突き刺さった。

 ――パリン。

 凍てついたガラスが砕けるような音。全身を駆け抜ける激しい光。
眩いエンドのエネルギーが、竜の身体から溢れ出す。

 巨体が空で震え、崩れるようにゆっくりと落ちていく。
 紫の光が四散し、夜空の星のように消えていく。


「……やった……!」


 膝ががくりと落ちた。込み上げる息が、笑いなのか、泣き声なのか自分でも分からない。
 静寂の中、エメラルドグリーンの光が、祝福のように降り注いだ。

 この世界を支配していた黒い恐怖は、もうどこにもいない。
 剣先から伝わる余熱だけが、戦いの終わりを静かに告げていた。
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