ー新伝ー伝説を継ぐもの【4】

ー蒼天塔:闘技場ー

巨体で飛び上がり、なおかつ急降下する雲水、その足はピンっと張られ足刀で敵の顔を潰さんとする。肉というより金属にも思えるほど硬質で鋭利さを持つ強力かつ凶悪な脚撃。

十一はその蹴りの間合いにあえて飛び込んだ。顔をわずかに斜めに逸らし、鈍器のような踵がチッと頬を刈る。衝撃で頬が波打つが十一は止まらない。自身の頬を過ぎていく大木のような足を右腕ですくい絡め、落ちてくる雲水を引きこみだした。

「若き闘士よ。私の利は動かないよ。」

「くぁっ!」

引きこまれたならば仕方がない。左拳を握り固め振り下ろした。相手は盲目、普通なれば右か左かなんてのは分からないはずだが十一は見えない目でブラックオウガを捕えながらいった。

「それは……左利き(サウスポー)の有利に似る」

バレて、いや、聴(み)られている。なればと打ち出していた左腕を内側へと方向転換させ、肘でぶつかった。

「むんッ!」

全体重と急降下の勢いでぶつかっていった鬼の一撃を十一は両腕で受け止めた。ガギッ!っと、肉体と肉体がぶつかったとはとても思えないような音が鳴る。

全力を乗せた一撃なれど、変則的に肘打ちへと切り替えたせいか芯のこもった打撃とはならず十一は、後ろ脚で地面を踏みつけ、両腕を開いて雲水を弾き飛ばす。

ようやく空中から着地できたのも、つかの間。敵の攻めは止まらない。

「健常者との対戦が日常の私に対し、そう……キミたち健常者は盲目の使用(つか)う空手に対し……」

大きく足を振り上げ、右腕は拳をつくり胸の前、左腕は手刀のように開き固めている……。

その構えに……雲水は動きが数コンマ鈍った。拳、手刀、まさか蹴り……?読み切れず咄嗟に股間と顔をガードした。

「あまりにも不慣れ!」

ホップアップする軌道で十一の足が雲水の咽を穿った。止まる呼吸、響く衝撃、走る激痛、せり上がる胃の中のもの、詰まっていた空気を押し退けて噴き出した。仮面に阻まれボタボタと淵から吐しゃ物が滴り落ちる。

鬼は……がくりっと膝をついた。脳が揺れたことが容易に想像できる。

崩れた鬼を見降ろし十一は淡々と続ける。

「あまりにも見経験。どうかね?黒き鬼殿?」

だらりと下がっている手をゆっくりと般若面の口もとへ持っていくとグシャリと砕き潰した。ドロリとした体液がこぼれ落ちる。

「……っ…。」

唇が動きなにかを発しているが、なにをいっていかは聞き取れない。音に敏感な十一はそれが気になり耳を傾ける。

「ん…?」

「正々堂々は……要求しないんだったな?」

「なに?!」

崩れ落ちたはずの鬼が突如起きあがった。中指の骨が膨らむように両拳を固め。抱き締めるように振るった。それは「叩く」でも「突く」でもない。あえていうのなら「押す」だ。

人体に点在する経穴(急所)およそ365箇所。内、視神経を司る経穴。妙光!

「!」

その瞬間……漆黒の闇に生まれ……。

「!!!」

光りなきまま成長した……。

「「目」では、はじめまして、だな。」

「!!!!!!!!!!!!!!」

物部十一にとって、あまりにも唐突すぎる景色という未体験。網膜を通し容赦なく溢れこむ、色、形状(かたち)、光彩(ひかり)、処理能力を遥かに超える情報量に大脳は瞬時に破綻……。

暗闇という安息の地……「明るさ」へと引きずり出された武術家は、今や「視界」という闇に立たされていた。

そこに大きくて硬い鬼の拳がコッと優しく鼻先にぶつかって十一はようやく我を取り戻した。
半分砕けている面の下で雲水がいった。

「勝負あり……だよな」

そして拳をさげた。さらに姿勢を糺して鬼は一礼する。盲目というアンフェアをフェアに塗り替え、鬼すらも知らぬ新たな「空手」を造り上げた闘士への賞賛、そして無敗から初勝利を頂いた思い。言葉には出来ぬ思いを一礼に込め、雲水は立ち去ろうと振り返った。

「黒き鬼よ」

その背中に声が届く。

「返してくれ……」

雲水は立ち止まりゆっくりと振り返った。

「返してくれ……闇を」

仰る通りだ物部十一殿……。あなたから奪った闇という安息。お返しするのが筋。

つぎの瞬間、鬼は拳を放った。肉眼ではおよそ捉えきれないスピードの中、十一にはその行為を捉えていた。さなぎから蝶が羽化するように、拳から伸びあがる人差し指と中指。二本の指が「視界」という「闇」を奪い、「盲目」という「光」を与えてくれる。その最後の最後の瞬間まで見つめていた。

鬼は……他の一切は傷つけず、両の眼球だけを抉り取った。空を舞う「闇」を十一は両手で掴みとった。

すべてを終えて鬼は再び歩き出す。その背中にもう一度だけ声が飛んできた。

「光をありがとう」
86/100ページ
スキ