エルデナ王国物語
深層岩に覆われた洞窟は、外とはまるで別世界だ。
湿った冷気がまとわりつき、吐く息は白く濁ってすぐに闇に溶ける。
金切り音を発する蝙蝠が岩陰を飛び回り羽音が耳に届く。
山の麓から深い谷底へと落ちてしまった俺たちはエンダーアイが示した方角を目指しながら歩いていた。
ピッケルで岩を砕き、暗闇の中を照らす松明の炎は、風もないのに時おり揺らぎ、岩壁に歪んだ影を浮かび上がらせる。
先ほどのやりとりで微妙になってしまった雰囲気はそのままで俺たちは黙々と歩いている。
うりがすぐに俺に追いついて、いつも通り先導役を変わった。
普段と違うのはこの後の並び順。普段通りだったこの後に俺(ゆあん)、のあさん、えとさんとなるけど
えとさんは回復したばかりということもあって大事を見てうりのあとにえとさん、のあさん、俺という順番で道なき道を歩いていた。
徐々に高度が上がっていくなかで、普段よりも口数が少ない一行の息遣いが聞こえていた。
俺の胸の中は、戦場で傷を負ったときよりも痛んでいた。
ずっと想いを寄せていた相手――えとさん――が、ただの戦友としか見ていないと知ったからだ。
直接的な言葉にしなくても、時折感じていた会話の間、交わる視線、仕草に
えとさんも俺に対して戦友とは異なる感情を向けてくれているのではないかという期待があったのだ。
けれど、見事にその期待は打ち砕かれたのだ。
まさか、ルナと恋仲の関係にあると思われていたとは想像もしていなかった。
「……俺は、エルデナ王国の為の剣か……」
呟きは鍾乳石から時折落ちる水の音に溶け、誰の耳にも届かない。
剣の柄に手を置き、心の空虚を埋めるように、一歩、また一歩と歩みを進めた。
「お前なら世界を救える」とじゃぱぱ王とたっつんは言った。
市街を歩けば”世界を救う勇者”という期待や羨望のまなざしを向けられた。
剣を抜けば魔物は逃げ、周囲の人は歓声を上げた。
俺と同じように世界の運命を変える子としてパーティを組んでからこのメンツで色々な討伐を経験してきた。
道中の合間合間で魔法研究に必要な薬草や珍しい鉱石を集めながらうれしそうに笑う姿や、仲間のことを誰よりも大事にするえとさんを、俺はずっと見てきた。
彼女の笑顔と他人のことばかりで自分のことを後回しにしてしまうえとさんを自分の手で守りたくて、大事にしてきたんだ――。
――いずれはこの思いを届けようと思ってここまで来た。
でも――えとさんは、俺のことを同じようには思っていなかったんだ。
「ここ、足場が悪いから、気をつけろ」
先導を歩くうりが背後を歩いている俺たちに声をかける。
「うん。――っっきゃぁ!」
言われた傍からえとさんが足を滑らせバランスを崩した
――あぶない!と駆け寄ろうと思った瞬間にはうりがえとさんの腰を抱きとめていた。
「――っっぶねぇ。」
「ありがとう〜うり~」
「ったく、変なところでえとさんはドジなんだからよぉ」
「ごめんってばぁ!」
いつも通りのよく目にする2人のやり取り。
うりはえとさんの腰に回した腕をほどくと
「ほら。あと少しだから引っ張ってやんよ。」
えとさんに向かって差し出された手。
うりは隠しているつもりかもしれないけど俺と同じようにえとさんに対して特別な感情をもっている温かみのある眼差し。
えとさんは一瞬考え、ためらったものの、うりの手を掴んだ。
「ありがと……」
闇の中にすぐに溶け込んでしまいそうなか細い声に
うりは「おうっ」破顔し、外の光が差し込む方向へと導いていった。
見慣れているはずの2人距離感とやり取りを後方から目の当たりにしてジワリと胸の傷が痛む――
――もしかしたらえとさんは、うりを――
いつも女性のほうから言い寄られているうり、
男の俺から見てもカッコいいうりから距離を縮め、冗談交じりながらも言い寄られて
心が揺れないなんてことはあり得ないんじゃないかと思う。
普段は見ないように、気にしないようにしていたけれど――――
いつのまにか剣の鞘を強く握りしめていたことに、冷え切った空気にさらされて気づいたのだった。
4人は谷底から元の地上まで登りあがった瞬間、湿った空気がふっと軽くなるのを感じた。
あたりに広がるのはよく見る平原でオークやシラカバの木が所々生え、春のそよ風が木々の枝を揺らしていた。
私たちは背後にそびえたつ雪山を登山することなく、地下を通ってここまでたどり着くことができたようだった。
山の向こう側は冬の気候だったのにそれを越したら春の陽気。オーバーワールドらしいといえばらしい気候の変化だった。
「うーん!!戻ってきた!って感じですね」
のあさんのショート丈のワンピースがを春風になびいてふわふわと揺れる。
ピンクの小さな花びらが風にのって宙を舞っていた。――どこかに桜の木でも生えているのだろうか。
腕を空に高く上げて伸びをするとみんなもそれに倣ってそれぞれ強張った体をほぐす動作を行った。
のあさんは肩から斜めがけにしているポーチから4枚のクッキーを取り出して
1枚ずつメンバーに渡した。
「はい!えとさんも」
「ありがとー」
ピンク色の髪の毛をふわふわとさせたのあさんから私もそれを受け取った。
口に入れるとバニラの甘い香りとちょっと香ばしさも感じるココア生地が口いっぱいに広がって幸せを感じた。
のあさんがいつも携帯しているクッキーは、のあさんお手製でレシピは私も知らない。
疲れたとき・悲しいとき・うれしいとき、どんな時でも、口にすれば幸せになれるクッキーだ。
クリーパー爆発からの落下、ディープダークでの出来事、そしてゆあんくんが私にしてくれた人命救助……
あの時の、ひどく傷ついたようなゆあんくんの表情が頭から離れない……
「のあさん……。」
「ん?なんですか?」
「わたしさ……なにかゆあんくんに悪いことしたり、いっちゃったのかな……」
うりに聞いたら、『えとさんが悪いかもな』とだけ返事が返ってきた。
「う――――ん。……そうですね。答えを教えるのは簡単ですけど
これは、ちゃんとえとさんが気づかないとだめですね」
ふんわりとほほ笑みながらのあさんが言った。
「……うん。わかったちゃんと自分で考えるよ」
クッキーの最後のひとかけらを口の中に入れたとき、少し距離を置いてうりと話していたゆあんくんと
目が合ったけど、気まずくて思わず目を逸らしてしまった――――。
小休憩のあと、うりがエンダーアイを空に向かって投げた。
私たちはその方向へと歩みを進めていく。
しばらく歩いていると西の空はゆるやかに色を変えはじめていた。
黄金に輝いていた陽射しは、次第に赤みを帯び、やがて地平線に近づくにつれて深い橙となる。
沈みゆく太陽は、最後の輝きを惜しみなく放ち、空一面を茜色に染め上げていた。
「そろそろ今日の野営の場所を決めようか」
ゆあんくんがそう声をかけたときだった。
目の前に広がるのは一面の黄金のひまわり畑。茜色に照らされたそれは、あまりにも鮮やかで眩しかった。
「うゎぁ――きれい……。」
これ以上の言葉が出てこなかった。
「ほんと……すごいですね……」
のあさんもぽそりと感想をいう。
ひまわりは人の背丈をゆうに超え、花弁は残りわずかな陽の光を受けてまるでオレンジ色の海のようにきらめいている。風が吹くたび、ざわり、と花の海が波打ち、まるで夢の世界から切り取ったような光景があった。
「えとさんの色だな」
ローブのフードを取り、腰に手を当てながらうりが言う。
――透明な川が流れ、その水面には夕日が鏡のように映り込む。川辺には虹色の羽を持つ蝶が舞い、ひまわりの影の下では小さな妖精のような光の粒がきらめいていた。
「視界もひらけているし、川も傍にある。今日はここにしよう。」
ゆあんくんの声掛けで、今日私たちが野営する場所が決まった。
うりは手早く夜に魔物がわかないように所々に松明をたて、枝を集めて焚火の準備をする。
ゆあんくんは狩りをして得た鳥をさばき、川で魚を釣る。
のあさんはゆあんくんから受け取った食材とうりが準備した焚火で手早く食事の支度。
私は魔法でテントを張り、みんなの寝床を準備した。
レッド・アイで行動するときはいつも自然とこの役割分担だ。誰から指示が出るわけでもなく
慣れた手つきであっという間に各々の役割をこなすのだった。
夜のとばりが降りる頃には焚火を囲むようにして私たちはのあさんが準備してくれた食事を終え
各々休息をとっていた。
焚火に薪をくべる音と火がはぜる音だけがする
普段だったらしょうもない、雑談が続くのに
ゆあんくんとわたしがぎこちないせいか、時折気まずい沈黙が流れてしまい会話が続かないのだ。
「俺、焚火にくべる枝をもう少し拾ってくるよ」
ゆあんくんは立ち上がった。「ついでに周辺の見回りもしてくる」
うりが顔を上げる。「この暗闇にか? 俺が——」
「――いい。少し、頭を冷やしたいのもあるんだ。
エンダードラゴンとの戦いの前に冷静になりたい。」
「ゆあんくん……?」
聞こえているはずの私の声を背に受けながら、ゆあんくんは暗がりに向かって歩き出した。
足元の枝が折れる音も、虫の声も、耳に入らないようだった。
「ふゎぁぁぁ――のあさんも、そろそろ寝ますね――」
ゆあんくんの行動を気にする様子もないのあさんは大きなあくびをすると
女性専用テントのほうに入っていった。
焚火に残ったのはうりと私の2人だけになった。
どうしよう…きっといつもと違う気まずい雰囲気にしてしまっているのは私のせいだ…
大事な討伐の前に……どうしよう……
「……そんな思いつめた顔をするな。えとさんはいつもみたいに自然に笑っていればいい。」
焚火が静かに燃え、赤い光がうりの綺麗な顔をほんのり赤く染めていた。
夜の静寂さを忘れさせるほどの温もりが、炎から、そして隣に座るうりから漂ってくる。
うりはしばらく炎を見つめていたが、やがて視線をそっと私へと移し、低い声で口を開いた。
「……今日は本当に心配した。無事でよかった。本当に――。」
言葉は炎の揺らぎに溶けるように、しかし確かに私の耳に届いた。
普段はふざけたり・揶揄う調子でしか話さないのに真面目な顔をしているうりがそこにいた。
「ごめん……ね。心配かけて……。」
私は心からの謝罪気持ちを口にすると焚火のぱちりという音が、夜の静けさに溶けていく。
うりは笑いながら、視線をそらした。
「……少しだけ、休ませて」
私は首をかしげ、不思議そうに見つめるとうりの頭が私の膝をになだれ込んできた。
「ちょ…っと、うり!!」
突然の膝枕に動揺を隠せない私はうりを引きはがそうと彼の頭と肩に手を置いた。
するとうりはそれを拒絶するように肩に置いた私の手を大きな手で包みこんできていった。
「心配かけた罰だ。 これくらい許せ。」
「うっ…」
膝からじわじわと感じるうりの体温のぬくもりと私へと向けられるな真剣なまなざしに
心臓の音がうりにまで聞こえてしまうのではと不安になるほど早まっていた。
それを言われてしまったら強く断ることができない……
私は観念して膝を差し出すことにした。
うりは私に背を向けるように体制を整えると目を閉じて本当に休んでいるようだった。
――ほんと、整った顔だよね…。
目を閉じているうりの顔を見ながら素直に思った感想。
うりの周りにはいつも大人で綺麗な女性がいる。
こんなこと(膝枕)はうりにしてみれば何でもないスキンシップなわけだけど、
男の人とのスキンシップに慣れていない私には緊張でしかない。
うりから規則的な呼吸音が聞こえる。
私は少しでも気を紛らわすために、うりの栗色の柔らかい髪をそっと撫で
膝の上に載っているのは可愛い小動物だと思いこむようにした。
ーーーーーーーああ……やっぱり。そうなんだ
火の揺らめきがえとさんの横顔を照らす。
焚火にくべるために乾いた枝をわきに抱えて戻ってきた俺が目にしたのは
火の明かりのせいだけではない頬を赤らめ、柔らかい表情をしたえとさんがあった。
自分には向けられたことのない、穏やかで親密な微笑み。
目を逸らそうとしたが
炎に照らされたえとさんの表情は、やわらかく、どこまでも自然で――その分だけ胸が締めつけられた。
拳を強く握りしめる。
心に広がる痛みは明らかで、声も出せずにただ遠巻きに月の光に照らされながら2人の様子を見つめるしかなかった。
湿った冷気がまとわりつき、吐く息は白く濁ってすぐに闇に溶ける。
金切り音を発する蝙蝠が岩陰を飛び回り羽音が耳に届く。
山の麓から深い谷底へと落ちてしまった俺たちはエンダーアイが示した方角を目指しながら歩いていた。
ピッケルで岩を砕き、暗闇の中を照らす松明の炎は、風もないのに時おり揺らぎ、岩壁に歪んだ影を浮かび上がらせる。
先ほどのやりとりで微妙になってしまった雰囲気はそのままで俺たちは黙々と歩いている。
うりがすぐに俺に追いついて、いつも通り先導役を変わった。
普段と違うのはこの後の並び順。普段通りだったこの後に俺(ゆあん)、のあさん、えとさんとなるけど
えとさんは回復したばかりということもあって大事を見てうりのあとにえとさん、のあさん、俺という順番で道なき道を歩いていた。
徐々に高度が上がっていくなかで、普段よりも口数が少ない一行の息遣いが聞こえていた。
俺の胸の中は、戦場で傷を負ったときよりも痛んでいた。
ずっと想いを寄せていた相手――えとさん――が、ただの戦友としか見ていないと知ったからだ。
直接的な言葉にしなくても、時折感じていた会話の間、交わる視線、仕草に
えとさんも俺に対して戦友とは異なる感情を向けてくれているのではないかという期待があったのだ。
けれど、見事にその期待は打ち砕かれたのだ。
まさか、ルナと恋仲の関係にあると思われていたとは想像もしていなかった。
「……俺は、エルデナ王国の為の剣か……」
呟きは鍾乳石から時折落ちる水の音に溶け、誰の耳にも届かない。
剣の柄に手を置き、心の空虚を埋めるように、一歩、また一歩と歩みを進めた。
「お前なら世界を救える」とじゃぱぱ王とたっつんは言った。
市街を歩けば”世界を救う勇者”という期待や羨望のまなざしを向けられた。
剣を抜けば魔物は逃げ、周囲の人は歓声を上げた。
俺と同じように世界の運命を変える子としてパーティを組んでからこのメンツで色々な討伐を経験してきた。
道中の合間合間で魔法研究に必要な薬草や珍しい鉱石を集めながらうれしそうに笑う姿や、仲間のことを誰よりも大事にするえとさんを、俺はずっと見てきた。
彼女の笑顔と他人のことばかりで自分のことを後回しにしてしまうえとさんを自分の手で守りたくて、大事にしてきたんだ――。
――いずれはこの思いを届けようと思ってここまで来た。
でも――えとさんは、俺のことを同じようには思っていなかったんだ。
「ここ、足場が悪いから、気をつけろ」
先導を歩くうりが背後を歩いている俺たちに声をかける。
「うん。――っっきゃぁ!」
言われた傍からえとさんが足を滑らせバランスを崩した
――あぶない!と駆け寄ろうと思った瞬間にはうりがえとさんの腰を抱きとめていた。
「――っっぶねぇ。」
「ありがとう〜うり~」
「ったく、変なところでえとさんはドジなんだからよぉ」
「ごめんってばぁ!」
いつも通りのよく目にする2人のやり取り。
うりはえとさんの腰に回した腕をほどくと
「ほら。あと少しだから引っ張ってやんよ。」
えとさんに向かって差し出された手。
うりは隠しているつもりかもしれないけど俺と同じようにえとさんに対して特別な感情をもっている温かみのある眼差し。
えとさんは一瞬考え、ためらったものの、うりの手を掴んだ。
「ありがと……」
闇の中にすぐに溶け込んでしまいそうなか細い声に
うりは「おうっ」破顔し、外の光が差し込む方向へと導いていった。
見慣れているはずの2人距離感とやり取りを後方から目の当たりにしてジワリと胸の傷が痛む――
――もしかしたらえとさんは、うりを――
いつも女性のほうから言い寄られているうり、
男の俺から見てもカッコいいうりから距離を縮め、冗談交じりながらも言い寄られて
心が揺れないなんてことはあり得ないんじゃないかと思う。
普段は見ないように、気にしないようにしていたけれど――――
いつのまにか剣の鞘を強く握りしめていたことに、冷え切った空気にさらされて気づいたのだった。
4人は谷底から元の地上まで登りあがった瞬間、湿った空気がふっと軽くなるのを感じた。
あたりに広がるのはよく見る平原でオークやシラカバの木が所々生え、春のそよ風が木々の枝を揺らしていた。
私たちは背後にそびえたつ雪山を登山することなく、地下を通ってここまでたどり着くことができたようだった。
山の向こう側は冬の気候だったのにそれを越したら春の陽気。オーバーワールドらしいといえばらしい気候の変化だった。
「うーん!!戻ってきた!って感じですね」
のあさんのショート丈のワンピースがを春風になびいてふわふわと揺れる。
ピンクの小さな花びらが風にのって宙を舞っていた。――どこかに桜の木でも生えているのだろうか。
腕を空に高く上げて伸びをするとみんなもそれに倣ってそれぞれ強張った体をほぐす動作を行った。
のあさんは肩から斜めがけにしているポーチから4枚のクッキーを取り出して
1枚ずつメンバーに渡した。
「はい!えとさんも」
「ありがとー」
ピンク色の髪の毛をふわふわとさせたのあさんから私もそれを受け取った。
口に入れるとバニラの甘い香りとちょっと香ばしさも感じるココア生地が口いっぱいに広がって幸せを感じた。
のあさんがいつも携帯しているクッキーは、のあさんお手製でレシピは私も知らない。
疲れたとき・悲しいとき・うれしいとき、どんな時でも、口にすれば幸せになれるクッキーだ。
クリーパー爆発からの落下、ディープダークでの出来事、そしてゆあんくんが私にしてくれた人命救助……
あの時の、ひどく傷ついたようなゆあんくんの表情が頭から離れない……
「のあさん……。」
「ん?なんですか?」
「わたしさ……なにかゆあんくんに悪いことしたり、いっちゃったのかな……」
うりに聞いたら、『えとさんが悪いかもな』とだけ返事が返ってきた。
「う――――ん。……そうですね。答えを教えるのは簡単ですけど
これは、ちゃんとえとさんが気づかないとだめですね」
ふんわりとほほ笑みながらのあさんが言った。
「……うん。わかったちゃんと自分で考えるよ」
クッキーの最後のひとかけらを口の中に入れたとき、少し距離を置いてうりと話していたゆあんくんと
目が合ったけど、気まずくて思わず目を逸らしてしまった――――。
小休憩のあと、うりがエンダーアイを空に向かって投げた。
私たちはその方向へと歩みを進めていく。
しばらく歩いていると西の空はゆるやかに色を変えはじめていた。
黄金に輝いていた陽射しは、次第に赤みを帯び、やがて地平線に近づくにつれて深い橙となる。
沈みゆく太陽は、最後の輝きを惜しみなく放ち、空一面を茜色に染め上げていた。
「そろそろ今日の野営の場所を決めようか」
ゆあんくんがそう声をかけたときだった。
目の前に広がるのは一面の黄金のひまわり畑。茜色に照らされたそれは、あまりにも鮮やかで眩しかった。
「うゎぁ――きれい……。」
これ以上の言葉が出てこなかった。
「ほんと……すごいですね……」
のあさんもぽそりと感想をいう。
ひまわりは人の背丈をゆうに超え、花弁は残りわずかな陽の光を受けてまるでオレンジ色の海のようにきらめいている。風が吹くたび、ざわり、と花の海が波打ち、まるで夢の世界から切り取ったような光景があった。
「えとさんの色だな」
ローブのフードを取り、腰に手を当てながらうりが言う。
――透明な川が流れ、その水面には夕日が鏡のように映り込む。川辺には虹色の羽を持つ蝶が舞い、ひまわりの影の下では小さな妖精のような光の粒がきらめいていた。
「視界もひらけているし、川も傍にある。今日はここにしよう。」
ゆあんくんの声掛けで、今日私たちが野営する場所が決まった。
うりは手早く夜に魔物がわかないように所々に松明をたて、枝を集めて焚火の準備をする。
ゆあんくんは狩りをして得た鳥をさばき、川で魚を釣る。
のあさんはゆあんくんから受け取った食材とうりが準備した焚火で手早く食事の支度。
私は魔法でテントを張り、みんなの寝床を準備した。
レッド・アイで行動するときはいつも自然とこの役割分担だ。誰から指示が出るわけでもなく
慣れた手つきであっという間に各々の役割をこなすのだった。
夜のとばりが降りる頃には焚火を囲むようにして私たちはのあさんが準備してくれた食事を終え
各々休息をとっていた。
焚火に薪をくべる音と火がはぜる音だけがする
普段だったらしょうもない、雑談が続くのに
ゆあんくんとわたしがぎこちないせいか、時折気まずい沈黙が流れてしまい会話が続かないのだ。
「俺、焚火にくべる枝をもう少し拾ってくるよ」
ゆあんくんは立ち上がった。「ついでに周辺の見回りもしてくる」
うりが顔を上げる。「この暗闇にか? 俺が——」
「――いい。少し、頭を冷やしたいのもあるんだ。
エンダードラゴンとの戦いの前に冷静になりたい。」
「ゆあんくん……?」
聞こえているはずの私の声を背に受けながら、ゆあんくんは暗がりに向かって歩き出した。
足元の枝が折れる音も、虫の声も、耳に入らないようだった。
「ふゎぁぁぁ――のあさんも、そろそろ寝ますね――」
ゆあんくんの行動を気にする様子もないのあさんは大きなあくびをすると
女性専用テントのほうに入っていった。
焚火に残ったのはうりと私の2人だけになった。
どうしよう…きっといつもと違う気まずい雰囲気にしてしまっているのは私のせいだ…
大事な討伐の前に……どうしよう……
「……そんな思いつめた顔をするな。えとさんはいつもみたいに自然に笑っていればいい。」
焚火が静かに燃え、赤い光がうりの綺麗な顔をほんのり赤く染めていた。
夜の静寂さを忘れさせるほどの温もりが、炎から、そして隣に座るうりから漂ってくる。
うりはしばらく炎を見つめていたが、やがて視線をそっと私へと移し、低い声で口を開いた。
「……今日は本当に心配した。無事でよかった。本当に――。」
言葉は炎の揺らぎに溶けるように、しかし確かに私の耳に届いた。
普段はふざけたり・揶揄う調子でしか話さないのに真面目な顔をしているうりがそこにいた。
「ごめん……ね。心配かけて……。」
私は心からの謝罪気持ちを口にすると焚火のぱちりという音が、夜の静けさに溶けていく。
うりは笑いながら、視線をそらした。
「……少しだけ、休ませて」
私は首をかしげ、不思議そうに見つめるとうりの頭が私の膝をになだれ込んできた。
「ちょ…っと、うり!!」
突然の膝枕に動揺を隠せない私はうりを引きはがそうと彼の頭と肩に手を置いた。
するとうりはそれを拒絶するように肩に置いた私の手を大きな手で包みこんできていった。
「心配かけた罰だ。 これくらい許せ。」
「うっ…」
膝からじわじわと感じるうりの体温のぬくもりと私へと向けられるな真剣なまなざしに
心臓の音がうりにまで聞こえてしまうのではと不安になるほど早まっていた。
それを言われてしまったら強く断ることができない……
私は観念して膝を差し出すことにした。
うりは私に背を向けるように体制を整えると目を閉じて本当に休んでいるようだった。
――ほんと、整った顔だよね…。
目を閉じているうりの顔を見ながら素直に思った感想。
うりの周りにはいつも大人で綺麗な女性がいる。
こんなこと(膝枕)はうりにしてみれば何でもないスキンシップなわけだけど、
男の人とのスキンシップに慣れていない私には緊張でしかない。
うりから規則的な呼吸音が聞こえる。
私は少しでも気を紛らわすために、うりの栗色の柔らかい髪をそっと撫で
膝の上に載っているのは可愛い小動物だと思いこむようにした。
ーーーーーーーああ……やっぱり。そうなんだ
火の揺らめきがえとさんの横顔を照らす。
焚火にくべるために乾いた枝をわきに抱えて戻ってきた俺が目にしたのは
火の明かりのせいだけではない頬を赤らめ、柔らかい表情をしたえとさんがあった。
自分には向けられたことのない、穏やかで親密な微笑み。
目を逸らそうとしたが
炎に照らされたえとさんの表情は、やわらかく、どこまでも自然で――その分だけ胸が締めつけられた。
拳を強く握りしめる。
心に広がる痛みは明らかで、声も出せずにただ遠巻きに月の光に照らされながら2人の様子を見つめるしかなかった。